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Gemios
あらすじ
行きたくもないコンビニに行く弟と好きなファスフード店でジャンクフードを食べる兄で構成された双子達。
二人揃って「没個性」とあだ名を付けられていても特に気にしていない。
そこで、二人一組の男性型空間移動人が効率よく自分達の子を残す目的で杠葉兄弟が住む街へ調査をしに来ていた。
しがらみを減らし、必要がない習慣を後世へ継承しないシステムの第一段階の参考として個性が芽生えそうにない杠葉兄弟を観察する事にしていたのだが。
探索者達
空間を開け、人気のない森に足を付ける二人。
「はぁ。
出だしから溜息が漏れるって、ここ外れの予感がする。」
黒い半袖とジーンズを履いた若い男性が後ろへ愚痴をこぼす。
灰色、長袖の服、紺色のズボンに手を突っ込んだまま岩を蹴るもう一人の若い男性が辺りを見回して肌をこの空間に馴染ませる。
「子孫を残す為には仕方がない。
俺達は人間関係が苦手だから、理樹の気持ちも分からなくはないが。」
最早二人にとって生命活動などなんの快楽も不幸も持ち合わせない。
生理活動として人間が食事を摂るような感覚。
いつもご馳走を食べない。
発見が無く、何十年も進歩しない端末を持ち続けて全ての世代が偏った空間で安心なんて補償がないのにグループを作る。
二人は当時所属していたグループから追い出され、
『お前らなんかに夫婦生活なんておくれやしない。』
と馬鹿にされて灰色服装の若い男性が一人でグループの人間を殴ったのだ。
空間移動能力を皆が持てるようになったのに偏った世界で老いぼれることを選ぶ全世界の人間は「成功者を目指すの?」と後ろ指を指されないようこの能力を使用せず、都市伝説に祭り上げていたのだ。
とっくにお祭り騒ぎが衰退した世界なのに。
黒半袖の理樹が灰色服装の肩に手を乗せる。
「ラックスがあの老害達をぶん殴ってくれなかったら俺もこの能力を持て余す所だった。
どんな性別か…または人間じゃない奴らに自分達の子孫を残すか、楽しみだ。」
灰色服装のラックスはじっくりとこの街に狙いを定める。
「理樹見てみろ。あれがかつて文献にあった双子だ!」
ラックスがカメラ空間を生み出し理樹に見せた。
「最大十一子まで同じ顔で性格が違う兄弟姉妹が産まれるってヤツ?
双子はある意味ポピュラーで珍しいと聞くが…嘘?マジで?こんな反応を若い俺達がするのも時代錯誤じゃないか?」
もう理樹が時代錯誤的反応をしているのをラックスは黙ってスルーした。
「コンビニ…まだ二十四時間の時代か。」
ラックスは自分を産み出した英国と東洋のタッグが日本の文化について話していたデータを思い出す。
勿論両親でも家族でも無く、『親』と名付けられた単語を使用しているに過ぎない。
家族というコミュニティは形骸化し、AIと人間の共存が許されたからこそエコーチェンバーがインターネットと公のメディアは熾烈な戦いを水面下で行なっている。
自分達は時代に適応出来る身体としては半分有機物、半分無機物の人間。
だから生きづらい。
理樹はディスタンスを作るのが得意で五年に一度会って手を振るだけの関係。
今回は子を宿すためにラックスへはぐれもの同士協力している。
「この空間じゃ双子もコンビニも珍しくないじゃないか。
しかも男性…いや、骨格を見ると男子高校生か?成人になったばかり。」
理樹は段々この空間の沼へ入り込む。
「狙いは定めた。
空間設定を決めよう。」
「ラックスについていくぜ。
接触を試みる段階まで行ければ御の字だ。」
後は自分達の目標に絞ろう。
没個性タッグス
夜のコンビニに行くのは久しぶりだ。
杠葉線乂は兄が推しのPtuberがゲーム実況を楽しんでいるので何か買ってこようとしていた。
こんな事ならスーパーの買い出しでドライフルーツぐらい買ってきても良かったな。
線乂はそう思いつつも自分のバイト代で物を変える小さな喜びを胸に高い食事を買う。
店員が居たからそのままスマフォ決済で支払いをしたが
「次からはセルフレジをお願いします。」と言われた。
ギフト券とかどうすんの?と細かい疑問が浮かんだが代わりのコンビニは幾らでもあるので
「二度と行くかこんなクソ店。」
と心の中で呟いた。
しけた街の中をジャージにサンダルで歩く姿を俯瞰する線乂は「ダサい格好だ。」と自虐する。
杠葉兄弟。
兄は麁線。
弟は線乂。
双子。
それ以外は何の突出した特技は持たない…周りからそう言われた。
動画編集、声真似、SNS活用術、よくあるサクセスストーリーにつまらない自己啓発読書、陰では権威者を笑う趣味もあったが暗くなりそうなので二人同時にやめた。
二人揃って御歳十八のど素人。
今出来るのは動画鑑賞。
「線乂帰ってくるのはやいじゃないか!今ライブ配信で身バレかつポルノシーンが…」
「麁線落ち着け。
何事も早めが肝心だ。
それは兎も角お前が好きそうなやつ買ってきたから見るぞ!」
二人は普段、明るいキャラクターを演じているがバリバリ二次元キャラが好きなインドア派だ。
まさかお互い二次元キャラにハマっているのを知ったのは学校でそれぞれの友人と話していた時にチラッと耳に入って聞き直したからだ。
双子っていうか友達みたいな関係だと久しぶりに笑った。
仲は悪くないけど近いと面倒だから本能的に距離を取っていた。
流石に好みには差があって、線乂は考察や感想をインターネットや他の友と聞いたり眺めるのも好きだが
麁線は人のそういった話を聞きはするが、
「収益に結びつける今時のそういった風潮苦手なんだよねえ。」
とハッキリ伝えるタイプだ。
あくまで言い掛かりに近い考察や感想やSNSの囲いを馬鹿にしているだけで否定も肯定はしていないスタンス。
それを知った線乂は「この兄と過ごせば面白いんじゃねえか?」
と今後生きていくために兄と共に過ごすことを決めた。
もう同じ姿をした、ただの二次元好き友達関係グループみたいだがこんな発見もあるんだと線乂はワクワクしている。
それなのに自分達は没個性の明るいキャラクターだと揶揄され、丁寧な暮らしに相応しそうと憧れられた。
え?それって昔跋扈してた同調圧力より怖くない?
二◯二三年現在高校三年生の同胞達がこんなんではつまらない。
二人は偶々住んでる場所が都市に近いのをいいことに少しずつ趣味で輪を広げつつも深い関係にはならないように楽しむ事を決意。
双子でもお互い、趣味や秘密には言及しない。
折角見つけた隠れ二次元キリシタンだ。
「麁線。
俺が行ってきたコンビニはやめたほうがいい。」
「え?急にどうした?態度が悪かったとか?」
「セルフレジを勧められた。」
「それくらい珍しくないけど…対応した店員の態度の悪さが不信感をつのらせたとか?」
「それもある。
だがスマフォ決済が使えず、現金で払う時にタイムロスをする。
ギフト券を買う時にも困る。」
「ま、まあそう言われれば話しにくいな。
俺が朝昼行った時は知り合いにも合わないし歳上で若い店員が自然な笑顔で対応してくれたから安心してたけど。
教えてくれてありがとう。」
なんだと?
線乂は詳しく兄へ質問し、その店員について教えてもらった。
勿論兄だから成り立つ話で再現性はないのだけれど。
「オジャマシマス…」
二人の耳には確かに聞こえた。
不審者か?
エスパーでもあるかのように二人は防衛の用意をする。
「シマッタ。
アタリマエノヨウニクウカンイドウシチマッタ。」
バレてる。
二人は殴りあったことはあるが喧嘩はしてこなかったのでファイトポーズを構えて抵抗するしぐさをするしか無かった。
「言語チューニングはこれでいいか。
お邪魔しまーす。」
「理樹。
フランク過ぎだ。
警戒されてる。」
地味な格好とは裏腹に軽快な言動にチャラい髪型とメッシュ。
もう一人も地味だが日系の欧米人なのかモテそうな顔つきに端的な言動が特徴的。
杠葉兄弟はこの部屋へどうやってここへ入ってきたのか?等質問が腐るほどあるがまずは攻撃や窃盗の意思があるか聞いた。
「あ、あのう…俺達推しのポロリ楽しんでいただけなんで余計な事しないでください。」
二人の若手男性は顔を見合わせている。
「勝手に入って申し訳ない。
信じて貰えないかもしれないが俺達は空間移動人だ。
君たち双子は非常に珍しい。」
「それだけ遠い空間からやってきたってことだ。」
ええ?
かつて韓流派閥とサブカル派閥の先輩がやりあった時に聞いた「ライトノベル」の話のような事が起こっている。
怖すぎるが面白い状況になった。
奇跡的に攻撃する意思もないようだから杠葉兄弟は彼らの話を聞くことにした。
双子と二人一組
空間移動人である二人一組は杠葉兄弟へ自分達がどんな人生を送り、どのような生きづらさを抱え、そして杠葉兄弟をターゲットにしたのかを事細かに説明してくれた。
杠葉兄弟は全く他人事には思えず、二人の強固かつフラットな友情に憧れを抱いた。
杠葉兄弟から見て、空間移動人達の見た目は現在の大学生相当。
年齢はどちらにしろ杠葉兄弟達より若い。
そして、杠葉兄弟も自分達が双子ではあるものの殆ど最近友達として親しくなった事を話した。
それまで仲は普通だったこと。
明るいキャラクターを演じていること。
二次元趣味であること。
線乂は箱推しを好み、公平性のある感想や考察を話せること。
麁線は一人の推しを好み、深く狭くを志していて言葉に出来ない体験を多くしていること。
さっきまで侵入者だったのにすっかり打ち解けてしまった。
お互いがお互いを羨ましいと思ったり、ここだけは一致しなくて良かったと安堵して悪性に近い善性を出し合った上に他じゃ聞けない暗い話題も空間移動人から聞いた。
そこで二次元キャラとそれに纏わる話を杠葉兄弟は彼らに話したのだった。
「俺達、元々は仲が良い双子じゃなかったんですよ。」
昔はよく殴りあいをしていた。
会話が嫌だったからだ。
体育会系じゃないのに筋肉質だったから二人ともやりたくないスポーツをやらされた。
やり場のない不安と鬱屈を凌ぐために二人は殴りあっていた。
「当時はお互い無趣味だったし、罪悪感と共に変な会話や芸術性とのマウントも嫌だったから殴ってばっか。」
「だけど、それこそが罠だった。
俺達は可愛い女の子の挿絵がある本に夢中で、年寄りが書いた本を嘲笑った後にSNSを見てから自分達もそうなるかもと忘れる経験を積んできた。」
「「今はもう、やりたいことをやるために苦手なことを乗り越えるよう二人で趣味の楽しみや共有を程々の距離感でやっていくことにしたんです!それからは暴力も会話もしてません!」」
空間移動人から「分かったから」と「仲良いじゃねえか」とお言葉を頂いた。
二人はもっとその話頂戴とワクワクしている。
「いいな趣味を持つって。
退廃した世界を生きているのは共通だと思ったけれど…」
「理樹。
子を残すのは後回しにしよう。」
「え?けどそれじゃあ…」
ラックスは腕を広げ、小声で意思表示をした。
「まずは挿絵付きの書物から推しとやらを決めようじゃないか!」
杠葉兄弟はラックスの決意にそれまでの話を聞いていたから涙した。
「良かった。
ラックスが殴りあいしようと言ったら対処を考えるつもりだったが、よく分からないルールや優劣を決めた時にそうさせてもらおう。」
杠葉兄弟は売る予定のライバー写真集と自叙伝を二人に渡した。
「いいのか?大切な物じゃないのか?」
「俺達の生きる世界と近いからほっとけなくて。
せめて必要そうな相手にかつて想いを馳せたコンテンツを渡すのも、子を残す事に近いと考えたから。」
線乂は自分の許容範囲の広さに安心した。
「無機物との結婚も前例があるし、無いなら俺がそうするつもりだったけれど。」
麁線は思ったよりも多様性があるようだ。
四人は拳を合わせる。
血の繋がりがあるのに関係が薄く、友達として濃くなった杠葉兄弟。
何もかも違うが短所と長所を認め合うシンプルな関係で細く長い間柄の空間移動人。
空間移動人達の現実と非日常とかつて幼い双子が熱狂したライバーのグッズを交換した。
「面白い時間だったぜ。
俺達にとっては初めての。」
「またやってきてもいいか?
俺達も推しが出来たから。」
杠葉兄弟は「「もちろん。」」
とハモる。
こうして何気ない縁ができ、二人は空間を開いて去っていった。
「推しのポロリ逃したな。」
「その話なんだけどさ、理樹って人が置いていったこの装置を弄ったらポロリの瞬間の時間までテレビのように巻き戻せた。
それと線乂には悪いがお前がコンビニに行ったところまでも巻き戻したらあの店員態度悪くて有名な人だよ。」
麁線が見せた謎の対応力と理樹さんの置き土産がこれからの人生を担うことになるのを双子達はまだ知らなかった。