キイキイ
「ドアノブに掛かってるチグリス・ユーフラテスのことを忘れないでね」と書き置きをしたまま行方不明になった母は椅子の形をしていた。
テレビの砂嵐が大好きだった。
ツナのことをシーチキンというと怒ってボクの指を一本ずつ折った。
そんな母は「絶対キレイになってやる」と
美容整形を重ねるうちに椅子の形になってしまったのだった。
いつも去年のことを思い出して
ゆっくり揺れる度にキイキイと軋んで笑ってた。
ボクはその音が大好きだった。
そしていつも今年は去年の次の年だった。
あれは去年のことだ……
いつの去年のことだ?
アレは去年の……
去年のこと? 去年ってなんだ?
あれってなんだ?
そもそもチグリス・ユーフラテスってなんだ?
椅子の形をした母親?
この記憶は誰のものだ?
去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の去年の…………?
記憶が融解してゆく中で、いつかの去年の姫君のような笑った母親の顔を思い出す。
ことができない。
慌ててそっとコップに溢れる水を飲み干しボクはただの水の入れ物になる。
乾きが潤う頃、そっとキイキイと軋む音が聴こえたような気がした。
ような気がした。
キ
イ
キ
イ