短編 晴天
天気は晴天。気持ちのいい風。街は新しい一日を祝うファンファーレのように賑わっていた。
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私は人混みが苦手だ。こんなにも混んだ電車には絶対に乗りたくない。だが、大きな仕事がこの後控えている。この電車に乗らなければ、仕事に遅れ大勢の人に迷惑をかけることになる。私は意を決して電車に乗り込んだ。途端に脳に入ってくる人々の雑音。これは耳を介してではない。脳に直接入ってくるのだ。どういうことか端的に言うと、私は俗に言う超能力者だ。人々が考えていることを確実にではなく、ふわっとだが言葉に発せられなくても感じ取ることができる。今日も、色々な声が聞こえる。隣のおじさんサラリーマンに毒づくOLの声。時間を気にする敏腕サラリーマンの声。うるさい。これだから、超能力は嫌いだ。大っ嫌いだ。TVに出てこの能力のことを話すだけでお金が貰えるが、好き好んでこれを仕事にしている訳では無い。私は「超能力」と「天気の良い日」がこの世からなくなって欲しいと思うほど大嫌いなのだ。
「チッ。」
私は人を押しのけつり革を掴んだ。
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僕はいつになく憂鬱だった。なんなら朝起きて天気が良いから気分が良かったのに、一気に最悪の気分だ。会社へ向かう満員電車の中で、いきなりそれは起こった。
ぐるるるる。腹が痛い。痛いなんてもんじゃない。出産時の痛みの例えに鼻からスイカが出てくるようなというものがあるが、まさにそんな感じだ。女はこんな痛みを耐えるのか。これまで目の敵にしてきた女だが、少しは見直したかもしれない。ぐるるる。ああ、我慢できない。
「もうダメだ。」
僕は全てを悟り目を閉じた。
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「ぐるるるる。」
その音はかなりの大音量で私の脳を震わせた。まだ若いであろう男の声がした。最初は何のことかわからなかったが、その後に響いた「もうダメだ。」という声で、全てを理解した。
「腹痛か。」
私はそう確信した。それと同時に過去の記憶がフラッシュバックした。
それは数十年前の春の穏やかな日の事だった。
当時私は、超能力をひた隠して普通の会社に勤めていた。その日はとても天気が良かった。会社に向かうため私は朝の満員電車に乗り込んだ。その時、それは起きた。ぐるるるる。腹痛だ。痛くなる前兆などなかった。会社の最寄り駅に着くまであと15分ある。私は必死に抗った。しかし便意というものは残酷だった。時間が経つ度に酷くなる痛み。会社まで残り5分という所で限界を迎えた。私は全てを悟り目を閉じた。悲鳴が上がる車内。写真を撮られ、罵声を浴びせられ、ついには会社にもその話は広まった。数日は、我慢して会社に通っていたがそれも耐えられなくなり退社した。
気づくと自分の頬を涙が伝って行くのを感じた。それと同時に1つ決心をした。
「若者を救わなくては。」
未来ある若者を救わなければならない。同じ過ちを繰り返してはいけない。そう決めると同時に私は人を押し退けながら声が聴こえた方に走り出していた。
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決心した僕は、カバンからある物を取り出した。今朝コンビニで買ってきた物だ。僕は、それに家から持参した水筒のお湯を注いだ。
「ジョロロロロ。」
この時が至福のときだ。3分経ってから、お湯を水筒にもどし、よく水気をきる。そしてソースをかけて、よく混ぜれば完成だ。車内にはそれのキツい臭いが充満していた。
「僕、潔癖症なんだよな。」
と考えながらも僕は勢いよくそれを口に頬張った。
「ずるるるるっ。」
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急がなければ。
未来ある若者の目を摘む訳にはいかない。私の超能力で何とかなるかもしれない。悩める若者まであと少しという所まで来ていた。するといきなり脳にある音が入り込んできた。
「ジョロロロロ。」
一足遅かったか、、、いやまだだ。
大きい方をしていなかったらまだ可能性はある。「僕、潔癖症なんだよな。」
ん?どういうことだ??
「ずるるるるっ。」
まさか。潔癖症だからといってズボンを脱いで大きい方をするつもりではないか。そんなことをしたら、会社所ではなく日本に住めなくなってしまう。そこで音は途切れていた。あと少しだった。もう若者は手遅れだろう。写真を撮られ、罵声を浴びられているだろう。過去の私のように。私は元に居た車両に戻ろうとした。けれど、ここで諦めていいのか。過去の私にあの時声をかけてくれる人がいたら、また未来は違かったかもしれない。そう考えた私は、ポケットティッシュを握りしめ若者の元へ再び走り出した。
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ふう。
お腹いっぱいだ。とうとう我慢できなかった。僕を苦しめていたのは空腹だ。周りの目が気になったがこれで、あの腹痛から開放されると考えるとまだ良かった。僕はすっかり腹が満たされ、空っぽの器を片手に余韻を楽しんでいた。すると、前の車両と繋がっているドアがバァンと勢いよく開いた。
そこから初老のおじさんがなだれ込むように入ってくると真っ直ぐに僕のもとに来てこう叫んだ。
「おい!これを使え!」
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超能力を頼りにあの若者をついに見つけた。
私は、手にしていたポケットティッシュを勢いよく若者に差し出した。
私は、恐る恐る若者の様子を足元から確認していくと言葉を失った。
そこに居たのは、カップ焼きそばを片手に口の周りをソースでベタベタにした太った青年だった。
青年はぎこちない返事をし、私のティッシュで口の周りをふくと、そそくさと電車から降りていってしまった。
私は、ちょうど一人分空いたイスに座り、窓から空を眺めた。とても良い天気だった。
これだから超能力と天気の良い日は嫌いなのだ。
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