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大学や大学院で身に付けておきたい力

毎年,研究室に新しく入ってきてくれた学生に,あるいは研究室配属を前にして研究室を見学しにきてくれた学生に,研究室で取り組んでいる研究テーマに加えて,必ず伝えていることがあります.それは,指導教員として学生に何を求めているかです.

大学や大学院は教育機関ですから,研究室での研究を通して身に付けて欲しいものがあります.私が,学生に大学や大学院(修士課程)で身に付けて欲しいと考えているのは,以下の4つの力です.

必要な知識を自分で修得できる

研究室に配属されて研究を始めたばかりの学生は,研究テーマが決まったら,まず,関連する分野の論文を読まなければなりません.その分野の記念碑的論文はもちろん,次から次へと生み出される最新の論文を読んで,最先端がどうなっているかを知る必要があります.最先端の知識は次々と更新されていくので,それを追いかける必要があります.

そうして,研究を進め,その結果を卒業論文や修士論文にまとめて,卒業あるいは修了し,進学や就職をします.進学する場合には,同じ研究分野の研究を継続することも多いでしょう.しかし,就職する場合,それが研究職だとしても,研究テーマは大きく変わることが多いはずです.修士で就職して,修士の研究をそのまま継続することはまずないでしょう.

このため,学部や大学院での研究を通して身に付けた知識そのものは大して重要ではありません.それらが直接的に役に立つことはほとんどないでしょう.なんなら忘れてしまっても構いません.

大切なのは,そのような知識を身に付けた過程です.

新しい研究を取り組むときに,新しいプロジェクトを始めるときに,それが新しいものであるならば,その研究やプロジェクトを進めるために必要な情報を収集し,必要な知識を身に付けて,最終的な到達地点(目標)を明確にし,そこに至るまでの計画を立案し,着実に前に進まなければなりません.壁にぶちあたったときには,壁を壊したり登ったり迂回したりして,何としてでも目標に向かって進まなければなりません.

このようなことができるなら,その研究やプロジェクトがどのようなものであっても,仕事がどのようなものであっても,しっかりと成果をあげていけるでしょう.

だから,大切なのは,大学や大学院時代に研究で身に付けた知識そのものではなく,知識を身に付ける方法なのです.

関連する論文やテキストを迅速に効率良く見付けられること(文献検索),それらを読むべきかどうかの判断を的確に下せること,速く読めること,正しく理解できること,多くの情報を統合して活用できること,目標を設定できること,目標達成に向けた計画を立てられること,など,このような能力を身に付けましょう.

このような能力が身に付いたのであれば,仮に卒業研究や修士研究で成果が出なくても,その研究が失敗しても,構いません.研究に取り組んだ価値はあります.もちろん,教員としては学生に成果を出して欲しいですし,そのために色々と努力もしますが,すべての研究が狙い通りに進むわけではありません.特に短い期間では,思うような成果が出ないこともあります.きちんと学生が努力したのであれば,その失敗は教員の所為にして下さい.教員が甘かったのです.学生の責任ではありません.

論理的に思考し,自分の考えを説明できる

必要な知識が身に付けられているとして,次に必要なのは,論理的に考える力です.前提や仮定が曖昧で,あるいは論理がすぐに飛躍して,何を言っているのかさっぱりわからない残念な人になってはいけません.

正確な知識を身に付けて,論理的に思考して,理路整然と自分の言葉で説明できるようになりましょう.考えるのに時間がかかっても構いません.脊髄反射で無茶苦茶なことを口走るより,はるかにましです.

正しい日本語と英語で文章を書ける

口頭で説明できるだけでなく,正しい日本語で,できれば英語でも,簡潔明瞭な文章を書けるようになりましょう.正直,日本の学校は,この練習を疎かにしすぎていると思います.とにかく,論理的で必要十分な長さの読みやすい文章を書ける人が少ないと感じます.学生のことだけを言っているのではありません.仕事柄,企業の研究者や技術者の文章もよく読みますが,とても褒められたものではないことが多いです.それもそのはずで,文章の書けない学生が就職したら自然と書けるようになるなんてことはありません.訓練が必要です.

卒業論文や修士論文の執筆は,そのための貴重な訓練になります.ただ,それだけで十分ではありません.研究室では,学生に研究の進捗状況を報告してもらうときにもレポートを書いてもらっています.

文章を上手に正しく書けるようになるために,読むことをお勧めする書籍を挙げておきます.

<日本語文章の書き方>
本多勝一 ,「新版・日本語の作文技術
木下是雄,「理科系の作文技術
自分の直感だけで上手に文章を書くには限界があります.文章を書くためのルールを知ることが上達への近道です.そのルールをわかりやすく示してくれているのが,例えば,この2冊です.

<英語文章の書き方>
杉原厚吉,「理科系のための英文作法―文章をなめらかにつなぐ四つの法則
W. Strunk Jr. & E. B. White,"The Elements of Style, Fourth Edition"
"The Elements of Style"は国際的ベストセラーで,アメリカでも多くの大学生が読むように言われます. とにかく一回目を通しておくといいでしょう.ただ,本来の内容ではなく,補足や演習といった内容の本も多数あるので,入手するときには注意しましょう.

魅力的なプレゼンテーションができる

卒論発表や修論発表,そして学会発表と,研究に取り組んでいると,様々なプレゼンテーションの機会があります.そこで魅力的なプレゼンテーションができるようになりましょう.

仮に同じレベルの研究成果を2人がプレゼンしたとして,一方は美しいスライドで流暢に,他方は小さい文字がぎっしりのスライドで聞き取れないような小声で,プレゼンしたとしたら,どうでしょう.前者が高評価になるのは当然です.

自分が損をしないためにも,スライドの作り方も含めて,プレゼンテーション技術は磨きまくっておくべきです.

参考になるだろう書籍を挙げておきます.

カーマイン・ガロ,「スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン
アップル創業者であるスティーブ・ジョブズのプレゼンは有名ですが,彼のプレゼンの特長を分析して整理したのが本書です.例えば,話すポイントを3つに絞るなど.しかし,本当に注目すべきは,彼が物凄い量の練習をしていたことです.私の場合,初めての学会発表の前には50回練習しろと言っています.

まとめ

私が,大学や大学院(修士課程)の学生に身に付けて欲しい力として,以下の4つをあげました.

1)必要な知識を自分で修得できる
2)論理的に思考し,自分の考えを説明できる
3)正しい日本語と英語で文章を書ける
4)魅力的なプレゼンテーションができる

これらは,私が大事に思っているというだけで,教員の数だけ違う考え方があると思います.どれが正解でどれが不正解ということではなく,様々な考え方があるのだから,学生は自分が共感できる教員がいる研究室を選ぶのがよいと思います.

© 2020 Manabu KANO.


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