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【小説】【遊戯王】うさぎとかめの星の夜【読書の秋オフ】

【うさぎとかめの星の夜】

読むにあたって
◤◢◤ ◢◤⚠️WARNING⚠️◢◤◢◤◢
⚠️オリジナルカードが1枚登場します。他はすべてOCGカードです。
⚠️デュエルシーンについては、細心の注意を払っていますが、ルールミスやシチュエーションへの突っ込みはご容赦ください。
⚠️この小説は、【読書の秋オフ】用に書き下ろしたものになります。実在の団体や人物には関係ないものになります。

浅瀬汐より

0.ここはS県の専門学校



ーー学校法人デュエルアカデミア。

デュエルアカデミア本校を母体とする専門学校であり、そのうち、無印であれば首都圏の学校を指す言葉である。

S県トコロザワシティ駅近郊に構える、コンクリート打ち出し、吹き抜けから都会とも田舎とも言えない風が吹き抜ける、此処はむさしの校。

デュエルアカデミアむさしの校である。


1.将来の夢はなんだろな

街中の専門学校にありがちなやたら白い壁、灰色のカーペットの床、銀色の手すりが付いた小高いスロープを抜けた先。そこに、デュエルアカデミアむさしの校の進路相談室は存在する。

「さて、お前らが呼ばれた理由はわかるな」
就職に関わるカラフルな背表紙の本やパンフレットに囲まれたその部屋で、PCを脇に見遣りながら、白い髭をたくわえた指導員は生徒2人と相対してそう言った。

「わかりません。なぜ僕は呼ばれたのでしょうか」
「センセー、相談室だろここは。おれ、相談しに来た訳じゃないんだけど」

2人の答えに指導員はハア、と大きなため息をつく。

「わかっとらんのか、この大バカどもめ……」

「亀井、宇野」
僕、と答えた丸眼鏡の男子生徒が目を細める。
おれ、と答えたヘアピンを前髪に付けた男子生徒は天井へ目線を向けた。

「この成績で、卒業後の進路希望を『プロデュエリスト』と書いたのはお前ら2人だけだ」
指導員が目線を逸らす2人にPCを突き付ける。
確かに、2人の成績は最低評価を指す『D』の文字があった。

「宇野。お前はな、一般教養も、デュエル座学もそれほど悪くない。それだけならその進路を認めてもいい。だが! 何故! いつも実技で!勝ち負け以前のふざけたデュエルばかりするのだ!」

我慢の限界、と言わんばかりに白髭を揺らし声を荒らげる。

「別にいいじゃん。せっかく盛り上がってるところに教科書通りに動いて水差すのって、後味悪いじゃん?」
「そういう問題ではない! ミラーフォースにサイクロンを撃つのなんてこの学校ですらお前だけだぞ!」
そう言われている隣、亀井が少しだけ目線をPCに移す。
サイクロンだけではなく、実技における減点がみっちりと書かれていた。
中にはレギュレーションを無視した、『対戦相手の目を盗み2枚ドロー』もある。
「何を浮かれている、亀井」
そのうち今度は指導員が亀井に顔を向けた。
「お前も、いや、お前は……実技以外が壊滅している! そもそも何故試験を受けに来ない!」
「先生、ここはデュエルの為の学校ではないのでしょうか」
「屁理屈をこねるな! 一般教養のスー・ティーポ先生に聞いたが、お前、課題を一度も提出してないそうじゃないか!」
「デュエルで勝てば、免除していただけるので、僕はそれに応じているだけです。特に減点されるような事はしていないと思いますが」

眼鏡をくい、と上げながら話す亀井。それを見る宇野の目が丸くなる。恐る恐る、指導員に目を向けると、既にその顔は真っ赤に膨れ上がっていた。

「このっ、大馬鹿者ども! とにかく! 卒業試験までに評価をA+にしない限りプロリーグへの推薦状は書かないからな!」



「なあなあ、お前。なんか静か〜そうに見えて、めちゃくちゃ大胆なんだな!」

進路相談室から放り出させるかたちで外へ出た2人。
すたすたと歩き進む亀井に、宇野がぴょんぴょん跳ね回りながら声を掛けた。
「別になんとも。僕が思っている事を話しただけだ」
「いや、だってさ、お前のその見た目でお勉強出来ないのかよっ! て、なるじゃんな!」
「君も、とても勉強が出来る見た目には見えないが」
「ハハ、よく言われる〜。結局はコツと暗記なのにな」
そして、吹き抜け向かいの廊下へ目線を向けた宇野が何か思いついたのか再度亀井へ声を掛ける。
「なあ、せっかくならデュエルしようぜ! デュエルでセンセー達負かして課題ちょろまかしてるっつー事はさ、強いんだろ!」
向かいの廊下にある、スライド式のドアには『実技室1』のプレート。
「おれ、デュエルめっちゃ好きなんだ! 強いやつと出来るなら尚更!」
そこでようやく、亀井は足を止める。眼鏡の奥から、宇野の目を真っ直ぐに見抜いた。
「わかった」

■■■■

「バトル。『迷宮城の白銀姫』で直接攻撃」
「ぐわーっ! 負けたァーっ!」

立体映像(ソリッドビジョン)の爆風に飛ばされ、宇野がデュエル場に倒れ込む。
「ありがとうございました。先生の言う通り、かなり遠回りな戦い方ばかりするんだな」
デュエルディスクを仕舞い、大の字で倒れる宇野へ近寄る。
負けたにも関わらず、宇野は満足げに笑っていた。
「やっぱり強いんだなあお前。なんつーかさ、教科書通り、って感じ」
そう言われて、亀井はデュエルを思い返す。宇野は今流行りのデモンスミスだった。しかし、ダメージを与えるのはラクリモーサのバーン効果だけ。それにーー。
「本当にミラーフォースにサイクロンを撃つとは」
「アハハ。鉄板のジョークだろ! 子供だろうが、初心者だろうが、大ウケでおれ大好きなんだ!」
ヘラヘラと笑う宇野に、亀井が口を開きかけたが、それはギャラリーから飛んできた声にかき消されてしまった。
「そうだぞ、ウサギー! いつものバカやってんね!」
ギャラリーに2人が顔を向けると、男女3人の姿があった。
「おーお前ら。いつの間に!」
「カフェテリアで暇つぶしてたら、実技室ライブカメラでウサギの姿見えたからさ」
「いやあ、ウサギのデュエルっていつ見ても面白いんだよね。突拍子がないって言うかさ、ホントにバカだなあって!」
ウサギーーそう呼ばれた宇野を、デュエル場まで降りてきた仲間たちが立ち上がらせる。
「なあなあウサギ、今のデュエル、最後の方撮ってたから後で編集してショート動画上げようぜ!」
「いいね。この前作った音源が使えそうかな」
「え、そんなの作ってたの? 流石ウサギじゃん」
「えっとー……対戦相手の人、そういう事なんで! 顔隠すんで、アップしても良いスか?」
「構いません」
「あざーっす!」
立ち尽くす亀井をひとり残して、宇野たちが去っていく。
スライド式ドアに手を掛けた最後の一瞬、亀井の声が実技室に響いた。

「さっきのサイクロン、確かにミラーフォースを無効にはしてなかったーーだけど、『迷宮城の白銀姫』の罠をセットする効果を妨害していた。僕はその点、君がバカではないと思う」

今日のこの数時間一緒に過ごした中で、唯一宇野に向けた言葉。思わず、宇野は振り向いてーー亀井と目が合った。
しかし、それは一瞬で、宇野は仲間たちに連れられ、実技室のドアが閉まるのであった。


2.同じファミレスの飯食えば、トモダチ



宇野が仲間たちとアップロードした動画はショート動画専用サイトで多少の再生数とイイネが付いただけに終わり、宇野が作った音源に関してはイイネはひとつも付かなかった。コメントも来ていない。

「なぁーっ、ウサギ。世の中そんなもんだろ。アンチコメントが来てないだけ気にすんなって」
講義と講義の合間、教室でぼんやりとスマホの画面を眺める宇野に仲間が声を掛けるが、宇野は目を離さなかった。

気にしているのは、動画が伸びなかった事ではない。
あの日の言葉がやけに離れないのだ。それに。
「亀井……あいつ、亀井なんて言うんだ? どこのクラスだろう。どっかで聞いたことあるんだ……」
「ん? なんか言ったか?」
「あーいや。なんでもなーいよ」
ようやく顔を上げ、いつものようにヘラと笑う。
「なあ、みんなは卒業したらどうするの?」
宇野が仲間たちに訊く。
「俺は先輩のツテで商社行く!」
「私、この前アパレルブランドの内定貰ったんだー。だから一般就職かなぁ」
「オレは実家のカードショップを継ぐよ」
「お前実家カードショップなの! 初耳!」
「ああ、うん。と言っても、田舎のおもちゃ屋に毛が生えたようなもんだよ」
仲間の1人が、教室の奥の大きくて真っ白なホワイトボードをぼんやりと見つめた。
「デュエルの学校に入ったんだから、プロデュエリストに簡単になれるんだって思ってたんだよ。正直、カードの事なら何でも知ってると思ってた」
そして、宇野に向き直る。
「ウサギは、プロリーグに進むんだろ。大変かも知れないけど、頑張れよ」
「おう! ウサギはおもしれーから、大丈夫だよ! あっという間にファンもスポンサーも付きまくりだ!」
「ああ、あー、うん。頑張る」
仲間の囃し立てに、宇野は薄ら笑う。
しかし、ふと目線を窓の外に向けると、遠くに、だがハッキリとその姿を捉えた。
「あいつ、あいつだ!」
授業開始のチャイムと共に、宇野は勢いよく教室の外へ飛び出していく。
「珍しい、ウサギが授業サボるなんて」

教室飛び出し、学校飛び出し、トコロザワの町を走り抜ける。
追いかけていたその姿は、さほども速くなく歩いていたので、商店街で簡単に追い付いた。
「よう! この前ぶり!」
宇野が肩を大きく叩くと、丸眼鏡の顔が手にしていたチラシから上がる。
「こんにちは。授業はどうした」
亀井がそう挨拶をすると、宇野の顔がぱあ、と明るくなる。
「そういうお前はナチュラルにサボってるじゃんか〜! なあ、今日もおれとデュエルして……それ何?」
訊かれて、手にしていたチラシを宇野に向ける。
「今度、トコロザワ駅のシティホールで新弾カードの発表イベントがあるそうだ」
「へえ、そんなのやってるんだ」
「実技の授業でアナウンスがあったと思うぞ。それに、学校の掲示板にもあった」
「あ、アハハー、そうか。全然気にしてなかったぜ」
「デュエルモンスターズが好きならとっくに知っていると思ったんだが。ネットでもかなり大々的に宣伝しているみたいだったし、お仲間も話題に上げてたんじゃないか」
「えっとそれは……。たまたま! しばらく編集してたし……。ええっと……どれどれ」

"○月✕日発売の新パック、『STARLORD SPARKLE』の発売を記念して、トコロザワステーションホールにてプロデュエリストと開発陣営とスペシャルトークショーを開催!"

"イベント内では、新カードの発表も兼ねたエキシビションマッチも……!"

「へぇー。てか、お前そういうの好きな感じ?」
「情報収集は大事だ。噂では今のデュエルシーンを変えかねないカードだと」
「ン……? つまり……?」
「キミの言葉で言うんだったら〜、『メッチャ強い』、かなっ!」
聞きなれない女性の声が割り込んできた直後、宇野の肩が引き寄せられる。
何事かと振り向くと、やはり見知らぬ女性が、何故か亀井と宇野の肩を組んで真ん中に現れたのだ。

「わぁ!? おねーさん誰!?」
「フッフッフ。よくぞ聞いてくれたね少年。アタシはしがないイベントスタッフ……。KCインタラクティブの映像技師さ!」
「KCインタラクティブの下請けの下請けのフリーランスだろう、姉さん」
「こら、こら! 人聞きの悪い事言わないで!」
宇野は再度、顔をしかめたその女性を見上げてみる。
亀井とよく似た漆色の瞳、しかしきょうだいと言われても似つかない金髪。そして、丸型のサングラスを頭に掛けている。
宇野と目が遭うとハッ、と表情を変える。
「やあやあ、見苦しいところをゴメンね。弟がお友達と居る所が珍しくってさ。思わず声掛けちゃったの」
お詫びに奢らせて、と親指で背後のファミレスを指し示す。
「えーっ、いいの。お姉さん! おれ腹ぺこ」
「僕を面倒に巻き込むのは止めてくれよ、姉さん」



「アタシは亀井ユカリ。で、こっちは弟の吉助(きちすけ)。お友達くんは、なんていうの?」
「友達では無い。たまたま進路指導室で……」
「おれ? おれはね、宇野咲太朗(さくたろう)! みんなからウサギって呼ばれてるから、おねーさんもウサギって呼んで〜」
「ウサギくん、どうぞよろしく! 冴えない弟だけどさ、根は良い奴だから」
「当然だろう、悪いことはした事ないぞ」
「えっ課題出さないのに」
「犯罪もしてないしギャンブルもしない」
「いやそういうんじゃなくて……良い奴っつーか……真面目というか……」
宇野と亀井のチグハグな会話が続く。それを見て、ユカリは楽しそうに微笑んだ。そして、不意にチラシに手を伸ばす。
「それでさ、ウサギくんもイベントに興味あるの?」
「もちろん! だって、すんごい強えーカードが発表されるんだろ? それに……。プロデュエリストも来るなら、コネとか、作れそうじゃん!」
『コネ』。
その言葉に、僅かに亀井の眉が動く。ユカリは笑顔を崩さなかった。
「コネ?」
「うん! だっておれ、卒業したらプロデュエリストになりたいんだ。でも成績ちょっと悪いし、ここらで根回ししておきたいんだよ」
「へぇー、プロになりたいんだ! ねえ、どうしてなりたいの?」
「えっ……と」
ユカリの問に、宇野が言葉を詰まらせた。
「ほら、その。デュエルアカデミアに入学したんだし、最終的に目指す場所って、そこじゃん?」
「 最終的に目指す場所」
「プロになるって、凄いことだろ? みんなの夢、だろ。だからおれ、なりたいんだ」
ボルドーの瞳を丸々とさせ、宇野は語る。亀井は無表情とも、睨んでいるとも言えない表情でいたが、そのうち宇野から視線を外して天井を仰いだ。
「『みんなの夢』に、ウサギくんはなりたいんだね。ウンウン、とても良いことだ。コネを作れるかどうかは分からないけどーーきっといいイベントになると思うよ! 何せアタシが映像に関わっているからね」
「そういえば、ユカリおねーさん映像技師って言ってたよね。どんな事するの? おれちょっと編集出来るし、ミックスも得意なんだ!」
「おおっ、そういうの興味あるカンジ? 当日のソリッドビジョンの調整とかやるんだよ。それから……」
2人はそのまま、当日のイベントや映像編集の話に花を咲かせる。
亀井はその隣、完全に興味を無くしたのか自分のコーヒーをティースプーンでくるくると回す。机に置かれているスマホには、『新制限 百鬼羅刹』とタイトルを打ったデッキレシピが広がっていた。
「ウサギくん、聞けば聞くほど、何でも出来るのね。まさに、多才ってヤツだわ〜。アカデミアには多分、KCインタラクティブの斡旋もあると思うけど……。それを目指してみるのもいいんじゃない?」
ほら、プロって、何かと大変じゃない。
そう言いながら、ユカリの目線が亀井に向いた。
「成績もトップじゃないといけないし、学校がスポンサーに付いてくれるのも2年だけ。そこからは自分でやっていかないと」
「ユカリおねーさん、なんか詳しいね」
「まあ、私も恥ずかしながらむさしのの卒業生だし。……プロを目指して挫折していく子が何人も居た。だからアタシみたいな生き方もあるんだよ〜ってのは、下の子達には伝えていきたいの」
「姉さんは映像を作るのが好きで、今の仕事をしているんじゃないのか」
亀井がデッキレシピから顔を上げずに言う。
「それは大前提として。好きな気持ちと、現実を生きていく事を天秤に掛ける事はあるでしょ」
ユカリの表情が不機嫌に歪む。
「吉助、アンタまだ実力だけでプロになろうって言ってるの? 前にも言ったけど、人付き合いの悪いアンタがーー」
ユカリの言葉を遮るように亀井が顔を上げ言い放つ。

「僕が目指すのはプロデュエリストだ。そう決めた時から変わりない。上手くいかなかろうが、失敗しようが、挫折しようが」

前に実技室でも聞いた、芯がひとつ通った声。

「姉さんに何を言われても」
亀井を見つめる宇野の瞳が、喫茶店の照明でキラリ、と光ったようだった。
「さては姉さん。宇野を言いくるめて、ついでに僕を説得しに来た訳では無いよな」
「それは違うわよ、ほんとにたまたま会っただけで」
その時、きょうだいの間に入ってくるようにユカリのスマホが鳴る。着信だった。
「はい、もしもしユカリです。ああヤマダさんこんにちは。イベントの件ですか?
……え?」
ユカリの表情がガチリと凍り付く。
若い2人に助けを求めるような表情にも見えた。
「イベントで発表するカードが盗まれた……?
このままだと、中止になるって……!?」

3.実技室の利用は20時まで


『クックック。ご機嫌よう、トコロザワイベントチームの諸君。君たちが汗水流して泥まみれになってようやく漕ぎ着けてたこの案件、この俺様が、ぜーんぶ潰してやるよ!』

トコロザワシティ駅から数駅離れたコテサシ駅……近くの六畳一間のアパートで、3人はユカリの仕事用タブレット画面一杯に映る仮面の男の映像を見ていた。
『この、『スターライト・スパークルドラゴン』は俺様が預かった』
男が手にしているのは、黄金色に輝き、翼膜は星空のような彩色をしているドラゴン。テキストは読み取る事が出来なかった。
『返して欲しいか? 嫌だね。俺様から何もかもを掠め取りやがった、お前らの全てを、イベント目の前で潰してやる』
怨嗟の声を上げて、その映像は途切れた。代わりに、『当日の準備をしていたら、これが急に送られてきたんです』とヤマダのチャットがポップした。
「なんかヤバい感じ? これ……」
「ええ、あれは間違いなく私たちが預かっていた『スターライト・スパークルドラゴン』。ネットのリークはおろか、知っているのはごく一部の社員だけ」
ユカリの額から、脂汗がどろりと流れる。
「当然カードが手元に無いなら、イベントは頓挫。カードを盗まれた事がバレれば、アタシたちのチーム全員の首は吹っ飛ぶでしょうね」
「や、やばいじゃんそれ! どうすんの? ……イベント自体を先に中止にするしか無いって事か……?」

「いえ。そんな事はさせないわ」
ふう。とユカリはひとつ大きく息を吐く。
そして、意を決して顔を上げ、タブレットを手に取る。小気味良くチャットを返していく。
「奴の正体はおおよそ分かるわ。きっと、企画段階でアタシたちのチームに噛み付いてた社員ね。仮面被ったつもりでも、ボイチェンしてなかったのが詰めが甘いわ」
「イベントの尺自体は長めに取ってある。別のプログラムを追加すれば10分は稼げる。その間に……」
「取り返せばいいんだな?」
ユカリの言葉を亀井が繋ぐ。うん、とユカリが頷く。きょうだいの目だ。
「姉さん、その男がイベントまでにカードをリークしない確信はあるのか?」
「今から嘘のリーク情報を流すわ」
「ええっ!? そんなことしちゃっていいのか?」『そんな事したら怒られますよ!』
宇野とチャットが被る。
「……まあ、ボツ企画の一つにそういうのがあって。いいのよ、怒られるのはアタシひとりなんだから」
『ヤマダさん、尺稼ぎの企画を探してください。アタシも並行して探しますけど、数が多い方がいいですから』
チャットがすぐに返ってくる。
『わかりました。やれるだけの事はやってみます』
「吉助、アンタが裏口から入れるように手配はしておくわ。返さないだの言ってるけど、プライドをつつけば反応してくるはずよ」
「わかった」
「ゆ、ユカリおねーさん。どうしてそこまで」
そこまでやるの。出かけた言葉を寸前の所で収めたが、ユカリは見透したように宇野に笑いかけた。
「奴の言う通りになっちゃうけどーー汗水流して、泥まみれになって、ようやくここまで来たイベントなの。どんな邪魔が入ろうったって、成功させる為に何だってリカバリーするわ」
「宇野」
亀井に声を掛けられ、ビクッと宇野が反応する。
「君、デッキは今何がある」
「ええっと、デモンスミスと、炎王スネークアイと、ホルス……あと、最近青眼も新しく作った」
「十全だ。実技室に行くぞ」
「おいおい、真面目なんならユカリおねーさんの無茶苦茶止めないのかよー!」
亀井に引っ張られながら宇野はアパートを後にする。亀井はほんの少しだけ笑った。
「姉さんが『やる』と言っているなら、説得も無駄だ。それに」
「それに……?」
「世界で一番最初に『スターライト・スパークルドラゴン』と相対する事が出来ると思うと、居ても立ってもいられなくてな!」
「こ、この、デュエルオタク!」


トコロザワシティのホールイベントまで残り3日と差し迫ったその日、とうとう宇野は一度も授業へ顔を出さなかった。
「なあなあなあなあ。やっぱウサギなんか変だよな、ぜんっぜん来なくなった」
「やっぱり退学するって噂本当なのかな」
「そ、そんなウサギに限ってそんな事……。デュエルはともかく、意外と真面目なんだぞ、ウサギは」
「ハイハーイ。授業を始めるから、みーんな静かにネッ」
教壇へ教員のスー・ティーポが上がる。宇野の友人3人は顔を見合わせた。
「スー・ティーポ先生、ちょっと、いいっスか」
「ウサギ……宇野くんどこかで見ませんでしたか。ほら、くせっ毛で、前髪にヘアピン付けてる」
「いつも授業で発言が多い子です」
「ア〜、あの子。最近実技室ライブカメラによく映ってるよね。今日も見かけた気がする」
再度3人は顔を合わせる。うん、と頷くと勢いよく席を立った。
「先生! すいません! 今日はお休みします!」
「みんな青春してるんだなぁ〜! 南無阿弥〜!」

■■■■

「ブルーアイズ・ジェット・ドラゴンと青眼の白龍でエクシーズ召喚! 『藍眼の銀龍』! そのまま効果発動……」
「チェーン発動、『百鬼羅刹 グリアーレ三傑』の効果。『藍眼の銀龍』の素材、青眼の白龍を取り除き『藍眼の銀龍』の表示形式を守備表示へ変更」
「好都合だ! 『藍眼の銀龍』の効果発動! 」
デュエル中の実技室の扉が開く。スー・ティーポ先生の言う通り、亀井と宇野はデュエルしていた。
「やっぱりここか。って、うお! ブルーアイズじゃん!」
「でも、ウサギのライフポイントけっこうギリギリ……」
「いや、『藍眼の銀龍』の効果がまだある」
3人の言葉に呼ばれるままに、宇野の墓地から青眼の白龍が呼び戻される。
「『グリアーレ三傑』の効果は封じた! これでどうだ! バトル、青眼の白龍で『グリアーレ三傑』を攻撃!」
「攻撃宣言時。『エクシーズリボーン』を発動。『百鬼羅刹 首領ガボンガ』を蘇生する。さて、対象が増えたが、攻撃はどうする?」
「構わず『グリアーレ三傑』に突っ込むぞ!」
「ぐっ……、2300のダメージだ。だが残りは200。仕留め損ねたな、宇野」
「何を」
「X素材として墓地に送られた、『天上天下百鬼羅刹』の効果発動。対象は青眼の白龍。僕のフィールドのXモンスターの素材にする」
授業をサボって駆けつけた3人がどよめく。宇野はじっと、エクシーズリボーンを見つめていた。
「では、効果解決」
『ガボンガ』が大きく唸ると、青眼の白龍は光の粒子になって消えていった。
「おれの場に攻撃可能モンスターはもう居ない。ターンエンド」
「では、ターンを貰おう。ドロー」
「メインフェイズ。『百鬼羅刹  爆音のクラッタ』を召喚。効果で、『グリアーレ三傑』を墓地から蘇生する」
『藍眼の銀龍』によって一度は封じられた『グリアーレ三傑』、しかし今場に出ているのは墓地から特殊召喚されたモンスター。
「『百鬼羅刹 グリアーレ三傑』の効果として、フィールドにX素材が3つ以上存在する場合、ゴブリンモンスターは直接攻撃が可能だ」
『グリアーレ三傑』の矛先が宇野に向かう。
「残りのライフポイントは、500だな。バトル。『ガボンガ』で直接攻撃!」

■■■■

「くっそー、これで負け越しか」
立体映像が消えると、宇野はどかっ、と座り込む。
「対戦ありがとう。お疲れ様。けど、僕もギリギリまで詰められた。勝敗の差はエクシーズリボーンだけだと思っているぞ」
「へへっ、なーんか、してやられたなぁって思ったよ。今日から入れた?」
「ああ。理想としてたシュチュエーションだ」
亀井が宇野に手を伸ばす。それを頼りに、宇野はぴょん、と立ち上がった。
「ウサギー!」
2人のデュエルを見ていた3人組がギャラリーからデュエル場へ降りてくる。
「俺たち、ウサギの事心配で探しに来たんだ」
「最近授業そんなに来なかったでしょ」
「ああ〜、マジか。ごめんっ」
けどさ、と1人が続ける。
「ウサギの今のデュエル……、なんか、いつもと違った。違うんだけど……。凄く心惹かれたんだ」
「そう! そうなんだよ! 俺もそう思ったんだ!」
「真剣勝負で、なんだかドキドキしちゃって。授業と全然違くて」
勢いそのままに2人も続く。
「もしかしてプロになる為に、本腰入れ始めたカンジか?」
「あー、えーっと。実はその」
ちらり、と亀井に目配せする。うん、と頷きだけ返ってきたので、宇野はトコロザワシティ駅のイベントの話を3人へ伝えた。
「ふうーん、なるほど。で、その悪者をぶっ倒す為に練習してたって事か」
「ねえ、私たちに何か手伝える事ない? 私はデュエルが2人ほど得意じゃないけど、他の事なら」
「そうだなあ、ファッションセンスいいから、Tシャツとか作って貰う?」
「Tシャツで何が変わる」
「うう〜ん…….。Tシャツ紹介だけで10分は稼げないか」
「ん、10分だけ何かすればいいのか?」
「出来ればデュエル以外で」
亀井がそう言うと、1人が顔を明るくした。
「おう! それなら俺に任せておけ! こう見えても高校時代ダンス部でブレイクダンスしてたんだ。10分くらいならバイブスぶち上げてやるよ!」
「おっけー。なら、プリントTシャツ作るよ。デザインだけなら今日中にいける!」
「え、あっと、オレなにしよう?」
「俺と一緒にダンスダンス!」
「えぇ〜やった事ないってー!」
「あはは、3日前だって説明したのに。皆どこまでも、やってやろう、なんだな」
「そうだな。姉さんに連絡しておく」
「じゃあ、ウサギ……とえっと」
亀井を目の前に3人が一瞬止まる。しかしすぐさま宇野が続けた。
「カメキチ!」
「はあ?」
「おう、カメキチ! 早速準備するから、また連絡くれよ!」


4.夜空に煌めく、金色の龍


トコロザワシティのイベント当日ーー。

メインイベントの直前に差し込まれたダンスグループのゲリラライブ。立体映像との組み合わせが即座に反応を呼び、大盛況となっていた。

そのステージの裏手、人気のない一角でイベントスタッフの男が貧乏ゆすりをしてステージを見ていた。
「クソ、クソっ……。いつメインイベントが始まるんだ、予定通りじゃないのかよ……!」
「そりゃ人生そう予定通りにはいかないんじゃないのか」
パイプ椅子に座る男の前に、2人のスタッフが立ち塞がる。
「ん、なんだ、なんだよお前ら?」
「とぼけんなって〜。お尻に敷いてる仮面丸見えだぜ!」
「あっ……!?」
イベントスタッフに扮した宇野に笑われると、男はけたましい音を立ててパイプ椅子から立ち上がった。
「ふむ。姉さんのライバルだと聞いていたが、用意周到とは程遠いな?」
「お、お前らまさかユカリの差し金か……? 待てよ姉さんという事はお前も……!?」
「ああ、お前の想像通りだ。返して貰うぞ、『スターライト・スパークルドラゴン』」
「それなら言ったハズだ、返さないと!」
「ふ〜ん? めっちゃ強くて、やべーカードなんだろ? もしかして自分で使うの自信ないカンジ?」
「なっ、ななな、んな訳ないだろ!?」
「ならば、僕を負かすことだって容易いだろう。ステージのプロデュエリストを倒す目論見だったのなら」
「ああそうとも! おう、お前らが俺様を止めに来たんなら、2人まとめてぶっ潰してやる!」
「読み通りだ」
「ああ。行くぞ、ウサギ」
「えへへ。おう、カメキチ!」

■■■■

「クソ、クソクソクソ! よくもここまで台無しにしてくれたな……!」
男のフィールドからモンスターが退場する。ギリギリと歯ぎしりまで聞こえてきた。
「ふむ。デモンスミスとアザミナ、それからディアベルスターにスネークアイ、キマイラも少し居たな。おまけに、壊獣とカグヤときた」
「流行りものてんこ盛りってカンジだなー。てか壊獣カグヤはちょつと古くね?」
2人のフィールドは、『百鬼羅刹 首領ガボンガ』と『騎士皇アークシーラ』が出ている。状況だけを見れば、押し勝ちも目前だった。
「当然、強いデッキになるだろうな。だが、僕から言わせてみればーー『練習通り』だ」
「強いて言えば、あのカードが光属性ドラゴン族だったから、青眼で練習してたんだけど、そうじゃなかったっぽいしね」
「言わせてみれば減らず口を……! 俺様のターン!」
ドローしたカードを見ると、男の口角が歪に上がる。
「どうやらその自信もそこまでのようだな」
「ウサギ、悪い予感がする。気をつけろ」
「俺様は、『封印の黄金櫃』を発動。デッキから除外するカードは……『スターライト・スパークルドラゴン』!」
「遂に来たか、けど除外……?」
「クックック。『スターライト・スパークルドラゴン』の効果発動!
除外された場合、除外から特殊召喚し、相手フィールドのモンスターをすべて墓地に送る!」
「なっ!」
「ずりーだろ!」
「驚くのはまだ早いぜ? 『スパークルドラゴン』は相手の効果で破壊もされず、対象に取ることが出来ない!」
「『天上天下百鬼羅刹』も効かないか」
「そして更に『コズミック・サイクロン』だ。その目障りなセットカードを除外だ!」
あっという間にウサギとカメキチのフィールドはセットカード1枚になってしまう。『スターライト・スパークルドラゴン』の攻撃力は。
「3500の直接攻撃……いいや、『スパークルドラゴン』の効果で、手札以外から特殊召喚された場合は攻撃力が倍になる。つまり7000の直接攻撃!」
「喰らったらマズイぜ、負けちまう」
「さあ、どうやってお前らを潰してやろうかなあ? 『スパークルドラゴン』!目の前のクソガキをひねり潰せ!」
「手札から『バトルフェーダー』の効果発動」
「甘いぜぇ! 『スパークルドラゴン』第4の効果! 攻撃宣言時・ダメージステップに発動する効果を無効にする!」
「無茶苦茶な効果しやがって……!」
『スパークルドラゴン』の攻撃が目前まで迫る。
「こんな所で負けてたまるかよ、『ネクロガードナー』の効果発動!」
『スパークルドラゴン』の閃光が、寸前で光を失う。
「すまない」
「あぶね〜。いつものおれなら、カッコよく喰らってたトコロなんだけどな」
ウサギはウィンクして応える。顔を歪めた男のターンエンドを聞くと、デッキに指を掛けた。
「さて、実質最終ターンか」
ドロー。引いたカードは。
「(『オネスト』、か。『ダーク・オネスト』だったら良かったんだけどな。墓地には『騎士魔防陣』があるから、『騎士皇アークシーラ』が特殊召喚出来る。相手の残りライフポイントは1500だ。ただ、相手は破壊されず、対象にも出来ない。バトルで突破するしか道がないのに、相手の攻撃力は7000。それに)」
いずれにせよ、『スパークルドラゴン』の効果で、『オネスト』の効果は弾かれてしまう。
「(場に残っているのはカメキチが『エクシーズ・アーマーフォートレス』用に伏せた『リミッター解除』だ。『レガーティア』はもう除外されてる)」
「(たとえば、『アークシーラ』を光属性にして……機械族に変えて……そんな都合のいい事は無いか)」
ウサギは心中、諦めながらも『騎士魔防陣』を使い、墓地から『騎士皇アークシーラ』を特殊召喚する。そして、最後に残っていた『混沌領域』の墓地効果を使用し、もう一度山札に手を掛けた。
「ドロー!」
『千六百七十七万工房』
(レインボリューション・ラボ)
「(ああそういえば、ウケるかも、なんて思ってずっと入れてたか。入れてた事すら忘れてた。今更このカードで何が出来る)」
セットをしたものの、ウサギはいよいよ肩を竦めた。眼前の男は、勝利を確信したのかニヤニヤと笑っていた。
だが、もう1人。勝利を確信して微笑している人物が居た。
「なあウサギ、なんていいカードなんだ」
「ン、何がだ?」
タッグデュエル中は、パートナーの手札を見る事が出来ない。だがフィールドのカードは共有できる。
「まさか、コレが」
「ああ。次のターンには勝てる」
カメキチの眼鏡が、ぎらりと光った。
その横顔を見て、はっ、とウサギにも微笑みが戻る。
「そうだな……って、そうか!  ありがとうカメキチ。その可能性に賭ける!」
最後まで勝負を追い続ける、このエンタメに。
「おれはこのままターンエンドだ。さあ、最後の勝負といこう」
「何を今更、攻撃力の下がった『アークシーラ』で何をしようってんだ!」
男が勢いよくデッキからカードを引き抜く。
「バトル! 今度こそ終わりだ!」
「『千六百七十七万工房』を発動! 対象は『騎士皇アークシーラ』!」
『アークシーラ』の鎧に、仄かに光が宿る。
「『アークシーラ』の元の属性は闇。だが今の属性は『千六百七十七万工房』の効果で、《光》を含むすべてだ!」
「それがどうした!」
「『千六百七十七万工房』の効果は属性変更だけじゃない。種族も機械族に変更される!  そして速攻魔法発動、『リミッター解除』!」
「くそ、それだとライフが刈り取れない……っ、『スパークルドラゴン』の効果で無効! この攻撃は止まらない!」
「ああ、そうだな。攻撃は止まらない」
『スパークルドラゴン』の攻撃を目の前に、ウサギは落ち着き言う。そして次の瞬間、ボルドーの瞳で男を射抜かんと目を見開き、高らかに叫んだ。

「ウサギ! 今だ!」
「手札から『オネスト』の効果を発動!光属性の『アークシーラ』は、『スパークルドラゴン』の攻撃力の数値分、攻撃力がアップする!」

「だ……オネストだとおおおお!」

『スターライト・スパークルドラゴン』の閃光は『騎士皇アークシーラ』に一刀両断され、男のライフポイントは0となった。

■■■■

「皆さん、本日のメインイベント! 新カード、『スターライト・スパークルドラゴン』の紹介です!」

ステージ上、アナウンサーのハイテンションな声が裏手にまで聞こえてきた。

男は尻尾を巻いて逃げ出したものの、事前に待ち構えていたセキュリティにあっさり捕まり、そのまま裏手からも居なくなってしまった。
「今日は負けてやる、覚えておけよ!」
「負けてやる? 負けました、もうしません。の間違いじゃないか?」
捨て台詞を吐いたものの、あっさりカメキチに煽られてしまった。

「なあ、カメキチ」
ステージ上ではプロデュエリストが煌びやかな衣装で『スパークルドラゴン』と共にエキシビションマッチを行っている。
ステージのライトがほんの少しだけ差す真っ暗な裏手で、ウサギがカメキチに訊ねる。
「やっと思い出したんだけどさ、カメキチ、もしかして万次郎の息子なの?」
カメキチは問い掛けに迷いもなくうん、と答えた。
「デュエルモンスターズ・プロリーグの1期から最前線で活躍している『デュエル導師』、亀井万次郎は僕の父親だ」
やっぱり。とウサギも頷いた。
「ガキの頃に、テレビでプロ中継を見たんだ。デュエルモンスターズを知ったきっかけ、っつーかな」
「そういう同年代は多いだろう」
「その時に見た万次郎に、なんか、カメキチ似てたんだ。……その、もしかしてカメキチがプロデュエリストになりたい理由って」
「ああ」
少しだけ呼吸音が聞こえる。カメキチが切り出した。
「プロになって、親父をこの手で、皆が見えるところでーー倒す。その為に、ずっと目指している」



「親父がプロとして活躍し始めた辺りから、実家の方でデュエル塾を開いたんだ」
「名が知れ渡っていたお陰か、それなりの子供が通っていたんだ。僕も姉さんも含めて」
「姉さんの言う通り、僕は人付き合いが壊滅的でな。だから、デュエルモンスターズで友達が出来て、世界と繋がりが持てて、幸せだったんだ」
「けどーー。まあ、ウサギも知っての通りかも知れないが、親父は『ひとつのデッキをずっと鍛錬し続ける』スタンスだ。相当の勉強や、練習を、ずっと続けていかないと、あっという間に新しいカード達やルールに置いて行かれてしまう」
「必然的に指導が厳しくなる事も、子供たちの置かれる立場も厳しいものになる。最初こそ団結とか絆とかを掲げて親父もやっていたが、指導も目に余る厳しさになって。どんどんと門下生は居なくなっていった」
「僕が中学生になる頃に塾を畳んでーーというかもう門下生が1人も居なくなってーープロ活動に専念し始めて、ろくに家族の所にも来なくなった」

「僕は、あの頃の友達みたいな子供を1人も見たくないんだ」
「大好きなものだったのに、見かけるだけで泣き出してしまうようになるなんて、苦しい他無いだろう」
「いくつも選択肢があっていいんだ。どんなデッキだっていいんだ。新しくても古くても。どんな戦法でも、それが凄いと思い編み出したものなら価値がある。好きなイラストだってあるだろう。バーンが好きな人も、ロックデッキが好き人も、万人にデュエルモンスターズを楽しむ権利があるんだ」
「自分が発想したものなら。夢に見たものならば」
「そして、あわよくば。プロになった僕の姿を見て、かつての友達に、もう一度デュエルモンスターズを好きになって欲しいんだ」


そこまで話したところで、は、とウサギを見返す。
「すまない、余計な事を」
「いや、いや。それがおれ聞きたかったの!」
ウサギはカメキチの手を掴んだ。
「なあ、なあ! おれもカメキチにプロデュエリストになって欲しいんだ。人付き合いならおれが何とかする。課題もササッと済ませてやるよ。スポンサー……も、きっと何とかなる。おれが呼びかけまくってみる!」
ステージのわずかな光で、ボルドーの瞳がきらりと輝いた。
「ふふ。そうか。それなら先ずはサボった分の授業内容を取り返さないとな」
ウサギも「そうだったー!」と笑う。

イベント会場の頭上、夜はとっぷりと暮れて、都会とも田舎とも言えない空に、小さな星が煌めいていた。


エピローグ.夢の親子対決は、‪✕‬月△日にて!



ーーある休日の、宇野家の朝。
「お父さん、咲太朗からメール! メールが来たのよ!」
「デュエルアカデミアを卒業して以来か。全くあいつ、どこで何をしているんだ」



拝啓 父さん、母さん

お久しぶりです。
卒業してからずっと、連絡をしないでごめんなさい。
仕事が忙しくてままならなかったんだけど、どうしても伝えたいことがあってメールしました。

卒業してから、おれはプロデュエリストのマネージャーになりました。
初めは上手くいかない事だらけで、失敗してばかり。騙されたり、馬鹿にされたり、諦めそうになった事もあったけど、何とか軌道に乗り始めてようやく事務所をひとつ構える事が出来ました。

おれは今、ルーキー級プロデュエリストのマネージャーをしています。

その人は、大きな夢を持っています。

自分だけが目指す夢や目標を持って欲しいと、父さんと母さんに言われたその日から、ずっとおれは夢を探してきました。
それでも、心惹かれる事は無く、みんなが驚き、羨ましがる夢を探して設定する事だけしか出来ませんでした。

そんなおれは今、その人と大きな夢を一緒に追いかけています。
もしかしたら、父さんと母さんが思い描くような夢では無いかも知れません。
でも、おれが一緒に叶えたいと思える夢なんです。
その人の夢は、おれの夢です。

父さん母さんはデュエルモンスターズにあまり詳しくないかもしれませんが、‪✕‬月△日に、ルーキー級デュエリストがレジェンド級デュエリストに挑戦する事が出来る『ルーキーチャレンジカップ』が開催されます。

オンラインチケットをこのメールに添付していますので、良ければ2人で観に来てください。

おれはそこに居ないかも知れません。
でも、おれの夢がそこには居ます。

どうか、おれの夢を見届けてください。

敬具
プロデュエリスト、『亀吉』のマネージャー
咲太朗より



【うさぎとかめの星の夜】


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