【自然の郷ものがたり#5】人と人を繋ぎ、「故郷」をつくる。井戸端会議から始まるまちづくり【座談会】
阿寒湖には、まちづくりを女性の観点から考える集まりがあります。結成以来、20年近く活動を続けている「まりも倶楽部」です。自分たちが地域のことを学び、地域住民と観光客の両方に阿寒湖の魅力を伝える活動をしています。
今回は、まりも倶楽部が結成された当初から活動してきた4人のメンバーに集まってもらいました。阿寒の外から移り住んできたメンバーも多いなか、まりも倶楽部が地域の魅力を見つけて発信する原動力を聞いてみましょう。
まりも倶楽部
まちづくりを女性の観点から考える有志の集まり。阿寒湖の10年計画がつくられたことをきっかけに、2002年に正式に発足された。60名前後のメンバーが所属している。モットーは「無理をせず、空いている時間に、楽しみながら」。中学校での調理実習で郷土料理を教えたり、観光客へのおもてなしをしたりして、地域の内外に阿寒湖の魅力を伝えている。
▼取材参加者
部長:小林恵美子(こばやしえみこ)
副部長:内藤千佳子(ないとうちかこ)
斉藤昌子(さいとうあきこ)
平間朋子(ひらまともこ)
※この記事はドット道東が制作、環境省で発行する書籍「#自然の郷ものがたり」に集録されている記事をWEB用に転載しているものです。
「阿寒湖のことを知りたい」。好奇心を行動に繋げた瞬間
─まりも倶楽部は20年近く活動を続けているとのことですが、どのような活動からスタートしたんですか?
内藤 2001年に準備会ができて、2002年に正式に活動を始めました。まりも倶楽部の最初の活動は、「やりたいこと」「必要だと思うこと」「私たちにできること」をみんなで書き出すこと。
そのときに、一番多かったのがどんな声だったかというと、「阿寒湖のことを知らないから、もっと知りたい」だったんです。じつは阿寒湖に住んでいても、お昼ご飯を食べにお店に入ったり、阿寒湖の自然を体験したり、そういう観光をしたことがない人がほとんどでした。
平間 私は35年以上前に阿寒湖に引っ越してきたんですけど、当時はもっと観光客が多かったから、お土産物屋の仕事がとにかく忙しくて。ゆっくり外に出かけられる状態ではなかったんです。
内藤 ですから阿寒湖のことを知るために、みんなでさまざまな体験をして、レポートを書き、情報を集めていったんです。観光でいらしたお客さんに阿寒湖の何を紹介したいのかを考えながら、私たちが知りたかった情報をマップに落とし込んでいきました。
「行ったことのない飲食店に、どんなメニューがあるか知ろう」とか、「スノーシューを履いて雪の上を歩いてみよう」とか、「全てのホテルの温泉に入りましょう」だとか、いろんな体験をしましたよ。阿寒湖の魅力を、お客さんに紹介できるようになりたかったんですよね。
斉藤 私は夫婦ともに本州の出身ですが、移住したきっかけが、観光で阿寒湖に来たことだったんです。でも当時はまりものイメージしかなかったから、観光客が何を知りたいのか、気持ちが分かるような気がして。「私ならこういうことを知りたかったな」と思う情報を集めました。
小林 そうやって最初につくったマップが、これなんですけど。
―わあ、文字がぎっしり! まりもの生態を解説したコラムから、森の散策で出合える動植物のイラストまで、すごく充実していますね。
小林 そうなんです、お客さんに伝えたいという思いがありすぎて、字がすごく細かいんです。きっと、まりも倶楽部が始まる前からそれぞれが阿寒湖への思いを持っていたけれど、その思いを表現する場所がなかったんでしょうね。
ずっと抱えてきた「知りたい」「伝えたい」という気持ちが、このマップで爆発したんだと思います。ちょっともう、読み切れないくらいに(笑)。
▲ まりも倶楽部が観光用に作成している、阿寒湖案内。阿寒湖で出合える動植物やおすすめの写真スポットを紹介するマップのほかに、まりもや阿寒湖の暮らしに関する豆知識を伝えている。この20年間、更新を繰り返してきた。
地域に応援団がいるから、まりも倶楽部の活動を続けられる
―マップの作成以外に、まりも倶楽部はどのような活動を進めてきたのでしょうか?
内藤 私は料理が好きなんですけど、阿寒湖の食材のことを知らなくて。漁業組合の奥様方からヒメマスご飯のレシピを教えてもらいました。
それから地元の食材を使った料理研究会を始めて、商品開発をしたこともあります。みんなで仕事の合間に漁業組合のキッチンに行って、かわるがわる味見をして、また仕事に戻ってね。
小林 ありがたいことに、何をするにしても地域のみなさんがすごく協力的で、応援団がいてくださるんですよ。漁業組合さんに相談すれば、商品開発をする場所や材料となる魚介を提供していただけたり。マップをつくるための温泉めぐりも、ホテルさんの協力があってこそできたことです。
内藤 私たちは、思いはあるけれどやり方が分からなかったり、どこに行けばいいのか分からなかったりして。そんなときに力を貸してくださったのが、周りの方々なんです。「まりも倶楽部に頼まれたら、仕方ないか」って言ってくれてね(笑)。
小林 私たちが家に帰ると、まりも倶楽部の活動のことを夫や子どもたちに話すでしょう。そこから話が広まって、私たちが動きやすいように、地域のみなさんが口添えしてくださるんです。「力になってやってくれ」と。
内藤 そういう積み重ねのなかで、国立公園のことも少しずつ教えてもらいました。例えば、おもてなしの一環で阿寒湖に花を植えようと思ったんですけど、国立公園だから植えられる種類に制限があるんです。そのときは、環境省のレンジャーさんが勉強会を開いてくれましたね。
小林 国立公園のことも、昔はぜんぜん知りませんでしたから。地域のみなさんや環境省の方々の応援と協力がなかったら、今のような活動はしてこられなかったと思います。
まだ知らない地域の魅力を、自分で発見しに行く喜び
―みなさんがまりも倶楽部を通じて地域に関わる原動力は、どこにあるんでしょう?
平間 私は、自分の足で毎日の楽しみを探せるのがいいなと思いますね。今までは仕事、家、仕事の繰り返しだったんですけど、コロナの影響でお休みが取れたから、歩こうかなって。今日もここに来る前に、散策をしながら8キロも歩きました。
斉藤 コロナでみんな歩き始めたよね(笑)。
平間 そうそう(笑)。歩きながら自分が気になったものを写真に収めて、後で見返しているんです。植物とか雌阿寒岳、湖で泳いでいる鳥を撮っています。
内藤 私も、普段目にしないものを見かけると写真に収めたくなるんですよね。20年住んでいても感動できることがたくさんあるって、すごいことじゃないですか?
平間 毎日違うおもしろさを見つけられるから、写真をSNSにアップしたり、友だちに場所を教えたりしています。最近は、きのこの種類が分かるようになりました。
あとは歩いていると、観光客の方に「何してるんですか」って声をかけられることがあって。雌阿寒岳がすごくきれいに見える場所を教えてあげたら、「わあ! すごい!」「普通に歩いていたら気づかなかった」って感動してくれたんです。
そうやって観光客の方が阿寒湖で何かを発見できるお手伝いをできたら、嬉しいですよね。
斉藤 うちは民芸品店をやっているので、お客さんから飲食店の場所や湖の位置をよく聞かれるんですよ。だから「おもてなしをしよう」という気持ちをいつも心に置いています。
昔、旅行先で歩いていたら大雨が降ってきたことがあって。そのときに、知らない人が私たちを車に乗せて、ホテルまで送ってくれたんですよ。だから困ってる人がいたら、私も声をかけようと思っています。「旅行のときに、こうしてもらいたいな」と思うのは、自分もお客さんも一緒かなって。よくあるのが、お客さんが阿寒湖の看板を見ているんだけど、自分の位置が分からなくなっちゃうみたいなんです。
困っているお客さんを車で通るときによく見かけるので、まりも倶楽部でつくったパンフレットをいつも車に積んでおいて、声をかけてパンフレットを渡したり、どのお店が営業しているかを説明したりしています。
内藤 お客さんの思い出をつくる気配りをすることは、私たちの役割のひとつだと考えています。
斉藤 夫にはお節介って言われるし、本当はお客さんに必要とされていないかもしれない。でも私なら、声をかけてもらったら嬉しいから。いつでもおもてなしをできるように心がけています。
小林 自分たちが地域のことを知りたくて、阿寒湖の魅力を伝えたくてたまらないと思っている。これがまりも倶楽部らしさなんじゃないかな、と思います。
自分たちの暮らしを、自分たちで守るために
―今後まりも倶楽部としてやっていきたいことはありますか?
内藤 やっぱり、人口が減っていくのは寂しいので、住民を増やしていけたらなと思っています。そのためにも、住民が快適に暮らせるまちづくりを目指したいですね。
住んでいると分かるんですけど、環境としてはやっぱり特殊なんですよ。買い物できるスーパーも、大きな病院もないから。引っ越してきたばかりの頃、食料品の在庫を切らしちゃうと、近所の斉藤あきちゃんに「ポン酢の在庫ある? 貸してくれない?」ってお願いしに行ったよね。
斉藤 洗剤もそうだけど、みんな在庫を持っているんですよね。友だち同士、気軽に貸し借りするのが当たり前になっています。
内藤 そういう助け合いがあるから、コミュニティができていくんですよね。だから新しく入ってきた人に、どうやったら快適に暮らしてもらえるかなって悩んでいます。
赤ちゃんを預かってもらいたいとか、ゴミ捨てのことを誰に聞けばいいんだろうとか、大変な思いをしている人もいると思うんですよ。
内藤 私も自分ひとりだと「入り込んで良いのかな」「お節介じゃないかな」って気が引けてしまうところがあるんですけど、まりも倶楽部のみんなで協力したら、遠慮なく頼ってもらえる関係を築いていけるんじゃないかと思っているんです。
まりも倶楽部には、阿寒湖に外から入ってきて、阿寒湖で子育てを経験したメンバーが多くいます。だからこそ手助けできることも、きっとあると思うんですよ。みんなで暮らしているから、助け合っていけるようになったらいいですね。
小林 あとは就職や研修、勉強のために、海外から阿寒湖に来る方たちもいます。その方たちに向けて、「阿寒湖1年生」というマップをつくりました。
ホテルで働く海外の方から「住んでいても、阿寒湖のどこで何をしたら良いか分からない」と聞いたので、まりも倶楽部が立ち上がる前の私たちと同じだなと思って、阿寒湖を知れるスタンプラリーにしたんです。その方たちにとって、阿寒湖が第二の「故郷」になったらいいなと思いますね。
内藤 他にも、診療所の先生や環境省のレンジャーさん、市役所の方が新しく来るときは、いつもどうやっておもてなしするかを考えています。
大歓迎会をしたこともあるし、少しでも快適に暮らせるように、引っ越してくる方が入る予定の住まいをリフォームしたりね。そういうことは、意識して動いているかな。自分たちの生活を、自分たちで守っていきたいなと思います。
▲ 仕事や勉強のために、海外から阿寒湖に働きに来る人に向けて作成された「阿寒湖1年生」。彼らが阿寒湖のことを知れるように、スタンプラリーやプレゼントを用意した。まりも倶楽部と地域おこし協力隊が連携し、多言語で展開している。
取材・執筆:菊池 百合子
撮影:中西 拓郎