福島県会津若松市に伝わる話である。
東山温泉は会津の奥座敷として、今から約1300年前、名僧・行基によって発見されたという伝説を持つ歴史がある温泉である。
文人も数々訪れる、趣のある温泉街であり、伝説も数多く残っている。
この千穂姫の話も、その一つで、あまりにも語られることが多いためか、伝説の内容が講談じみていて、あまりにも芝居がかっており、長尺だったため、かなり端折った引用となった。
許嫁がいる美女が、権力者に見染められて、世を儚み、身を投げるという、どこの世界でもあるかのような悲話であるが、仏の力に助けられ、命をおとさず、しかして元々あった恋愛感情は捨て、尼となって生涯を終えるという、なんとも歯切れの悪い結末ではある。
とは言え、自ら身を投げて一度死に、尼になったということで、世間から離れた、いわば二度死んだわけだから、四苦八苦の輪より逃れ、色恋沙汰から離れたことも当然と言えよう。
実際に訪れると、現在は川はそれほど大きくはない。
とりわけ尼渕のあたりは、身を投げるほどの深さがあるものだろうかと思われるほどである。
同じ東山にあり、これも悲恋伝説が残る(お藤という名の娘が、かなわぬ恋に失望し身を投げたと言われる)藤身ヶ滝の方が、身を投げたと言われても納得できる。
とは言え、このような悲恋伝説がいくつも残っているあたりが、東山という城下町の温泉街の風情に一味くわえているのだろう。
さて、千穂姫が、祈願したと言われる羽黒山神社であるが、いまだ健在である。東光寺の方はと言えば、神仏分離、廃仏毀釈により、現在は温泉神社と変わったらしい。
羽黒山神社は、神社と言いつつ、参道の間に三十三観音があったりと、修験道の流れを強く残している。
1225段の石段と言われるが、一直線ではないので、山道を登るという印象が強い。
現代でこれなのだから千穂姫の時代にあっては、足元もおぼつかなかったのではと想像される。
それを昼夜問わず、祈願するというのだから、いやはや人の思いの強さだけは変わらないことを感じさせられるエピソードである。
そんな伝説の面影を残す東山温泉は、会津若松市という観光地において、市の中心部から、車で10分ほどのところにおり、温泉地の賑わいと、市街地から離れたところにある自然の静寂とが交差し、さらに、千穂姫伝説のような、会津の歴史とそこに住む人々の思いが感じられる、もっとも会津若松を感じさせるスポットの一つでもあると言えるだろう。