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【自然の郷ものがたり#6】地域と環境省が手を携えるまちづくり。阿寒摩周国立公園が目指す未来【イベントレポート】

阿寒摩周国立公園における満喫プロジェクトを振り返り、新たな出発点にするために。本誌『自然の郷ものがたり』プロジェクトの一環として、2021年2月8日に特別鼎談イベントが実施されました。
登壇者は、弟子屈町長・徳永哲雄さん、NPO法人阿寒観光協会まちづくり推進機構理事長・大西雅之さん、環境省阿寒摩周国立公園管理事務所・笹渕紘平所長の3名。鼎談から浮かび上がったのは、環境省と地元住民が対等なパートナーとして地域づくりを担う未来でした。

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▽プロフィール(左から)
徳永哲雄(とくながてつお)
弟子屈町長。弟子屈町出身。

大西雅之(おおにしまさゆき)
NPO法人阿寒観光協会まちづくり推進機構理事長。鶴雅ホールディングス株式会社代表取締役社長。釧路市出身。

笹渕紘平(ささぶちこうへい)
環境省阿寒摩周国立公園管理事務所所長。

モデレーター 川上椋輔(かわかみりょうすけ)
弟子屈町地域おこし協力隊。2020年10月から弟子屈町に赴任。

※この記事はドット道東が制作した環境省で発行する書籍「#自然の郷ものがたり」に集録されている記事をWEB用に転載しているものです。

環境省が「地域づくりのパートナー」になった


阿寒摩周国立公園は、未来に何を繋いでいけるのか。この問いに向き合うために開催された特別鼎談イベントには、約50名の地域の方々が参加されました。さらに、当日は会場である川湯ふるさと館から生配信を実施し、全国各地から100名以上が視聴。国立公園への関心の高さがうかがえます。
最初に、環境省阿寒摩周国立公園管理事務所・笹渕所長が、国立公園の変遷について説明しました。2000年代後半からの人口減少に伴い、地域の経済活性化における柱として観光政策が各地で展開されます。同じタイミングで2016年に環境省が始めたのが、「国立公園満喫プロジェクト」です。日本の国立公園を世界に通用する「ナショナルパーク」にするために、全国8箇所の国立公園で先行的・集中的に、インバウンド対応に取り組むことになりました。そのひとつとして選ばれたのが、この阿寒摩周国立公園です。2020年を目標に進められてきた満喫プロジェクトによって、阿寒湖のデジタルアートプログラム「カムイルミナ」の開催や、川湯エコミュージアムセンターへのカフェコーナーの整備、川湯温泉における廃屋施設の撤去などが実現されてきました。今までの国立公園における地域づくりについて考えを投げかけるところから鼎談が始まります。

笹渕 これまでの国立公園では、環境省といえば事業者さんや地域住民の方々に対して開発規制をする『規制官庁』のイメージがあったと思います。しかしこれからの国立公園は、持続可能な観光地のモデルとなり、先駆的な存在になっていく。そのために環境省は、事業者さんや地域住民の方々とともにある『地域づくりのパートナー』となっていきたいと考えています。

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地域と環境省は、対等なパートナー。その言葉に対して、弟子屈町長・徳永哲雄さん、阿寒観光協会まちづくり推進機構理事長・大西雅之さんは、5年間の満喫プロジェクトにおける環境省との関わりを振り返りました。

徳永 満喫プロジェクトを通じて、地域や事業者だけでは実現できなかったことが動き始めた手応えを感じています。観光客が減少して温泉街が寂しくなってきたなかで、廃屋を整理したり、トレイルをつくったりと、新しい動きが生まれました。特に実感しているのが、住民が地域づくりに対して、自主的に汗を流そうとする町になってきたこと。これは、環境省や住民のみなさんのおかげだと感じています。

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大西 私は阿寒に帰ってきて40年近くになるんですけど、当時の環境省へのイメージは、屋根の形や高さ、看板の大きさなどの制限をする、まさに「規制官庁」のイメージでした。しかしこの満喫プロジェクトが始まってから、印象が大きく変わったんです。「カムイルミナ」にしても、音の大きさや光の強さなど、ひとつひとつご指示をいただきました。これも規制から入るのではなく、「なんとか実現した」「一緒にやるんだ」という気持ちがすごく伝わってきましたね。

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笹渕 私は先輩たちから、「地域のために何が必要なのかを考えながら仕事をしろ」と言われてきました。なので、私自身は環境省の意識が変化したという認識ではないんです。しかし現場職員の数が少なく、最近は業務が多様化して量も増えているなかで、なかなか地域と丁寧に関わる時間を確保しづらくなっているのかもしれません。満喫プロジェクトを通じて、地域との関係をあらためて築いていきたいと考えています。

国立公園での暮らしが、持続可能であるために

本誌「自然の郷ものがたり」は、この満喫プロジェクトの一環として、地域の方々に自分たちの暮らしと国立公園の繫がりを再認識していただくことを目標に制作を進めてきました。この取材に同席したモデレーターの川上さんが、インタビューの際に象徴的だと感じた問いかけが、「あなたにとって、国立公園とはどんな存在ですか?」というもの。阿寒摩周国立公園のエリアで生まれ育った徳永さんは「川湯の硫黄の匂いがすると、故郷を感じる」、阿寒を一度離れて戻ってきた大西さんは「阿寒に戻ると決まったとき、戻れる嬉しさを感じて涙が止まらなかった」と、それぞれの故郷への思いを紹介されました。そんな故郷の暮らしを次世代に繋いでいくために、新型コロナウイルスの影響も大きい今、どのような地域のあり方が求められると考えているのでしょうか。

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徳永 新型コロナウイルスによって感じているのは、地域みんなで力を合わせて乗り越えていかなきゃならないということです。私は、弟子屈町で一軒の店も無くならないように支援していこうと進めています。きっと時間が解決することもありますから、誰も取りこぼさない町のあり方を考えていきたいです。

大西 新型コロナウイルスで観光客数が減少して阿寒湖温泉は大きな打撃を受けましたが、そういうときに私をいつも勇気づけてくれるのは、アイヌ民族の生き方なんです。東日本大震災のときにお客様がいらっしゃらなくなり、ホテルもずっと休業状態になりました。商店街を回ったらみんなうつむいているんです。でもね、コタンに行ったら、みんなニコニコしていて。「大丈夫か? 持ちこたえられるか?」と聞いたら、「心配ない、食べられなくなったら山に行くから」と。「これから必ず良くなるから、そのときに売れるものをつくるぞ」と。そうやってコタンの中で声をかけ合っている。そういう強さを、今回のコロナでも見せていただきました。あとは、我々が若い頃からまちづくりを始めたときに「まりも家族憲章」をつくったんです。まりもというのは、一本の藻なんですよね。一本の藻から丸くなって、まりもになる。それが可能なのは、阿寒の空気や水があるから。そういう当たり前にあるものに感謝をする心を、この町から世界に発信しようという思いを込めました。でもこういう理念も、理念を用意するだけでは広がりません。しっかりとした経済基盤があることで、初めて理念を実践できる。このような地域のあり方は、国立公園において率先して実現できることだと思います。

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国立公園のあり方を、どう未来に繋ぐのか

経済を止めずに、自然とともに生きる。阿寒摩周国立公園で培われてきた持続可能な地域のあり方は、今まさに次世代へと受け継がれようとしています。

徳永 今回の「自然の郷ものがたり」で取材を受けてくれたのが、私の子どもの世代です。その子どもから孫たちへと、地域への思いを受け継いでいってほしい。そのためには、特に先輩たちが、若い世代の考え方をどう引き出していくか。ここにかかっています。今の弟子屈では、笹渕さんたち環境省の方々と、川湯の若い世代が一緒になって、地域の未来について本音で語り合い、力を合わせている。こういう積み重ねが、地域への思いを孫の世代へと受け継ぐことに繋つながると思います。

大西 弟子屈は、若い世代のエネルギーがありますよね。阿寒でも見習いたいなと思うと同時に、我々の町でも後継者が帰ってきているんです。やっぱり、後継者が帰ってきたいまちづくりをしたいなと思いますね。次の世代には、目線を高くしたチャレンジをしてほしいという思いを込めて、「可能の反対は不可能ではない、挑戦だ」という言葉を送りたいです。

地域の外から入ってきた笹渕所長は、若い世代と関わるなかで感じたことを語りました。

笹渕 地域の若い方々と話をすると、一緒になって「自分たちに何ができるか?」を考えてくれます。さまざまな取り組みを進めるなかで地域の方々に「ありがとう」と声をかけられることがありますが、地域の方々が思いを持って動いてくださることで、我々もやりがいのある仕事ができているんです。むしろ「一緒に取り組んでくれてありがとうございます」という言葉を伝えたいなと言いたいと思っています。

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人々の暮らしが自然とともにあり続けてきた、阿寒摩周国立公園。本誌のインタビューでも今回のイベントでも共通して語られたのは、故郷への思い、そしてこの故郷を「次の世代が帰ってこられる場所にしたい」という願いでした。そのために自分は何をするのか、この地域でどう動くのか。その問いと向き合っていく一人ひとりに、地域の未来が託されています。

徳永 私は70年以上にわたって川湯を見てきましたが、経済的に栄えていた時代を経て、どのように地域をつくっていくのか。これは、地域に関わるみんなで力を合わせてどう生きていくか、という問いなのだと思います。

大西 我々の町は、前田一歩園の「阿寒は切る山ではなく、観る山にすべきである」という考え方によって守られてきました。そして、自然と共生するアイヌ民族がいる。この2つの哲学を住民が持てているから、阿寒の自然が守られています。この2つを大切に受け継いでいきたいです。

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2016年からスタートした満喫プロジェクトは、2020年をひとつの区切りとしながら、今後もさまざまな取り組みが続いていきます。満喫プロジェクトは、単にインバウンドを増加させることだけが目的ではありません。日本の国立公園において自然と共生した持続可能な地域づくりを実践し、そのような地域のモデルを世界に示していく役割があるのではないか──。そんな思いを込めて笹渕所長が紹介した言葉で、イベントが締めくくられました。

「日本の人々が、過去の伝統と現在の革新の間の得難い均衡をいつまでも保ち続けられるよう願わずにはいられません。それは、日本人自身のために、ではありません。人類のすべてが、学ぶに値する一例をそこに見出すからです」(クロード・レヴィ=ストロース『月の裏側』)
執筆:清水たつや
撮影:名塚ちひろ

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