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迎えた六月

6月を迎えることができた。2年前に大学に入学し、初めて京都で6月を迎えることができた。思えば、2年前は体調を崩し、5月中旬に2週間程度帰省した。1年前は精神的に苦しい日々が続き、3週間程度実家で生活した。
僕にとって5月とは、誕生日という浮かれた月というイメージよりも、苦しい、耐えがたい、辛い月というようなイメージが強い。

大学3回生の5月は、文字通り息つく暇もない、そんな1ヶ月だった。

僕は本格的に「先輩」になったのである。

高校時代は時勢柄、2個下と関わることは少なかった。私にとっての2個上とは、どんなときも背中が遠く、遠いのにもかかわらず大きく見え、遠近法度外視的存在だった。大学3回生。自分も今年入ってきた1回生にとっては、遠近法度外視ニキへと近づくことができているのだろうか。
3回生になると、サークルでは最上級学年である。すると同時に、責任が重くなる。この責任の重さに対しては、意外にも苦しさは感じず、気持ちよさすら覚えるほど、自分は「先輩」するのが好きだったようである。

4月にバイトを辞め、5月から本格的に新しいバイトに精を出した。マンネリ化していたバイトだが、新たな仕事を覚えることは想像以上に難しい。1回生の頃は、仕事を覚えることに、ある種の達成感や、成長が目に見えるさまに対して、バイトのたびに喜んだ。しかし現状は違っていた。仕事の出来不出来に一喜一憂し、大きなストレスを感じるようになった。「自分は、自分が思っているほどできる人間ではない」と痛感する日々であり、かといって向上心もない。全てのことに「タルい」のである。仕事も不十分。給料も不十分。食事も不十分。心も不十分。自分は変わってしまったと思う反面、自分は自分を見誤っていたとも思う。

周りは就活を始めている。僕は始めていない。

相方がいなくなった1月から、幸か不幸か、連続して同じような境遇の人を見つけ、その場凌ぎの相方を見つけ、6月まできた。「いつか」「いつか」と後回しにしていたツケが回ってきた感覚がある。来週からはピンで漫談をしてみようと思う。

最近、本、読んでないなー。映画も見てないなー。

おとなしく、今週土曜に差し迫る、和歌山でのプレゼン合宿に向けてパワーポイントを作成します。

よしなに。

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