ジュラシック・ワールドから考える技術への向き合い方
こんにちは、いっせいです。
昨日は、恐竜への憧れや「ジュラシック・パーク」シリーズとの出会いを書きましたので、そちらから読んでいただければ嬉しいです。
「ジュラシック・ワールド」で描いた世界
就職活動を無事に終えて公開日に新宿へ行き、できたばかりのゴジラヘッドを見上げながら「TOHOシネマズ新宿」で見ました。
満喫してやろうと、一人で見るのにポップコーンセットを買い、一番見やすい真ん中の席に座りました。予告編を見ていまか今かと思いながら本編の開始を待っていました。
そして、ついに映画の公開です!
予告編で擦り切れるほど見たシーンを見ながら夢のような2時間を過ごしました。(当時最新の4D映画を見たくて、もう一回見に行ったのもいい思い出です笑)
「ジュラシック・ワールド」が描いた世界はまさに小さな頃に夢見ていた恐竜をテーマにしたテーマパークでした。
草食恐竜のライド・モササウルスの食事シーン・ティラノサウルスの展示など思い描いた世界を見事に作り上げてくれた映画だったのです。
心の中で拍手を送りながら、主人公の兄弟と同じように世界を堪能していました。
また、現在は閉鎖されていますが公開当日まで劇中の「ジュラシック・ワールド」というテーマパークのホームページも運営されていました。公開日以降は、映画に合わせてトラブルが起きたという設定で閉鎖されていました。こういう細かい部分へのこだわりが世界観を形作るのでしょうね。
映画で伝えたいメッセージ
ぼくのように特別な思いを抱かずとも後半に進むにつれて、サスペンス要素が増していき、背景知識がなくても楽しめる一本の映画となっています。
ただ、いろんなところで「ジュラシック・パーク」シリーズはメッセージ性の強い映画として紹介されています。その中でも実際に映画を見た時に感じたのは、恐竜というテクノロジーに対する劇中での捉え方です。
20年前には、新しいともてはやされていた恐竜に対して、人々は飽きていく。その状態に危機感を覚えたパーク運営側は、本来存在しない新種の恐竜をバイオテクノロジーを使って生み出していく。
これは現実の映画の世界でも同じような事態が起きているというメッセージがありました。20年前、初めて見た時にはワクワクしたCG技術はいつのまにか当たり前のものとなってしまい、どんどん映像の綺麗さなどを追い求めていくようになりました。人々は新しいものを求め続けるのです。
ただ、一番最初に感じた新鮮さを失わないことも大事だと、改めて感じます。毎日から新鮮な体験をできるように日々努力していきます。
ここまで読んでいただきありがとうございました。