響け!ユーフォニアム 久石奏3年生編を盛大に妄想@2020年:四章 ~全国大会(後)(7/9)
★重要なお断り(公式との乖離)★
本作は 原作「決意の最終楽章(2019年4月,6月 出版)」のあと、2020年に着想・作成し、2021年1月7日(誕生日設定)に掲載し、エピソードを追加してきました。
従って、TVアニメ「響け!ユーフォニアム3(2024年4月~6月 放送)、及び、短編小説「北宇治高校吹奏楽部のみんなの話(2024年6月 出版)」の内容は反映されていません。
奏さんだけでなく他の登場人物の境遇や言動等、公式とかなり乖離ありますが、当時の作者の想いということでそのままにしてあります。予めご了承くださいますようお願い申し上げます。
目次、お断り(リンク)
四章 ~全国大会(続き)
全国大会への日々:顧問の朝
「おはようございます。」
「松本先生、おはようございます。えっと・・・」
「今朝、ちゃんと一番乗りの生徒に間に合いましたので、ご安心を。」
「すみません。」
「滝先生。すみません、ではなくて。」
「そうでした、ありがとうございました。」
「どんどんこき使ってくださいね。」
「恐縮です。今朝はわがままを言いました。」
「いえいえ。それにしても、今年と去年、こんなにも進め方考え方が違うにも関わらず、しっかりと音楽を作ってらっしゃるのは、素晴らしい、さすがです。」
「ありがとうございます。松本先生のおかげです。でも・・・私も本当に驚いています。全国大会金賞を取った去年の三年生たち、黄前さんが部長の代が抜けたときには、正直どうしたものかと思いました。目標をどうしようか、モチベーションをどのように保とうか。それが、こんなにも生徒たちが創意工夫してくれるなんて。」
「一年かけて積み上げたものを毎年やり直す、いえ・・・また新しく創り出すというのは、素晴らしいことでしょう?。」
「ほんとうです。この仕事に就いて、北宇治へ来て、この吹奏楽部に関わることができてよかったです。」
「ふふ、じゃあ私はなんの心配もなく引退できそうですね。」
「まだまだお世話になります。」
「生徒と同じように、そして何年か前の滝先生のように、新しい人材が新しい時代を作ってくれることでしょう。」
「松本先生、コーヒーを飲もうと思いますが、先生もいかがですか?」
「ええ、ぜひ。私がいれましょう。」
早朝の穏やかな時間が流れていった。滝がカップを左手に持ち替えたとき、小さくコツンと音がした。何事もなかったかのように二人の時間はもうしばらく流れていった。
全国大会への日々:二年生ズ
夕暮れがずいぶん早くなったある日、佳穂、すずめ、弥生、沙里の四人は一緒に下校していた。
「四人で一緒に下校するのって、ずいぶん久しぶりな気がするね。」
「はー、しっかし、去年と今年と色々違いすぎてついていけませんなー。」
「でも三年生の先輩たちすごいよね、よくあんなにまとまるというか。」
「どこかにスーパーコンピューターがおるんちゃう。」
「それは美玲先輩のことでしょ?」
「もちろんだけど、梨々花部長も相当だよ。」
「それを言ったら、タイル副部長も、さすが元南中の部長って感じ。」
「じつは、玉里先輩の練習メニューが気に入ってる。うまくなるって実感できるんだ。」
「奏先輩も!」
「確かに、どんどんうまくなってるよね。」
「ほんと、よかった。」
すずめが大きくため息をついてから再び口を開いた。
「うちら、二年連続全国大会いっちゃったんだよねー、しかも去年は金。もうさ、来年うちらがやることあらへんやんか。」
「ほんとそれ。」
「三年生の先輩、あと少しでいなくなるんだね・・・」
「うわー言わんといてー、みっちゃん先輩がいないチューバパートなんてー」
「なにげにさっちゃん先輩に失礼なんじゃない?」
「あははは、でも、他の楽器から見ても美玲先輩はすごいもんね。」
「すごいよねー、みんなすごいもんねー、奏先輩も・・・」
「佳穂?・・・」
「一緒に・・・」
「佳穂、やっぱりオーディションのこと・・・」
すずめが佳穂の肩に手をかけようとしたとき、佳穂が珍しいほどの大きい声で叫んだ。
「奏先輩とソリを一緒に吹けてよかったーーー!」
三人が目をぱちぱちして佳穂を見る。
「私、本当にそう思ってる。うん。もう二回も本番で吹けたんだ!」
振り返った佳穂は満面の笑みだ。
「そうだよね、佳穂が全国へ導いたんだよね。他のソリ全員三年生なのに、佳穂すごいなって。私・・・吹奏楽へ誘ってよかったんだろうか、気になる時あったけど、もうそんなことないね。」
「うん、大丈夫、サリー。とっても良かったって思ってる。」
「みっちゃん先輩と吹けてよかったー!」
「みっちゃん先輩と吹けてよかったー!」
「さっちゃん先輩もー!」
「さっちゃん先輩もー!」
「なに?、その取ってつけた感は。」
「え”」「え”」
すずめと弥生が振り返ると美玲が腕組みをして立っていた。
「まったく二人とも・・・」
美玲は大きくため息を付いた。
「さつきの、ちゃんと言い直し。」
「えっ、はっ、はい!!」
「さっちゃん先輩と吹けてよかったー!」
「さっちゃん先輩と吹けてよかったー!」
「よろしい。」
「じゃあ次は、みっちゃん先輩の番ですよ!。」
「え?」
「わぁ、先輩叫んでください!。」
「佳穂が言ってるんですよ、もうシャウトするしか無いですね!」
「わめけー!、叫べー!、さっちゃん先輩のためにー!。」
「うちら、お二人分シャウトしましたからね!。さあ先輩!」
「そ、そんな。」
「お願いします!」
「さ、さつきと吹けてよかった。」
「ちいさい!」「ちいさい!」
「さつきと吹けてよかった!」
「ワンモア!」「ワンモア!」
「さつきと吹けてよかったーー!!」
「ありがとうございました!」
「すずめ、弥生、佳穂。」
「は、はい!」
美玲は三人に背を向ける。
「その、三人とも、一緒に吹けてよかった。義井さんも。それじゃ。」
美玲はちらりと四人を見ると足早に立ち去っていった。
「見た?」
「見た!さすが、ザ・ツンデレ!」
「かっこいい・・・」
全国大会前日
前日練習が早めに終わった後、日が暮れそうな名古屋の街に出かけることにした。少し先を歩く私に佳穂と玉田くんがついてくる。
「あんまり出歩くなって美玲先輩が言ってたよね。」
「ですね。どこまでいくんでしょう。」
「無理しないでね、玉田くん。」
「大丈夫ですよ、風が気持ちいです。それに・・・ちょっと楽しいです。」
と、そこに同じくらいの歳の女子五人のグループを見つけた。
「・・・はい、絶対金賞取りますよ!任せてください!」
どうやら自分たちと同じ吹奏楽コンクールに参加する高校生のようだ。陽気でハキハキした話し声は緊張どころかむしろ楽しみにしているようだ。常勝の風格を目の当たりにしてややたじろぐ。自分は全国大会で演奏するのは初めてなのだ。
彼女たちの電話は続いている。最近はLINEをする人が多いせいか、電話の話し声に懐かしさを感じる。
「・・・と、我がユーフォニアムパートの 一年生エースが言ってますので、絶対大丈夫です、真由先輩。」
・・・?真由、先輩?。ユーフォニアム?。私の中で厳重に覆い隠してせめて明日まで思い出さないようにしていた人物、黒江真由。まさか?。
「でもホントに来てくれないんですか?。福岡ならともかく先輩って今京都じゃないんですか?。名古屋なら来てくれるかなって期待してたんですけど・・・」
・・・福岡?、まさか清良女子・・・京都・・・。間違いない、電話の向こうは彼女だ。これ以上会話を聞かないようにと思っていても耳が勝手に声を、言葉を拾ってしまう。
今しかない、頭の中にものすごい勢いで言葉がよぎった、いや、それより早く彼女たちに向かって早足で歩いていった。
「ちょっと貸してください!」
「えっ?」
「お、お願いします!、私からも!」
「すみません!、うちの先輩のために、どうか。」
「・・・えっ、か、奏ちゃんなの?。今、清良の時の後輩と話していて・・」
「明日の全国大会の本番、聞きに来ないって本当ですか!?」
「ど、どうしてそんな・・・」
「あの子達の演奏、聞きたいんですよね!?」
「それは・・・」
「ずっと会っていない、しかもあなたの二年生までの姿までしか知らない後輩があんなに願ってるんですよ!。」
「・・・」
「それは私もです!卒業式で言えなかったですが、いつか先輩には私の演奏をちゃんと聞いてほしかったのに!」
「え・・・てっきり私には来てほしくないとばっかり・・・」
「やっぱりそうですね。先輩、北宇治が全国に出ることを知ってて言っていますか?」
「・・・もちろん知ってるよ。きっと奏ちゃんが頑張ったんだろうって、嬉しかった。奏ちゃんにはベストの演奏をしてほしい、去年の分まで。でも、もし私が行ったら、会場で会ったりでもしたら、奏ちゃんの迷惑になるんじゃないかな、って・・・」
何を言ってるの、この人は!、とばかりに何かがぷつんと音を立てたような気がした。
「そんな理由で来れないって言うんですか?。私に会うのがそんなに怖いんですか?。北宇治を聴くのが怖いんですか?。そんなことで怖がる真由先輩じゃないですよね?。いったいなんなんですか?」
「・・・私・・・」
「自分が行かなければ、顔を出さなければ丸く収まる、そんなの真由先輩のただの勘違いです!。去年のご自分に自信があるのなら堂々と来てください!。みんな、来てほしい、聴いてほしいって言ってるのに!」
大きく息を切らす奏を見守る人の輪の中から、そっと歩み出たのは佳穂だ。一年前のこの時期、コンクールメンバーから外れ練習に参加できなかった奏と最も練習行動を共にしてきた。スマートフォンをもった腕をぐったりと降ろしてうなだれる奏の手に向かってそっと膝を折って、奏の手から受け取った。佳穂は清良女子のスマートフォンの持ち主に「もう少し、お願いします」と丁寧に頭を下げる。いいよ気にしないで、と明るく返事が帰ってくる。
「お久しぶりです、真由先輩。佳穂です。奏先輩はずっと・・・・・」
少したって、佳穂が玉田を手招きする。
「はじめまして、玉田といいます。いきなりで恐縮ですが・・・はい、はい・・・」
「奏さん、でよかったかな。大丈夫?」
「あ・・・はい・・・突然すみませんでした。大丈夫・・・ではなかったですね。」
「一年前、真由先輩はあなた達の先輩だったんだ。京都の北宇治で。」
「はい。」
「何があったかは知らないけど、これも縁ね。私は清良女子三年生の坂本かれん、ユーフォニアム。」
かれんは手を差し出す。
「・・・坂本さん。」
「かれんでいいよ。奏さん。」
奏はおずおずと手をかれんの手に重ねた。
と、そこに小さなしかし弾んだ声で「っしゃ!」と言いながら玉田がこっちへ向かって小走りで向かってくる。
「黒江先輩が、奏先輩ともう一度話したいと。」
かれんは嬉しそうに促す。
「もしもし、どうやら観念なさったようですね。」
佳穂がほっとしてにこにこし始めた。どうやらこの言葉づかいが奏の通常運転のようだ。
「・・・玉田くん、お兄ちゃんみたいだね、いろんなお話してくれた。私ね、楽しければいいやって部活してきたし、実際楽しかった。私すごく恵まれていて幸せ者だった。だから・・・」
「でぇ?、どうなさいますか明日。直接聞きたいです!真由先輩!今!」
思わずかれんたちが吹き出す。どうやら奏のドスの利いた「でぇ?」の言い方が新鮮だったようだ。玉田も思わす吹き出した。ひとり佳穂は固唾を飲んで奏を見守っていた。
「うん、そうだよね。行く・・・、絶対行く。聴きたいな、奏ちゃんたちの演奏、かれんちゃんたちの演奏。聴きたくなってきた。とっても。」
「わかればよろしいです!。ではかれんさんに電話をお返しします!」
奏は無理やり表情を整えると、かれんに向かって「陥落しました」と小声で伝えてようやくスマートフォンを返した。かれんは優しい笑顔で一言「よかった」と返した。
かれんが電話をしている間、奏は空を眺めていた。わずかに夕陽の色が残る西の空を。
・・・ここ名古屋の西から、私たちはやってきた。京都から。福岡からも。
・・・こんなにうまい話って、あるのだろうか。
「奏先輩。」
「なあに?」
「すごく嬉しそうですね。」
「そ、そう?。まあ・・・。ふふ、出かけたかいがありましたね、恥ずかしいところを見られちゃったかな。」
奏は後輩たちから視線をわずかにそらし軽く空を見上げた。
「そうですか?。ああいう熱い気持ちを言葉に出せるって、すごくかっこいいと思います。」
「奏先輩かっこよかったです!。」
二人の眼差しが暖かい。
「て、照れるじゃないですか。・・・それほどでも、ありますけど。」
奏は両手を頬に当てる。まんざらでもなさそうだ。
「先輩?スマホが鳴ってます。」
「あ、LINE。かれんさんから。」
「素早い!」
「さすがです!」
「あとは・・・はぁー美玲かぁ。」
「あっ、もうこんな時間!」
「怒られますね。」
「美玲先輩のお説教か・・・」
「とかいいつつ、二人とも結構嬉しそうだけど?」
「奏先輩が嬉しそうだから、もうそれで十分です。」
三人の宿への足取りは軽かった。
全国大会当日:本番・結果発表
ついに本番の日がやってきた。最後の大舞台だ。
朝早く学校に集合し移動、という府大会・関西大会とは異なり時間的余裕がある。昨日気力を使いすぎたのか、それとも嬉しかったのか、冷静になろうと会場の中庭を散歩したりした。穏やかな天気のおかげもあり、観客が増えてきても何も怖くない。もし昨日の出来事がなかったらそわそわしてしまったかもしれない。楽器を構え続けてやや疲れている左腕を見る。制服の左肩には出演者を示す赤いリボンが確かに付けられている。やはりどこかこそばゆい。
時間だ、控室に戻ろう。屋外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。ふとスマホをチェックするが誰からもメッセージは来ていない。みなさん企んでいることがバレバレで、つい笑ってしまう・・・いえ、気を遣ってくれていることにしよう。
控室では滝先生、ドラムメジャー、副部長、順番にありがたい話をしている。だが頭には正直あまり入ってこなかった。やはり私はああいう人前に立ち人に向かって話したりする才能は無いらしい。そもそもそういう部全体のことには関心が薄いようだ。美玲は初めからそれを見抜いていたのだろう。それでも昨日言ってくれた、あなたはそれで良い、と。私は自分の音を奏でることに集中しよう。
「北宇治ッファイトーーーーッ!」
しまった、ついぼんやりしていた、何が集中だ。
「オオーーーッ!」
・・・気合が入りすぎたようだ。何人かが怪訝な顔でこちらを見る。梨々花もクスクスと笑っている。チューバとコントラバスの面々からしきりにサムズアップが送られてくる。ちょっと恥ずかしい。左隣の玉田が少し身を引き、身を乗り出した佳穂の姿がすうっと現れた。やはり二人とも笑顔でサムズアップをしていた。よし、いける。
舞台袖にはリラックスと緊張とが絶妙なバランスで共存していた。いよいよ順番は次。誰かが前の高校の演奏時間を読み上げている、カウントダウンの代わりだろうか。演奏を聞く余裕はなかった。
美玲が近づいてくる。
「奏、ついに来たね。あなたの演奏には魅力がある、思う存分最高の演奏をして欲しい。私の目標がついに叶う、うれしい。」
「美玲、終わったらいろいろ話しますね。」
「私の夢はあなたの夢。あなたの夢は私達の夢。」
「・・・ほんとうにありがとう。」
「奏、あなたの夢、聞かせて。」
「・・・あの舞台。全国の舞台。三年ぶりに私はここへ帰ってきた。この銀色の楽器とともに。」
美玲は大きくうなずいた。いつしか円陣ができあがっていた。
「・・・行くよ!」「行こう!」「行くぞっ!」「行くっしょ!」「行きまっしょー!」「行きましょう!」「行きますか!」
「奏に決めて欲しい。」
「先陣、切ってもらう。」
「奏ちゃん!お願い!」
「美玲、求くん、さつき・・・みんな・・・わかりました。では、行きましょうか!」
私を先頭に舞台上手側から入場していく。
名古屋国際会議場センチュリーホール。独特の高い天井。舞台に進み出たものが面食らうこともあるという。
ふと目に入る客席の赤い灯が、なぜか自分が普段つけているリボン型のヘアクリップの色とだぶる。
・・・そこにいるのは私?中学三年生だった三年前の私?
不思議な錯覚に襲われる。
ありがとう、私。あのときこの名古屋まで聞きに来てくれて。北宇治高校を志してくれて。
ありがとう、三年前の北宇治高校。素晴らしい三日月の舞を聴かせてくれて。
ありがとう、あのときのソロユーフォニアム奏者。銀色の楽器で素晴らしいソロを演奏してくれて。
ありがとう、あのときのもうひとりのユーフォニアム奏者。私の直接の先輩になってくれて。
ありがとう、あのときのサポートだったユーフォニアム奏者。私の良き理解者となってくれて。
そして。いま。
左隣の玉田が再び少し身を引きながら拳を小さく上げる。身を乗り出した佳穂も同じように拳を小さく上げる。拳を上げ、玉田の拳と軽く合わせる。玉田は体をひねりその拳をそのまま佳穂に向けて互いに軽く・・・ちょっと時間をかけて合わせた。まったく、舞台上だと言うのに、この二人は。でもこの二人がいてくれたからこそ、私は。
光が降ってきた。伝えよう、届けよう、響かせよう。沢山のつながりのおかげで今私はここにいる。
・・・・・・
演奏はあっという間だった。フォルテからピアノまで、ゆったりとしたテンポから速いテンポまで、ありとあらゆる音楽的要素が走馬灯のように駆け巡る。ソリの音の一体感はぞくぞくした。自分の響きが何倍にも増幅されたようだった。頭の先から足の裏まで敏感になりすぎて、まだ放心状態だ。
「久石さん!、みんな!」「奏!」
と、クラリネットの詩織とタイル、トランペットの夢と玉里が歩み寄ってきた。タイルが興奮気味に口を開いた。
「ソリ、みんなすっごい良かった!。特訓練習の成果、今日最高に発揮できたと思う!。副部長としても・・・いち個人としても嬉しい。表彰式があるから今のうちに言わせてほしい、皆と一緒にソリを演奏できてよかった、一緒に練習できてよかった。ありがとう。」
さすが副部長、私が思ったこと言いたいこと全部言われちゃった。やっぱり私にはこういう役回りは向いてない。
佳穂が遠慮がちに後ずさりしようとするが、それは逃さない。
「あなたもです、佳穂」
気がつけば沙里も佳穂を押し戻している。梨々花も見守っている。三年生から口々に声をかけられ、佳穂も照れながらも嬉しそうだ。玉田はそんな佳穂を優しく見守りながら、三年生たちと握手を交わしていた。
表彰式
四月に立てた目標の第二段階、自分たちが最高と思う演奏を本番で発揮できたと思う。少なくとも私自身は。しかし人とは欲張りなもので、賞にこだわらないと決めたにも関わらず、銅賞よりは銀賞、銀賞よりは金賞が欲しくなる。と、客席に集まった部員を見渡すと、関西大会のような緊張したムードはない。むしろリラックスしている。どこかからか「北宇治、さすが去年ゴールド金賞、余裕がある」という声が聞こえてしまう。だけど、関係ない。私には去年のことは関係ない・・・うそ、やっぱり、気になるものは気になる。
「それでは結果を発表します。」
ついにきた。皆わくわくした面持ちで北宇治の順番を待っている。
「一番、○○○代表、○○○高等学校吹奏楽部」
今年の北宇治には、他の各校へも惜しみない拍手をする余裕がある。
・・・・・・
「○番、関西代表、北宇治高等学校吹奏楽部」
いよいよだ。
「銀賞」
「やった!」「やった!」「嬉しい!」
他校の生徒には怪訝な顔をするものもいるが、北宇治の生徒はみな満面の笑顔だ。抱き合うもの、拳を上げるもの、手を取り合うもの、喜びを体現している。
「やった・・・銀色の賞がもらえた・・・」
佳穂が全身で抱きついてきて、玉田とも手を重ねた。隣の席の美玲と、後ろの席のさつきと求とで拳を合わせる。
嬉しい。心の底から。
・・・・・・
「○番、九州代表、清良女子高等学校吹奏楽部」
「ゴールド金賞」
ようやく冷静さを取り戻した頃に清良女子の発表があった。常勝の清良といえどもゴールド金賞は格別なのだろう。遠くに見えたかれんたちはもみくちゃになって喜びを爆発させていた。素直に、拍手を送った。
・・・・・・
コンクール、やっと好きになった。
全国大会当日:終演後
「夏紀先輩!」
「久美子先輩!」
「奏ちゃん!佳穂ちゃん!おめでとう!」
「おっす!、おめでとう!」
「久美子先輩の金賞には及びませんでしたが。あはは。」
「こらこら、奏、言葉と顔が合ってないぞ、めちゃくちゃ嬉しそうじゃんか。」
「あら、夏紀先輩には見透かされているようですね。ええ、嬉しいです。あ、こちら、ホープの玉田くんです。」
「今日はご来場ありがとうございます。中川先輩、黄前先輩。お話は奏先輩から常々。」
「いや、常じゃないほうがいいわ。たまにで。」
「ちぇー、つれないです。」
「ははは・・・!、そうだ、奏ちゃん楽器替えた?」
「はい、奏先輩、新しい銀色の楽器を使い始めてから、もう鬼に金棒なんです。」
「今、鬼って言いましたね?」
「わー!、ごめんなさい!」
「ふふ、いいですよ。」
「あはは・・・。そうそう、その楽器、よく使い込まれた楽器みたいで、コンディションも良くて、すごく奏先輩に合ってますね。」
「やっぱり!」
「どうりで。」
「うふふ、あすか先輩さまさまですね。」
久美子と夏紀は目をぱちくりしている。佳穂も玉田も目を見開く。
「ええっ!?。ぼえぇぇっ!。ちょっ、あの楽器、あすか先輩の?」
「ぐはー、まじか!」
「ついに備品追加?なんて思ってたのに・・」
「それはないです。ってか、備品て言い方、部長のお仕事が頭から抜けていないのでは?」
「ごめんごめん。っていうか、聞いてないんだけど・・・」
「お伝えしてませんでしたので。すみません。えへ。」
「いやまたよくオッケーしてもらえたな。私、触ったことないよ。」
「私もだよ。どうやって?・・・そうか!そうなんだ・・・よかった!奏ちゃんの役に立てたみたいで。」
「久美子先輩もさまさまです・・・ほんとうに。」
奏は得意げに笑みを浮かべているが、ふと瞳が揺れた。それを隠すように久美子に向かって深々と頭を下げる。
「奏ちゃん顔を上げて。ちょっとは・・・先輩らしいことできたかな。」
奏は久美子にしがみついた。
「はい!ありがとうございました!・・・」
夏紀は微笑みながらかつての後輩二人を見ている。
「でも、まさかそうくるとは予想してなかったよ。その・・・どっちかと言うと銀色の楽器を避けてるんじゃないかと・・・うっ。」
「今の、真由先輩が聞いたら悲しむでしょうね。ねぇ真由先輩。」
そう言う奏の表情にはいつもの茶目っ気が戻っていた。
「ぼえぇぇっ!いつのまに!」
「さっき見つけたので連れてきました!」
「絶対逃がしませんよ。佳穂、グッジョブ!。」
奏は佳穂と真由に向かってサムズアップをする。
「おいおい奏、絶好調じゃんか。」
「な、夏紀先輩。そんなこと、ありますけど。ちょ、ちょっと!。」
夏紀は奏の頭をわしゃわしゃと撫でている。
「えっと、お久しぶり。ごめんなさい、先に清良のほうに顔出してて。あ、初めまして、黒江真由です。」
「中川夏紀です。よろしく。」
「てっきりお逃げになったのかと。」
「そんな事ないよ。だって、奏ちゃんに会いたくって来たんだから。遅れたのはホントなの、ごめんなさい。」
「どうやら本当のようですね。かれんさんには会えましたか?」
「うん、ありがとう。すごく喜んでもらえちゃった。奏ちゃんのおかげだよ、ほんとに今日来てよかった。どっちの演奏も素敵だった。びっくりしたよ、奏ちゃんの楽器が銀色になってて。買ったのかなぁってどきどきしちゃった。」
「まったく、どこまでがご本心で?」
「うん?本心だよ?私のと色がおそろいになったら嬉しいなあって。」
「それはご本心とは思えませんが?」
「うん?本心だよ?」
「あーもう、調子狂わされます!」
言葉とは裏腹に、奏の表情は満面の笑みだ。
「あ、そういえば佳穂ちゃんと玉田くんは?」
「黄前ちゃん・・・ちょっと、待っててあげよっか。」
「えっ?、は、はい。」
すこし離れたところで佳穂が一歩下がって見つめていた先には、玉田が長身の黒髪の女性と話している。女性はよく見ると目元を拭っている、うっすら涙しているのだろうか。もう片手には赤いフレームのメガネを持っている。
「・・・ほんとうにあんたなんだな?。幽霊じゃないよな?。あの演奏は間違いないと思うけど・・・」
「ああ、俺だよ。久しぶり。まさかこういう形でね。」
「ほんと良かったよ・・・今、高校生かあ。なんだかね。犯罪してない?」
「おいおい、ひどいな。」
久美子の佳穂と玉田を呼ぶ声が聞こえる。
「あ、呼ばれてるっぽいね。しょうがないなー。そんじゃ行こか。」
「はいよ、あ・す・か・せ・ん・ぱ・い。」
「こら!」
佳穂に気づいたあすかは小さく人差し指を唇に当てて「内緒ね」とささやき、次の瞬間には、先輩然とした姿になっていた。
「やあやあ。久しぶりと初めまして。」
「あすか先輩、それ、ざっくりすぎ。」
「いいじゃんかー。今日はおめでと・・・」
「あすか先輩!」
奏は躊躇なくあすかに駆け寄り、その手を取る。表情はくずれ言葉が出てこない。
「私・・・私・・・なんて言えば・・・」
「・・・おめでとう。よかったね。」
「はい!・・・」
あすかは空いている方の手で奏の頭を優しく撫でた。少し離れたところから見ている久美子はいつだったか自分があすかに頭を撫でられたことを思い出して目頭が熱くなった。
「でも・・・すごいな奏ちゃん。奏ちゃんはみんなとつながったんだね。みんなに響いてたってことだと思う。改めておめでとう。」
「私はもともと難しいことわかんないけどさ、音楽っていいなって思ったよ。ここに自分がいたんだってまだ信じられない。」
「わたし、北宇治には一年間しかいなかったから、なんだかここにいるの気が引けるなぁ。」
「いい加減腹くくってくださいよ、ま・ゆ・せ・ん・ぱ・い。何しろ私が届かなかったゴールド金賞の立役者なんですから。」
「奏ちゃんにはかなわないな。でも・・・今日の銀賞のほうがうれしいな、私。・・・!奏ちゃん?!今・・・」
「?、どうかしました?、真由先輩。」
真由の瞳がわずかに揺れた。
「やっと奏ちゃんが名前で呼んでくれた、嬉しい!。」
「ちょっと、そこですか?。ってかさっきからだし、そもそも昨日の電話で・・・」
「ちょっと奏ちゃん、昨日真由ちゃんと電話してたの?」
「んもう久美子先輩!、どうしてそこで話をぶちまけるんですか!・・・」
あすかが佳穂に「見ちゃったねー?、さっきは。」と近づいてくる。
「えっと、私・・・」
「針谷佳穂ちゃんだね、聞いたよー、高校から楽器始めて二年生で全国大会の舞台って、やるじゃん。」
「は、はい!ありがとうございます、あすか先輩!。赤い眼鏡の伝説の先輩、ですね。」
佳穂は丁寧にお辞儀をする。
「いやあ、ストレートにそう言われると照れるね。」
「奏先輩と玉田くんがいっぱい教えてくれました。」
「そっか・・・あのね、あいつ・・・」
と言いかけた時、佳穂は言葉を続けた。
「玉田くんは親切に教えてくれて、病気で休むこともあるけど頑張って治してきて、すっごく研究熱心で、お兄ちゃんみたいで、ホントいい人です。」
「そっか・・・佳穂ちゃんがいて良かったって思ってるよ、きっと。」
「だといいんですが。」
「絶対そうだよ。」
「あすか先輩~」
「ん?どしたん?」
「そういえばさっきあの玉田青年となんか意味深でしたよ~。」
にやにやする夏紀をあすかは一瞥して、ふっと短いため息を付いてからお茶目に言い返した。
「だってー、いいじゃーん、珍しく男子なんだしー。」
「あすか先輩、そんなこと言うんだ、意外・・・」
「そうなんだ?、でも、とっても楽しそうだし嬉しそうだよ。」
久美子に相槌を打つ真由に他意はなさそうだ。
「ほんと、気になっちゃいますね。」
「えー、なにー、みんな変なこと考えてない?。私の恋人は、ユーフォニ・アム様、ただ一人!!」
「じゃあ、みんな恋人なんですね!」
「そうきたか!カホ・ハリヤ!おぬしなかなかやるな!」
「あーあ、なんでまだユーフォニアムってのは変人ばっかりなんだか。」
「夏紀、聞こえてるぞ!」
「あすか先輩に、ちゃんと変人だって自覚があってよかったです。うん。」
「こら、夏紀!」
「おお、こわっ。」
「久美子先輩もですよ。」
「待って、私、変人なの?・・・」
「久美子先輩、自覚なかったのですか?」
「奏ちゃんに言われたくない!」
久美子も満面の笑みだった。
「みんな個性的ね。」
「真由ちゃんも変人だよ!」「真由先輩も変人です!」
「ハッピーアイスクリーム!久美子先輩と奏先輩!」
「えっと、私、そうなの?」
「奏先輩、佳穂先輩。すいません、もう少ししたら集合です。」
「さ、そろそろおばさんは失礼しようかな。奏ちゃん、佳穂ちゃんと玉田青年が寂しがってるぞ。」
「せっかくじゃないですか、いっぱいお話してきてください。」
「奏先輩、楽しそうにしてますから。」
「お二人さんがこっちサイドへ来てくれてもいいのだぞ。」
「あすか先輩ってば、二人が怖がっちゃいますよ。うわ!」
「なにか言ったか?クミコ・オーマエ!」
「痛い痛い・・・」
奏は姿勢を正し卒業生に向かって正対した。察した卒業生は奏のほうを向く。佳穂と玉田は奏の隣に並んだ。
「えっと・・・みなさん、改めて、本当に今日はわざわざのご来場応援ありがとうございました。結果は銀賞でした、私は満足し納得しています。今日は・・・嬉しいです。」
奏はそっと涙を拭く。
「奏っぽくないなー。」
「んもう!こういうときくらい喋らせてください!夏紀先輩!」
「全くふたりとも・・・」
「よっ!おめでとう!」
あすがの音頭に従って、皆一斉に拍手をする。
「・・・たくさんの先輩のおかげで、同級生のおかげで、佳穂と玉田くんのおかげで、私は三年生としてここまで来ることができました。本当に、ありがとうございます。」
パチパチ。再び拍手がおこる。
「みんなの写真、撮りたいな。」
「真由先輩、待ってました!」
「黄前ちゃん、真由ちゃんだっけ?カメラ持たせていいの?」
「うーん、撮るのが好きな子なんで、まあ、いいかな。」
ぱちり。ぱちり。
「いたいた、真由先輩。相変わらずご自分は映らないんですか?」
「あ、かれんちゃん。撮るのが好きなの、相変わらず。」
「奏さん!銀賞おめでとう!。北宇治めっちゃよかった!。ソリ合戦しびれたよ。私なら北宇治金賞にするのに!」
「ありがとうございます!。かれんさんこそ、ゴールド金賞おめでとうございます。」
「ありがとう。嬉しい。さ、みんなで撮りますよ。カメラスマホ皆さん貸してください。もちろん真由先輩のも!」
「奏ちゃん?あの子は?」
「ええ、清良女子のユーフォニアムの子、同じ三年生です。」
「どうなってるんだ奏ネットワーク・・・まじか。」
「じゃあいきます。うわぁ七人か、勢揃い感すごいね。ユーフォニアムのニー!」
カシャ、カシャ、カシャ、カシャ。
「自分撮りでも撮らせてください!」
「佳穂は自撮り好きですね。」
「みんな入りきるかなぁ。」
「久美子先輩相変わらずですねー、入れきるのです!」
「ふふふ、奏ちゃん、いい感じ。」
「私は一年のときから変わりませんが?」
「そうだったっけー?」
「はいはい、時間時間。」
「ではいきまーす!」
カシャ、カシャ。
「かれんさん、一緒に撮りましょう。」
「実はそれを言いに来たんだ、奏さん。出会えてよかったよ。」
「こちらこそ。」
奏とかれんは握手を交わす。
「それじゃ撮るよー。」
「真由先輩!そろそろ学んでくださいな!先輩も入るのです!」
「安定の真由先輩だねー。」
今度こそ真由も一緒に収まった写真はみんなのスマホとデジカメに収められた。
もちろん、みんなの心にも。
続く