"病名:LGBT"の何がヤバいか
先日Twitter上で男性同性愛者と思われる方が入院時の書類に病名の1つとしてLGBTが記載された画像をアップし、病院及び担当医に対して批判の声が集まっているのを見かけました。
書類は入院時診療計画書であり、患者に対して医師が入院時の治療計画について説明するための文書でした。その文書の中で病名の1つとして「LGBT」を記載することの何が問題なのかについて個人的な考えをまとめてみたいと思います。
可視化されるLGBT
LGBTという言葉自体は現代社会においても市民権を得てきたような実感があります。電通が2018年に行った調査によるとLGBTという言葉と知っている人は7割に達し、2015年の同調査からほぼ倍増しているようです。
https://www.dentsu.co.jp/news/release/2019/0110-009728.html
LGBTとはレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字をとった言葉であり、性的少数者の総称とされています。クイア、クエスチョニング、アセクシャルなど様々な方を含めてLGBTQA+等と表現されることもあります。前述の電通による調査では8.9%もの方が自身をLGBTと認識しているという結果が出ており、正確な割合については議論はあるものも、LGBTの存在が社会の中で可視化されるようになってきました。
医学におけるLGBTの位置づけ
医学的には1948年にWHOの国際疾患分類であるICD-6に始めて精神疾患の項目が設けられれ、性的逸脱として同性愛が病名として定義されました。その後1990年に改定されたICD-10でようやく同性愛が病気としてのカテゴリから削除されることになりました。
その後もトランスジェンダーについては性同一性障害として病名リストに残り続けましたが、2018年に発表されたICD-11で病名から削除されるに至りました。
https://www.outjapan.co.jp/lgbtcolumn_news/news/2018/6/8.html
病名とは1つの符号に過ぎないという捉え方も出来るのですが、なぜ同性愛を病名として挙げることに問題が生じるのでしょうか。それは、正常の対義語としての異常、正常な"個性"でなく社会的な否定という以上に深い意味があると私は考えています。それが転向療法という暗い歴史です。
転向療法(Conversion Therapy)
転向療法(Conversion therapy)はセクシャリティを転向させるための治療であり、集団療法・カウンセリング・電気ショック療法など、様々な形式で試みられてきました。これらの「治療」は同性愛が病気ではないと医学的に認識されるようになった今でも世界中で行われ続けています。
過去には集団療法により37%の参加者が異性愛者に転向したと自己申告したとの研究も報告されているようですが、63%の参加者は治療に「成功」したわけではなく、自己申告による社会的な圧力で答えた方が多くいたのではないかと考えられています(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8201058/)。またセクシャリティとは明確な境界があるわけでなく、スペクトラムとして捉えられると現代では考えられています。「効果があった」という人の中には、完全なヘテロセクシャルとホモセクシャルの中間にいる人達が、異性との関係を持つように行動を変えただけの可能性も大いにあります。
いずれにせよ、転向療法の効果は乏しく、病気ではない個人の特性を「病気」としてレッテルを貼り付け、無理な治療を強いるようなものと私は認識しています。
また効果に乏しいだけでなく多くの「副作用」も明らかになっています。過去に転向療法を受けた男性は将来、うつ状態や内的な同性愛嫌悪となる確率が高いとの研究結果があります。(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32556123/)
また青少年期に良心や宗教リーダーによって転向療法が行われた青少年たちはその後の自殺企図や自殺未遂の可能性が高く、学歴や年収が低くなるという相関関係も報告されています。
米国では20の州とワシントンDC、プエルトリコで未成年に対する転向両方が禁止されています。米国に比べると日本で転向療法について耳にする機会は少ないですが、一部の「LGBT勉強会」のようなグループで転向療法をほのめかすような宣伝用チラシを目にしたことがあります。
これらの「治療」は、病気ではない人に対して過度の苦痛を強いるだけの行為であり、容認されるべきではありません。
なぜ"病名:LGBT"はヤバいのか
前置きが長くなってしまいましたが、ここまで記事を読んでくださった方ならすでにお分かり頂けたのではないでしょうか。
医学的には病気でないものを「病名」として記載することは患者に対して失礼に当たります。病気とは残念ながらネガティブな印象をもたれる存在です。"病名:LGBT"とは医師が患者に対して「LGBTのあなたは正常ではない」と言っていることと同義だと思います。
また過去にLGBTコミュニティが向き合ってきた転向療法や差別等の暗い歴史を鑑みると、病気として扱い、治療が必要な存在として扱うことがどれほど危険で、当事者に対して著しい不安の念を与えることかは想像に難くないでしょう。
主治医はどうあるべきか
私も医師の端くれとして医療機関で勤務をしておりますが、まず患者がLGBTであることが分かった時点で病名にそれを列挙することはありません。患者を安心させる目的であれば「何か特別な配慮などが必要な場合は医療スタッフまでお申し付け下さい。またスタッフに言いにくい場合には主治医に直接伝えて頂いても結構です。」と一言述べるだけで十分だと思います。
おそらく当該病院の主治医も悪気があった訳ではないのでしょうが、不適切な対応だったと思います。私の感覚ですが、医療従事者にとってLGBTを身近に感じている人はまだまだ少なく、正しい知識や対応方法について学ぶ機会が乏しいのが現状です。人口の8%がLGBTとするなら、外来をしていれば毎日数人の当事者に会っていても不思議はありません。LGBTは決して遠い存在でも、珍しい存在でもありません。皆さんの日常の中で普通に生活をしている人達なのです。
これからLGBTに関連する問題を医師としての視点で様々に書きとめ、発信していこうと考えています。もしよろしければ応援の意味でサポートをお願いします。