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パシフィックリーグが、メジャーになった日

今年もやってまいりました、自分も含めて近鉄ファンが大騒ぎする日が。

いわゆる「10.19」。

近鉄ファンにとって忘れられない日であり、近鉄球団史上、最も熱くて長い一日だった思う。

32年前の1988(昭和63)年の話なので、話が全く分からない若い野球ファンの人もかなり増えただろうなと。
よくわからない人は、とりあえず「10.19」でググってもらえればと。

というか、下手したら「近鉄バファローズ」がもう分からんという人も多いかも?球団がなくなってもう16年。元近鉄の現役選手もあと3人になってしまいましたし…と書いたそばから、G岩隈の引退報道が。あとはS坂口・近藤の2名になってしまった…。


昔は「人気のセ、実力のパ」なってよく言われていた。セリーグの実力が低いということではなく、パリーグの人気がないということだ。
この言葉も今では聞かなくなった気がする。それだけパリーグの人気も上がってきたということだろう。

巨人や阪神には及ばないが、毎試合何万人もお客さんが入るようになった。昭和のパリーグは1万人も客が入れば万々歳、4000人や5000人なんていうのも当たり前だった。しかもそれは主催者が水増しして発表していた数字。今みたいに入場制限なんかしてませんよ?w

テレビ中継は基本的には全国ネットの巨人戦しかなかった。大阪ではまれに阪神戦が放送されていたが、パリーグの試合など滅多に放送されなかった。近鉄、南海、阪急とパリーグの球団が3つもあったのに。
今ではパリーグの試合もBSでは結構放送されるし、有料ではあるがスカパーやDAZNで視られるようになった。コンテンツとしての価値があるということだろう。

今に続くパリーグ人気のきっかけの1つが、あの「10.19」であるのは間違いない。


と書いたのだが、観客動員数だけ見ると、実はあんまり関係ないんじゃないか?と思うこところも…。
88年に一気に数字が上がっているのは東京ドームができたおかげだし、近鉄は翌年20万人ほど動員が増えているが、他はほぼ横ばいだし、南海から譲渡されたダイエーが30万人ほど増えたのは福岡移転の効果だし…。

まあ、あくまできっかけの1つということで。

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dotson
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