「ありそうな短編の話」

目が覚めるとそこは、無機質な白色の壁で囲まれた小さな部屋だった。ここがどこなのか見当もつかない。昨日、久しぶりに会う最も信頼する旧友と、酒を酌み交わした所までは覚えてる。私はそこまで酒が好きではないが、久しぶりに親友と会うため、記念に飲んだ。それがいけなかったのか。慣れない酒を飲み、酔いつぶれてしまった。だから記憶がないのだと思う。そんなことを考えていると、頭がズキズキと痛むのに気づいた。これが、俗に言う二日酔いと呼ばれるものなのだろうか。自分が思っていたものとは違った。二日酔いはもっと頭の内側から、痛むものだと思っていた。よく聞くのは、自分の脳の軌跡が綺麗な弧を描かないというものだ。自分の頭の痛みはそれとは別の、言ってしまえば、真逆のものだった。例えるなら、頭をバットで殴られたような。人によって痛みは個人差があると解釈をするようにした。私はベッドから起き上がり、部屋を見回してみた。目につくものは、ドアがひとつ、机、テレビ、冷蔵庫、トイレがある。男性一人暮らしの典型的な部屋という感じだ。だが、何か違和感を感じる。普通の部屋なら絶対あると言っていい程の物がない。窓だ。窓がないのだ。部屋は電気がついているため明るいが、窓がないため外の様子が見れない。今は昼なのか夜なのかさえ分からない。私は、ドアから外に出ようとした。だが、開かない。そのドアは鍵穴もない、南京錠もついていないただの木の板のように見えるが、びくともしなかった。私は、何とかこじ開けようと蹴ったり、体当たりをしてみたが、ドアは難攻不落の城のように私の前に立ちはだかるだけだった。開けるのは無謀だと悟った私は何か情報を得ようと、テレビをつけて見ることにした。ザァーっ部屋に響き渡る砂嵐の音。鳥肌が立つ。小さい頃に夜中にテレビをつけたらこの音が鳴り響いて、恐怖で夜眠れなくなったことがあった。それでこの音がトラウマになった。そんなことを思い出していると、テレビの下の台に何かあるのを発見した。それは、何も書かれていないDVDだった。私は備え付けてあったDVDプレーヤーに入れてみた。するとずっと砂嵐が流れていたテレビの画面がプツッと音をたて、切り替わった。流れ始めたのは、少し前に流行ったアニメ映画だった。制作費は少額だったらしいが、口コミがひろがり、世界を席巻させる大ヒットとなった映画だ。私は、この映画を実際に劇場に見に行き、ラストのシーンでは大号泣してしまったのをおぼえている。なぜ、この映画のDVDがあるのか理解はできなかったが、またこれを見れたことで何か自分が安心するのを感じた。非日常の中に自分が記憶を共有するものが現れたからだと思う。少し安心し、テレビを切ったところで、自分の携帯電話がなくなっていることに気づいた。いつもの癖でスマホで時間を確認しようとすると、いつも入れているはずのポケットに入っていなかった。私は普段スマホは、時間を見ることと、電話をすることぐらいにしか使わないため、そこまで気にはならなかった。こんな時でも、自分のスマホを誰かが拾って悪用するのではないかと心配になる自分が怖かった。まだ、いつもの生活から逸脱した状況に自分が置かれていることを理解出来ていなかった。何となくまた、部屋を見渡してみると、写真立てがあるのを発見した。近づいて見てみると、そこには2年前から同棲している彼女、美香が写っていた。なぜ??と疑問が思考を埋め尽くしたが、彼女の顔を見ていると次第に落ち着いた。美香は元は私の友達の彼女だった。しかし、私は彼女に一目惚れしてしまい猛アタックした。結果美香は私を選んだ。友達には申し訳ないが、後悔はしていない。私は美香が大好きだ。私の心には美香に会いたい。という気持ちが、募ってきていた。きっと彼女が捜索願を出してくれてる。きっと警察が私を見つけてくれると思った。それから私は、なんとか時間を潰して警察を待つことにした。映画を見たりした。セリフを暗唱できるくらい。何度も。警察を待つ時間は長く感じた。長く。永く。すると、ドンッドンッとドアをこじ開けるような、誰かが体当たりをするような音が聞こえた。私は、憔悴仕切っていた。何をすることも無く、ドアを見つめていた。ドンッという大きな音をたてて、ドアは開いた。そこに居たのは私が最も信頼する旧友だった。私は安心のあまり、大号泣してしまった。私が落ち着いた後、親友に私を発見した経緯を聞いた。彼は美香の友達でもあり、美香から頼まれて探しに来てくれたらしい。私は、その話を聞いてまた大号泣してしまった。彼は私が泣き止むのを確認してからこう聞いてきた。もう頭の傷は治ったかと。私はすっかり頭が痛いということを忘れていたぐらいだったので、私は、大丈夫だと答えた。それから私は親友に連れられて、自分の家へと帰ることが出来た。そこで、美香と久しぶりに再開できたわけだか、他にも色々な衝撃を受けた。まず、自分が行方不明になってから5年が経っていた。あの部屋でそんなに長い時間が経っていたなんて信じられなかった。けれど、それは紛れもない事実だった。もうひとつは、美香との子供が産まれていたことだ。私が行方不明になった次の日に妊娠が発覚したらしい。もう子供は4歳になっていた。この子の出産に立ち会えなかったこと、成長の過程を見れなかったことが、私は1番ショックだった。それから何年か経ち元の生活に慣れてきた時に、親友から電話がかかってきた。内容は久しぶりに飲まないかということらしい。勿論二つ返事で行くと答えた。1番信頼する旧友であるし、命の恩人でもあるからだ。妻の美香に飲みに行ってくると伝え私は店へ向かった。この数年の間に私は美香と結婚していた。その事を、親友に報告するため私はウキウキしていた。
店に着くと、親友は既にそこに居た。2人は直ぐに乾杯し、私は普段は飲まない酒を大量に飲んでしまった。すっかり泥酔してしまい、帰る頃には目の焦点があわない、千鳥足といった状態だった。親友は送ると言ってくれたが、私は断った。命の恩人にそんなことをさせる訳にはいかない。ふらふらと帰路を歩いていると、誰かが後ろをつけてきている気がした。だが、酔っ払っていた私は、気に止めることも無くゆっくり家へ向かっていた。すると、突然後頭部への大きな衝撃を感じた。例えるならバットで殴られたような。私は、そこで気を失ってしまった。
目が覚めるとそこは、無機質な白色の壁で囲まれた小さな部屋だった。

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