ナイントゥナイン
※ 過去掲載作です。
過去に自分が投稿サイトへ掲載した作品を再掲載しております。
なるべく掲載当時のままにしておりますが、読みにくい表現やその時代だから許された描写、表現には修正、加筆等をさせて頂いております。
基本的に掲載当時を尊重し、再掲載。
この作品は一部修正しました。
練習はきつい。
奏はサンドバッグに拳を叩き込みながら途方もない今を生きる。
大金のありそうなスポンサーに泣きながら懇願する日々と試合をすればSNSから湧いてくる誹謗中傷にいつも辟易しながら、自分にとっての生き様とは何なのかをいつも考えている。
鬼無奏。
九十九年生まれでとある高利貸しの 演者が育った街から上京してきた。
奏の上京理由は二つある。
もちろん、格闘家として強くなるためには環境が必要で自分のジムは支部だったから本部へと異動することにした。
そして、あるサイトで恐らく奏と同い年の人間を見つけることが出来たからだ。
「気ままに」
アカウント名は特に不思議では無いが、最近ではマネタイズをするようになって殆ど有料記事になっている。
同い年として奏は今、あのアカウントの発信は気に入ってない。
最初の〝気ままに”は煽る文章で自分がいかに外れているかを記事にしていた。
しかしまだまだ知名度の低い格闘家としての奏から見れば、気ままにが発信している内容は同い歳として響くものだった。
・家族に障がいがあり、自分もそうであること。
・それに伴う本来なら別の道が有りえたのに失った人間関係と嫉妬。
・好きなジャンルが変わっていき、気ままなもそれに揺らぐ葛藤。
・インフルエンサーの冷たい態度と発言。
奏もプロ格闘家になる前はインターネットを楽しむごく普通の少年だった。
〝気ままに”は好きでは無いが、そういうタイプに限って真に触れる経験をする。
奏は今も〝気ままに”を同い歳として尊重しようとしている。
顔の見えない相手ではあるものの、上京した今なら何処かで気ままなとすれ違っている可能性もある。
全く違う道だが奏は奏のやり方で格闘家としてマネタイズをする予定だった。
*
「馬鹿野郎!気をつけろ!」
琉貴は気が散っていたのか前が見えておらず倒れた。
誰も助けてくれないから自分で起き上がるしかない。
しかし飲み過ぎた。
やっと琉貴が集めたインターネットでの発信方法のやり方で仕事と共に金銭を得られるようになった。
しかし、フォロワーが減るのではないか気にしてエコーチェンバーを作る為に、自分の尖ったやり方を記事にして投稿するのには限度があった。
東屋琉貴。
九十九年東北生まれ。
琉貴の両親は別居中だ。
琉貴にとって自分達家族は社会を生きるべきではないとずっと排他されたようなものだった。
それでも生きて行かねばといつも思っていた。
スポーツは大嫌いで、昔格闘技を習っているというかぶれにボコボコにされた。
しかも「障がい」について大義名分を掲げられて。
立派な差別行動だと琉貴は思った。
大義があればなんでもいいんだ。
暴力と酒、女と金。
奴らの幸せなんてその程度のものだ。
それから何年か経ってそいつはプロの格闘家になったらしいが食えないとかで喧嘩自慢を動画配信で生業とし、他の不良少年を利用して弱者ビジネスをしていた。
琉貴は正社員になる前に、東北の実家でパートで暮らしていてその時に故郷であるインターネットでマネタイズをしていた。
インターネットに触れてから新興宗教は増えていく。
金、
女、
煽り、
自慢、
馬鹿、
顔、
それまでは様々な人達がインターネットで立場も人格も特に関係なく、酷く荒れていたが多様的だった。
それも今じゃ類友だ。
そのことについてはマネタイズしている今の琉貴にとってどうだって良かった。
もう敷かれた幸せはウンザリだ。
今も尚、画策しているのは琉貴一人だけ。
でも食えればそれでいい。
やっと起き上がれた琉貴はまだ酔いが覚めていない。
昨日友とはしゃいだツケだ。
琉貴は自分が成人を過ぎた現実と理想のギャップに折り合いをつけられたと本気で思っていた。
路地裏に座り込み、じっとしていた。
有給を取っていて今週は休みにしていたのだ。
友と語らう日々も永遠じゃない。
特にマネタイズしている琉貴にとっては罪悪感あるからだ。
すると誰かが路地裏を通り過ぎる。
何処かザワついた。
自分とは違うが、死線をくぐり抜けた臭い。
酔いが覚めて路地裏を急いで逃げた。
「お、おい!待てよ! 」
幸せは長く続かない。
本当にその通りだとはな!
ここで死ぬ訳には行かない!
振り切るぞ。
琉貴は走った。
しかし相手にはすぐに捕まった。
「お、おい。話を聞いてくれ! 」
自分もオシャレはするが相手のオシャレのやり方は 同世代のそれではあるが明らかに雰囲気が違う。
しかも肩をつかむ力が人並みでは無い。
「わ、分かりました…命だけは助けてください! 」
琉貴は土下座をした。
こ、れ、は記事にはしない。
プライドの問題じゃない。
これからの人生の話だ。
すると相手は考え込んだのか何もしてこない。
新手の犯罪か?
「やっぱ格闘技やってると、偏見は拭えないんだな」
琉貴の察知能力は本物のようだ。
しかしこの返事。
どうやら、ヤンキー気質では無さそうだ。
油断はしないが。
「これ。財布だろ?あんたにぶつかった相手から返してもらったよ」
「な、何だって? 」
酔っていたからぶつかった訳じゃなく、スリにあったのか。
琉貴は自分が上京慣れしていないことに落胆する。
「俺のファンだって言うから上手く言いくるめて返してもらった。いやあ、上京して一年経つけど嬉しくない応援のされ方もあるものだな。お陰で、あんたに渡せたけど」
「あ、ありがとう…ございます」
世の中、捨てたもんじゃないんだな。
*
奏は一人の青年に財布を返した。
東京の友人とだべっていたらスリを目撃。
見た目的に同い歳か歳下。
そんな人が犯罪に巻き込まれた。
何故かほっとけなくてスリを捕まえたら
「奏だろ?格闘家の」
「総合?ボクシング?」
ちくしょう。
奏は心の中で思う。
キックボクシングかムエタイかどっちを言えば良いか…っていうかファンなら正確な名前と何の競技の選手かぐらい覚えてくれよ!
奏は心の中で
『これだから配信で知ったファンは金も無くて民度も悪いから相手したくないんだ』
と思いつつも
「キックボクシングです! 」
と仕方なくスリ相手に伝えた。
その流れであの人から奪われた財布を取り、警察に差し出すと鬼の剣幕で言うと逃げていった。
そしてあの人は明らかに酔いが覚めていなかったから近くにいると思って探したら怖がられて逃げられ、やっと財布を返すことが出来た。
「美談…ですか?子犬を拾うヤンキーみたいな? 」
ムカつくなこいつ!
ま、まあ偏見を持たれても仕方ない。
お互い初対面で普段出会うこともない職業だし。
と奏は納得した。
「目の前で犯罪があって、同世代かもしれないあんたを見逃せなかった。例え俺が格闘家じゃなくても同じことをしたよ」
一呼吸置いて彼は呟く。
「変わってるなあ」
まあ。
そんなもんだよなあ。
奏も今回はオフで相手も有給。
あまりにも暇だったからノリでカフェに行くことにした。
お互い居酒屋とかで過ごしたからか都市を有効活用してお洒落な所にした。
「鬼無奏?そんな格闘家いたんだ」
「今は情報社会で知名度は簡単に上がらないし、俺達格闘家ってのは必然的に立場が狭い」
「喧嘩自慢やらコラボとか色々しているらしいのに?」
「まあズレたエンタメか。勘違いするなよ。俺はやってない!」
いつの間にかそんなやり取りも出来た。
彼は「東屋琉貴」
最近、上京して会社員になったらしい。
歳も奏と同じ。
そして奏から見た第一印象はインドア派。
自分達の世代にもなればアウトドアで陰気だったり、そうでなかったり、インドア派でパワー系だの色々と知っているからか余計な会話は要らなかった。
そして奏は琉貴という子が色々と喋っている間に毒の吐き方や本心として人間に愛想を尽きていない事を感じていた。
目に見えぬ苦労。
何処かで読んだことのある文章を言葉にしている。
あのマネタイズしていた同年代は、自分達にとって架け橋だったのかも知れない。
考えることは…みんな一緒か。
「これ、俺のアカウント。」
彼はSNSのアカウントを紹介してくれた。
ってえええ!
「あ、あんた…〝気ままに”だったのか? 」
彼は驚かなかった。
むしろ読んでいたのかとため息をついていた。
「な、なんでため息?どうりでなんか棘があると…いや、本質ってやつをついているなあと思ってさ」
奏は自分が助けた相手がまさか今までの流れをインターネットで見ていたアカウントだとは思わなかった。
しかも半分嫌悪している。
しばらく見ていなかったし。
「俺のこと、嫌な奴だと思った? 」
意外だ。
マネタイズで文章書いているわけだから奏よりは賢くて、そして図太いと思っていた。
けど周りを気にしているのか。
そう考えたら自分達格闘家と知名度のある何者かは特に関係ないのだと知った。
「思っていたかもしれない。けど、インターネットはそういうシステムだろう?コンビニの店員から塩対応されて行かなくなっても、その店員が酷い目にあったら見捨てない。う~ん場合にはよるし、人はちゃんと選ぶけど…兎に角、琉貴君に関しては大丈夫だ。うん。心配ない! 」
そう言うと彼は安堵した。
まだ初対面だし、距離感は大切にしていきたい。
助けたいと思った琉貴君と気ままなは一面を取り上げたに過ぎない。
リングに立つ奏は自然とそう切り替えるようにした。
お互いに名を売ったけど恩は押し付けてないつもりだ。
上京仲間…なのは本当みたいだし。
琉貴君は何も言わなかったけど、あの文章通りなら苦労と苦痛は格闘家の奏よりも多いのかもしれない。
なら力になる。
誤解があったとしても。
通じたのかいつの間に琉貴君と肩を組んでいた。
やっぱり、同い歳なんだな。