ライオン

 クリニックにライオン?黄色いたてがみはポストイット、パソコンのディスプレイにぐるり貼られている。カルテの操作性改善は高速化が鍵だったが、ライオン撲滅は全く異なる挑戦だった。
 伝言、確認、催促は、どんな職場にもある。在宅医療クリニックでポストイットがライオンになるのは、司令塔の医師が常時外出、診療中は携帯を受けられないからだ。事務スタッフが伝言することになる。内容はこんな感じ。

「ケアマネージャーから退院予定日連絡あり」
「日中独居のため鍵預かる」
「本人は認知症を否定しているので注意」
「家の前は駐車禁止」
「診断書〇日までに」
「銀行引落の同意書もらう」
「コーヒー味がお好み」
「次回交換のチューブ」
「病院搬送は長女様に連絡」
「来月、特養入居」
「インフル注射奥様も希望」
ここまで患者関係だが、医師への伝言もある。
「薬局から問い合わせ」
「訪問看護ステーション○○様にお礼」

 事務は、医師が手空きに電話してくれるのを待つが、急ぐ場合は看護師に伝言する。たとえば、処方せんについて「薬局が返事を急いでいます」だが、患者宅ではポストイットにメモすることができない。行き違いのリスクがある。関係者(患者家族、ケアマネージャー、老人ホーム、訪問看護師、訪問薬剤師など)からのクレームの上位が連絡ミスだ。
 医師が確実に見るカルテ画面にメモを表示できないか。看護師や事務の要望に応えると、今度は医師からクレームだ。クリニックに居たライオンが、医師のパソコンに移動してくるのだから無理もない。ポストイットを越える、何かメリットが必要だ。
 医師は生死を預かっている。味の好みや駐車禁止にまで気遣っていられない。こんな些細なメモ読んでられない、が本音だとしても、そうは言えないから、代わりに「画面が煩雑だ」となるのだろう。
 別の問題も起きた。「どこに誰が何を書く」月間ミーティングで何度も議題となった。メモ欄は誰でも何でも書ける。雑多な散文の長いメモは読むのが大変。内容は経過で変化していく。そして、複数のメモ欄に同様の内容を書く人まで現れた。どうしても伝えたいのだ。
 要望、修正、クレームを繰り返したが、一年もするといつの間にか終息した。その後、新しい医師や新しいスタッフが加わっても、当初の議論は再燃しなかった。また他のクリニックにシステムを導入してもスムースだった。
ライオン撲滅は次の方針で達成した、というのは嘘。もみくちゃの結果、たどり着いたにすぎない。言い換えれば、利用者と運用方法を実験しながら試行錯誤という開発だった。誰かが仕様を決め、開発し導入する従来型開発とは対極である。利用者もシステムに合わせて進化した。

【目的を絞り、小さいメモ欄】
 タイトルを「備考」とすると何でも書ける。端的に書いてもらうため、目的を明確にする。たとえば「住所の補足説明」(進入方向や駐車上の注意)

「インフル注射」(インフルエンザ予防接種の申し込み)のように単一目的にした。そして、欄の大きさを最低限に。広いといろいろ書こうとする。ちなみに、ワクチンには賞味期限がある。希望者を募ってからワクチンを購入したい。専用のメモ欄を設けたことで集計が楽になり、期限切れを削減できた。

【誰がいつ書いた】 ポストイットが机に置かれていても、誰が書いたか分からない。「これ、誰?」と聞き回ることもある。誰といつが分ると「あの件かな?」と類推も効く。

【時系列とまとめ】 日時順のメモは、ある案件の経過を知るのに役立つ。入院すると連絡が来たが、その後、長女と相談して思いとどまる。そういう経過が分ると行き違いも防げる。しかし、患者の全体像を把握するとき、経過情報はむしろ邪魔である。まとめは最新情報だけでよい。そして、この型のメモ欄は広くとった。

【既読】 時系列型のメモは、いま読んでほしい。目立つようポップアップにしたが、すぐにクレーム「いちいち消すのが面倒」。そこで、既読ボタンを設けた。既読にすればもうポップアップしない。
 誰がいつ既読にしたか、も表示した。これが普及の起爆材になった。既読はモチベーションになる。
 メモを全員が書くようになると「メモ消滅事件」が起きた。メモ欄が空白?いや、消えるはずなどない、とスクロールすると見つかった。多数の改行が挿入され、それよって本文が欄の枠外に押しやられていたのだった。そう説明しても「消えた」と叱られる。翌日も発生する。そこで、連続した改行を含むメモを探し、改行を自動で削除してしまうプログラムを毎晩走らせた。スマホ入力に慣れていなかったのが原因らしい。これもいつの間にか終息した。

 クリニックを見渡すとライオンは居なくなったが、看護師が診療から戻り、パソコンに向かい、あちこち入力していることに気づいた。患者宅に電話し、診療後の様子を聞く。「熱下がりましたか?」「食事はとれました?」「物品の在庫は?」次回への申し送りをメモしている。そして、同席できなかった家族やケアマネージャーにFAX。
 それらを一つの画面に集約し、一気に入力し、FAX送信までできる画面を試作してみた。マニュアルも研修もしなかったが、遠目に画面を覗くと、使ってる、使ってる。利用の実態を知れば、使いやすい画面を作れる。使いやすければ浸透する。ヒットが打てると開発は楽しくなる。
https://homis-mics.jp/

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