【縦型ドラマ小説版】「裏社会からの退職代行」(TikTok20万再生)
退職代行サービスで働くAは、入社1年目の若手オペレーターだ。緊張しながらも会社を辞めたい依頼者からの電話に出る日々を送っている。今日も彼女はいつも通り、明るい声で応対を始めた。
「退職代行、今がチャンスです!」
すると、予想外の低く重たい声が返ってきた。
「あの、代行お願いしたくて」
Aは努めて笑顔を保ちながらモニターを見つめ、マニュアル通りに応答する。
「どちらの会社でしょうか?」
少しの間があった後、返事が来た。
「裏社会から、足洗いたくてね」
「えっ?」
一瞬、意味が飲み込めない。何かの冗談かと思ったが、相手の声にふざけているような響きがないのが逆に怖かった。
「自分、カタギじゃないんですよ」
Aは一気に青ざめた。やっぱり……。電話口の手元が汗ばむのがわかる。
「いや、そういう世界の方はちょっと……」
だが、相手は真剣だった。
「頼みますよ。自分の口からは言えないですよ」
「そ、それはそうかもしれませんけど、うちにも規約があるので…….」
Aは自分で声が震え出すのがわかった。
「お願いしますよ。従わなかったら、どうなるかわかってますよね」
その一言で完全に固まってしまった。
咄嗟に言葉を繋ぎ、「少々お待ちくださいね」と保留ボタンを押す。
隣のデスクに視線を送ると、そこには、ヘッドホンをつけ、どこか気の抜けた様子でパソコンを打っている先輩社員のBがいる。よりによって頼りない先輩しか手が空いていないなんてツイていない。Aは仕方なしにBに声をかけた。
「先輩、助けてください!」
Bはイヤホンを外し、「どうしたの?」と首を傾げた。
「その……怖い世界の人からで……」
「え、まじで?」
Bは驚いた顔をしながらも、どこか面白がっているように見えた。
「お願いです。どう対応したらいいかわかりません」
Bは小さく息をつき、受話器を引き寄せた。
「わかったよ。俺に任せて」
そう言いながら、Bは普段の頼りなさが嘘のように、落ち着いた声で電話に出た。
「お電話変わりました、佐藤です」
「あの、佐藤さん、どうにかならないですかね」
ドスの利いた声がAの耳元まで届いてくる。
しかし、次の瞬間、Bの声が豹変した。
「舐めたこと言ってんじゃねえぞ!」
Aは思わず驚きで目を丸くする。
「てめえで入った世界だろ。自分でケジメつけろやコラ!」
向こうも面を食らったのか、受話器の向こうは沈黙したままだ。
Bはすっと表情を戻し、穏やかな声で続けた。
「失礼しました。こちらで電話を切らせていただきます」
そして、電話を切ると、Aを振り返った。
「先輩……すごいです」
「大したことないよ」
それだけ言うと、Bは涼しい顔で席を立っていった。その背中には、いつもの気の抜けた雰囲気はもうなかった。
廊下に出たBはスマートフォンを取り出し、素早く番号を押した。電話が繋がると、気の良さそうな男の声が聞こえてくる。
「はい、迷惑代行ヒーローズです」
丁寧で爽やかな声。だが、その声質は先ほどの裏社会の男にそっくりだ。
「いや、うまくいきましたよ。次の街中で彼女を助けるシーンもよろしくお願いしますね」
「了解です!また役作りしておきますね!」
電話を切ると、Bは独り言のように呟いた。
「これで絶対、彼女を落としてみせる……」
彼の口元には、得意げな笑みが浮かんでいた。だが、その背後にはAが立っている。
「先輩、全部聞いてましたよ」
Bはぎょっとして振り向いた。
Aがいたずらっぽく笑いながらスマホを持っている。
「録音もしちゃいました。私の口から部長に報告しなくて済むよう、ちゃんと『ケジメ』つけてくださいね」
人は見た目や雰囲気ではわからないものだ。Bは真っ青になった。