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ただ守りたい… 197話
理々杏: 私は、この暗示が、○○の、その対象の人物に対する感情に障害をもたらしていると考えています。
統、かおり、紫音という、権力を持った大人達の視線が集まる中、理々杏は自分が抱いていた疑問を、話し始める。
紫音: 障害?どういうこと?
理々杏: ○○の中で、その対象の人物に対して、大事な守るべき人、以上の感情を抱くことができなくなっているんじゃないか、ってこと。
紫音: 大事な守るべき人以上って……
統: えっと…
事実、理々杏が言いたいことを遠回しに言ってはいるのだが、男2人が、理々杏の言っていることの意味が分からずにいると、その意味を察した、かおりはニッコリと笑う。
かおり: …笑、理々杏ちゃんが言いたいのは、○○君がその対象の人物に対して、恋愛感情を抱けないようになってるんじゃないか、ってことでしょ?
統: ほぉ…
理々杏: …はい。私はそれを疑っています。
向かい合うソファで、対角側に座る統を見ながら、理々杏は真剣な表情で言う。
紫音: ……
統: …ちなみに、なぜそう思ったのかを聞いても?
娘が大好きな父親である紫音が、少し不機嫌そうな表情になったのを見て、込み上げてくる笑いを堪えつつ、統は聞く。
理々杏: まず、普通に考えてみてください。現在、思春期の○○の周りには、北野日奈子や齋藤飛鳥、西野祐希といった幼なじみや、金川紗耶、阪口珠美といった後輩。白石美月という血の繋がっていない家族がいます。そして、その人達は全員が全員、絶世の美女です。
統: まぁ、そうだね。不思議なくらいに、顔の整っている子達が集まってると思うよ。
かおり: うちの娘達はもちろん、ねぇ。他の子達もめちゃくちゃ可愛いもん!
という、2人の言葉に、首を縦に振った後、理々杏の目がカッと開き…
理々杏: だったらですよ。確実に誰かとの恋に落ちるでしょう。しかしながら、○○はその人達に対して恋愛的な好意を抱くことがないどころか、相手のアクションに対して、照れることが全くない。おかしいと思いませんか?
早口で言葉をまくし立てた。
統: ……
紫音: ……
かおり: ……
その勢いに、3人は驚き少し固まる。
かおり: ……うん。おそらく、その中には理々杏ちゃんも入ってるのよね?
何と言えば良いのか分からず、黙っている男2人を見て、かおりが理々杏と言葉を交わす。
理々杏: …正直に言えば、そうです。
かおり: 確かに、普通に考えれば、ここまで美人で可愛い子達に囲まれてるのに、恋に落ちない○○君は異常よ。でもそれは、単純にずっと一緒にいる幼なじみや後輩達、家族である美月には、恋愛感情を抱けないだけ、って考えられない?
理々杏: それでも、ハグやあ〜んといった、ごく一般的な幼なじみや家族でも、躊躇うこともあるようなスキンシップに対して、全く動揺を見せない、というのは変じゃないですか?
かおり: …○○君が元からそういう人だってことは…チラッ
自分の旦那であり、○○の父親である統を見る。
統: え、俺?いや、俺もそれは分かんないな。○○がそういう場面に会っている様子を、あんまり見たことがないから。
かおり: う〜ん……○○君が、ものすっっごい鈍感か、めちゃくちゃ動揺を隠すのが上手い子だってことは、考えられないかな?
という、○○の周りも思っていることを、かおりが聞くと、理々杏は首を横に振った。
理々杏: にしては、おかしな点が1つあります。
かおり: というと?
理々杏: ……西野七瀬に対しては、普通に照れているらしいんです。
少し悔しそうに、理々杏は言う。
理々杏: 美月から聞いたんですが、文化祭の時、○○と西野七瀬が愛してるゲームという、交互に愛してると言って、照れたら負け、というゲームをしまして…
統: え、そんなゲームが巷では流行ってんの?
かおり: 今度、やってみる?笑
統: 笑、遠慮しとくよ。
かおり: え〜
仲睦まじい夫婦のやり取りを見て、自分も○○とこうなれたら、という妄想を一気に極限まで膨らませ、すぐに切り替えて、話を続ける。
理々杏: それで、そのゲームをした際に、西野七瀬の愛してるに対して、○○は顔を赤くして照れたそうなんです。
かおり: 理々杏ちゃんは直接見てないんだ。
理々杏: はい。私は仕事をしていたので。
かおり: 笑、メイドさんの?
理々杏: そうです。
かおり: 理々杏ちゃんのメイド姿かぁ〜めちゃくちゃ可愛いんだろうな~
頭の中で、目の前に座る理々杏に、メイド服を着せてみて、その想像を楽しむ、かおり。
理々杏: ありがとうございます。話を戻しますが、美月と飛鳥に聞いた限りでは、○○は西野七瀬にはそういう照れるという姿を見せるんです。
統: ふむ……照れる、ねぇ…
理々杏: 西野七瀬は、西野祐希や金川紗耶とほぼ同時期に○○と知り合い、親しい仲を続けているのにも関わらず、西野七瀬だけにそういった様子を見せることには、違和感があります。
かおり: …じゃあ、○○君が七瀬ちゃんのことを、一途に想い続けているからこそ、ってことは?
理々杏: ないこともないですが……それでもやはり、西野七瀬にのみ、そういった反応を見せるというのは、私達がかけた暗示が影響している可能性を捨てきれません。
かおり: ……確かにね〜
統: …紫音は聞いててどう思った?ありえそうか?
ずっと黙って聞いていた紫音にも、統は意見を求める。
紫音: ……まぁ、ありえないってことはない。そもそも、この「暗示」っていう異能力は、すごく使いづらいんだ。なんたって、かける言葉を間違えれば効果が変わるし、抽象的にし過ぎると、予想外の効果まで出ちゃうし。
自身が持つ異能力について、説明する紫音。
紫音: あと、間違えたから、思ってた効果と違うからって、すぐにかけ直しをすると、その対象者の脳に、大きな負荷がかかって、パーンってイカれるし。
統: …そういう記録が残ってるんだな。
紫音: そうそう。で、1番面倒臭いのが、この暗示の内容を理解して、実行するのは、あくまで暗示をかけられた方の脳なんだよ。だから、暗示をかけた側が望んでいる意図と、実際に現れた効果が変わる、ということは全然ありえるケースなんだ。
かおり: …つまり、○○君の脳が、この暗示を受けて、守る対象の人達に恋愛感情を抱けない…という意味で理解した……まぁ、これはちょっと違うかもしれないけど、とにかく、統や紫音さん達が思ってた意味とは違う意味で、○○君の脳が理解しちゃった、ってことでしょ?
紫音: はい。だから、理々杏の言っている可能性も、全然考えられることなんだよ。
統: なるほどなぁ…
理々杏が話した、前半の話と後半の話。
そして、紫音の補足。
これを全て踏まえて、統は悩む。
統: ……よし。
数十秒の沈黙が流れた後、顔を上げた。
統: まず、理々杏ちゃんが話してくれた、○○にかけられた暗示を変更する、ということ。これは、最初に理々杏ちゃんが話した、○○が「解放」を使いやすくするために、って点で、考慮すべきことだと思った。
かおり: 恋愛云々の話は?
統: それは、あくまで可能性の話だから、一旦置いておくね。
理々杏: …はい。
その返事を聞いて、統は話を続ける。
統: で、確かに考慮すべきことだとは思った。ただ、これは今すぐに決めて、実行するべきことではないとも思った。
紫音: 様子を見るべきだと?
統: あぁ。アンチの動向を見て…エリア内のアンチの動きが活発化したら、またその時に、その暗示の変更が必要かどうかを決めるよ。もちろん、ずっとその事について、考えるつもりではあるんだが。どう思う?
自分の出した意見について、3人に確認を取る。
かおり: 私はそれで良いと思うわよ。
紫音: 僕もそれで良いと思う。あのほら、○○君の記憶に関する暗示の件とも時期が被って、手間もかかんなさそうだし。
統: あぁ。確かに、そうなるかもな。その時はよろしく。
紫音: おう。
統: それで、理々杏ちゃんはどうかな?
できる限り、プレッシャーを感じさせないようにと、優しく尋ねる。
理々杏: …それでお願いします。
統: うん。じゃ、そういうことで良いね?
理々杏: ……はい。
統: っていう話があったんだよ。
防衛団の上層部だけが集まる会議室で、統は昨年末の極秘会議の時にあった話の説明を終える。
日村: へぇ〜そんな話が。
河野: それで、今その話をしたということは、決まったんですね?次期団長にかけている暗示を変更するかどうかが。
統: あぁ。
統括達とその側近達の視線を受けながら、統は話す。
統: 今回のディスオルの一件で、アンチの動きがこれまで以上に活性化してきているのが浮き彫りになった。それに、エリア内にいる構成員の数が増えてきているのも確実。
日村: だね。
統: そうなれば、○○が戦わないといけない場面も増えるだろう。まぁ、それを未然に防ぐのが、俺達の役目でもあるんだが……○○の自衛の力を上げておく。つまり、○○がより自由に戦えるようにしとくべきだと思った。
かおり: ということは……
統: ○○にかけた暗示を変更する。そして、変更後の暗示の内容は、○○にも正確に伝える。そうすれば、戦闘中に「解放」の使用条件を忘れて、「解放」が使えない、という事態に陥る可能性も低くなるだろう。
かおり: じゃあ、「暗示」の異能力者である理々杏ちゃん達についても話すの?
統: いや、しない。
首を横に振る。
統: 今はまだ、○○が狙われている段階だからな。それなのに、○○にも護衛対象を与えてしまうと、アンチ側に逆手に取られかねない。
河野: なるほど。では、すぐに場所を用意しますか?
統: 頼む。俺の方から、紫音には伝えておく。
河野: 了解です。
統: ちょうど、○○が第2段階を習得したタイミングだからな。ほんと、紫音の言った通りになったよ笑
口角を上げ、天井を見上げる。
統: 父親としては、凄い複雑な気持ちだ、今。○○が耐えられるのかも不安だし。
日村: そっか……
かおり: きっと大丈夫よ。理々杏ちゃんも言っていたように、今の○○君には支えてくれる人が、たくさんいるんだもん。
統: ……そうだよな。よし、○○を信じよう。あと、歓楽街のアンチの本拠点への襲撃で、ディスオルを押収し、この一件を終息させるぞ!
「はい!」
こうして、統は○○と再び会い、変化を施す決断をすると共に、歓楽街のアンチ本拠点への襲撃作戦を開始したのだった。
1時間後
歓楽街
アンチ本拠点への入口付近
1級(作戦部): 皆さん、準備は良いですか?
イヤホンマイクを通して、アンチ本拠点への3つの隠し通路それぞれに待機している、戦闘部の団員に聞く。
1級(戦闘部)1: おう。
1級(戦)2: いけるよ。
1級(戦)3: うん。
各小隊のリーダーが、後ろにいる2級団員数人の、覚悟が決まっている表情を確認した後に、返事をする。
1級(作): 生田さんの方は。
生田: 確認してる。今のところ、動きはないよ。
建物の屋根の上から、アンチ本拠点の周辺を含めて監視をしている生田にも、確認が取れたため、作戦部の団員は、作戦の開始を知らせる。
1級(作): では、作戦を開始します。各隊、突入!
その声が耳に届くと同時に、戦闘部の団員達が、情報部に聞いた通りに動き、通路の扉を開けていく。
そして…
1級(戦)1: 通路抜けたぞ!アンチは………
1級(戦)2: こっちも、部屋に……
1級(戦)3: …くそっ、誰もいない!
隠し通路を抜け、本拠点の中に入った団員達だが、その通路の出口付近には、いると思われていたアンチの構成員はいなかった。
1級(作): 分かった。じゃあ、拠点内部の捜索を、最大限の警戒を解かずに、進めてくれ。
そう指示を出し、次は生田の方に言葉を飛ばす。
1級(作): 外に逃げた構成員はいないんですよね?
生田: うん。不思議なことに、私がここを見張りだしてから……まぁ、ここを見つけてから、3時間ぐらい経つけど、出てくる人も、なんなら入って行く人もいない。
1級(作): そうですか…
生田: 確かめたのは、通路への入り方と道中の鍵の開け方だけで、中までは確かめなかったから、ここはもう放棄されちゃってたのかもね。
1級(作)…なら、既に薬も別の場所に…
と、少し落ち込みながら、作戦部の1級団員が言いかけたところで…
1級(戦)2: あ、これは……
拠点内部に入った小隊の1つからの声が聞こえる。
1級(作): どうしたんだ?
1級(戦)2: 袋に入れられて、大量に積み上げられた、薬らしきものを見つけたよ。
1級(作): っ!!!近くに構成員は?!
1級(戦)2: ……いない。
周囲を捜索している部下達全員が、頷いたのを見てから、そう言う。
1級(作): じゃあ、お前達が入ったルートで、回収班を向かわせる。
1級(戦)2: 了解。ナビは任せて。
1級(作): 頼む。
次は、外に待機させていた3級団員達に指示を出し、一部を薬の回収に向かわせる。
1級(作): …薬はあるが、構成員はいない……これは…他の場所にもディスオルがまだまだあるからなのか、それとも……ディスオルを捨てたのか…
耳に入ってくる情報を元に、考える。
1級(作): 前者だったら、まだこの件が歓楽街で続くってことだし、後者も後者で、何故そんなに簡単に捨てたのか……いや、アンチが自分の身を1番に考えて、脱兎のごとく逃げ出したからっていう可能性もあるが……何かしらの目的を達成したからか?じゃあ、その目的とは…
もちろん、誰ともイヤホンマイクの回線を繋いでいない状態で、ではあるが、口に出すことで思考をまとめていくタイプである1級(作)が、独り言を話していると、誰かとの回線が繋がった音が聞こえた。
1級(作): ん、どうした?
1級(戦)1: …多分、ディスオルの服用者だ。部屋の中に……10人の女性がいる。
1級(作): …アンチの構成員ではないんだよな?
1級(戦)1: ちゃんと、情報を吐かせないと、確実なことは言えないが………これはその……相当やられてる。
その声のトーンから、1級(戦)1が何を伝えたいのかが分かる。
1級(作): ……すぐに保護……いや、まずは病院か。女性団員を向かわせる。
1級(戦)1: あぁ。周辺の警戒をしておくから、できるだけ急ぎで頼む。
1級(作): もちろんだ。
1分も経たないうちに、3級の女性団員と、その人数が少なかったために、情報部の女性団員……男性団員に仕事を任せた生田を含む面々も、本拠点の中に入って行く。
生田: えっと、こっちに行って……次はこっちに行って…
と、複雑なルートを、耳から聞こえてくるナビゲーション通りに進んで行き…
生田: あ!ここか!
扉の前に立っていた戦闘部の団員達に挨拶をして、生田を先頭とした女性団員の部隊が、部屋の中に入る。
ガチャ
生田: っ!!!!
その瞬間、部屋の中の光景に、全員が目を見開いた。
生田: これは……ヒドい…
部屋の汚い床に倒れている女性達。
その体勢は、それぞれで違っていたが、全員に共通していることもあった。
生気の宿っていない瞳に、裸体の至る所にある痣や傷。
そして、その女性達からも香り、部屋中にも蔓延している、甘い匂いと少しの刺激臭。
ただ、甘い匂いが逆に気持ち悪く感じたり、少しのはずの刺激臭がはっきりと分かるぐらいの。
つまり、それだけ多くのディスオルを服用した…いや、服用させられているのだ。
2級(戦): ……っ!すぐに意識の確認!男は皆、外に!
あまりの悲惨な光景に、衝撃を受けていた女性団員達は、数秒のフリーズの後、動き出し、部屋の中にいた男性団員達は、部屋の外に出て、警護を始めた。
3級1: 大丈夫ですか?!自分の名前、言えますか?
女性: ……
3級1: 意識なし……脱水症状もある…か……
3級2: あと、これまでは部屋の換気をしてなかったから、部屋の中は生暖かい感じだったけど、すぐに体を暖めてあげないと、そろそろマズくなってくるよ!
倒れている女性に話しかけ、意識の有無と、体の状態を確認していく。
3級2: あの、至急、10人…
2級(戦): まだ他にいるかもだよ!
3級2: ですね。念の為20人分のブランケットと、水をお願いします!
2級(戦): 男共は、他の部屋に人がいないかを探してきて!
イヤホンマイクで、本部の方に物資の運送を要請し、外にいる男性団員に、この拠点の捜索を早く終わらせるように言う。
このような感じで、女性団員達が一生懸命に、女性達を助けようと動いている中、この現場では、1番偉く1番若い生田は…
生田: …う〜ん……隣の方は……
女性達の顔が、自分の記憶の中にないかを、見ていっていた。
生田: …いや、この人も見たことない………
そして、壁に背中を付けるように倒れている女性の顔を覗き込む。
すると…
生田: あっ!!知ってる!
記憶の中にある画像データと、完全に一致している顔を見つけ、生田は声を上げた。
2級(戦): どうしたんですか?生田さん!
生田: この人!防衛団の保護施設にいる、白谷さんの奥さんだよ!
2級(戦): え、白谷さん?
生田: うん!白谷さん、分かりますか?!
肩をトントンと叩きながら、生田がそう呼びかけるが、白谷母は、目を覚まさない。
生田: まぁ、そうだよね。データによると、1年前ぐらいから、アンチに連れ去られてたっぽいから……あんまり食べさせてもらえなかったのか、画像の姿よりも、かなり痩せてるし。
2級(戦): 1年……すぐに、その御家族にも知らせてあげましょう。
生田: だね。
こうして、女性達の保護は進んで行き、約30分後、拠点襲撃作戦は終了した。
その結果としては、およそ50kgにも上る量のディスオルの押収と、ディスオル中毒になっていた女性…元乃木坂高校美化委員長、白谷直也の母親を含む、10人の保護であった。
to be continued