薬局にも電子カルテ

 別の新人には薬局を担当してもらった。薬剤師は薬を患者宅に届けている。在宅医療に欠かせない役割を担っている。
 薬剤師は医師に質問できる。「疑義照会」という。薬Aは薬Bと一緒に飲むと副作用の危険がある。薬剤師がそれに気づき、医師に連絡する。処方せんには、発行した医師名、クリニック、電話番号が記載されている。あれは疑義照会のためなのだ。
 病院では診療科を受診して処方せんをもらう。複数の診療科で処方せんをもらうと、飲み合わせに問題が出る可能性がある。他でどんな薬をもらって飲んでいるか、医師が知らないからだ。在宅医療では、病歴や薬を主治医が一元的に把握し、バランスを考えて処方する。それでも、在宅医療には特有の問題が起こる。
「以前もらった薬を服用していました」
「ベッドの下に薬〇〇の飲み残しが大量にありました」
「○○は飲みにくいよう、〇〇に替えてはどうでしょう」
 飲み残しは、よくある。食後、薬を十種類も飲むのは苦行だ。病院や老人ホームでは職員に監視されるが、自宅では難しい。飲みやすいよう、錠剤を粉砕したり、シロップにすることができる。そういう服薬の配慮も薬剤師の目線だ。
 患者が大勢いる老人ホームの場合、医師の診療に薬剤師が同行することもある。医師のうしろにいて、医師の指示を仰ぐ。医師も薬剤師に訊ける。病院では、たとえば脳神経外科の医師が胃薬や湿布薬を処方することはない。在宅医療では、あらゆる診療科の慢性疾患に医師は対応しなければならない。医師にも得意・不得意がある。薬剤師はコーチの役割を果たす。
 外来なら、患者自身が薬局に来る。薬剤師は患者と処方せんを見比べ、きっと医師は〇〇だと考えて、この薬を処方したのだろう、と想像する。しかし、高齢で寝たきり、しゃべらない在宅患者の場合、薬剤師は「カルテ見れたらなあ」と思うそうだ。十も二十も疾患を持つ高齢者である。医師が何を優先し、どこまでをねらい、この処方としたのか。そして、カルテを見たうえで、質問したいことがあるという。
「一錠では少し多いかもしれません。三分の二でどうでしょう?」
 大人一錠の薬でも、体重が三十キロ台まで減っているような高齢者には多過ぎるかもしれない。そもそも薬が開発されたとき、九十歳が飲むことなど想定していない。薬剤師には医師の処方を変更する権限がないが、医師に問い合わせることはできる。
 訪問診療に何度か同行し、私も様子が分かってきた。薬剤師にも電子カルテを使ってもらおう。電子カルテ上で疑義照会できるようにしよう。電話の伝言中継ではなく、電子カルテ上で直接回答できれば、医師も楽、薬剤師もハッピーだ。
 薬局にヒアリング。医師が処方せんを送るのは昼過ぎだから、朝一番に伺った。するとキーパーソンにはひっきりなしに電話が。二時間待たされ「朝は調整で忙しいから」と叱られた。
 薬局で処方せんがどのように管理されているのか教えてもらった。薬剤師にとって、医師の指示(処方せん)は絶対だ。確認したいことがあれば処方せんに記載されたクリニックに電話する。医師は訪問診療しているので、事務スタッフが同行している看護師やドライバーに伝言する。「あ、そうですか、先生いまご家族と話されているので、伝えておきます」
 診療が終わり、車に戻り、カルテを書こうというところで、「あの先生、薬局からですね」となる。医師が電子カルテの処方を修正し、事務スタッフに連絡する。事務スタッフが薬局に「先生OKです。修正した処方せん送ります」このとき、最初に電話をした薬剤師が居れば話は早いが、患者宅に出かけているかもしれない。薬局内でも伝言となる。
 薬局内では、いつ誰が疑義照会し、いつ誰が回答を受けたか、処方せんに特殊な符丁で記録するそうだ。新人薬剤師に研修でそれを徹底する。
 日々は処方せんをFAXで受けても、月末にはクリニックから原本をもらう。すると薬局では、処方時に使った符丁入りの処方せんと合っているか、目視点検する。(なんと原始的な世界)
 疑義照会システムを薬局に見せることになった。夕方、チェーン本部に店舗代表を集めてくれた。マクドナルドで腹ごしらえして伺うと、四十人が弁当を食べている。「まず弁当召し上がってください」ありがたく食べ始めたところで、リーダーの携帯が鳴った。「え、そうか、わかった」ただならぬ雰囲気である。リーダーが立ち上がった。
「みんな、患者様が行方不明だ、麻薬ポンプを付けてる。捜索手伝ってくれ。食べ終わった人から〇〇店に行ってくれ」
 四十人が出て行き、私と部下が会議室に取り残された。
 事情はこうだ。末期癌の患者が麻薬ポンプを付けて徘徊。ポンプが超小型になったせいだ。なぜ薬局が捜索に加わるのか、麻薬が紛失すると困るからだ。転売を防ぐためらしいが、厳しい管理が求められている。もし余れば(つまり患者が亡くなれば)残った麻薬は薬局が回収に行く。患者はいい気持ちでフラフラ歩いているかもしれないが、管理責任がある薬局として気が気でない。
「すみません、レクチャーは延期ということで」
 こちらこそ、心苦しい。店舗の代表は若い男性ばかり。そのせいか弁当はがっつり系、マックのあとでは箸が進まない。
「どうぞどうぞ弁当食べてってください」
 ゆっくり食べながら、リーダーと話をした。休日も在宅医療から急ぎの処方が入る。薬局も休日は対応を集約している等、苦労話を聞くことができ、医師と薬剤師を結ぶ疑義照会システムをなんとしても成功させたいと思った。
 それから一年後、地方のクリニックから電子カルテの申し込みがあった。この疑義照会を使いたい、というのが選定理由だった。うれしい。薬局の薬剤師ともメールでお話し、Skypeでレクチャーした。在宅医療をやる医師がいないから、許された半径16キロフルに診療するという。冬は豪雪。訪問看護師や訪問薬剤師との連携が特に重要だという。
 正直な方なのだろう。「処方苦手なんです」とおっしゃる。「薬剤師の師匠がいましてね、その人にこの電子カルテを使って疑義照会してくれって頼んでるんですよ」
 この話を別の医師にしたら「在宅医療一人でやっていると孤独なんです」病院なら同僚の医師がいる。クリニックなら看護師がいる。地方で一人で訪問診療だけやるのは、覚悟がいる。
 電子カルテが在宅医療の壁を少しでも低くできれば。

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