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満ち満ちて
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満ち満ちて
植えた種には水と栄養を
いつしか種は芽吹き、芽は蕾を付け
そして必然を待てば
それは——
「は〜い、 みなさ〜ん! めくるめいてますか〜?」
「ハ〜イ! めいてま〜す!」
「そうよね〜! めくって、めいて。めくって、めいて。やっていきましょうね〜! ぴぴぴぴぴ〜! ではでは、本日もいきますよ〜!」
「クスクスクス……」
「ほらそこ、わーらーわーなーいー」
「ハ〜イ!」
ここはフィットネス教室、『ジム・ダ・ミッちゃん』。
ジムトレーナーであるミッちゃんと、十数名の生徒がこの場所で、めくったり、めいたり、めくらなかったり、はたまた全くめくれなかったりしながら、日々、フィットネスに励んでいた。
「は〜い、じゃあまず今日はね〜、『ウエストポーチの段』からいきたいと思いま〜す! は〜い、ポーチをこの辺にこう! しっかりと、こう! いいですか〜?」
「クスクスクス……」
「はい、そこ笑わない〜(拳を掲げるポーズ)。じゃあ早速いきますよ〜!」
「ハ〜イ!」
生徒たちは皆揃って、笑みを崩さず手を真っ直ぐにあげて返答した。
「はい息吸って〜」
「ス〜……」
室内が静まりかえる。庭に面した窓硝子から真っ昼間の光が射す。照らされて銀色に発光した埃が、スローモーションで宙に舞う。
ジム・ダ・ミッちゃんの、フィットネスが、開花る。
シュッ、シュッ、ウエストポーチ
シュッ、シュッ、ウエストポーチ
シュッ、シュッ、ウエストポーチ
シュッ、シュッ、ウエストポーチ
「は〜い! 一旦とめま〜す! フーウ!」
ミッちゃん先生が手足をジタバタさせながら言うと、ひとりの生徒が、息を弾ませつつ続く。
「は〜。ホ、ホント、ちょっとのことなのに結構効きますねえ、これ」
「そうよお! すごいんだからあ! じゃあ、次は『オー・ピチピチの段』に入りますからね。よろしくお願いしま〜す」
「ハ〜イ!」
「はい息吸って〜」
「ス〜……」
オポチュニティ、オー、オポチュニティ
ピチピチ、オポチュニティ
ホーリーウォーリー、ホーミーウォーミン
満ち満ちたいミッちゃん
「は〜い! 一旦とめま〜す! フッフフーウ! 満ち満ちてえ〜!」
ミッちゃん先生が手足をベネベネさせながら言うと、またひとりの生徒が、息を弾ませつつ続いた。
「く……ふっ、はあ、はあ、効きますねえ〜……」
「そうよそうよお! すごすごなんだからあ! はい、じゃあ次は『ヨイトマケ&ホイセガチの段』に入りましょうね。よろしくお願いしま〜す」
「ハ〜イ!」
「あ……あの、先生。あたしちょっと腰が、痛つつ……痛くって……摩擦で火傷みたいになっちゃってて……」
「え? なあにあなた。あなたなあに? え? あなたパステルカラーね。パステル。格好。格好がね。いやだわ。存在の淡さに合わせたファッションという? そういう? そういうセンスという? そういうわけ? なに? 淡〜いね。どういうこと? なあにあなた。あなた、淡いね。あなたってなんなの。淡〜いね」
「え? あ、あたしは——」
をあなたってなにしに来たの」
「あ……あたしは」
「ミッちゃんは満ち満ちに来てるの」
「あ、はあ。はい。え?」
「え? 満ち足りに、か。は? 違う違う。違うわよ、足りたくないもの。全然足りたくないの。満ちて満ちて、ただ満ちたいっつの。ミッちゃんはそういう感じなの」
「あ、はい……あ、あの、あたしは、か、変わりたくて……あの、それでここで変わろうって……でも、えっと……摩擦で、腰が、痛くて……」
「え? なになに、摩擦? 肉体? 肉体の話? まだ肉体にしがみついているの?」
「……いや、でも……痛くて」
「アハハハハハハ! みなさあん! いいですかあ、このようにいつまでも肉体にしがみついているとどうなるんでしょうか。どうなるんでしたでしょーかあー!」
「『天の段』に到達できぬまま、『どぶへりなすり』に堕とされま〜す!」
生徒たちは笑みを崩さず、皆揃って呼応する。
「そうよね〜〜〜!」
ミッちゃん先生が叫ぶ。広がった瞳孔で白目の領域の殆どを潰しながら。
「え……いや、そしたらあたし、ちょっと休憩を……」我慢しきれずフロアに崩れる生徒。
「なあに言ってるの。ほら、ニコニコターン、ニコニコターン! サモエド〜、サモエドの笑顔〜!」
「クスクスクス……」
「ほらそこ、わーらーわーなーいー。堕としますよ〜(頭部に両手の人差し指を立てたポーズ)。フフフ。ほら、あなたも摩擦がどうのとか言ってないで、一緒にやりましょ! ね! 満ちゃお満ちちゃお!」
「でも……痛くて、もう」
「満ちねえの?」
「え?」
「おちょくるのもいい加減にしなさいよ」
「ひっ……」
「こっちはね、満ちて満ちて、それでもまだ満ちたくて、ビチョビチョなのよ。ほら見て、ここなんてこんなに……いやだ、おできができている」
「キャアアアアアアアアアアアアア!」
生徒たちの一斉の叫び。全員の視線が一方向に注がれる。ミッちゃん先生も、腰の痛みを訴えていた生徒も、その人物の方を見やる。
半袖(チビT)半ズボン(ローライズのホットパンツ)をその身に纏った、男なのか女なのか、どちらかというと男寄りの風貌というかおじさんぽい人物が、両の手に日本刀を持って立っており、一言「大丈夫ですよ」と呟く。パステルカラーの下着がチビTから透けて見えている。
「なあに、あなた。……なかなか満ちてるじゃない」
「大丈夫です」
小さく妙なステップを踏んで「大丈夫」「大丈夫ですよ」「大丈夫だから」と繰り返す男なのか女なのか、どちらかというと男寄りの風貌というかおじさんぽい人物。
「いや、大丈夫じゃなくて。急にあなた、そんな感じで、なんなの? みんな怖がっているじゃない。おびえているじゃない。急に満ちすぎなのよ」
「大丈夫ですよ」
「だーかーらー、な——」
室内が静まりかえる。庭に面した窓硝子から真っ昼間の光が射す。照らされて真っ黒にに逆光した十二個の首が、スローモーションで宙に舞う。
ジム・ダ・ミッちゃんのフロアに真っ赤な絨毯が敷かれる。
ひとり、腰をさする生徒がゆっくりと腰を上げる。
*
「ポシェット、ポシェット、さーすさす、ポシェット、ポシェット、さーすさす。は〜い、じゃあ今日はこれで終わりでーす!」
「先生ー! 今日も十三人目のお話、聞たいですー!」
「えー。しょうがないわね。そしたら花壇からハーブを摘んできてくれますかー?」
庭に面した窓硝子から真っ昼間の光が射す。
庭には花壇があった。植えられた十二種のハーブが真冬の風に当てられている。
「先生ー! ハーブ摘んできましたー!」
「はい、ありがとありがと、さーすさす! うふふふ。ハーブ、たんまり茂ってましたか?」
「はい! こーんなに!」
「あたしたちも負けてられませんからねー! こんなハーブごときに負けないぞー! 行くぞ行くぞー! ってねー! こらからもたんまりたんまり、茂って、茂って、そして開いていきましょーうねー!」
「はーい!」
植えた種には水と栄養を
いつしか種は芽吹き、芽は蕾を付け
そして必然を待てば
それは開くのでしょう
たんまりと、たんまりと
「見て見てー! あたしこんなに開いちゃったー! ここね、ここ。見える? え? 見てよほら。ほら、ね? すんごいでしょ」