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【ワルシャワ🇵🇱旅行記】焼け野原からの復活、ヨーロッパで二郎系、ショパンの故郷

Dzień Dobry! ジェンドブルィ(ポーランド語;こんにちは)

ポーランドは古都クラクフと首都のワルシャワに併せて2週間ほど滞在したので思い出深いです。

親日、というか日本文化を端々で感じることが多く、人も優しいので居心地が良い国でした。

📍サスキ庭園

滞在中、「こんにちは」を意味する ジェンドブルィの発音が日に日に磨かれていき、最終的には「こいつ少しはポーランド語喋れるのか?」と思われ、その後の会話もポーランド語で話されるのが悩みの種でした。

一通り聞いてから必殺「Sorry?」を繰り出し、
「なんやこいつポーランド語話せないんかい!」となるまでがセットでした。


また滞在したAirbnbの近くに綺麗な教会があったので毎朝瞑想しに行ってました。観光名所ではなくローカル向けだったので、ほぼ貸切でした。

キリシタンではないですが、日本の寺社のようにその場にいるだけで不思議と心が落ち着きます。


古都クラクフから首都のワルシャワまではバスで約4時間の道のりです。

なぜか空港行きのチケットを予約してしまうミス

目的地を市街地ではなく "ショパン空港" にしてしまう痛恨のミス。飛行機に乗らないのに空港に降り立つ2人、シュールです。

空港から市街地は意外と近くて助かりました。


ワルシャワ歴史地区

それでは 中世 "風" の建物が並ぶ旧市街一帯を観光していきます。

なぜ中世 "風" か?

— それはほぼ全ての建物が第二次世界大戦後に復元されたものだからです。

旧市街が破壊されたのは、第二次世界大戦中の1944年。ナチス・ドイツの迫害に耐えかねた市民たちが立ち上がったものの、約20万人の犠牲者を出し全滅。

街のほとんどが瓦礫と化してしまいました。
(=ワルシャワ蜂起)

画像:https://culture.pl/jp/article/how-warsaw-came-close-to-never-being-rebuilt
第二次世界大戦後のワルシャワ旧市街

壊滅的な被害に遭ったこの街を復元したのは、市民たち。

そして忠実に再現できた理由は、街の建物などの図面やスケッチが大量に保管してあったからでした。

画像:https://www.tbs.co.jp/heritage/2nd/feature/2017/201702_01.html

ワルシャワ工科大学建築学科の学生達が描き残したもので、その数は3万5000枚にも及びます。壁のひびやレンガの割れ目に至るまで、忠実に再現したというから驚きです。

世界遺産の登録も、街が持つ歴史的価値ではなく、市民の不屈の熱意が評価されてのこと。

王宮広場

再現された王宮広場

右手の煉瓦作りの建物はワルシャワ王宮です。1988年に13世紀風に再建されました。当時国外に持ち出され破壊を免れた調度品や絵画など国宝級の作品を展示する博物館になっています。

ワルシャワ王宮

王宮広場を中心に広がる美しい街並みは、国民の不屈の熱意が産んだ一つの芸術作品のように感じました。

当時復興のための寄付金は国全体から、労働力も様々な地域から集まり、多くの人がボランティアとして作業に従事したそうです。


旧市街市場広場

この広場にはカラフルな建物が建ち並びます。

広々とした石畳の真ん中には、ワルシャワのシンボルとして、盾を持って勇ましく剣を振りかざす人魚の像が立っています。

旧市街の建物はよく見ると新しい
広場のカフェでひと休憩
人生に疲れてそうなビールのマスコットキャラも広場で休憩していました。

バルバカン

赤レンガ造りの砦が特徴のバルバカン。

旧市街を囲む市壁を強化するために、15世紀から16世紀にかけて建設され、火薬庫や牢獄として、使われていたようです。第二次世界大戦で破壊されましたが戦後の1954年に復元されました。

瓦礫の山から見つけたレンガを再利用して復元しているので貫禄があります。

ワルシャワ聖ヨハネ大聖堂

正面の三角型の装飾が印象的でした(写真撮ってない)。入場は無料で、観光客も見学しやすい雰囲気です。

教会の裏にはカラフルな建物が並ぶ小さい広場があります。

広場には1600年代に作られた鐘がポツンと置いてあります。設計上のミスで1度も鳴らされることなく何百年と置かれている不遇な鐘です。

鐘の周囲を3回歩いて回ると願い事が叶うらしいので、来年の日本ダービー的中を祈っておきました。教会の近くなので俗な願い事は叶わないかもしれません。


聖十字架教会

1679から1696年にかけて建設された聖十字架教会は、ショパンの心臓が安置されている教会で、正面入り口の大きな十字架を背負うキリスト像が特徴的です。

“ショパンの心臓” は教会に入って左側、手前の柱の中にあります。

ショパンは祖国をこよなく愛しながらも、ロシアなど列強の支配下にあった祖国への帰国は叶わなかった。せめて心臓だけは祖国に埋葬してほしいというのが、ショパンの生前からの願いでした。

彼の最期を看取った姉は、決死の覚悟で“ショパンの心臓”をドレスの下に隠して国境を越えたという逸話が残っています。

"建物を必死に支えるマッチョ"
よく見ると表情が豊かで面白い。
余裕そうなマッチョ、辛そうなマッチョ。


サスキ庭園(無名戦士の墓)

ワルシャワの中心にあるポーランド最古の公園のひとつです。

中にはポーランドに命を捧げた無名戦士のための専用墓地である「無名戦士の墓」や「サスキ庭園」があり、お墓の裏にはきれいな噴水があります。

「公園だし、さすがに人形か!?」
と思いきや本物の衛兵。
昼夜問わず、24時間365日墓を守っているそうです。

文化科学宮殿

「The 旧ソ連」 といった建築

ワルシャワでひときわ異彩を放つこの建物。

共産主義時代、ソ連のスターリンによって贈与されたことから、「スターリンからの(余計な)贈り物」と言われ、ポーランド人からは忌み嫌われているそう。

ポーランド人 「この建物(=文化科学宮殿)の展望からの眺めは2つの意味で最高だ。1つ目はそのままの意味、美しいワルシャワの街並みが一望できる。2つ目は、この建物が見えなくなるからだ!ハハ!」

っていうブラックジョークがめっちゃ好き。

ちなみにこの建物1階にあるポーランド料理のレストラン「Bistro Trojka」が美味しかったです。

ビーツを練り込んだポテトが大ボリューム、地ビールで必死に流し込む。ちなみにステーキにもマッシュポテトが添えられて1週間分のジャガイモをここで摂取。


私がワルシャワで密かに楽しみにしていたこと、それはラーメン巡り

ここワルシャワは知る人ぞ知る、ラーメンの名店が集まる街。しかも物価高のヨーロッパといえど、ポーランドは比較的安価なのも最高。

一番のおすすめは「G-Ramen」

なんと!
ヨーロッパで!
本格派の二郎ラーメンが食べられます!

ガチうまい。
日本にお店があったら通います。

Google mapの評価は4.7、海外のラーメン屋ではかなり高いです。レビューをみても日本人が褒め倒しています。

ちなみにG-ramenの "G" は「二郎」のGらしいけど、二郎は "J" iro だよね(笑)

メニューです。

おまけ

ヨーロッパではおにぎり屋さんもよく見かけます。それにしても「人通り」というネーミング、センスありすぎる。

遠目から『Hi』と挨拶されてる

と思いきや、

ただの電光掲示板やないかい!

終 -NHK-


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最後まで閲覧ありがとうございました。

著:Dr. クレヨン

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