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亡くなった祖母に導かれた僕。

本当に不思議な出来事だった。


何故か買ってしまった一冊の本



2020年のある日。
僕は図書館で本を借りようと、図書館に行った。コロナウイルスで世の中が混沌とする直前だ。

「今日は何を借りよう? 」

いつものように心を踊らせながら、図書館に続く階段を小気味よくのぼる。

さあ、着いた。
図書館の自動扉に近づいていくと、違和感を覚えた。

ん!? 何か雰囲気が違うぞ……


僕は張り紙に書かれた小さな文字を凝視した。

「コロナウイルス蔓延のため、しばらくの間休館します」

「えっ……図書館が休館……」

今世界で起こっていることの重大さに、全く気付いていなかった。

「図書館で本が借りれないなんて……」

目に見えない得体の知れない何かに、仕事後の楽しみを突然奪われた。
やり場のない苛立ちが募り、僕は立ち尽くした。

でも……仕方ない。

「……じゃあ、本屋でも行くか」

僕は登ってきた階段をまた下りる。

図書館とはちょうど向かいにある、本屋へと足を運んだ。

本屋に向かう途中、考え事をしていた。
本屋の目と鼻の先には、無料で借りられる図書館がある。
果たして、売上に影響がないのだろうか。
それとも、相乗効果で売れるのだろうか。

営業マンだった頃の癖なのか、
無意味な心配が頭をよぎる。

そうこうしている間に、あっという間に本屋に辿り着く。
図書館も本屋も手を伸ばせば、届きそうなくらい近くにあるのだ。

そして入口では、ビジネス書の新刊たちが僕を迎えてくれる。
僕は歩みを緩め、タイトルをチラチラ見る。
インパクトのある言葉に思わず手に取りそうになった。

僕は慌てて手を引っ込める。
違う、違う。
ここに来たのは、ビジネス書が目的ではない。
図書館で小説を借りようと思っていたからだ。

僕はビジネス書の誘惑を振り切り、奥の小説のコーナーへと進んだ。

徐々に小説の表紙が目につくようになる。
やがて、目の前に大きな平台が現れた。

そこにはたくさんの新刊たちが、本の顔でもある表紙をこちらに向けている。

僕は吸い寄せられるように、目を動かしてタイトルの数々を眺めた。
もちろん、本の内容はタイトルを見ただけではわからない。
僕は帯や表紙の雰囲気で、想像する。

「これは、面白そう」
「このテーマは、買うまででもないかな」

何冊か見ていくうちに、
なぜか強烈にひかれた表紙があった。


本当になぜだか、わからない。

直感という言葉で片づけるには、いささか単純すぎる。

もっと複雑だろうが、言語化できない感情だ。

あえて言語化するとすれば、「無性に気になったから」



僕は湧き上がった想いを消化しきれぬまま、平台の手前にあるその本を手に取る。







タイトルは、「ツバキ文具店」



著者は「小川糸」さん。



実のところ、新刊のコーナーへ行っても、お目当ての作家さんがいるわけではなかった。

僕は小説が好き。
でも、たくさんの本を読み漁るほどの読書家ではなく、読んで好きになった作家さんを読んでいくスタイルだ。

自分の好きな作家さんの本はよく読むが、それ以外にはあまりチャレンジしない。故に、他の作家さんのことはあまりよく知らない。

失礼ながら、小川糸さんも「ツバキ文具店」のことも知らなかった。
後で調べてみると、本屋大賞にノミネートされるほどの作品だったことに驚く。


「ツバキ文具店」



前評判も内容もわからない。
でも僕には、この1冊だけが平台でスポットライトを浴びているように見えた。他の本が霞んで見えるくらいに。

よくよく見てみると、ツバキ文具店の在庫は最後の一冊となっていた。

「買おうか、買うまいか……」

僕は本を握ったまま、しばらくの間迷った。

ツバキ文具店をしばらく見つめる。

「まあ、また今度でいいか」

僕は平台に本をそっと戻し、他の本を選ぶために歩き出した。

さきほどと同じように、
新刊の表紙を眺めながら平台のまわりをぐるりと回る。

ゆっくり一周すると、やはりここでも……
「ツバキ文具店」
が目に飛び込んできた。





「買って……買って……」





訴えかけるように、僕を見てくる。
ささやきに吸い寄せられるように、再びツバキ文具店の前まで来た。

ツバキ文具店をもう一度手に取ると、今度は違う想いが芽生えてきた。

「ここでこの本を手に入れないと、後悔するような気がする……」

今手にした一冊が、この世で最後の一冊というのならわかる。
他の人が買ってしまったら、二度と読めないかもしれない。
……でも、そんなことは全くない。いつでも買うこどができるはずだ。

だが……理由なき衝動に、僕はもう抗うことはできなかった。

「……やっぱり買うか」

そこに明確な意志は存在しなかった。
自分の意向とは違う大きな何かに背中を押されるように、
僕はツバキ文具店を手にレジへ向かった。

本を握る僕は、何故か安心していた。
ただ単に手に入れた満足感?
残りあと1冊となった本を手に入れた満足感?
山積みになっていたら、買わなかったかもな……
僕は自分を無理やり納得させ、買った理由を探すのをやめた。

考えても考えても、理由は最後までわからなかった。

「カバーはおつけしますか?」
「おねがいします」

何はともあれ、ついにツバキ文具店を僕の手中に収めることができた。


僕は早速、自宅までの帰りのバスの中で本を開いた。
ページをパラパラとめくる。

どうやら、代筆屋の女性の話のようだ。

「……代筆? 」

あまり聞きなれない言葉だが、初めてではない。
どこかで聞いたことがあるような、無いような……

小魚の骨が喉に引っかかって取れないような、何とも言えない気持ち悪さが、僕の胸に訪れた。

その骨は決して痛みを伴うものではないが、取れそうで、取れない。
思い出せそうで、思い出せない。

気持ち悪さが消えぬまま読み進めていくと、
主人公の祖母であり代筆の師匠でもある「先代」が登場する。

やがて場面は主人公の幼少期へと切り替わり、先代に習字を教えてもらう情景が映し出される。

その時、僕の脳裏に忘れかけていた思い出が、閃光の様に舞い戻ってきた。

「おお、思い出したぞ……」

僕は、祖母に筆を持ってもらいながら、一緒に文字を書いていた。

「ばあちゃん……これじゃあ、ばあちゃんと一緒じゃないか」

先代の姿が、私の中で自分の祖母と完全に一致したのだ。


甦る祖母の記憶

そうなると、先代は、自分の祖母にしか見えなくて仕方がない。

というのも、祖母も習字を嗜んでいたからだ。

自宅では時折、企業向けの表彰状を書く姿を見かけていた。
企業から依頼で表彰状を書くということは、それなりの腕の持ち主だったのだろう。確かに祖母の文字は惚れ惚れするものだった。

自分の受験時には、大きな横断幕のような紙に『継続は力』と書いてもらった。部屋に飾った祖母の力強い文字は、見るたびに心を奮い立たせた。

長男・次男が出生の際には、お願いせずとも『命名』を書いてくれた。
その文字には新たな生命誕生の喜びが感じられる。

祖母の書いた文字には、メッセージやエネルギーが宿り、たくさんの思い出が詰まっている。

そして、ツバキ文具店によって祖母に習字を教わった頃の時間が、脳裏に甦ってきたのだ。


「ばあちゃんとの時間を、久々に思い出してみるか」

僕は、遠い昔に想いを馳せる。

***

僕の家は、母と祖母の3人暮らしの母子家庭。
母はいつも仕事に出ていたので、学校から帰るといつも祖母がいてくれた。
祖母のおかげで、鍵っ子にならずにすんでいたのだ。
そんな僕もご多分に漏れず、おばあちゃん子だった。

家に帰って、TVゲームや遊びに出かけることもあったが、
時々祖母に習字を教えてもらっていた。

僕が習字をする際には、祖母が近くで見守っていてくれた。
習字の事細かなことは、学校よりも祖母に教えてもらったというほうが正しい。

習字には、集中力が必要で書き出しが大事だ。
僕は祖母の見ている横で何度も何度も書くのに失敗した。
集中力も続かないし、書き出しから失敗することもある。

それもあってか、僕が筆を持ったまま、筆を下ろさずに躊躇していると……

見るに見かねた祖母が僕の背中越しから一緒に筆を持ち、
止め・はね・払いなど事細かく教えてくれた。

口で教えたり、お手本として書く姿を見せるだけではなく、
美しい文字はどうやって書くかを体験させてくれたのだ。

祖母は、僕の上に覆いかぶさるような形で筆を持つ。

メモに書く程度の文字数なら数秒もかからないものを、
何秒も何秒もかけて、文字の一画一画を少しずつ丁寧に書いていく。

祖母の筆圧と文字への想いが僕の体全体に伝わり、
不意に胸が窮屈になる。

なんだかよくわからないが苦しい……
早く書き終わってほしい。

当時の自分は何度もそう思ったものだ。

忘れていた懐かしい記憶は、30年以上経った今でも消えずに頭の片隅に残っていた。

ツバキ文具店の1シーンが、すっかりホコリをかぶった胸の苦しさを舞い戻してくれたのだ。

1冊の本、それも1シーンだけでここまで思い出すとは……
僕は、頭の中を一気にかけめぐってきた思い出に驚きを感じつつ、
ページをゆっくりと閉じた。
「ばあちゃん。会えるなら、会いたいな……」


母が教えてくれた、祖母のもうひとつの顔



僕は今大阪住まいで、月に1回は東京出張がある。
実家には必ず寄るようにしているが、よく祖母の話になる。
母も祖母のことが大好きなようだ。

以前の出張時にも祖母の話になったので、僕はここぞとばかりに聞いてみた。
「ねえ、ばあちゃんって企業に表彰状とか書いてたよね」

「実はね、他にも書いているものがあって……」

ん? それは、初耳だぞ。
僕が見ていたのは、表彰状をひとつひとつゆっくりと書いている祖母の姿だけだったからだ。

それ以外って一体なんだったんだ……
僕は恐る恐る聞いてみた。
「他って何? 」
「有名な歌舞伎俳優の年賀状の代筆もやってたんだよ。お金はいらないって言ってたんだけどね」
今まで全く知らなかった祖母の一面が、こんなところで明かされたのだ。
祖母は企業から表彰状を請け負うほかに、代筆も行っていたのだ。


代筆! これだ!!


僕の喉にひっかっていた魚の骨が、ポトンと落ちる。
先代も祖母も、代筆をしていた。

こんな偶然があるのだろうか。

まるで祖母がツバキ文具店の内容を知っていて、僕に買わせたようなものだ。


「これじゃあ、本当にばあちゃんがこの本を買わせたみたいじゃないかよ……」


祖母は、僕に本を読ませて一体何を言いたかったのだろう。

「たまには、思い出してね」

と伝えたかったのだろうか。

「何言ってんだよ。忘れるもんか」

そう、ばあちゃんには言ってやりたい。


その後、僕はもう一度続きから読むことにした。
読めば読むほどに、想像上の先代の輪郭と祖母の姿が重なっていく。

同時に、祖母にしてあげたかったことが、ストーリーと共に押し寄せてきた。
「もっと素直になれば、よかった」
「もっと優しくできればよかった」
「もっとひ孫に会わせてあげたかった」

なんで、なんで……
やろうと思えば、いくらでもできたのに。

消えることのない祖母への想いが、腹の底にズンと重くのしかかる。
僕の心には、後悔という見えないイカリが深く突き刺さり、
その場から動けなくなっていた。

祖母との最後の時間。



僕は入社から大阪・名古屋・大阪・東京と転勤を繰り返していたが、
一瞬だけ東京の実家から会社まで通っていた時期がある。
今から10年以上前の話だ。

しばらくは実家の近くで家を借り、
僕と妻と長男の3人で住んでいたが、妻が次男の出産で大阪に里帰り。
僕は借家を引き払って、実家に住むことにした。

社会人になって一人暮らしを3年ほど続けた後の久々に住む実家は、本当に居心地が悪かった。

反抗期はとっくに過ぎていたはずだが、母にも祖母にも冷たく当たってしまった。
仕事のストレスか、家族に会えないさびしさだったのか、今考えてもよくわからない。
実家住まいは1年足らずだったが、悪態をついてしまった。

東京にいたのは、約1年半。
たった1年半で大きな後悔を残しつつ、大阪に戻ることになる。


それから二年後のある日。
僕は、会社近くのお好み焼き屋で部署の飲み会に参加していた。
いつものようにほろ酔い加減になっていると、ポケットの中でスマホがブルッと震えだす。
母からの電話だ。何かあったのだろうか……

僕は慌てて席を外して、店の外に出た。

「もしもし、どうした?」

一呼吸おいて、母が答えた。


「ばあちゃんが……死んじゃってね……」


弱弱しい母の声が、僕の耳に届く。
同時に、受け入れがたい現実が目の前にやってきたのだ。


「えっ……」



祖母の死。



僕は母の言葉に何も返せない。
夜の闇がさらに深くなり、目の前が真っ暗になってしまった。


「これから、二人でがんばっていこうね……」


母の声はふるえていた。
母のこんな声は、今まで聞いたことがない。

「うん……」
ほとんど言葉を発さないまま、僕はスマホの通話を切った。


真冬の夜の寒さに、心も体も芯からすっかり冷え切ってしまった。
酔いはもちろん、醒めていた。

僕は飲み会に戻り、同僚たちには何も伝えることなく飲むことにした。
おそらく、動揺は隠しきれていなかっただろう。

生まれて初めて、人の死と向き合ったのが
大好きだった「祖母の死」だったのだ。


***

祖母とすごした最後の時間を思い出す。

祖母と最後に言葉を交わしたのは、入院中の病室だった。

僕は祖母の入院中、2回ほど見舞いに行った。

1回目は薬の副作用からか半分錯乱状態だったが、僕は何故か落ち着いていた。「大丈夫だよ」と何度か声をかけてあげた。

だが、二回目の見舞いが最後の時間となってしまうとは思いもしなかった。


祖母の病室に入ると、いつもの祖母がそこにいた。
僕と祖母は短い会話を交わした。本当にたわいもない会話だ。

「ばあちゃん。じゃあ、そろそろ行くね」

病室を出ようとする僕に、祖母が最後に声をかけてくれた。

「来てくれて、ありがとうね」
あたたかい笑顔とやさしい言葉だった。

今となっては、最後に交わせたのが「笑顔」で本当によかった。


運命を変えた祖母からの遺書

祖母が亡くなってから数年後、実家に帰ると母から急に尋ねられた。

「ねえ、そう言えばさ。ばあちゃんの遺書って見せたっけ? 」

ばあちゃんの遺書!? そんなもの、見たことも聞いたこともない。

「いや、ないけど……」

僕はぶっきらぼうに答えたが、本当は見たくて仕方がなかった。

「見せてあげるよ、ちょっと待ってて」
そう言うと、母は部屋の奥へと消えていった。


しばらくすると、母が戻ってきた。

「これだよ」

母は、折りたたまれた1枚の紙を僕の前に差し出した。

生まれて初めて遺書を目にする。

こんな機会が来てしまうとは……



僕はゆっくりと紙を広げると、遺書にはこう書かれていた。


「お母さんに優しくしてね」


おばあちゃん子だった僕に対する遺書が、これか……
遺書とは受け取る人へ一番伝えたいことなはずだが、祖母の遺書はとてもシンプルなものだった。


僕は予想を覆され、少し戸惑った。

でも……よく考えてみる。


このメッセージの中には、「孫を想う気持ち」と「子である母を想う気持ち」の両方が含まれているのだ。

そして、「お母さんに優しく」という短く凛とした言葉に、僕は頬を思いっきりひっぱたかれるような衝撃を受けた。

もちろん、祖母はそんな風に思って書いたわけではないと思う。

かわいい孫の頬をひっぱたきたいとかは思わないはずだ。
しかし、遺書に込められた11文字のメッセージは、僕自身が変わるのに十分だった。僕は目が覚めたのだ。祖母の言葉によって。


祖母の言葉で変わった僕。


祖母の遺書を見て以来、母には優しく接しようと心がけた。
今まで苦労させてしまった分をお返しをするために。
そしていつしか、優しくするのが自然にできるようになったのだ。

そんなときに、僕は気づかされた。

長年家族に対する態度が変わらなかった自分が、祖母の遺書によって大きく変わった。それもたった11文字。
文字がもたらす力は、なんとも偉大だ。
きっと言霊も込められていることだろう。
こんなにも簡単に、僕を変えることができたのだから。

今となっては、母の喜ぶ顔が見たくて本を書いている。
副業で行っているKindle本の出版だ。

副業で本を書いているとカミングアウトすると、
「すごいね、読んでみたいな! 」
と母は楽しそうに答えてくれた。
思ってもみない反応に驚いたものだ。

後日、僕は思い切ってペーパーバックの本を何冊か母に手渡した。
今まで躊躇していたのは、ペンネームがばれてしまうとちょっと恥ずかしいから。そんな小さな理由だ。僕は恥も小さな理由を投げ捨てた。

「ありがとう。なにこれ、すごいじゃん! 本屋さんに並んでるの? 」

母は興奮し、とても喜んでいた。

「これは、amazonで売ってるんだよ」

母の喜ぶ姿に、僕も何だか嬉しくなった。

***

僕は喜びの追い打ちを更にかけるような作戦を企てた。

今年の3月。ホワイトデーのお返しに何をあげようか悩んでいたところ、
名案が僕の頭に舞い降りてきた。

「そうだ。この前書いた新刊をプレゼントしよう」

もちろん、チョコのお返しの定番はお菓子だ。

でも、本好きな母には息子が書いた本の方がいいに決まってる。
これは絶対に喜んでもらえる。そう思ったのだ。

僕は迷うことなく、amazonで自分の本を注文。
送り先を東京の実家にした。ギフトカードも付けて。

僕は何も言わず、その時を待つ。母からなんと返事が来るか。

***
そして、ホワイトデー当日。
LINEの通知が来たのは、18時を過ぎてからだった。

「すごいね! また新刊だしたんだね。全然忘れていたよ。ホワイトデー、どうもありがとう」

キラキラしたメッセージに、母の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
よし。作戦は大成功だ。

祖母が僕に伝えてくれた「お母さんに優しく」は、やがて「お母さんを喜ばせる」ということに変化していった。

「優しく」の上位互換が「喜ばせる」なのでは? 
喜んでもらうことは、こんなにも楽しいものなのか。
そんな風に思っている。

そして、一時の後悔が消えてなくなるほど今を楽しんでいる。

きっかけは間違いなく、祖母が遺した言葉だ。

祖母に導かれるように、本を手に取る。
祖母の言葉に突き動かされるように、変わる。

まるで、祖母が僕と母を幸せへと誘うように……

東京出張から大阪へ戻る朝に必ずすること。
実家にある祖母の遺影に挨拶をして帰ることだ。

「ばあちゃん、またね」

そう言うと、ニッコリと微笑む祖母の写真は頷くように見えた。
「来てくれて、ありがとうね」


次に帰るときは、墓参りに行くね。

ありがとう、ばあちゃん。

終わり。

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