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国保連

 国保連でのドタバタにもリクエストがあった。
 私が国民健康保険団体連合会を知ったのは退職してから。区役所に申請すると保険証が切り替わる、それだけの知識だった。
 クリニックは、社会保険は支払基金に、国民保険は国保連に請求する。締め切りは同じ10日だから、私はきょう両方に行かなければならない。九日、クリニックでのCD作成を部下が手伝い、十日朝、駅で部下からCDを受け取った。
 支払基金の受付は普通の会議室だ。教室程度の広さを3日間だけ受付にしている。ただし、室内は受け取ったものを並べるためだから、行列は廊下にできる。
 国保連の受付は、バレーコートが四面とれそうな広さだ。天井も高い。机がずらりと並び、おばさんたちが開封作業をしている。机の間を宅配業者が走り回っている。まるで体育館で物品仕分けをしている避難所の光景だ。
 どこに提出すればいいのだろう。午前中、CDを持ってくる人はいないらしい。ウロウロしていると、「どちらですか?」と声をかけられた。交通整理のように、おばさんが近づいてきた。クリニックの住所を言うと「Eの机です」と案内してくれた。
 机のリーダーらしき人に、CDを確認してもらいたいと話す。新システムに切り替えたもんで作戦である。「それなら下のフロアです」コンピューター室があるらしい。「私が案内します」交通整理係が一緒に階段を下りてくれた。
 コンピューター室には、交通整理係も入れない。ドア横の内線電話をかけると、中から女性が出て来た。「CDお預かりします。この借用証に記入してください」正規の提出ではないので必要なのだそうだ。
 コンピューター室の入口はガラス張りで、室内が見える。奥に続く長い廊下があり、その両側にいくつも部屋がある。どのドアにもICカードリーダーが付いている。CDを持った女性は、右側2番目の部屋に入って行った。
 待つ間、交通整理係のおばさんに、媒体のエラーってよくあるのか聞いてみた。
 「フロッピーディスクのエラーは結構あります。それから」
 指を摘まむしぐさをする。
 「メモリスティックも読めないことが」
 このビルには一体何人働いているんですか?
 「さあ、私は三日間だけだから」
 CD確認に時間がかかりそうなので、礼を言って戻ってもらった。右二番目のドアに注目して待っていると、「すみません」男性がICカードを持って立っている。職員か。横に避けると、女性十数人が男性について入って行く。派遣社員のようだ。男性が女性たちにカードを配り、それから手荷物をロッカーにしまうよう指示しているらしい。女性たちは手提げからペットボトルを出し、カーディガンを着こむ。
 このビルに居る女性はほぼバイトのようだ。男性は職員か技術者か。たまに出てくる男性を観察する。飲み物を買って戻ってきた奴は技術者か、などと推測してみる。
 右二番のドアが開いた。「あの、請求ファイルが見つからないそうです」そんなバカな。技術者に詳しく訊きたかったが、追い返されてしまった。タクシーに飛び乗り、新橋のオフィスに戻り、CDを調べると、入っていたのは、フォルダへのリンクだった。
 部下にプログラムの操作方法を教え、「それからCDを焼いてね」と説明したのだが、不安げである。あ、CDに火をつけるわけじゃないよ。データをCDドライブにドラッグアンドドロップする。試しにCDを一枚焼いてみせて、部下にもやってもらった。それからクリニックに送り出した。しかし、請求データをドラッグする代わりにフォルダを掴んでしまった。
 クリニックは社保と国保に請求する。つまり、社保向けのデータと国保向けと作成する。どちらも同じファイル名と決まっているのが問題だ。国保連に社保の患者の請求をしたら全滅だ。却下されてしまう。そこで、取り違えないようフォルダを二つ用意した。そこを口すっぱっく説明した。それでフォルダをドラッグしてしまったのだろう。
 在宅医療は退職した高齢者が多いから、国保が圧倒的に多い。請求額大きい国保を優先し、まず国保連に来た。時間は十分にある。CDを作り直し、地下鉄で戻ると「一時までお昼の時間です」の館内放送。女性たちがぞろぞろ出てくるではないか。しかたがない。私もランチをとろう。このあと支払基金にも行かねばならない。長い一日だ。
 周辺を歩くが、どこも長蛇の列である。コンビニでおにぎりを買うにも長い行列。喫茶店も満席だ。あきらめて、おにぎりをほおばった。国保連のビルのトイレに座り、パソコンを開け、一時を待った。
 国保連への提出は成功した。支払基金も楽勝だろうと思った。飯田橋から地下鉄で池袋へ向かう。ところが、支払基金は受付まで長い行列、そして二度もCDを焼き直すことになった。
 社保と国保と請求データのフォーマットは同じである。国保連ではエラーにならなかった最後の1バイトが、支払基金ではエラーとされた。そこまでデータが読み込めているのなら、最後はどうでもいいではないか。ゼロの前にある総件数や合計点数までちゃんと読めているのだ。
 「データの最後はゼロ」と誰かが決め、それを支払基金のシステム開発業者は厳格に守った。だから実機テストが必要になる。
 国保連では医療保険だけでなく、年間十兆円の介護保険も扱っている。介護保険は、老人ホームなどの介護施設、訪問介護、訪問看護、訪問入浴、デイサービスなどが請求してくる。受付の部屋が広かったのは、請求してくる事業者が多く、オンライン請求が普及していないからだろう。部屋だけでなく、データフォーマットに対する許容度も広い。
 紙やCDでの受付は、支払基金、国保連どちらも十七時半までだ。オンライン請求なら二十四時まで。媒体の不良や配達に気をもむ必要もない。クリニックにオンライン請求を勧めよう。導入を支援しよう。大いに事務の軽減になる。
 その手始めに、開発チームとコールセンタのメンバに、東京都の二カ所の「受付」を見学させた。オンライン請求が普及してしまえば、もう見ることができない光景だ。

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