私と父の話
私の生まれはまあまあ波乱に満ちたものである。
先に言っておくが、私は自分の生い立ちが「変である」ことがとてつもなく嫌いだ。それぞれあるとか、それが個性とか強みになるとか
色んな人から言われたし、自己啓発の本も読んだ。
でも嫌いだ。嫌いだからnoteをゴミ箱にして掃き出そうと思う。
1986年、アメリカ・ラスベガス生まれ。
父はアメリカ人、母は沖縄県民。典型的なアメラジアン(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/アメラジアン)。父親は軍人だが、私が小学一年の頃に離婚していて、それ以来消息不明だ。
離婚のあらましはこうである。
私の兄は自閉症(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/自閉症)で、知的障害は重度。おうむ返しでしか話せないし、お金などの概念、数字もわからない。具合が悪いことを伝えることもできないし、かんしゃくも我慢できない。
私が生まれた時、兄は2歳半だった。
言葉の遅れ、2つの言語でのコミニュケーション、アメリカの病院での通訳なしの検診。父の転勤(グアム・韓国駐留)
全ては母を追い詰め、壊していった。
母はいつの間にか父と不仲になり、離婚した。
私が3歳、兄が6歳の時に母の故郷、沖縄に来た。
母にとっては父は悪魔だったのかもしれない。
私には大きなシロクマの人形(ココちゃん)や、バービーのお化粧セット(人形と剥がせるピンク色のマニキュアの入ったカバン)、大きな多機能のキーボードをくれた
父が。
「コニーチャン」と呼んでくれたあの父が。
私は父に28年間ほど会っていない。消息も分からない。
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