日記を燃やして

嘘みたいな本当の話。OKAくんへ。

実は今日ひどく落ち込んでいたんです。大事件と、先の見えない仕事と、削られるプライベートと、なんとか守ったプライベートに果たして削られない程の価値があったのかということ。地下のライブハウスで分からないまま酒を飲み、ふらついて新宿駅のホームにたどり着いた僕に、あなたは声をかけてくれました。
埼京線を指差しながら、池袋から乗ったのに渋谷につかなかった。渋谷はどっちだ？これ？
どう考えても池袋行きの電車なんだから、あなたは渋谷を寝過ごして新宿に辿り着いただけだと思うよ。といっても、いやありえない。不思議な電車だ。みたいな顔をするOKAさん。
この時点で僕はあなたの虜でした。
ボクはバリ島から来たんだ。東京に住んで1年になる。日本語は全然上手くならないよ。そう言いながら僕のいう言葉に疑問を浮かべることもなく答えるOKAさん。

そうしてこれは詐欺なのではないか？と僕は疑いました。電車を教えてくれた代わりにいいお店に連れてくよ！といってぼったくりバーに連れていかれることを想像しながら、僕は見知らぬインドネシア人と電車に乗り込みました。
でもOKAさんにはそんな素振りは全くなかった。
ボクは酔っているからね〜これから友達とクラブに行くんだ！お兄さんクラブは詳しい？四国に住んでる同郷の友達なんだ！ボクの名前はOKA。OKAさんは余所余所しいな。OKAくんって呼んでよ！
OKAさん、もといOKAくんには屈託のない笑顔があった。それでも、日本人に話しかけるとブーって言われることがある。お兄さんみたいな人はあんまりいない。そう言って少しだけ悲しそうな顔をしたのが見逃せなかった。
ただ電車に乗ってる間の暇つぶしとして話していた僕が情けないくらいだった。

電車がまもなく渋谷に着こうとした時、インスタを交換しようよ！バリ島に行くときは案内してあげる！そう言ってくれたOKAくん。でも、生憎僕のスマホの充電は切れていた。あといくばかしか時間がないのに自分の充電器に僕のスマホを繋いでくれる。使いすぎだよ！全然充電されないじゃん！笑うOKAくん。この人になら騙されてもいいから一緒に渋谷で降りてしまおうか。そうも思ったけど、OKAくんの方から充電器を取り外して渋谷のホームに駆けて行った。
じゃあね！またどこかで会おう！
僕らは拳を突き合わせた。

本当はOKAくんだって、この広大な東京でまた会えるとは思っていないだろう。僕は神奈川に住んでるからあんまり東京には行かないんだって言ったのは流石に覚えていると思う。
でもどこかで会っても分かるような、会わなくてもまた会えたらいいなと思えるくらいの、そんな高揚感で僕は電車に揺られ多摩川を渡った。
OKAくんの言葉を反芻する。
とびきりお金持ちになりたいんだ。なれる気がする。ボクは健康だ。君もそうだろ？やってやるんだって思うのは自由なんだ。言うのも、思うのも自由なんだ。なら言わなきゃ損だろう。
続け様に酔ってるし、日本語が下手だからボクは。なんて言うOKAくん。
だからあなたの日本語は上手だよ。長年住んでる人みたいだ。なんて言う僕。
いやいや、そうでもないよ。OKAくんは言う。

謙遜ができてるじゃないかOKAくん。十分日本語をマスターしてるよ。
また会えたなら、今度は僕の故郷を案内してあげるよ。冬になれば一面が白く覆われる幻想的な街なんだ。

OKAくんがいなくなった車内で、僕は足元ではなく車窓に目を向けるようただ心がけていた。

そんな、嘘みたいな本当の話。