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密日


密日

「曜日って何で七日なの?」
 十二月も数日を過ぎた、とある日曜日。北からの風がビル群の隙間を抜けてゆく。そんな師走の空の下、待ち合わせ場所に二分遅れてやってくるなりマチコがマツコに聞いた。
「え、ちょっと待っててね。調べてみましょ。てかおはよ」
 都会のビル群に囲まれた駅前で、端末を駆使して検索するマツコの姿はこれぞ『小慣れ感』というやつだった。かなり小慣れている。その感が凄かった。
——しかしマツコはすぐ調べてくれるな。いつも私の隣で、私の世界の彩りを増やしてくれる。ありがたいな。あたたかいな。外はこんなに寒いのに、何かマツコってあたたかいな。え、でも待って。マツコ、手袋を取って端末ポチポチシュッシュしてくれてるじゃん。寒いじゃん。そんなのマツコの手が、指が、寒過ぎて……あれ? マツコの爪、かわい。ちいちゃかわい。ちちゃかわ……いややや違う違う違う。指先、もう真っ赤じゃん。もういい、もう調べなくてもいいからあったかい所に行こう。もう行こう行こう。ねえマツコ——
「何か天体が関係してるらしーよ」マチコの思いをよそに、白い息を吐きながら、にゅんと目を細めたマツコがマチコに向き直って言った。
「う〜〜〜」マチコのかけた桃色の細縁メガネのレンズが曇る。
「何それ一発芸? 年末何かやんの? 年末何かそういう催しあんの? てかそれどうやんの? 完璧にレンズ全曇りしてるじゃん」と言って、あきゃきゃ、と笑うマツコの手を取って、マチコは強引に歩き出す。マチコは毛糸の手袋をはめていた。しかし、その手袋越しにも伝わるほどにマツコの手は冷え切っており、マチコはもう一度「う〜〜〜」と鳴いた。手を取りあった二人は、十二月の街をずんずん進む。
 
      ・
      
「日曜日は『曜日』の他に『密』とも記す、だって」
「え、すご。今じゃん。ここじゃん。奇跡じゃん」
 二人は純喫茶・密味に到着していた。暖かな店内。程よく控えめな音量でクリスマスソングが流れている。
「ね。完璧じゃん。てかマチコ、完璧にメガネ曇ってたのに、完璧に迷うことなくここに辿り着いたの凄過ぎない? 純喫茶・密味、あんたん家なん?」
「え、違う違う。普通に小さいときからお父さんとよく来てたから最早目を瞑ってても来れてしまうってだけ」
「へー、そうなんだ。私ここ知らなかった。いい雰囲気のところだね。完璧完璧」
「うん。てか完璧って字さ、あれどういうこと? 完全な壁? 何? 邪魔じゃん。壁。通してよ。行き止まりじゃん。人間ってもう行き止まりじゃんね。何かそう思うんだけど。通してよ。私まだ先に進みたいんだけど。いらないんだけど、壁。何で行き止まりなの。完璧? は? 知らないんだけど。通してし。通してって言ってんの」
「マチコ、マチコマチコ。ストップストップ。完璧の璧って、壁じゃないよ。」漢字を検索した端末画面をマチコの眼前に突きつけるマツコ。
「……壁じゃん。なに? ナゾナゾ?」
「よく見て。マツコよく見て」
 そう言われ、マチコはマツコの顔面にピントを合わせた。寒暖差により赤らんだマツコの頬。リップでほんのり輝くマツコの下くちびる。
「う〜〜〜」マチコ、鳴く。
「え、どうしたの? 急に顔面全部真っ赤に……耳やば! 耳の赤さやば! 何? え、熱? 体調悪い? 何何……あ、怒ってるの? ごめん、別にマチコのことバカにしてるわけじゃないんだよ? ここ、ここ。完璧の璧と壁の字、下のところが『土』と『玉』で違うんだよ。間違い探しかって感じだよね。え、マチコ大丈夫? ごめんて、ごめんごめん!」
「……ほわ。ええ、ええ、大丈夫れっす。怒ってもないし大丈夫。こちらこそごめんなさいなのだ。なのだとか言って。ほはは。玉ね。金玉って何で金なんだろうね」
「金玉……? 調べるね。ちょっとまって」
「はわわ! わー! 大丈夫! 調べなくて大丈夫! ごめんごめんごめん!」
「え、びっくりした。大丈夫じゃなさそうだけど、大丈夫なのね? 調べれるよ? 私、調べられるよ?」
「だーいじょうぶ。本当にすみませんでした。大丈夫です。話を変えましょう。今年の十二月二十四日、日曜日らしいね」
「イブか。世の恋人どもにとっては……どうなんだろ? 土曜日が二十四で、日曜日が二十五が一番いいのか」
「まぁ、私ら二十三日から冬休みだからカンケーないけどね」
「あー、ね。」
「……」
「……」
「……」
「マチコはプレゼントあげる人とかいるの?」
「え。……あー、お父さんに何かあげようかな」
「……あー。いいね」
「……」
「マチコは……何か、欲しい物ないの?」
「……え、え。ほわわ。いや……。私が欲しいものくらい調べなさいよ。お得意の検索で。ほ、ほわわ」
「え、だから今調べてんじゃん。言葉で、口頭で」
「う〜〜〜」
「出た。それ何? とりあえず二十四日か二十五日遊ばない?」
「プレゼントじゃん」
「え?」
「う〜〜〜!」
「ちょっとー、それもういーよー。わかんないそれー」
 
 純喫茶・密味の窓の外。向かいの雑貨屋の店先に置かれた小さなクリスマスツリー。微笑むサンタクロースのモニュメントが北風に揺られている。


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