Re Act 翡翠の瞳2
身なりは随分と整っていた。
まあ、人間社会と違って吸血鬼社会は栄えていると聞く。
冒険者なりの僕とは違い、貴族か何かのような衣服を着た彼を見る。
吸血鬼の特徴である横長の耳に、紅い瞳。
端正な顔をしていて、これで人間ですといえば大方の女性は落ちるだろう。
残念なことに僕は男なわけだが。
モノクルや懐中時計などの装飾品も相まって、より見た目がよい。
少しうねるようなウェーブを描く髪が、左目を少しだけ隠していた。
「突然すみません。僕はマサと申します」
「へえ。で?」
どうせ実名じゃないんだろ、と言わんがばかりである。
まあ退魔師が真名を名乗っていたら馬鹿だが、民間人でもそうだったかな。
僕自身があまり興味がないので、そこまではわからない。
吸血鬼には、『言霊操作系』と呼ばれる特殊なものがある。
片方の瞳の色が違い、紅ではない吸血鬼だ。
それらに、互いに視線が交わっている時に真名を呼ばれると、操られるとされる。
人数はそんなに多くはないし、人間に対して使用された例は聞かないが
吸血鬼間でも悪い印象があるらしいので、実在するのだろう。
「定期的な血液の運搬なのですが、担当の者が大怪我をしてしまいまして」
「持ってこれないと」
「はい」
吸血鬼は、定期的に血液を飲む。
僕らのように食事もするので、毎日いるものではないそうだが
生態系上避けて通れないそうなので、そういうものなのだろう。
まあ、そうでなければエルフのように姿を眩ませて過ごす方が楽ではある。
その血液にも、彼らは等級を六つに分ける。
1に不味い。相性が悪いのだろう、普通に不味くて飲めないそうだ。
2に我慢すれば飲めなくはないが不味い。大体同じである。
3を普通に飲めるとし、4はそれなりに美味しいとする。
5が最上級に美味しい、要は相性が大変よいものとする。
6はそう出ないそうだが、どちらかにとって毒であるとされる。
吸った吸血鬼側にも、麻痺や致死や他の効果が出たりするそうだが
人間側に害が無いわけではなく、致死量を吸っていなくても死ぬことがあるという。
「まあしょうがないな。代わりは」
「僕です」
「は?」
「僕です」
冗談であって欲しかったのか聞き返してきたけれども、覆りようがない。
潜伏してこいと言われたのだ、
要は彼にとって何かしら利益がある存在でなければならない。
まあ血液を飲んでみないと分からないことなのだけど、それはそれ。
前に、彼に血液を治めていた者がいた。ちなみに大怪我は嘘である。
彼は結構昔にこの土地に居を構えようと思ったのか、近くに住んでいた人間に
「一帯の脅威を減らしてやるから屋敷を立てる土地を寄越せ」と言ったそうだ。
前述のとおり、戦闘に長けていない人間にとって野獣は脅威である。
吸血鬼は動植物も使役できるため、服従させることは容易い。
彼を持ち上げて言うなら、立地のいい場所があって
そこに住む人間が野獣やら吸血鬼やらに怯えながら暮らしていたので
その脅威を取っ払う代わりに住ませろという話だ。
その対価の中に、血液の運搬が入っていたというわけである。
「男の血液は嫌とか?」
「いや、どうせ液体だから構わねえけど」
「噛まないんでしたっけ」
「噛んだら痛いんだろ?」
彼らの牙は鋭い。
浅めに噛んでも暫くは痛いのだと聞く。
まあ、肉に食いつくにしても角度というものがあり、人体はそれに適していない。
変な角度から噛めばそれは痛い、当然である。
彼は、直接噛むことを好まないらしい。
代わりに採血という手法を取り、血液は瓶に移させる。
人間は針がチクッとする瞬間だけ痛い、そういう状態になる。
聞けば聞くほど知性的な吸血鬼なのだと思うが、
まあそれでも人間は怯えるものだ。危害を加えてくるなら先に殺したい。
知性的な吸血鬼はギルドでも危険度Aランクに分類されることが多いため、
取り扱える者はあまり多くはない。故に僕なのである。
「試飲するなら切りますが」
「お前はもう少し頓着しろ。
上がれ、応接室で待ってろ」
……身なりはいいのに、この対応。
さては、使用人は居ない。