兄さんの訓え
兄さんの訓え
土曜日は一週間の内でも最高級の曜日に類される。誰もを安心へ導ける部類の曜日に所属していると言える。そう自負している。という考えを他曜日たちを前にして力説しているのは、そう、他でもない土曜日その本人だ。
「月曜日はまず糞だろ。
火曜日なんてずっと燃えてろよ。そうやってずっとちろちろと燃えてろよ半端野郎が。
水曜日は幼少期に好きなアニメがやる日だったから少し贔屓目に見てしまうところもあるが、週の真ん中だなんてことを考えると溺れるように息ができねぇ。殺す気か。苦しいんだよ。
木曜日は、何だてめぇは。月曜日っぽいんだよてめぇやめてくれよ茶色い月曜日だよお前は。お前なんてのは。
金曜日てめぇ、華金とか言われて調子に乗ってんなよ。土曜日ありきの『華』だってことわかってんのかてめぇはよ。おい、ジャンプしてみろ。おお、いいから。はやく。おお、おお。ハ、持ってんじゃねぇか。チャリチャリいわしてんなよしょうもねぇ。おお、よこせ、華代として、俺にそのチャリチャリ全部よこせ」
月曜日から金曜日たちは、そう言う土曜日を前に、うなだれたり、ムスっとしたり、無表情で立ち尽くしていたり、ポケットに手をつっこみ貧乏ゆすりで苛立ちを表明したり、しくしくと泣いていたりしていた。
そこへ「あ」と、声を出したのは月曜日だった。その者の気配を誰よりも察知できるのは、やはり月曜日なのだった。
「日曜日兄さん!」
全身が真っ白く、ぼんやりと光を纏っている者がそこに立っていた。
「日曜日兄さんだよ。休んでるか? 寝転んでいるか? 否な、休まなくてもいいし、勿論休んでもいいし、どう過ごしてもいいのだよお日さまが気持ちいいね日曜日兄さんだよ」
兄さん! 兄さん! 日曜日兄さん! 先程までのどんよりとした空気を一変させ、雨上がりの野花のごとくに輝く顔で、声で、日曜日兄さんの到来を歓迎する月曜日から金曜日たち。土曜日だけが、しまった、という表情で瞳孔を縮め身を強張らせている。
「そうだよ、兄さんだよ。日曜日兄さんだよ。ラジオ体操・第二を流そうか? 大丈夫か? 日曜日兄さんだよ。土曜日よ、お前はいつも先程のように他曜日たちをいじめているのか。日曜日兄さんは聞いているよ。日曜日兄さんはお前に聞いている」
日曜日兄さんの纏う光が少し強まる。
「え……いや……」土曜日が顔を伏せる。顎先から泥水がぽたぽたと垂れる。
「一部始終を聞いていたよ。聞かせていただきましたとも。土曜日は一週間の内でも最高級の曜日に類される。誰もを安心へ導ける部類の曜日に所属していると言える。そう自負している。と言っていたかね。言っていたね。聞いていましたとも」
土曜日の目が泳ぐ。緊張のあまりに、泳ぐ黒目がUFOの軌道のように不規則に、奇天烈に飛び回る。てのひらから泥がぼたっぼたっと地に落ち続けている。
「最高級の曜日に類される。誰もを安心へ導ける部類の曜日に所属している。というのは『土日』のことだね? 土日は確かに最高級の曜日システムだと思うし、安心へ導ける部類の曜日システムだとも思うよ。否な、イナーナ。土曜日よ。お前が金曜日に言っていたことをそのままお前に与えよう。華金はお前あっての華金だとお前は言ったが、土日は、日曜日兄さんあっての土日だ。日曜日兄さんあってのお前だろう。……ふうむ。否な・イナーナ・イナナーナ。失礼」
日曜日兄さんが、他曜日たちに目配せをする。
「失礼を言ったね。君たち、申し訳ない。私を含め、だ。私を含め他曜日あっての、他曜日あってのお前だということをお前は理解せねばならない。皆がいてお前が成り立っているということを」
「……はい」土曜日は、膝下まで自身から噴出した泥で埋まっていた。
「あなたー?」
突如、聞き慣れぬ声が空間に放たれた。日曜日にいさんのおでこから500mlのペットボトル程のサイズのぶよぶよした物体が、ぬぅいん、という感じで突起し、垂れ下がり、口を動かしていた。
「おや。日曜日母さん」
日曜日母さんだ。
「私は、日曜日兄さんであるとともに日曜日父さんでもあるよ。あられるんだよ。日曜日父さんだよ。のんびりしているか? そうも言ってられないか? 色々だね。わかる。それぞれの日曜日がある。私も私で色々さ。日曜日父さんでもあるし、このように日曜日母さんだって内在しているんだよ」
「パパー?」
今度は日曜日兄さんの下腹部から光ファイバーのような、というか春雨のような、というかやっぱり光ファイバーその物のような、とにかく細い線の束が、キラキラと小さな光を纏っている物体が、螺旋状に絡み合いながら胸元の高さまで競り上がってきたかと思うと、ホワァ、と蒲公英のように先端が咲き分かれて、中央から梅干しサイズの銀色で丸っこい口だけの物体が顔を覗かせていた。
「日曜日のおチビちゃん」
日曜日のおチビちゃんだ。
「パーパー、どうしたのー?」
「どうもしないから、もうねんねよ」
「はあい」日曜日のおチビちゃんは、しゅるしゅるしゅると日曜日兄さんの下腹部に収納されていき姿を消した。日曜日母さんも、まったくもう、といった顔をしつつも日曜日のおチビちゃんの後を追うように日曜日兄さんのおでこへ、しゅぱぱんッ、と収納され姿を消した。
さて。と、日曜日兄さんが土曜日に向き直り言う。
「今、何年? 二◯二三年。まぁ別にいつでもいいんだけど。過去も未来も現在も関係なくわたしは日曜日兄さんなのでいつの日曜日でもいいんだけど、いいんだけれども。いいか。聞くか。そうか。オーケイ・ゴーだ。だな。二◯二三年だね。だ。数字。数字だね。しょうもないね。兄さんそう思うよ。数字しょうもな。しょうもな数字。二◯二三年。はい、カレンダー出して。出して。早く。早く出……え? いや、あるじゃんそこの。そこのでいいよ。違う違う違う、そこの壁! そこそこ! そこの壁にあるじゃん。んーそうそうそうそれ。カレンダー。はい、見て。はい、二◯二三年の、元旦。どう? 元旦。日曜日だね。ね。兄さんだよ。これ、兄さんいるねここに。はい、いたいた。じゃあ二◯二三年の大晦日。どう? 大晦日。はい、めくってめくって早くめくって。はい、大晦日。どう? 大晦日、日曜日だね。いたね、兄さん。兄さんここにいたね。え? どうですか。あん? なん? どうですか。日曜日に始まって日曜日に終わっているね。どう思う。え? もはや大きな日曜日なんだと言ってもいいねこの一年は。え? そう思うよ。そうだろ。はん? 完璧だね? 完璧だろ。完全なる璧だよ。欠点、不足なし、立派で完全なのは誰だか言ってみろ。言ってみろってんだよこの土壁濡れ煎餅が」
「え……」土曜日の口から砂っぽい掠れた声が漏れる。
「え、じゃなくて。完璧なのは? え? 誰? ハン? だあれえ?」
「に、日曜日兄さんです」
「日曜日お兄さんな」
「日曜日お兄さんです」
「日曜日父さんでもあるけどな」
「日曜日父さんです」
「日曜日お父さんな」
「日曜日お父さんです」
「パーパー?」
「あー、こらこら、よしよしよし。ねんね、ねんねよ」(しゅるしゅるしゅる)
「日曜日の……え、っと」
「日曜日のおチビちゃん」
「日曜日のおチビちゃんです」
「日曜日母さんも内在していますよ」(ぬぅいん)
「日曜日母さ、お母さんです」
「おう、わかってきたじゃねぇか」(しゅぱぱんッ)
「はい。ありがとうございます」
「ああ。ま、ゆっくり休めよ。そのための兄さんだからな。そのためにいるんだから。な」
「はい」
「おう。じゃまた来週。よろしくね。ゆっくり休んでね」
「はい」
他曜日たちに気まずそうにしながらも首を垂らして謝罪した土曜日が、皆を引き連れてその場を後にする。
他曜日たちが見えなくなるまでしっかりと見送った後、日曜日兄さんは、その身を完全な球体に変化させ『不定休の民』たちに声なき祈りを捧げはじめる。
静かなる球体は放つ光を強め、そしてついに光の闇をつくりあげた。
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