Re Act 翡翠の瞳5
右目の包帯に、笑った紅い瞳。
俺はそいつを視界に入れながら、うっそー…と心の中で絶望した。
ーーー
大きな爆音を立てながら屋敷の扉が裂け、
受け身が間に合わず俺は壁に身体を打ち付けた。
朝食の後片付けをしていたマサが音を聞いて駆けつけ、
何事かと驚いているのが視界の端に見て取れた。
身体が壁に当たった反動で跳ねた体勢を無理矢理捻り、横に跳ぶ。
刹那、俺が居たそこに硬質で鈍い音がした。
視線で追っている暇はないので見ないが、多分岩か何かが猛烈な勢いで
ぶつかったのだろうと予測。
遊んでやる余裕がないので眷属に指令を出して応戦する。
ニンゲン相手ではないので蔦は最小限にし、なるべく小回りの利くものを使役する。
横から背後から上からと襲い掛からせ隙をつくろうとするが
どうにも全てあしらわれ、接近戦型の俺には切りかかる余地がない。
困っていればマサが参戦する気のようで、中級の術をそいつに向けて飛ばした。
ニンゲンがいることにもそうだが、退魔師が協力していることに驚いたのだろう
隙が出来たそれに便乗して間を詰める。
腰に下げていたレイピアで切り掛かるが、大した余裕で俺の剣を腕で受け止めた。
柔らかな筋肉ではなく、硬質なものへ変貌した腕が切り込むのを許さない。
しまった、まさか硬気術で細胞に働きかけていたのか。
それともこいつ後衛型だから術の発動までにそんなに時間がかからないのか。
一旦後ろに引きながら、無詠唱で上級術を放ってやる。
それはさすがに受ける気が無いようで下がるが、そこにマサが突っ込んでいった。
なんて危険な、と思うが止めるのも危険なので、
追撃型の術を放って追い打ちをかけてやる。
さすがに接近戦と術は面倒なのか、マサを弾き返した反動で追撃術を避ける。
そのまま距離を取り、展開されるのは大型の術。
術の相殺どころか俺達を狙っているようで、これは面倒なと舌打ちした。
(どうすっかなー……)
思いながら、もう一本レイピアを抜き取る。
双剣でどうにかするかと思い床を蹴り、筋増強気術を使って限界値を上昇させる。
硬い部分にレイピアは通らないが、全身が硬質化しているわけではない。
同時に剣に目標の弱点属性を宿らせ、重術で一気に下降、切り掛かる。
それも腕で受け止めたが腕を二つ使ってしまえばマサがくる。
それに小さく唸って考える素振りを見せたが、次の瞬間空いた手の先から術を放つ。
宙にいる俺を狙ったそれを受け流してやると、
術の後続時間をものともせず彼の脚が俺の腹部を蹴り上げた。
術の光加減で察知に遅れた俺はそのまま吹き飛ばされ、
天井に身を打って重力のままに墜落。
不完全ながらも眷属を使役して受け身を取り、
一瞬の防御の後にもう一度足を踏み出した。
どうやら一気に接近戦で攻めるつもりなのか、反対側からマサが走ってきている。
……なんか銃っぽいの持ってる。あれ、あんなの持ってたっけ。
呪弾銃なのだろう、それを発砲して相手の防御を促す。
その隙に俺が距離を詰め、腹を狙うが避けられる。
その避けた軌道にマサが乗り、追い打ちを狙うが受け止められ
その勢いを使って投げ飛ばされた。
投げ飛ばした反動で数瞬隙が出来るので再び切り掛かると、
さすがに対処に遅れたのか腕から鮮血が飛んだ。
えー、と小さく唸ったそいつを無視して首を狙ってやるが
相手も剣を抜き、応対してきた。
暫く金属音が響きわたるが、
どうにも余裕面で笑っているところを見ると楽しんでいる。
身を翻し術を行使しながら応戦するが、正直勝てる気があまりしない。
だって俺、こいつに勝ったことがないしなあ……。
なのにこいつ、俺のとこに来たら絶対挨拶代わりに戦闘仕掛けてくるときた。
(めんどくせえ……)
マサと協働して切り掛かるがどうにもあしらわれている感がある。
俺は屋敷の壁を蹴ってその勢いで再び相手に切り掛かり、
マサは攻撃を回避するために階段の手すりで身を躍らせている。
その勢いでマサが符を放った。
しまった、これ俺と同時攻撃じゃないの。
同時攻撃は結構危険なことになるんだけど。
思うも既に遅いようで、待ってましたーと言わんがばかりのそいつの笑顔。
辺り一帯を一気に滅するつもりで、彼が青い光を炸裂させる。
こいつは後衛であるがゆえに、大掛かりな術が大の得意である。
敵をおびき寄せ、一気に始末するタイプだ。
この術もそれの部類で、俺用に手加減はしているだろうが屋敷内ということもあって
再三壁に打ち付けられた身体が、今度こそダウンした。
ーーー
「あはは、久しぶりに長く戦闘出来たかな?
久方ぶりだね、シュン」
けらけら笑いながら、片目の紅がこちらに向いた。
咳き込みながらそいつを睨んでやれば、何が楽しいのか嗤う。
「……何の用だ。お前俺の家壊すの趣味な訳?」
「挨拶挨拶。
にしても、お前今度は退魔師囲ってるの?面白いやつだな」
言いながら、彼の視線がマサに向いた。
同じく吹き飛ばされたのだろう、打ち所が悪かったのか気を失っているらしい。
打ちどころが悪くないか程度は気になるが、
俺も身体が動かなくてどうしようもない。
「相変わらず物好きだな」
「いや、押し掛けられたの俺だし」
「え?お前ついにゲイになったの」
「殺すぞてめえ」
口論をしながらも彼はマサに歩み寄り、肩を叩いて声をかける。
その動作で目が覚めたのか、薄ら目を開いたマサが驚きを露わにした。
「初めまして、ニンゲン。お名前は?」
「………………。シュン、誰ですか」
「あれ、僕無視なの」
せっかく優しく接しているのに!なんてつまらなさそうにしている。
自業自得だ、ザマァ。
ここでそいつの名前を伝えないとマサが名前を聞きだされそうなので、
それもニンゲン的には面倒なんだろうなあと思って口を開いた。
「シンだよ。腐れ縁の吸血鬼」
「えー親友とは言ってくれないの?」
「くたばれ」
「wwひどwwww」
僕悲しいよとめそめそするが反応は期待していないようで一瞬でやめる。
また視線をマサに向け、しみじみと見つめて。
「押し掛けられたんだって?
なんでここにいるんだい」
「血液運搬係が大怪我をしたんだと。代理」
「え?シュンが大量に血液を所望したから出血多量になった?
なんて可哀想なニンゲン……」
「死ね」
心底嫌な気分でそう言い放ってやる。
悲劇ぶるのに飽きたのか悲しむ素振りはもう見せず、代わりに笑い声が返ってきた。
俺の反応が予想外だったのか、マサが呆気に取られている。
……まあ、今までここに俺以外来てなかったしなあ。
「ふうん……女以外がいるのは初めて見たな。お前余程美味しいんだ?」
シンが言い、顎を掴まれているマサが一瞬不思議そうにした。
ああ、細かいところに頭突っ込ませるような物言いはやめてほしい。
そいつ等級が5の珍しいやつなんだよと話をそちらに逸らすと、
それは確かに珍しいね!と思いっきり食いついた。単純な奴だ。
「等級5ってかなり会う確率低いよね。
よほど相性がいいんだ」
「知らない」
「運がいいもんだね。
……折角なんだし、会話とか楽しんでみたら?」
どの口がそんなことを言うのか。反吐が出る。
俺を思ってなのだろうことは分かるが、俺にとっては余計なお節介だ。
却下と冷たく返せば、シンは残念そうに苦笑した。
気分が悪い。そろそろ回復したし、執務室にでも行こうか。
ーーー
シュンが人を毛嫌いしているのは分かっていたけれど、
どうにもそれは、僕が思っていたよりも顕著なもののようだった。
大丈夫?と、戦闘をふっかけた元凶であるくせにシンが手を差し出してくる。
戦闘自体が楽しいだけで、傷付けることは目的ではないのだろう。
とはいえ、そこまでされなくても別に起き上がるのには困らない。
丁重に遠慮すると、何を思ったのか彼は僕の隣へ座った。
絨毯は敷いてあるけど、ここ一応床なんだけどな。
「きみ、なんでここにいるの?」
「説明の通りですが。何か懸念でも?」
「見た感じ、戦闘能力がとても高い。退魔師なんだろう?」
ああ、シュンの討伐をしに来ていると思われているのだろうか。
それに対してはノーを返す。
まあ、討伐しに来ていてもイエスとは答えないと思うが
そもそも、シュンを排除しても何の利益もない。
それには彼は納得してくれたのか、分かってくれて嬉しいよと答える。
少し考える素振りを見せながら、しかし
「チャンスでもあるよなあ……」と何かをぼやいている。
何のチャンスなのか、まあ検討がつかなくはないけども。
「よかったら、今度あの部屋に来てもらえないかな」
「?ええと……物置ですけど」
「物置にされてるwwwww
うん……まあそれでいいよ。来てもらえるかな?」
別に構わないけれど。
そう答えれば、彼はまた嬉しそうに笑顔を浮かべた。