姉ちゃんは俺を甘えさせたい
あと1ヶ月で年越しを迎えるような、肌寒い風が吹くとある冬の夜。
部活が終わり、空は真っ暗で建物から漏れる光や街頭の光が道を照らす中を、バスに揺られ、ゆっくりと歩き、自宅の前に到着する。
ガチャ
「……うわ…姉ちゃん、帰ってきてる…」
扉を開き、家の中に入った俺は、玄関に置いてあるパンプスを見て、そう呟いてしまう。
普段なら、俺の方が早く帰ってきて、姉の方が後から帰ってくるのだが、どうやら今日は早く帰れたようだ。
そう思いながら、俺は靴を脱いで揃えた後、リビングの扉を開く。
ガチャ
「ただいま。」
「あ!○○〜おかえり〜」
俺がリビングに入ると、キッチンにいた母よりも早く、ソファに座って毛布にくるまっている俺の姉…
"柴田柚菜"が、笑顔で反応した。
「うん。」
その姉の言葉に、俺は軽く返事だけして、すぐに姉から目線を逸らし、母の方に向ける。
「母さん、晩飯は…」
「できてるわよ。でも先に、着替えと弁当箱を出して、お風呂に入ってきなさい。」
「分かった。」
「ねぇ!荷物の方は私がやっとくから、○○はお風呂に行ってきなよ!」
母に言われた通りに、俺が自分の荷物を降ろし、そこから着替え等を出そうとする直前、姉は思いついたように、そう言ってきた。
「え、嫌だよ。自分でやるし。」
「良いから良いから。それはお姉ちゃんに任せて、○○は早くお風呂に入ってゆっくりしな笑」
「……姉ちゃんの方が忙しいんだから、ゆっくりしたら良いじゃん。」
毛布を横に置き、ソファを立ち上がろうとした姉に、俺はそう言って、着替えと弁当箱を取り出して、キッチン、それから、自室で部屋着を取った後、洗濯機がある脱衣所の方に向かった。
「もう!○○ったら……せっかくやってあげようと思ったのに…」
およそ30分後
湯船に浸かって、部活で疲労した体を癒した俺は、脱衣所から出て、洗面所に行くためにリビングを通る。
すると…
「○○!髪の毛を乾かしてあげる!」
俺がお風呂に入る前と変わらず、ソファの上で毛布に包まり、携帯を見ていた姉が、リビングに来た俺を見て、そう言ってくる。
「いや、子供じゃないんだから。自分でやるって。」
「なんでよ〜昔はお姉ちゃんがやってあげてたじゃん。」
「だから、昔はでしょ。もう俺も高校生なの。」
「高校生でも、私からしたら子供だもん!」
「はぁ……」
言ってもキリがないと思い、俺は姉の言葉を無視して、そのまま洗面所の方に行った。
そして、髪を乾かした後、リビングに戻ってきて、母が用意してくれた晩飯を食べ始める。
「いただきます。」
今日の晩飯は、俺の好物のカレーライスということで、今日一日で失ったエネルギーを補充するように、がっつく。
「笑、今日は○○も相当疲れてるみたいね。おかわりはあるから。」
「ありがと。」
後方にあるキッチンからの母の言葉に返事をしながらも、俺はカレーライスを食べる手を止めない。
「……よし。」
そんな俺の様子を見て何を思ったのか、姉はソファから降り、俺の目の前の椅子に座る。
さらに、机に肘をつき、両手で自分の顔を支えながら、姉はじーっと、俺が食べるところを見始める。
「…」
「…」
「………なに?」
初めこそ、その視線に屈することなく、カレーライスを食べ続けていたのだが、とうとう我慢ができなくなり、俺は姉にそう尋ねる。
「別に〜美味しそうに食べるな〜って。」
姉は、ニヤニヤとしながらそう答えた。
「あっそ。」
見ないでくれ、と言っても聞かないこと、何度も言っても駄々をこねられることを分かっている俺は、姉の視線を気にしないようにしながら、カレーライスを食べ進める。
「…」
「…」
「…」
「…ねぇ、食べさせてあげようか?」
今度は、姉の方が先に口を開く。
「自分で食べる。」
「別に良いじゃん!」
「嫌なものは嫌なの。」
「もう、ケチっ!」
「ケチって、それは違うでしょ。あと、なんか今日はやけにしつこくない?」
呆れた表情で、俺はそう言う。
「だって、今日は特にお仕事疲れたんだもん!○○を甘やかして、癒されたいの!」
「なんで俺を甘やかしたら、癒されるの。前から言ってるけど、それが変でしょ。」
「これも前から言ってるけど、変じゃないよ。世の中のお姉ちゃんはみんなそうなの。」
「弟を甘やかすと疲れがとれる、っていうのが当たり前ってこと?」
「うん!」
ニコニコの笑顔と、キラキラとした純粋な瞳で、姉はそう返事をする。
「嘘つけ。少なくとも俺が知ってる姉の中では、姉ちゃんだけだよ。」
「え、知ってる姉?」
「学校で聞いた話。俺の友達の姉や、クラスメイトで弟がいる女子とかは、全然そうじゃないらしいよ。」
「それは……そう!私の○○が大好きって思いが強いから!その友達の姉や他の子のことは知らないけど、弟を思う気持ちは私が1番強い!」
「……何言ってんだか。」
「だから、早く帰っては来たけど、いつも以上に疲れてる私を癒してよ〜○○〜」
そう甘えた声で言った姉は、席を立って、俺に後ろから抱き着いてきた。
ギュッ
「ちょっ///やめろって!」
「お願い〜」
「た、食べにくいって!///」
「じゃあ、私が食べさせてあげるから。ほら、スプーンを私に…」
そう言って、首に巻いていた右腕を、俺の右手の方に伸ばしてきたが、俺は断固として、スプーンを手放すことをしない。
「ほら〜」
「しつこいって!///」
姉の女性特有の柔らかさを背中で感じ、姉の良い香りが鼻をくすぐり、姉の甘える声に耐えながら、俺は無理やりカレーライスを口に運んだ。
そんないつもの様子を、さらに後ろから見ていた母は…
「(どっちが甘えてるんだか笑…)」
と、心の中で思いながら、洗い物をするのだった。
End
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