保育園がないのに香港が「共働きにやさしい」理由
結婚しても、出産しても夫婦ともに働きたいーー。
1980年代日本で共働き世帯は約3割超にとどまっていましたが、現在は約6割を占めています。約30年間で逆転し、今やマジョリティーになりました。
そんな日本のさらに一歩先を行く、「共働き世帯」先進国の香港。高い住宅事情や物価などを背景に共働きが大前提となっていますが、実は日本の保育園に相当するものが存在しないそうです(幼稚園はある)。
代わりに働くパパ・ママを支えるのが「domestic helper(ドメスティックヘルパー)」と呼ばれる住み込みのお手伝いさんたち。
どんな人たちなんだろう?現地で働く彼女たちに話を聞きました。
(日曜日になると銀行のビルのふもとがピクニック会場になる=筆者撮影)
日曜日、突如として街中にあふれる外国人女性たち
日曜日の昼下がり、高層ビルが立ち並ぶ香港のビル街。スコールがしとしと降り続く中、女性たちがレジャーシートを敷いたりダンボールで仕切りを作ったりしてHSBC銀行ビルのふもとで「ピクニック」をしていました。
その数約1000人。彼女たちは国外からきたドメスティックヘルパーさんたちです。彼女たちの多くは週6勤務で、日曜日が定休日のため、毎週日曜日になると仲間とともに街に繰り出します。
(スナックを販売し始める人もいて、もはや新たなビジネスが始まる=筆者撮影)
フィリピン人のMeg(メグ)さんは2002年に香港にきて以来、ヘルパーとして15年以上働いています。現在は妹も香港で同じように働いているそうで、この日は同郷の友人らと集まり、手作りのお菓子を交換したりトランプでゲームをしたりして遊んでいるとのことでした。
彼女たちのようなヘルパーは香港に約36万人いるそうです。
その国籍は、
1) フィリピン
2) インドネシア
3) スリランカ
4) タイ
5) バングラデシュ
6) ミャンマー
7) マダガスカル
8) カンボジア
など。東南アジア各国の女性たちが中心です。特にフィリピンとインドネシアで9割以上を占めることから、彼女たちの休みの日曜日には公園にタガログ語やインドネシア語が飛び交い、「このビルの下はフィリピン」「この公園はインドネシア」と溜まり場が決まっているそうです。
本国から優秀な女性たちも流出
政府により月給は最低でも4520HKドル(約6万5000円、2018年9 月に改定)とされていますが、香港で暮らしていく水準としては決して高くない数字です。一方、本国から見ると「高給取り」という現状があり出稼ぎにやってくる人の数は増加の一途をたどっています。
香港在住の日本人夫婦の家庭で勤務し、7ヶ月になる乳児(当時)の世話を住み込みでするフィリピン人ヘルパーのSheryl (シェリル)さん(38)に話を聞きました。
(ランチをしながら取材に応じてくれたシェリルさん=筆者撮影)
シェリルさんは大学で英語コミュニケーションを学んだ後、企業の秘書や会計事務所のアシスタント、インドネシアで4年間英語教師として勤務後したのち、約2年半前に単身で香港へ移りました。
高校生の長女と小学生の長男の2児の母でもあるシェリルさん。「17歳になる長女の大学費用を工面することを考えると、お金をたくさん稼ぎたい」と移住の理由を話します。
給与は月額4400HKドル(約5万8000円)で「教師をしていたときの約2倍よ」とシェリルさん。会社員だった旦那さんは、子供たちの世話を中心に担うため退職し、現在は家畜の世話などフレキシブルな仕事をしているそうです。
(高層ビルが立ち並ぶ香港)
雇用主がビザ発給の権限を持つ怖さ
時に家族たちを本国に残し、大黒柱として国外で働く彼女たちですが、ビザ発給は雇用主が行うため、自由意志で仕事を変えたり雇用主を変えることはなかなかできません。
また、彼女たちの雇用主が契約を継続しなかった場合はビザも自動的に切れるため、母国へ強制送還を余儀なくされるわけです(もちろんまったく理由なく突然解雇した場合の違反金はもちろんあるそうですが…)。
彼女たちの勤務先は「自宅」という人目につかない閉じられた環境です。
部屋を与えるという決まりはありますが、その部屋がトイレで、家族がトイレに行くたびに出なければならなかったり、屋外でバルコニーに”部屋”が与えられ、犬と同じ場所で生活しているという人権まるで無視の状況下に置かれている人もいるそうです。
最悪のケースでは、雇用主から性的暴行に遭い妊娠してしまうヘルパーもいるそうです。
シェリルさんは、「私のように良い雇用主に出会えれば幸せですが、そうでない話もよく聞きます。
日曜日に外に出ているのも、家族だけでゆっくり過ごしたいという雇用主の本音から実質『追い出され』、行き場もないまま、公園でひたすら寝てたり、夜まで帰ることが許されていない人たちもいます」と話します。
「泳ぎ方」を覚えることが自信になる?
外国で住み込みで働くことにはやはりストレスは大なり小なり抱えると思いますが、そんな女性たちのエンパワーメントに取り組む団体もあります。 「Splash Foundationスプラッシュ ファウンデーション」です。
泳ぎ方を覚えるという、とても簡単に聞こえる取り組みですが、女性たちの自己肯定感を高めるという狙いがあるそうです。
常夏の香港では、多くのマンションにはプールが併設されています。そのため時に子供たちをそのプールに入れ遊ばせますが、学校で水泳の授業がないことも多いため、本人たちは泳げません。
つまり、「泳げること」はある種の「富裕層の特権」なわけです。
そのため、スプラッシュで泳ぎを覚えることは、「できないことができるようになった」という成長の実感とともに、「富裕層ができることができるようになった」という、特権階級にしかできなかったスキルを獲得することを意味します。
とても実感を得やすいスキルアップの手ごたえは、自己肯定の意識をより上げることができる。
どの小学校にもプールが併設されており、泳げる泳げないかは別として「水泳の授業」を受けたことのある日本人の筆者には思いつかない発想でした。
(イメージ写真=ぱたくそ)
香港の共働き世帯の活躍の背景にある、外国人女性の活躍。
取材を進める中で、「合法的な人身売買だ」と批判の声も耳に入ってきました。
この構造が良いか悪いかどうかの判断は一概に言えませんが、AIやロボットで代替されにくいであろう保育や介護というケア人材のニーズは今後も高まるようで、香港でも30年後にはさらに24万人のヘルパーが必要とされているようです。
世界が大きく変わっている今、どの国が「雇用主」の立場になるのか、「ヘルパー」の立場になるのかということは、ますますわからなくなってきているなと感じました。
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