【声劇台本】幽霊探偵ミエル~被害者は名探偵~【0:0:2】
台本利用規約
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【概要】
・所要時間:25分
・人数:不問2
※男女比は執筆時の想定です。指定するものではありません。
【登場人物】
ミエル 探偵。気が付いたら自分は死んでいて幽霊になっていた。
自分がなぜ死んでいるのか、推理をしていく。
男女不問
ナレーション 状況をリスナーに伝える大事な役
幽霊になったミエルにはなぜかナレーションの声が聞こ
えてしまう
物語の進行上必要な情報だけを提供していく。……。
【本編】
ミエル :うーん。なるほど。
:事件なのか、事故なのかわからないけど
:どうやらボクは、死んじゃったみたいだね
:まいったなぁ
間
――タイトルコール
ミエル :幽霊探偵 ミエル 「被害者は名探偵」
――掛け合いは軽快に、コミカルなシーン
――ナレーションを遮りミエルのセリフ
ナレーション:都内某所。とある探偵事務所には(遮られる)
ミエル :幽霊って本当にいたんだな
:まあ、ボクのことだけどさ
――さっきより少し大きく、少しいら立っている
ナレーション:都内某所。とある探偵事務所に(遮られる)
ミエル :こりゃあこれから肝試しとか怖くて出来ないね
:あ、でもボクが幽霊だから、脅かす側かー。
:うまく出来るかな
――さっきより更に大きく、いら立っている
ナレーション:(咳払い)都内某所っ、とある探偵!(遮られる)
ミエル :うるさいなー。そんなに大きな声出さなくても聞こえるよ
ナレーション:……はい?
ミエル :だから、普通に話してくれればちゃんと聞こえるってば
ナレーション:聞こえてる、のですか? 私の声が
ミエル :そりゃあねぇ。耳元でガンガン喋られたらね
:聞こえないふりにも限度があるよね
ナレーション:あの、私はナレーションでありまして
:あなたに向けてではなく、リスナーに対して
:状況の説明をですね
ミエル :え、どうしてこうなったか知ってるの?
ナレーション:はい、何せ私、ナレーションですので
ミエル :ラッキー。じゃあボクもみんなと一緒に聞くから、
:いちから話してくれる?
ナレーション:わかりました。……え?
:いやそれは、まずくありませんか
ミエル :なんで?
ナレーション:いえ、あの、通常ナレーションというのは
:お話の登場人物には聞こえないんですよ
:リスナーにだけ聞こえるものでしょう
ミエル :まあ、そうだよね。ドラマとかでもね、
:そういう感じだもんね
ナレーション:ほっ、よかった。わかって頂けましたか
:では、これから状況説明のナレーションを入れますので
:くれぐれも、盗み聞きしないでくださいよ?
ミエル :うーん、それはちょっと無理かも
ナレーション:どうしてですか
ミエル :だって聞こえちゃうものは聞こえちゃうし
ナレーション:はぁ。困りましたね…仮にもこの作品は
:「幽霊探偵ミエル」というタイトルですから、
:これからお話しすることを聞かれてしまっては、
:探偵ものの醍醐味(だいごみ)である
:「推理パート」が、台無しになってしまいますよ
ミエル :そんなことボクに言われてもね
:なんかこう、上手い感じでよろしく頼むよ
ナレーション:そんな無茶な……(ため息)、
:仕方ないな…(軽く咳払い)では、改めまして
:「都内某所、とある探偵事務所には死体が一つ」
:「それは事務所の看板でもある、ミエル探偵のものだった」
ナレーション:……ふぅ
ミエル :え? おしまい?
ナレーション:はい
ミエル :それじゃ何もわからないじゃない
:ボクが見てる景色と同じじゃない
ナレーション:はい
ミエル :つかえねぇ…
ナレーション:はい?
ミエル :いや、ここはさ。詳細にこの状況を説明してね?
:更には事件が起こる前後の話もしてね?
:「なるほど犯人はあいつか」っていうのが
:リスナーにわかってね?
:ボクがその犯人を、徐々に追い詰めていくのが
:いいんじゃないかと思うんだよ
:時に犯人を間違えそうになり、
:「そっちじゃないよ! こいつが犯人だよ!」って
:リスナーをハラハラさせたりね?
:でもってそこで新たな証拠とか、見落としていた情報とかに
:気づいてね?
:真犯人に迫っていくっていう。
:そういうのがいいんじゃないかな
ナレーション:でも、私が詳細を喋ってしまうと、
:リスナーもろともあなたも聞いてしまいますよね?
ミエル :そうだよ?
ナレーション:ダメじゃないですか
ミエル :どうして
ナレーション:「あなたも真犯人をわかっている」ということが
:リスナーにもわかっちゃうでしょう
ミエル :あー
ナレーション:そんな中、犯人を間違えそうになるなんて、
:茶番以外の何物でもないでしょう
ミエル :確かにそれは冷めるかも
ナレーション:「かも」じゃありませんよ。冷めます。
ミエル :うまくいかないねぇ
ナレーション:それで。さっきからずーっと部屋の真ん中で
:プカプカ浮いてますけど、どうしますか?
ミエル :そりゃー犯人を見つけなきゃだねい
ナレーション:ほほう。では、これは事件だと?
ミエル :おいおい、いくら何でもボクを馬鹿にしすぎでしょ
:ほら見て。うつぶせに倒れているボク。大量の血痕
:割れたグラス、荒らされた部屋。
:他には何が見える?
ナレーション:そうですねぇ…散乱した書類に、食べかけのピザですか?
:もったいない、埃まで積もって…掃除くらいしてください
ミエル :うるさいな、途中でおなか一杯になっちゃったんだろ。
:そういうのは生きてるときに言ってくれ
ナレーション:さすがに凶器は落ちて、ませんね
:あー、水までこぼしてますよ。子供じゃないんですから
ミエル :あのね、それはきっとあのグラスの中身でしょ。
:落ちてこぼれたんだよ、多分
ナレーション:そういえば血は結構出てますけど、傷が見えませんね。
:ちょっと、仰向けになってもらえません?
ミエル :無茶をいうなよ…ボクはもう死んでるの
:とにかく、この状況を見れば、ただの小学生でもわかるね。
:これは殺人事件だよ
ナレーション:ほう
ミエル :さらに言うなれば、ドアや窓の鍵はかかったままだ。
ナレーション:つまり……
ミエル :つまり、「密室殺人」ってことだね
ナレーション:(拍手)いやぁ素晴らしい。さすがは探偵ですね
ミエル :まあねー
ナレーション:ではもしかして、すでに犯人の目星も?
ミエル :んー、それがねぇ。事件の前後の記憶が曖昧なんだ。
:頭も混乱していてね、考えがまとまらないんだよ
ナレーション:随分と落ち着いているように見受けられますが
ミエル :それはただのポーカーフェイス。内心はドキドキだよ
:体は宙に浮いていて、見下ろせば自分の死体。
:気が付いたら幽霊になってましたなんて。漫画だよ
ナレーション:これは声劇ですよ
ミエル :どっちでもいいさ。とにかくもうちょっと落ち着いて、
:事件前後の記憶を取り戻せれば
:推理も何も必要ないってこと。
ナレーション:なるほど被害者自身の記憶があれば、
:確かに犯人なんて「文字通り」見たままですもんね
ミエル :そういうこと。順番に思い出していくしかないかぁ
:とりあえずパッと思い出せる一番新しい記憶は……
ナレーション:記憶は?
ミエル :…そうだ、レベッカとダイナーに行ったな…
間
ミエル(M) :何か月もかかった大きめの依頼が無事片付いたので、
:労いも兼ねて助手のレベッカを連れてディナーに行ったんだ
:フルコースでも良かったんだけど、
:ワインよりはビールの気分でね
:それで、いつものダイナーに向かうことにした。
:「ビールにはやっぱりこれね」と、
:彼女はおいしそうにオニオンリングをつまんでいたけど
:残念ながら、ボクはオニオンリングより
:ハンバーガーの方が好きだ。
:あの店のハンバーガーはうまい。
:だけど、ビールには絶望的に合わない
:この時も、ビールとハンバーガーを順番に口に運んでは
:渋い顔をするボクを、レベッカは笑っていた
:「ほら、だからオニオンリングが一番」ってね
:食事を終えて店の前でレベッカとは別れた
:「また明日」、確かにそう言って手を振ったな
:まさか、それが今生の別れになろうとはね。
:人生なんて、わからないものだね
:それはともかく、また面倒な依頼が舞い込む前に
:たまには書類整理でもしようかと
:ボクは事務所に戻ったんだ
:そして……
ナレーション:あの
ミエル :なんだい、ナレー。デリカシーのないやつだな
:今、名探偵がみるみるうちに犯人に迫っているところだろう
ナレーション:え、なんですか、そのナレーというのは
ミエル :愛称だよ、愛称。ニックネーム。オーケイ?
:いちいちキミとかお前ってわけにもいかないだろ
ナレーション:あー、ナレーションだからナレーですか
ミエル :そういうこと
ナレーション:本来であれば、私とあなたが言葉を交わすことは
:なかったはずなのですが
:こういう状況ですから、仕方ありませんね
:私は何とお呼びしましょうか。ミエル、さん?
ミエル :ミエルでいいよ。友達はみんなそう呼ぶ
ナレーション:友達、ですか
ミエル :なんだよ、いやかい
ナレーション:いえ、そんなことはありませんが、
:なにぶん、こういう立場なので
:誰かと言葉を交わしたこともありませんし、
:友達なんて今まで…
ミエル :お、じゃあボクが初めての友達だね
ミエル :ナレーはボクにとっても、幽霊になってから初めての
:友達だし、初めて同士、ちょうどいいじゃないか
ナレーション:変わった方ですね
ミエル :ナレーは人かどうかも怪しいけどな。声しか聞こえないし
ナレーション:ナレーションですから
ミエル :はいはい。それで?
ナレーション:はい?
ミエル :いやいや、ボクの話の腰を折ったんだ。
:それなりの釈明を求めたいんだが
ナレーション:ああ、そうでしたね。すみませんミエル
ミエル :……いいね、友達って感じだ
ナレーション:なんだか、少々照れ臭いですね。
:(小さく咳払い)ではミエル、先ほどの話ですが
ミエル :うん。何か見落としでもあったかな?
:事件にかかわる情報が混じっていた?
ナレーション:先ほどの話は、何もかも間違っています。
ミエル :……え?
ナレーション:ミエルは大きな依頼など片付けていません。
:というかそんな依頼がこの事務所に来たことはありません。
ミエル :…え? 来たことないの?
ナレーション:それからレベッカなんていう助手もいません。
:誰ですか、レベッカって。
ミエル :…いないの? レベッカ。金髪の。
ナレーション:ミエル、あなたはビールなんて飲めないでしょう。
:「色が似てるからー」とか言って
:ジンジャーエールを呑むのが関の山です。
ミエル :そんなばかな! ボクは記憶では確かに……
ナレーション:あ、申し訳ありません。
:何もかも間違っていたわけではありませんでした
ミエル :そうだろうとも。友達になった途端失礼なやつだ。
:ちゃんと訂正して謝ってくれよ
ナレーション:オニオンが苦手で食べられず、
:ハンバーガーが大好きというのは本当でした。
ミエル :そんなところはどうでもいいよっ
:じゃあ、ボクのこの記憶はなんなのさ?
ナレーション:やはり、亡くなった時のショックで
:少々混乱されているようですね
:夢を見ている感じというか、
:事実と空想が入り混じっているといいますか。
ミエル :うーむ…しかし、外出していて、夜中に事務所に
:戻ってきたということ自体は流石にあっているだろう
ナレーション:いいえ、間違っています。
ナレーション:あなたは、今日、一歩も外に出ていません。
ミエル :マジ? じゃあどうしてこんなにもはっきりと
:覚えているんだい
:どうしてボクは殺されてるんだい。この記憶はなんなんだい
ナレーション:それはお答えできません。私の仕事はナレーション
ナレーション:リスナーをがっかりさせるわけにはいきませんので
ミエル :……むぅ
ナレーション:…さあ、推理を続けてください、ミエル
若干の間
ミエル :ん? ……ふむ。なるほどそういう仕組みか。
ナレーション:はい?
ミエル :(自信たっぷりに)いやいや、何でもないさ。
:これは迷宮入り、ってことだよ。
:天晴れ(あっぱれ)な犯人に賞賛を贈ろう
ナレーション:ちょっと、諦めるのが早すぎませんか
ミエル :だってさー、こんなに鮮明に覚えているのにまるで事実と違うわけだろう
:こうも記憶を改ざんされては、羅針盤もなしに大海原へ
:放り出されたようなもんさ。お手上げだね。
ナレーション:お気持ちはわかりますが……。
:とはいえそんな簡単に投げ出されても、困ります。
:お話が前に進まないじゃないですか。
ミエル :そりゃね。ボクだって自分がどうして死んだのか知りたいさ
:誰に殺されたのか、真犯人を突き止めたいよ
:でも、最大の足がかりが根底から覆されたんだ。
:どうしろっていうのさ
ナレーション:そこをなんとかするのが探偵の手腕では?
ミエル :ナレーの話を聞く限りじゃ、
:およそ腕がよかったとは思えないけどね
:助手もいなければ、大きな依頼も来たことがないだなんて
ナレーション:ああ、いえ、待ってください。助手はいましたよ。
:レベッカではない、というだけです。
ミエル :へぇ。でもどうせ、ろくでもないチビで眼鏡をかけた、
:探偵に憧れてるだけの、
:使いっぱしりもまともに出来ない子供だろう
:まったく生きていたころのボクは何をしていたんだ
ナレーション:落ち着いてくださいミエル。違いますよ、
:あなたの助手はとても優秀でした
ナレーション:遅刻はしたことなく、てきぱきと仕事をこなし、
:書類はいつでもフォルダの中に整理されていた
ナレーション:あなたにはもったいないほどの助手でしたよ
ミエル :もったいないほどの助手ねぇ。
ミエル :ふむ、それほどの助手たちを従えていたってことは、
:やはりボクは名探偵だったのかな
ナレーション:助手はその一人だけですよ。
:ほかの人たちは愛想を尽かせてとっくに出ていきました
ミエル :あ、そ…
ミエル :まーでも、おかげで簡単に解決しそうじゃないか
ナレーション:というと?
ミエル :明日の朝までここで待っていよう
ナレーション:どういうことですか?
ミエル :その優秀な助手は、きっと明日も遅刻をしないだろう
ミエル :時間通りに出勤し、この現場を見れば、即座に状況を理解し
ミエル :しかるべき対処をし、真犯人も見つけだし、
:(指を鳴らす)めでたしめでたしだ
ナレーション:そんなことはいけませんよ、あなたが探偵なのですよ?
:探偵が推理を放棄して、
:助手任せでめでたしめでたしだなんて。
ミエル :放棄なんてしないさ。ただ推理の為に、
:証拠や情報を集めてもらおうってわけ
:何せほら、ボク幽霊になっちゃってるわけだし。
:自分であれこれ調べられないでしょ? ペンも持てないしさ
:なーに、心配するなよナレー。
:朝になれば、ボクの助手がうまくやってくれるさ
:それに、記憶にない助手の顔も、見てみたいしね
ナレーション:……しかし、いや……
ミエル :どうしたんだい、ナレー
ミエル :キミが言葉に詰まるだなんて、「らしくない」じゃないか
ナレーション:いえ、何でもありません。
ミエル :自分で言ってたじゃないか。
:優秀な助手は、遅刻をしたことがないって。
ナレーション:それは、そうですが、しかし…
:と、とにかく、あなたが探偵なのですから
ミエル :ナレー。キミはまったく、正直者だな。
:なんだか懐かしいよ。
ナレーション:懐かしい、ですか
ミエル :よくわからないけどね。でもま、悪い気分じゃない。
ミエル、ゆっくりと部屋を見渡す
ミエル :……うん。探偵、ね。
:ナレーがそんなにボクに推理させたいなら仕方ない。
ミエル :やっぱり探偵からは、こういう言葉を聞きたいだろう?
ナレーション:なんです?
ミエル :なぞは、全て、解けた
ナレーション:そんな、まさか、本気で言ってるんですか?
ミエル :最後に一つだけ質問、いや、確認しておこうかな
ナレーション:確認、ですか
ミエル :ああ。ナレー…
ナレーション:なんでしょうか、ミエル
ミエル :ナレー、助手は、明日の朝、ここに来るに決まってるよな
ナレーション:……それは…
ミエル :それで十分さ。
ナレーション:ミエル、あなた本当に、犯人がわかったのですか。
ミエル :ああ。もちろん。ちょっと、ズルかもしれないけどね
ナレーション:しかし、推理らしい推理をしてるところなんて(遮られる)
ミエル :(遮って)聡明なるリスナー諸君なら、もうお判りでしょう
:誰がボクを殺したのか。証拠と、情報。
:パズルのピースは全て、揃ったのですから
ナレーション:あれ、それ、お話を進める大事なセリフ!
:私のセリフじゃないですか?!
ミエル :まあまあ、いいじゃないか友達なんだから
ナレーション:友達だからって……、
:(咳払い)それでは、聞かせてください。あなたの、推理を。
ミエル :いいねー。盛り上がってまいりました!
:探偵ミエルの、いや、幽霊探偵ミエルの
:初推理といこうじゃないか
間
ミエル :まずは状況を整理しようか。
ナレーション:はい
ミエル :被害者は?
ナレーション:当然、ミエルですね
ミエル :うん、そうだね。…改めて見ると不思議な光景だな…
ナレーション:それは、そうでしょうね
ミエル :じゃあ次に、これは事故や病死か、
:それとも殺人か。どれだと思う?
ナレーション:部屋の状況的にも、殺人、ということになるのでしょうか
ミエル :ボクもそう思うよ。死因は残念ながら正確にはわからないけど、
とりあえず失血死としておこうか
ナレーション:血も沢山出てますし、それでいいと思います。
ミエル :では次は、いよいよ容疑者だね
ナレーション:…ミエルに簡単に近づける存在…とすると助手、でしょうか
ミエル :助手、ね。確かに助手ならなんの警戒心も持たれずに
:ボクに近づけるよね。ふふ
ナレーション:何か、おかしいですか?
ミエル :いやいや、他には誰か考えらえるかな
ナレーション:部屋も荒らされていますし、例えば物盗り目的の泥棒とか
:これまでの依頼で、ミエルに恨みのある誰かとか、ですか
ミエル :なるほどなるほど。可能性はゼロではないんだろうけど、
:そいつらは違うかな
ナレーション:どうしてです? この荒らされ方は、
:何かを探していたかもしれませんよ
:恨みを持っていたものと激しく争って、
:こんな状態になったっていうことも考えられます。
ミエル :ふふ、いいね、乗ってきたじゃないか、ナレー
ナレーション:……恐縮です。
ミエル :でもちょっと思い出して。いいかい、この部屋はドアも、
:窓も、全ての鍵がかかっている。
ナレーション:あっ、そうでした
ミエル :そう、ここは密室さ
:短絡的な物盗りや、ボクを殺したいほど恨んでいる奴が、
:こんな丁寧な仕事をすると思うかい
:トリックを使ったのか、それこそ合鍵を使ったのか。
:なんにせよ、お行儀よくカギをかけていく理由がないよ
ナレーション:それは、まあ。じゃあ、やはり助手ですか
ミエル :うーん、ボクは助手でもないと思ってるんだよなぁ
ナレーション:どうして、ですか
:助手ならば、合鍵ももっているでしょう。
:あなたを殺して、何事もなかったようにカギをかけて、
:この場を後にした
ナレーション:部屋を荒らしたのは、
:物盗りに見せかけるためのカモフラージュとか
ミエル :落ち着きなよナレー。
:その助手は大層優秀なんだそうじゃないか
:ボクの考える優秀な助手なら、
:カモフラージュで部屋を荒らした後に、
:カギをかけたりしないよ
:むしろドアのカギを壊しておくね、
:物盗りに見せかけるためならさ。
ナレーション:なるほど……、しかし
ミエル :ボクが、助手は犯人じゃないと思うのはもっと違うところさ
ナレーション:それは一体、なんでしょうか
ミエル :ふふ、上手いね。さすが名ナレーション。
ナレーション:からかわないで、教えてください。
ミエル :いいだろう。その答えは……
ミエル :助手は、「明日の朝、ここには来ない」からだよ
ナレーション:そ、それは、あなたを殺したんですから、
:普通逃げるんじゃないですか? 何もおかしいことは
ミエル :仮に本当に助手が犯人だったとしよう。
:…動機は、そうだな。給料の払いが悪いとかにしようか
:どうせ本人がいなければわからないことだしね。
:優秀な助手のことだ。きっとボクの死体を調べても、
:助手につながる証拠は出てこないだろう
:そして、何食わぬ顔で明日の朝、時間通りに出勤し、
:第一発見者になるのさ
:警察に通報し、事件は証拠不十分でそのまま迷宮入りだね。
:完璧だ。
:ところが、助手は明日、ここにはこない
:他の助手がボクに見切りをつけても出ていかず、
:ボクを支え続けた優秀な助手は、なぜか明日こないのさ
ナレーション:ですからそれは、あなたを殺して逃げるために
ミエル :なぜならば。
ミエル :なぜならば「助手はもう、とっくに死んでいるから」
ナレーション:なっ…そんな、そんなことはどこにも
ミエル :優秀な助手、でした、か。
ミエル :何も明日来ないことは不思議じゃないんだろう
ミエル :今日も、昨日も来ていなかったんだろうさ
ナレーション:そんなの、どうしてわかるんですか?
:わからないじゃないですか
ミエル :それが、ちゃんとわかるんだよ。
:よく部屋を見てごらん。どう見える?
ナレーション:カモフラージュの為に、荒らされた部屋です
ミエル :…違うね
ナレーション:違う?
ミエル :荒らされたんじゃなくて、助手がいなくなって、
:散らかっていったのさ。まるで荒野のようにね。
ミエル :いつもてきぱきと仕事をこなし、書類を絶えず整理して、
:すべてフォルダに細かく分けるようなやつが
:埃がかぶるまで、ピザを置きっぱなしにすると思うかい
ナレーション:助手は出張していてしばらくいなかったとか……
:そうですよ、ミエルを殺害するため、その出張を
:利用して着々と準備していたのかも
ミエル :助手を出張に出すほど、忙しい事務所だったのかい?
ナレーション:いえ、そんなことは
ミエル :はっきりいうね。はは。
ミエル :(息を吐く)、助手は、きっと随分前に死んだんだろう
:病気か、事故か、殺人か。最後までボクを慕い、
:ついてきてくれた助手は、何らかの理由で死んだのさ。
:なぜだろうな。何も思い出せないよ。
:顔も、声も。何もかも。
:助手については何も思い出せない。
:それ以外の記憶も、
:さっきの例で行くとあてにはならないけどね。
:これが死ぬってことなのかな?
ナレーション:では、助手は、死んでいたとして。
:容疑者がいなくなった今、ミエルは、
:誰が真犯人だというのですか
ミエル :何を言っているんだナレー。まだ一人残ってるじゃないか。
:シンプルで、確実な容疑者が。
ミエル :もちろん、「ボク」だよ
ナレーション:…ボク? ミエル自身が犯人だっていうんですか?!
ミエル :そうだとも。ボクを殺したのは、まぎれもなく、「ボク」さ
ナレーション:自殺だっていうんですか!
:探偵ミエルは、自ら命を絶ったと?
ミエル :自殺も立派な殺人さ。残念ながら動機はわからないけどね。
:これがミステリー小説ならファンから暴動が起きるよ
:自殺だなんて、さ。
ナレーション:……そんな
ミエル :ナレー。ボクはキミに謝らないといけないかもしれないね
ナレーション:どういう意味、ですか
ミエル :ボクはね、キミは全てを知っていると思っていたんだ。
:すべてを知ったうえで、「お話」を進めるために、
:ボクになぞかけをしているとね
ナレーション:その通り、です
ミエル :でも違った。僕を殺した犯人だけは、
:キミは知らなかった。
ナレーション:いや……私は、ナレーションとして
ミエル :ナレー。キミは正直者だ
ミエル :ボクの発言の「間違い」を、
:必ず訂正してきたね
ナレーション:……当然です、役目ですから。
ミエル :しかし真実に近づくであろう問いは答えなかった
ナレーション:……リスナーのためです。
ミエル :ふふ。全てを知っているわけではないナレーの意見は、
:ミスリードを誘うかもしれなかったから、だろ
ナレーション:……私は、「お話」が、私
ミエル :ボクの推理を、邪魔してしまうかもしれなかったから
ナレーション:……私は、「助手」が、あなたを、あなたの命を
ミエル :ボクの言っていることが正しければ、キミは黙る。
:間違っていれば訂正する。
ミエル :ボクはただ適当にカマをかけていれば、
:いずれ真実にたどり着けるってわけだ。キミのおかげでね
ナレーション:…確かに、それはズルですね…
ミエル :ああ。そうだね。
:死因がご法度なら、その推理もズル。
:そりゃあ、閑古鳥も鳴くのをためらう事務所になるはずさ
ナレーション:では、ミエルを殺したのは本当に、ミエルなのですか
ミエル :その通りだナレー、ボクを殺したのは、「ボク」さ
ミエル :ボクの優秀な助手じゃあないんだよ。
ナレーション:……っ、そう、ですか
ミエル :本当に、キミは優秀な「ナレーション」だな
ナレーション:私はっ! ナレーション……っ
ミエル :悪かったね。随分待たせた。
ナレーション:ミエル…? 何か思い出したのですか?
ミエル :いいや、何でもないさ。何も覚えていないんだ。本当だよ。
ミエル :ただ、そう伝えるべきな気がしてね。不思議な感覚だ。
ナレーション:やはり、あなたは名探偵ですよ。
:世に馳せる、ふさわしい事件がなかっただけで
ミエル :何言ってるんだい。そんな物騒な事件、
:ない方がいいに決まってるだろ。
:馬鹿だなナレーは。昔っからさ
間
ミエル :さてと、推理ショーはこれで終わりだ。満足したかい?
ミエル :採点結果をもらおうかな
ナレーション:真実はきっと、ミエルの言った通りなんだと思います。
ミエル :100点満点ってことかな。いやー、まいったなぁ
ナレーション:何を馬鹿なことを。
:ナレーションに話しかけるなんて反則技で…
ミエル :おいおい、そもそも幽霊なんだぞ、こっちは。
:最初から反則みたいなものだろう
ナレーション:ふふ、実にあなたらしい。
:最高のショーでした。ありがとうございます。
ミエル :ふふ
ミエル :ちなみにさ、本当の死因はなに?
:親父にもらった22口径かい?
ナレーション:さあ、それはお答えできません。
ミエル :ちぇ。つまんないなー。知らないだけなんじゃないのかー?
ナレーション:はぁ…まったく。普通、死因より、
:どうして自殺したのかを考えるんじゃありませんか
ミエル :そんなことどうでもいいさー。ボクが考えて、
:それで選んだんだろ。どうせろくでもない理由だよ
ナレーション:流石ご自身のことは、よくわかってますね。
ミエル :うるさいよ、ナレー
ナレーション:はいはい。
ミエル :さーて、じゃあ、始めますかー
ナレーション:始めるって、何をですか?
ミエル :決まってるでしょ。せっかく幽霊になったことだし、
:「新しい優秀な助手」も見つかったことだし
ナレーション:助手っていったい誰のことで
ミエル :幽霊探偵事務所。開業するぞー!
:これからよろしくねー、ナレー助手!
ナレーション:いえ、あの、私にはナレーションという大事な務めが…
ミエル :いいからいいから、じゃんじゃん仕事とってきてよー。
:忙しくなるぞー
ナレーション:はぁ……
ミエル :はーい、ため息つかなーい。明るく楽しくねー
ナレーション:はぁぁぁ……この人は本当に…昔から……
間
ナレーション:「都内某所、とある探偵事務所には死体が一つ」
ナレーション:「それは事務所の看板でもあるミエル探偵のものだった」
ナレーション:「ミエル探偵の右手には、
:くしゃくしゃになった写真が一枚、握られていた」
ナレーション:その写真に映っていたのは(遮られる)
ミエル :それでは皆さん、また会う日まで
ナレーション:ちょっと、まだ私のセリフの途中じゃないですかっ
ミエル :固いこといわなーい。ほら、本当に終わるよ。
:最後に皆さんに挨拶しときなさい
ナレーション:…ふぅ…まったく。(咳払い)それでは皆さん、
:次の事件でお会いしましょう
ナレーション:幽霊探偵事務所。開業です。
了