Re Act 翡翠の瞳3
通された屋敷は、広かった。
まず玄関ホールだけでかなりの広さがある。
特に何も調度品はないというのに、豪勢なつくりである。
応接室というのだから、まあ場所など知れているだろう。
あまり勘繰られても困るので素直に通るが、罠などは見当たらない。
あれでも吸血鬼だから多少は退魔師かどうかを試してくると思ったのだが
試さなくても実力に自信があるのだろうか。それはそれで僕も困るが。
程度に気を張るに越したことは無いと、適当に席について待つ。
待っている時間が暇なのであたりを見回す。
本当にそんなに装飾品はなく、貴族の家というにはあまりに質素だった。
まあ、吸血鬼は元々人類よりは動植物に近い存在だから
華美にする意味はないのか。
(それにしては、見た目が整ってましたね)
まあ、粗野な見た目をしていたら、どう見ても低能な吸血鬼と変わらないので
人間が怖がるからとか、そんなものなのだろう。
愛想笑いにしたってそうだ、本心のなさそうな印象を受ける。
少し話しただけだけれども、あれは怖がらせないようにというよりは
(―――一々怖がられるのも面倒くさい)
人間は、実に臆病な生き物だ。
そして傲慢であり、強欲である。
戦争をしているところもあるし、特に理由がなくても戦っているところもある。
そんな輩のことを一から解説するのは無意味なほどだ。
彼らは自然に近い分、自分たちがどんなものであるかを知っている。
……まあ、知性まで自然に近い馬鹿もいるようだけども。
そんな彼らから見て、人間の恐怖というのは実にくだらないものだろう。
危害を加えないと言ったところで疑心暗鬼に陥るのは確実である。
待たせたなと再び現れた彼に手早く採血され、さてどうなるかなと待つ。
前の者は等級が4だったそうだから、少々敷居が高いところではあるのだけど……
「へえ珍しい」
「?何がですか」
「お前5だね」
ワインか何か飲んでるみたいな気分、と笑われる。
それはそれは何よりで。
じゃああとは、どう住み着くかだ。
見た感じ従者が居ないので、そこが狙い目だろうか。
よろしければここに置いて頂いても?と聞くと、
さすがにそれは訝しんで、なんでと冷たく返される。
何でってまあ退魔師として依頼を受けたのだから……とは彼には言えないので
適当に誂えた理由で、とりあえず一日置いてもらうことにした。
「基本的には俺一人で回るから、要らないぞ」
なんたって一人しか住んでないし、と彼が笑う。
………どう見ても二十人以上は住めそうな屋敷だが。一人なのか。
何か理由でも?と聞くと、そんなもんは知らないねとこれまた冷たい。
同種族にもそうなのかまでは知らないが、一先ずの印象は冷たいだった。
素っ気ないのではない。関わりたくないとでもいうかのようだ。
確実なライン引きをしたそこに、自分以外を通す意思がない。
何かあったのだろうけれど、今の僕にそれを知るすべはない。彼が語らないのなら。
そんなことより、やはり一人であるなら僕は従者として住み込むのがベストだ。
どこに入り込んだものだろうか。
ーーー
(夜になってしまいましたね)
この部屋でも使え、と言われたので通されたのは、客間のようなところ。
誰が来るというのか、一応寝台などを置いてある部屋は存在しているようで
そこに座って考え込んでいた。
彼が血液を飲む間隔はおおよそ一か月に一度。
そう頻繁ではないので、住み込むよりは通う方がいいだろと言われたが
まあそういわれるだろうと思ったので、あまり身の上がよくない話をしてある。
帰りたくない者を無理に帰すほど鬼畜ではないのか、そこは強く言ってこない。
では使用人になろうかと思ったものの、彼の身の回り
要するに私室や執務室はさっぱりとして綺麗に片付いていた。
簡単に埃でも払えば掃除しましたということになるのだろう。
書類仕事は得意なのか手早いもので、寝ると決めた時間には止めた。
(吸血鬼の屋敷に訪問者なんて早々あるわけがないですし。
訪問者のもてなしなんて要らないですよねえ……)
仕事をし過ぎるのを諫めるわけでもなく。やらないのを咎めるでもなく。
掃除はするところがない、もてなす客が居ないなら特にすることはない。
なるほど、彼ですべてが回るわけだ。
不要で鬱陶しいだけの人間などお断りということである。
せっかく血液の等級が5と相当の高さを誇るのに、これでは。
何かないものかと思っていると、飯食えよと声がした。
ああ、そういえば食べていない。
「食料調達ってどうしてるんですか?」
「動物が持ってくる。適当に料理すれば食える」
「なるほど」
人間が来ないのにどうやってと思ってみたものの、
そこは動植物を使役できるのを使っているらしい。
四つ足歩行の動物には無理かもしれないが、
猿あたりなら何かしら持って来れそうではある。
なんなら植物自体にやらせてもよさそうだ。
この屋敷、外から見たら蔦だらけだったんだよな。
お化け屋敷のようだと言われてもある意味では無理もなさそうだ。
ここ立地的に日があまり当たらないし。
別々で食べたいけど、と顔に書いてあるものの、
別にするのもあとが面倒なのだろう、一緒に席についてくれる。
手を合わせていただきますと言いながら
しみじみと彼に思いを巡らせる。
(理性的な吸血鬼でも、人間を利用して搾取するのは居ますが……
そんなタイプには見えませんねえ)
人間に、憐みの感情が無いわけではない。
そして、生きていくために利益になる話があるなら耳を傾ける。当然である。
その感情を逆手に取って、先に飴を与えてから
後から、離れていけないような強い鞭を強いた者が居たことがあるのだという。
随分と狡猾な者だが、まあ年配だったからなのだろう。
吸血鬼は200~300年ほどが寿命なので、100年もしないうちに終わったけれども。
人間は100年も生きないものだから、随分と禍根が残ってしまったわけだ。
こうやって、僕が駆り出される程度には。
彼は狡猾さはあるかもしれないが、少なくとも、欺くという感情は見られない。
帰れというなら、僕の身の上が悪いという話で黙り込んだりしなくてよいのだ。
彼には関係がないのだから。勝手に帰って勝手に不幸になっていればいい話。
なのにそれを強いず、しかし今もまだ結局嫌そうにしている。
(何なんでしょうかね、………ん?)
違和感に、思わず思考を止める。
なんだろう、すごく―――料理が、美味しくない。
不味いとまではいわない。味がしないでもない。舌が合わないでもない。
なんか、おいしくない。
「あの」
「なんだ」
「お料理、苦手で?」
「不味いなら出ていけ?」
僕の問いに答える気もなさげに、帰ればいいと言ってくる。
なるほど、口に合わないなら無理に残りたくはない。
追い出そうという魂胆を隠そうともしていない。
しかし、僕はあなたの調査のために来ているので、残念ながらまだ帰れない。
「俺は食えれば味はどうでもいい」
それには、嫌味というよりは、本当に興味がなさそうにそういった。
食に頓着がないのか、何か嫌な思い出でもあるのか。
それなら別に上手くなろうと思わないし、なろうともしないだろう。
彼にとって、食事はただの栄養補給に過ぎないのだ。
どうせ、些末に扱って怠っても
吸血鬼に勝つほどの実力を持つ人間は両手ほどいれば十分である。
「ふーむ。では、主に台所にいる全般的な使用人でどうでしょうか」
「お前、俺の話聞いてた?」
「僕の作ったものがお口に合わなかったら追い出してください」
僕の問いに答えなかったのだ。一回くらいは応酬してもいいだろう。
これでも街にいるときは一人暮らしの身、食事にはそこそこ自信がある。
退魔師としての仕事が多いわけではないので
本業として知り合いの店を手伝うこともあるから、レシピもそれなりにある。
さっき、僕の血液を飲んで「ワインみたい」と言ったのだ。
美味しい美味しくないが関係ないのではないのだろう。
彼にとってどうでもいいのは、食事というサイクルだけだ。
美味しければ、そちらの方がいいと思うのは、さて人間だけだろうか?
「どうぞ」
有り合わせですけど。
渋る彼に食べてもらって、許可をもらうまでに
そう時間はいらなかった。
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