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大学・大学院・教育・研究のあれこれ

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#読書

研究の面白さと辛さを感じられる「赤と青のガウン」

彬子女王殿下のオックスフォード大学留学記で,1年間の学部留学に加えて,大学院に進学して日本美術を専攻して博士号を授与されるまでの体験が描かれている.研究の楽しさと大変さが大いに感じられる体験記だ.是非,高校生や大学生に読んでほしいと切に思う. 宮家が海外留学すると護衛はどうなるのかとか,エリザベス女王にバッキンガム宮殿でのお茶に招かれたら服をどうするのかとか,とても興味深いエピソードが続く.これだけでも実も興味深く,読んでみる価値がある. しかし,本書「赤と青のガウン オ

「核融合エネルギーのきほん」を学ぶ

核融合には期待している.いつ実現するかはわからないけれども.再生可能エネルギーとして,太陽光や風力は既に利用されているが,日本国内の状況を見ると,ソーラーパネルによる自然破壊が横行しており,人間の愚かさしか感じない. 本書「核融合エネルギーのきほん」を読んで,核融合発電の実現に向けた現在の状況をおおよそ把握することができた. 核融合の実現に向けて,いくつもの方式が検討されている.トカマク,ヘリカル,レーザーなど.最も研究開発が進展しているのがトカマク方式で,核融合エネルギ

「実力も運のうち 能力主義は正義か?」

有名大学に合格した学生が,合格したのは自分の才能と努力のおかげであり,自分の才能と努力は賞賛されるに値すると考える.金儲けに成功した人が,成功したのは自分の才能と努力のおかげであり,自分の才能と努力は賞賛されるに値すると考える. より一般的に,自分自身の成功は,幸運や恩寵によるものではなく,自分自身の努力にって獲得するものである.富や名声や権力を自分の力で手に入れた自分は,それらにふさわしい人間である. こういう能力主義(メリトクラシー,功績主義)的な考え方に反感を抱く人が

「大規模言語モデルは新たな知能か」の前に,LLMの凄さの秘密を問いたい

ChatGPTが世界を変えた,そして変え続けているのは確かだろう.あの流暢な文章生成能力,間違えながらも何にでも回答する能力,他のサービスと連携することで際限なく拡張できる能力など,とんでもなく凄まじい. 昨日(2023/7/21),私が企画担当の1人であった某研究会で,国立情報研究所所長(京都大学教授)の黒橋先生に大規模言語モデルの現状,仕組み,将来について講演していただいた.講演後の質疑応答とその後の討論会では,黒橋先生が質問攻めにあわれていた.皆,とても強い興味を持っ

「ANTHRO VISION」人類学的思考法を身に付けるともっと強くなれる

大いに学ぶものがあった.新しいモノの見方を与えてくれる素晴らしい本だ.社会人類学で学位を取り,Financial Times誌の米国編集委員会委員長を務める著者が,人類学を通して身に付けた観察方法や思考方法,物事へのアプローチの仕方が,ビジネスの世界でいかに役立つかを,豊富な興味深い事例と共に解説している. 日本での事例も紹介されている.キットカットだ.世界中で食べられているキットカットだが,以前,日本では売上げが伸び悩んでいた.ネスレのグローバル本社の偉い人達にはその理由

人間と共生する,ちょうどいい「コンヴィヴィアル・テクノロジー」とは何か

Industry 4.0とかSociety 5.0とか何でもN.0と名付けてしまう軽薄さは気になるが,技術が段階的に発展してきたことを踏まえて,何とかN.0という言い方がされる.人間は自ら技術を発展させて,その技術を使ってきたわけだが,高度化した技術からはむしろ人間は疎外され,あるいは人間は技術に隷属してしまっているのではないか.そのような問題意識から,あるべき人間とテクノロジーの関係を模索するために,本書で取り上げられているのが「コンヴィヴィアリティ (Conviviali

「バッタを倒しにアフリカへ」に研究の醍醐味を感じるー最高だった

無茶苦茶面白かった.以前から気になっていた本だが,ようやく読んだ.本の裏には,ホントは「バッタに喰われにアフリカへ」とある.確かに喰われに行ってたわ.その願望は残念ながら成就しなかったようだが...いや,これぞ白眉研究者だな.京大も良い仕事(研究者として雇用して研究費を出す)をしたものだ. 昆虫学者になりたくて,しかもバッタが大好きで,単身モーリタニアに乗り込んでサバクトビバッタの研究に打ち込む著者の前野ウルド浩太郎氏.誰々の子孫という意味を持つウルドというミドルネームは,

「大学は何処へ 未来への設計」で過去を学び未来を考える

この20年ほど改革を迫られ続けて今や疲弊の極みに達している,そして実際に論文数はガタ落ちになっている(それでも「改革が足りないからだ!」とか言えてしまう人達に囲まれている),日本の大学の将来を考える上で,まずは過去を知る必要がある.その観点から,とても勉強になった.というか,これまで知らなさすぎた. 著者である吉見俊哉氏は,現状を以下のように指摘している. では,1930年代以前はどうだったのか. 明治時代以降,旧制高等学校が,高等教育機関として,帝国大学を中心とする旧

研究のために「音楽の基礎」を身に付ける

研究室の学生が音楽に関連する研究をしたいと直談判に来て,どのような研究がしたいのかを聞いたところ,これまで研究室で取り組んできた研究および学生自身が取り組んできた研究と接点がないわけでもないので,「やってみよう!」ということになった. その研究では「音楽理論」を使うらしいので,指導教員として音楽理論をまったく知らないわけにはいかない.というわけで,音楽のことは何も知らず,楽器を弾くことがないばかりか,音楽を聴くこともあまりない私が勉強することにした.何から手を付けていいかす

報酬や脅しで子供を操ろうとしてもダメ.大人もね.

「自分の意志に反して賛同した者は元の意見を持ち続ける」と,サミュエル・バトラーが書いたのは300年以上前のこと.これまでに社会科学者は,「人は外部から強い圧力を受けずにある行為をすることを選択すると,その行為の責任は自分にあることを認めるようになる」ことを明らかにしている. ロバート・チャルディーニ著「影響力の武器」で紹介されている実験では,小学校の児童を2群に分けて,あるロボットで遊ばないようにと,一方には脅しをかけて(遊んだら物凄く怒るからと伝える),他方には諭して(遊

何をしたらいいか理解していない推進者に向けた「いまこそ知りたいDX戦略」

ビッグデータ(Big Data)や人工知能(Artificial Intelligence: AI)と同じで,めちゃくちゃ流行っているし,後れをとるわけにはいかないから,とにかくデジタルトランスフォーメーション(DX)推進室を設置したけど,「何をしたらいいの?」というパターンが見受けられる.やりたいことがあっても,「できる奴がいない!」というケースもある. 本書「いまこそ知りたいDX戦略」では,パロアルトインサイトCEOとして顧客のAI&DX導入を支援してきた著者が,その豊

ハーバードの次はスタンフォードの講義「20歳のときに知っておきたかったこと」

非常に示唆に富む本だ.本書「20歳のときに知っておきたかったこと」を際立たせているのは,これがスタンフォード大学で起業家精神について教える集中講義の様子を伝えていることだろう.多くの自己啓発本のように,自分のためだけに読むこともできるが,教育に活かすこともできる.冒頭には,次のように書かれている. わたしは,スタンフォード大学の工学部に属するSTVP(スタンフォード・テクノロジー・ベンチャーズ・プログラム)の責任者を10年にわたって務めています.科学者や技術者に起業家精神と

私の講義での漫談も「ハーバードからの贈り物」のように意義があるといいな

私は担当する講義でよく漫談をする.担当科目には直接関係ないが,学生に伝えておきたいと思うことを話す.それは,私が学生のときに聞いてよかったことや聞きたかったことでもある. 「しょせん,人間は,自分が学べることしか学ばない」というメフィストフェレス(ファウストに登場する悪魔)の言葉がその通りだとしても,教師の役割は学生が学べる範囲を広げることだろう. 私が話すのは,「学生/技術者/研究者向けアドバイス一覧(随時更新)」にズラリと並べた記事のようなことだ.例えば,新入生対象の

「自分を育てるのは自分―10代の君たちへ」

本書を最初に読んだのは10年以上前だが,当時,子供が中学生になったらプレゼントしようと思った.それほど素晴らしい内容で,これから自分の人生を歩んでいこうとする10代の若者に読んでもらいたい. 本書「自分を育てるのは自分―10代の君たちへ」は,教師であった東井義雄氏の,昭和55,56年に開催された2回の講演をまとめたものだ. 世界でただ一人の私をどんな私に仕上げていくか.その責任者が私であり,皆さん一人ひとりなんです. どうか自分の人生を大切にして下さいというメッセージを