【縦型ドラマ小説版】 ショートショート「深夜のセールス電話」
真っ暗なワンルームの中で、スマホが鳴り響いた。
山中は、はじめアラームだと思い、手探りで止めようとした。しかし、いつもと音楽が違うことに気づく。アイマスクを外すと、カーテンの隙間からのぞく夜はまだ明けていない。
今日は12月21日。1年で1番夜が長い冬至とはいえ、少なくとも6時より前だ。案の定、枕元の時計を確認すると、深夜3時を少し回ったところだった。
―――せっかく眠れてたのに。
スマホの画面を確認すると、見知らぬ「0120」からはじまる番号から着信が来ていた。普段なら無視するところだが、この時間にかけてくる非常識さに怒りが勝った。
「こんな時間にどういうつもりですか!」
思わず電話を取ると、寝起きの自分でも驚くほどの怒声が飛び出した。そんな反応は慣れっことばかりに、落ち着いた50代ほどの女性の声が返ってくる。
「株式会社スヤスヤ産業の佐藤と申しますが、山中さまのお電話でしょうか?」「そうですけど」
「今ってお時間大丈夫ですか?」
山中はいよいよ怒りが込み上げて顔が火照ってくるのを感じた。
「大丈夫な訳ないでしょ!」
「あっ、お忙しい感じでしょうか?」
「バカにしてるんですか!この時間はふつう寝てるでしょ」
「なるほどですね」
「なんなんですか?マジで!」
「弊社では安眠のための枕を販売しておりまして、山中さまにぜひご紹介したいと思い、お電話させていただきました。」
安眠商品を売る電話で、顧客の安眠を妨害する。これほど矛盾したセールス電話があるだろうか?
「安眠も何も、あなたのせいで今起こされてるんですけど!」
「はい、ですから真夜中に電話がかかってきて起きてしまうくらい、眠りの浅い方におすすめな商品なんです」
「ふつう起きるでしょ、突然携帯が鳴ったら」
「ふつうの枕を使っているとね?」
「ふつうの枕?」
山中は睡眠オタクだ。リモートワークが本格化した数年前から悩まされる不眠症状を解消するため、枕やウェア、マットレスは科学的アプローチで開発された質の高い物を揃えている。
「あの、枕はちゃんとしたものを使ってるんで、結構ですから」
「ははは」
なんの遠慮もない笑い声が聞こえてきて、山中はスマホを耳から少し遠ざける。
「でも、今起きてますよね?弊社の枕なら、どんな音が鳴ろうと決して起こされることはありませんよ」
本当に図々しいセールスだ。こんな怪しい売り文句のために狙って深夜に電話をかけているとしたら、いよいよ許しがたい。
「今なら10日間無料キャンペーン中ですので、この機会にいかがでしょうか?」「10日間無料?」
「はい。10日お使いになり、効果を感じられなかった場合にはご返品いただけますので」
もう一周回って面白くなってきた。10日使った枕を返品されてどうするのだろうか?まさか他の客に横流しする?いや、それは流石にしないだろう。と考えると、返品された商品を廃棄しても問題ないくらい、枕の原価がよっぽど安いのだろうか。
「いかがなさいますか?」
「本当に無料なんですね?」
「はい、もちろんでございます」
「じゃあ送ってください。その代わり、もう2度と深夜に電話をかけないと約束してもらえますか?」
「はい。本当にご心配になることは何もありませんから」
翌朝、宅配便が届いた。箱には「絶対に起こされない!安眠まくら 10日間無料体験」の文字。山中は興味半分、不信半分で箱を開け、中に入っていた枕を取り出した。
「これはパチモンだな……」
青いカバーの中には、なんの変哲もない薄手で白の枕が入っていた。効果がなければ次の日にも返品すればいい。その夜、山中は届いたばかりの枕を試して眠りについた。
次の日、朝8時にアラームが鳴った。だが、山中は微動だにしない。その翌日も、枕と布団に沈み込んだままの山中の枕元で、スマホはきっちり同じ時刻に起動した。
最初に異変に気づいたのは家族だった。年末年始なのに家に帰ってこないばかりか、電話すら繋がらない。連絡を受けた管理人が部屋を訪ねると、穏やかな顔で眠る山中がいた。体を揺すると温もりはあるが、どれだけ大きな声で呼びかけても反応はない。
管理人はふと、整理整頓された部屋の中で無造作に置かれた段ボール箱が気になった。そこには、「安眠まくら」の文字とともに「※10日間を過ぎると返品は一切受け付けません」と書かれていた。
部屋の中では、今日も山中の安らかな寝息が響いている。