殺し殺され問答とVS殺し屋修行編(殺され屋8)#シロクマ文芸部
「本を書く、というほどではないんだが、近頃考えていることがあってな」と堅木さんが言い出した。堅木(かたぎ)さんとは、いつまでも「誕生日を命日にしたかった殺し屋」と呼ぶのもなんなので「お名前なんでしたっけ」と尋ねたところ、「殺し屋を辞めたんだし、そうだな、堅木でいいよ」という理由で決まった名前だった。本当はジョニー・キャッシュと名乗りたかったそうだが、いろいろ権利がややこしそうで止めたという。
私を殺しに来たが、静芽の思惑により設置された爆弾で返り討ちにあった堅木さんは、その後殺し屋を辞めて静芽に雇われ、ボディガード兼話し相手として、私の部屋に時々やってくるようになった。先日私一人で出かけたショッピングモールにも、実は同伴していたのだとか。
「あんた、あの同級生に殺されるところだったんだよ」と、翌日私の家にやってきて教えてくれた。すぐ近くで会話を聞いていたらしく、金に困って私を殺そうとしていたカエル君のことを教えてくれた。
「まあ、素人相手だから大丈夫かなと思ってたがな」あんまりボディガードらしくもないことを言う。
堅木さんが話し始める。
「人の顔画像を集めて平均化していくと美形になるという話を知っているかな」
「何年か前に話題になっていたような」
「傷や痣を持つ少数派が弾かれていくというのもあるみたいだがな。要はイケメンとか美女とか言うのは、平均でしかないってことだ。勉強やスポーツで平均的な成績を修めても絶賛されることはないのに、見かけが平均の塊となった時には賞賛の的となるのは不思議な話だ」
私は先日会ったカエル君のことを思い出す。彼の顔は平均的ではなかったわけだ。しかし彼の顔が醜いとは思わない。
「サンプルが取れるのなら、顔画像だけではなく、人々の身体的特徴を網羅出来たなら、それぞれの地域、環境によって、平均的な足の長さ、平均的な内蔵機能、平均的な便通なども割り出せるかもしれない。顔の良し悪しなんてのも、身体的特徴の一部に過ぎない」
「堅木さんはどこに話を持っていこうとしているんですか」
「どうして君が殺意を持たれやすいか、というところに落ち着く予定だ」
きっと間違った暴論だ。
「様々な人がいるから、当然平均からは遠く離れた特徴を持つ人も存在する。大きくバランスの崩れた容姿を持つもの、平均的から大きく隔たった性格、性癖の持ち主など。多様性の尊重を学校で教育しなければいけないというのは、そういうことを教えなければ、人々は多様性を尊重するどころか、平均から大きく外れる者を攻撃してしまうからだ」
「誰もが普通になりたがる。何かの歌詞みたいですね」
「進化して賢くなったつもりでも、動物的本能は残っているからタチが悪い。同性愛者に対しての根強い偏見も、『同性愛が蔓延すれば子孫を残せなくなる。種が滅びる』という危機意識から来ているのだろう。実際には同性愛者の総数が種の絶滅を引き起こすほどの数では全然なかったとしても、だ。本能と想像力が相まって、必要以上に恐れて叩いてしまう」
万物の霊長みたいな面をしていても、食べて寝て繁殖欲に振り回される。人である前に生物だ、というところか。
「昨今の多様性尊重教育だけではない。法律にしろ各家庭の決まり事にしろ、そういうものを作らなければ、人は昔のように、野蛮に、本能的に、行動してしまうところがあるのではないか。他者を押しのけて食物を確保しなければ飢えてしまった頃のように。ブラックな職場でモラルが崩壊していくように、ひとたびきっかけが与えられれば、人は凶暴で、攻撃的な本性をさらけ出す。スキャンダルを起こした芸能人を叩き、政治家への不満を爆発させる。そして、高額な報酬を受け取れる殺しの依頼を目の当たりにした、金に困った人間は」
「ためらいなく殺しに走る、というわけですか」
「そこでさっきの顔の平均が美形になる話に戻るのだが。人の心の平均は、何かきっかけさえあれば人を殺してしまう、そういう性格なのではないか。逆に人を殺めたいと思わない、人への無関心さと冷たさを持った人間を見ると、排除しよう、という本能を、無意識のうちに衝き動かしてしまう。それがあんたじゃないかなあ、と結論づけた」
「暴論ですよ。芸能人や政治家へのどぎつい意見は、そういうことを言う人が目立つというだけです。大人しい意見や無関心の人の姿が隠れて見えないだけで、むしろそちらの方が大多数じゃないですか」
「確かにな。結論を急ぎすぎたかもしれん」
「第一私は無意識の内に人を煽ったり、殺意を起こさせたりなんてことはしませんよ」
「それは違う」
「ところで筋トレは続けているのか」堅木さんが話題を変えた。
「前も言ったでしょ。筋トレを続けると誓ったって」
「誓っただけで筋肉はつかん、とも忠告したよな」
「トレーニングって苦手なんですよね。スポーツ選手になりたいわけでもないし、ボディビルダーへの憧れもありません」
「どうせ屁理屈を言うと思って、実践的な訓練を考えてある。助っ人も呼んだ」
堅木さんがそう言ったところでタイミングよくインターフォンのチャイムが鳴り、秋山君がやってきた。
「平均の人だ」思わず口走る。相変わらずの美青年ぶりである。
「何のことですか? どうせろくでもないことでしょうけど」
「そっちの相手はいいから、訓練の内容を説明しよう」
堅木さんにそっち扱いされた私は、先程の議論を思い返してみる。人々の理想が平均と言う名の中心地点であるなら、そこから大きく隔たった周縁部にいる人間は、どう生きるのか。遠い中心点に近づきたくて死にものぐるいになるのか。あるいは周縁のままで構わないと開き直って過ごすのか。後者が私や堅木さんのような者で、前者が過剰な望みゆえに自己を滅ぼしかねない逸脱者になってしまうのか。
「では訓練を始めるぞ。説明は頭に入ったかね」
堅木さんの言葉に秋山君が頷く。
「全然聞いてませんでした」と私は正直に話す。
「秋山君には殺し屋を演じてもらうから、あんたは、それに対処していけばいい」
「シーン1、柱の影から殺し屋」堅木さんの掛け声で訓練が始まる。
冷蔵庫の影から秋山君が指で銃の形を作って私を狙う。
「殺し屋さん、リンゴジュースにします? コーラにします?」私は冷蔵庫を開けて飲み物を秋山君に渡そうとした。
「どっちもないけどね」秋山君がバン、と銃を撃つ仕草をした。
「シーン2、エスカレーターですれ違いざまに殺し屋に狙われる」
さすが役者でもある秋山君は、自然とエスカレーターを昇ってくる演技をする。私は一生懸命真似しようとするが、諦めて階段を降りる演技に切り替える。しかしそれもうまくいかず、仕方ないので壁にぶち当たるパントマイムを始めた。私の後ろに並んでいる、幻のエスカレーター乗客たちが壁にぶち当たっていく。もちろん秋山君に撃ち殺された。
「シーン3、トイレの個室を開けたら、お腹を壊して苦しんでいる殺し屋」
実際にトイレに座り苦しむ演技をしている秋山君に向かって、私は「大丈夫ですか?」と声をかけた。こういう時ってどんな対応をしたらいいのだろう。どんな顔で慰めたらいいのだろう。そんなことを思いながらポケットを探ると、幸いなことにハイレモンが一粒残っていた。
「これ飲んで治して」
「余計に悪くなります! 命を狙ってくる殺し屋を介抱しようとしないでください!」
結局撃たれた。ハイレモンは私が食べた。
その後も小一時間訓練を続けた後、「この訓練、意味ありますか?」秋山君が堅木さんに尋ねた。
「あるわけないだろ。私が見て楽しんでるだけだ」
「私はやってて楽しいですよ」何回殺されても死なない私は、不死身の身体になった気分だった。いつだったかそんな展開の話を書いたような気がする。確か誉められたような。
「どうして堅木さんが殺し屋役をやらないんですか」今更な意見を秋山君が口にした。
「怪我の後遺症が残っていてな。とても寒い日に手袋を二重にしたりするだろう? 何を持つにも分厚い膜が貼り付いているような手の感覚なんだ。大体自分で演じてたら楽しく見学できんだろうが」
「殺し屋に狙われた際のトレーニングじゃなかったのですか?」怒る秋山君も可愛いなあ、と私は二人のやり取りを見ながら思っていた。
まあまあ晩飯奢るから、と堅木さんになだめられながら、秋山君は帰っていった。賑やかしい雰囲気だった部屋に私一人が取り残された。疲れたので、筋トレは翌日からすることにして早めに寝た。
翌日は何故かお腹を壊して一日中動けなかったので、筋トレは諦めた。翌日にはお腹の具合は治っていたが、筋トレは諦めた。
(了)
軽く登場人物紹介
「私」
殺し屋に狙われることに慣れてしまった「殺され屋」。
「不覚静芽(ふかく・しずめ)」
かつて殺され屋を狙った毒殺の殺し屋兼悪徳業者。影でいろいろ企んでる。殺され屋を利用して自分の目的を果たそうとしたり。
「堅木さん」
かつて殺され屋を狙った「誕生日を命日にしたい殺し屋」現在は殺し屋を引退して静芽に雇われ、殺され屋のボディガードや暇つぶしの相手をしている。
「秋山君」
静芽に雇われている便利屋。役者兼探偵。美形。
「コードネーム『読書家』の殺し屋」
第一話に登場した、標的に本を読めと勧めてくる殺し屋。
「マシンガンよしこ」
第一話に登場した、マシンガンをぶっ放すヤクザの娘。本文では一度も使われていない名前。
「『読書家』の殺し屋のお母さん」
「どこにも停まらないバスに乗って」に登場した、読書家の殺し屋のお母さん。バスは窓ガラスをぶち破って乗車するものと勘違いしている。
「カエル君」
林君。殺され屋の小学校時代の同級生。当時面識はなかった。
「ハイレモン」
ビタミンCたっぷりのお菓子。殺され屋の主食。
「筋トレ」
筋肉をつけるためにするトレーニング。やると誓うだけで筋肉はつかない。
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