
ただ守りたい… 195話
「いつでも、お母さんって呼んで良いからね?」
「うわぁ〜私、弟が欲しかったんだ!これからよろしくね笑」
「あら、○○。また100点取ったの笑。凄いわね。」
「オムライスできたよ、○○。文字は何て書く?」
「○○も!!逃げて!!」
「○○ーーーー!!!」
懐かしく、暖かい。
でも、悲しく怖い記憶が、一瞬のうちに思い起こされ、すぐに奥へと入り込んでしまう。
そんな感覚に陥る。
○○: …ふぅ………
先程の記憶の奔流が、なんだったのかは分からないが、身体全体に漲る力で、今、自分がどういう状態にあるのかを悟った。
そして、自分から発せられている、圧倒的なプレッシャー。
これを受け、目の前の敵が、口をあんぐりと開けている様子を見て、自分が今、何をすべきかを把握。
すぐに実行に移した。
ダッ!!
阿墨: なっ!!
美月: っ!
○○: ……ごめん、美月。
短刀を持っている阿墨の腕を、軽く弾き、美月の首元から短刀が少し離れた瞬間に、美月を横に倒しつつお姫様抱っこの体勢をとり、阿墨の背後へと、移動した。
この時間、僅か3秒。
突然発せられたプレッシャーに驚いていたのもあるが、動き出してから、人質を助け出されるまでの速さに、阿墨は衝撃を受ける。
阿墨: な、なんだよ……これ……
○○: 美月、ちょっと離れてて。
美月: う、うん…
地面に美月を下ろし、自分が来た道の方に離れたのを確認して、阿墨の方を振り返る。
○○: さぁ、続きをやろうか。阿墨。
阿墨: …すぅ…はぁぁぁ……
そこら辺のチンピラや、アンチの構成員とは違い、修羅場を何度も潜り抜け、ついには戦闘専門の上位構成員として、長らく、東京の実質幹部的立ち位置にいた黒峰の、右腕を務めてきた阿墨。
確かに、大きな衝撃を受け、理解ができないものも見たが、すぐに冷静になろうと深く息を吐き、本来の目的を思い出す。
阿墨: なんか吹っ切れたのか知らねぇが………より楽しくなったことに、変わりはねぇw……本気で行くぞ。
余裕を見せる為にと、ほんの少しだけ緩めていた気を、完全に引き締め、短刀を構える。
○○: こちらも、本気で行く。
今の……「解放」第2段階を使用している自分の強さが、一体どんなものなのか、試したい。
もちろん、この思いもあるが、それ以上に今の○○の心には、目の前の敵を倒し、美月を守る、という強い意志が宿っていた。
切り裂かれた痛みが、徐々に薄くなってきている両手の拳を握り、構える。
○○: ……
阿墨: ……
ダッ!!
先ず動き出したのは、短刀を少し外に開き、振り抜く体勢を取った阿墨。
強く地面を蹴り、距離を詰める。
短刀の間合いに、○○の体が入る直前に、横に振る。
ちょうど、短刀の刃が縦になった時に、○○の体が間合いに入るようにと。
これは、この狭い道幅であれば、後ろに下がることしかできず、連撃を加えやすい、という考えの元、阿墨が取った選択なのだが…
○○: っ……
少し力が入り過ぎたのか、先程よりも姿勢が低い。
それを確認した瞬間に、○○は自らその刃に向かって動く。
阿墨: っ!
それによって、本来の予測とは違う状態にはなったのだが、短刀の間合いに○○の体が入ることには変わりないため、阿墨はそのまま刃を振ろうとした。
タッ
しかし、その刃は○○の体に当たることはなかった。
前方に真っ直ぐに伸びた刃の真上に、○○の体が来る。
そう、なんと○○は、短刀の間合いの直前で、空中へと飛び上がり、スレスレで短刀を避けたのだった。
○○: …
さらに、地面を蹴ったベクトルが、斜め下。
つまり、前方への運動エネルギーも得ているため、右膝を突き出し、阿墨の顔を狙う。
ボコッ!!
阿墨: ガハッ!!
顔面に膝蹴りを受けた阿墨は、その衝撃を逃がすために、後ろに重心を移動させつつ膝を曲げ、地面を転がる。
そして、片手で地面を弾き、立ち上がることで、ダメージをできる限り抑え、次の動きを準備する。
一方で、○○も地面に着地すると同時に、阿墨の動きを予測するため、それから自分の動きを決めるために、阿墨を見る。
○○: ……
側は冷静を保っていたが、内心では、これまでとの違いに、驚いていた○○。
目が増えたのでは、と思えるぐらいに、より多くの情報を得られ、それを元に身体を動かすまでの時間が、極端に短くなった。
そのために、○○は先程の局面において、阿墨の足の踏み出し、肩と膝、手首から推測できる短刀の軌道を、瞬時に情報として得て、短刀が振られる範囲が低くなった分、広がった上の空間を生かす、という最適解を瞬時に導き出せたのだ。
阿墨: さらに化け物地味やがったな……くそ……
○○: 正直、自分でも驚いてるんだ。
阿墨: ふっw、自分の力にか?
○○: あぁ。
阿墨: まるで、漫画のセリフじゃねぇか。能力持ちかよw
この阿墨の冗談は、完全に当たっているのだが、○○はそれに何も答えることなく、去年の夏の、同じ「解放」の異能力者である統との会話を思い出していた。
「解放」の異能力の中に含まれている、4つの要素。
この4つのうち、夏の時点で、お前はまだ使えてない要素だと統に言われていた、「情報処理能力の向上」。
これが、第2段階では使えるようになったのだろうと、○○は考えた。
情報処理能力が向上したことにより、感覚神経…五感から得られた情報を、より速く処理し、最適な動きを導出することができる。
それを理解した○○は、試行段階から実践段階へと移る。
阿墨: まぁ、良い。武器を持っている以上、こちらが有利なことには変わりはないしなっ!!
再び地面を蹴り、阿墨は連続斬りを放つ。
絶え間なく攻撃をすることで、○○からの攻撃を行わせないという目的で。
しかし、どの斬撃も、○○に当たることはなかった。
ヒュンッ!!
ヒュンッ!!
○○: ……
縦の斬撃は、半身になることで避け、横の斬撃は、跳ぶかしゃがむか、後ろに下がるかして避ける。
そして、そのどれもが、切っ先が体に当たるかどうかのスレスレで避けていた。
これはつまり、○○が阿墨の短刀の軌道…刃が振られる範囲を、完璧に見切っていることを表している。
それを徐々に理解した阿墨は、別の攻撃パターンへと変更しようとしたが…
○○: ここっ!
これまでは、途切れ目のない短刀での連続攻撃で、阿墨の思惑通り、こちらから攻撃することが難しかったが、阿墨が動きのパターンを変えようとした瞬間に、攻撃に入る。
袈裟斬りで、右肩が前に出た状態。
短刀の位置は、○○から見たら、右下付近。
手首を返し、刃が下側を向いているため、考えられる攻撃は、上への斬り返しか、投擲。
指が少し動きを見せたことから、短刀の持ち方を変え、投擲に威力を出そうとしている可能性が高いと判断し、次に来る攻撃は短刀の投擲攻撃。
さらに言えば、左拳を握り、腰に引き付けている様子から、短刀の投擲攻撃を避けたところに、ストレートを当てようとしている…
ということまでを、瞬時に考え、身体を動かす。
右足を、阿墨が踏み出している右足の左側に入れ込み、腕の振りを阻害。
かつ、右肘を下から上に突き上げる。
阿墨: ガッ!!
○○の肘が、阿墨の顎にクリーンヒットし、強制的に阿墨の視線が上へと上がる。
その隙に、○○は腰を回転させ、右手で短刀を持つ阿墨の右手首を掴むと同時に、左拳で右頬を殴る。
ボコッ!!
阿墨: ブッ!!
素早く重心を後ろに移し、右足を引き上げ、阿墨の右脇腹に、前蹴りを撃ち込む。
ドスンッ!!
阿墨: グハッ!!!
大ダメージを受けた阿墨は、真後ろに吹き飛び、意識も飛びかける。
が…
○○: っ!!!
阿墨の体を蹴った右足を、着地させると同時に、鋭い痛みが右足に走った。
最初こそ、この痛みの原因が分からなかったが、すぐに「解放」の第2段階の反動だと気づく。
○○: ふぅ……
もう右足は酷使できない。
先程、短刀によって切られた両腕も、完治したわけではない。
そして、第2段階の初めての使用で、このまま戦闘を続けると、段々と自分が不利になる。
そう考えた○○は、飛びかけた意識を何とか身体に留め、再び立ち上がろうとしている阿墨を見て、次の攻防で終わりにしようと、拳に力を込める。
阿墨: くっはっはっはww……
顎へのエルボーで、脳が揺れたのか、フラフラになっている両足に、何とか力を込め、立ち上がった阿墨は、大きく笑い出す。
阿墨: いやぁ……こりゃキツいなw。つい数分前の状況とは真逆だ。
○○: 次で仕留める。
阿墨: ww、そうかよ。ただ、そう簡単には…
力が入らない右手から、左手に短刀を持ち替え、また構える。
阿墨: やられてたまるか。
○○: ……
目の前の敵の瞳に宿る、強い炎を見て、○○も口を閉じ、構える。
音のない静かな時間が、一瞬だけ訪れ、最後の攻防が始まろうとした時…
??: 今回はここまでで良いですよね?
そんな声が、2人のいる路地裏に響いた。
後ろを振り向いた○○と、阿墨の視線が、その声の主に集まる。
阿墨: …翼。何しに来た。
翼: 何しに来たって。もちろん、助けにですよ。
自然な笑顔で、翼は言う。
阿墨: この件については、俺に任せろと言ったはずだが?
翼: その状態で、そんなこと言います?それに、向こうももう終わらせて来たんで、さっさと撤退しないと。
自分の背中側に、親指を指す翼。
○○: 終わらせて来たって……まさか…
視線の先にいる男の後方には、森田達が戦っていた戦場があり、そこを指して、終わらせて来たと言った意味を考えた○○は、翼を睨みつけた。
翼: いやいやw。別に僕が何かしてきたわけじゃないから安心して。ただ、警察を連れて来ただけだから。
阿墨: ……チッ……しゃあねぇ。
翼: ここは助けられた、って感謝してくださいよ。
阿墨: うるせぇ。
視線を逸らしながら、阿墨は構えを解き、短刀をしまう。
○○: おいっ!俺がここで逃がすわけが…
翼: ふふっw。君、阿墨さんをここまで追い込むなんて、相当やるね。でも、大事な彼女さんをこんなところに連れて来ちゃダメだよ。敵に利用されるだけなんだから。
そう言って、翼は、ずっと横道に身を潜めていた美月の方に、腰から抜いた拳銃を向けた。
○○: っ!!!
美月: えっ…
顔すら建物の影に隠しているため、状況の把握はできないが、聞こえた言葉から、自分のことを話していると思い、美月は顔を出そうとするが…
○○: 美月!ダメだ!
その雰囲気を察知した○○に、すぐに止められて、前に出しかけた顔を勢いよく戻した。
翼: ww、ってことで、大人しくしててね。阿墨さん、行きましょう。
阿墨: あぁ。また、な。
そうして、翼は美月の方に拳銃を向けたまま、美月の横を通過し、阿墨もその後をついて行った。
もちろん、○○の視界から、2人の姿が消えた瞬間に、○○は美月の無事を確認すると共に、横道に入って行った阿墨と翼を追おうとしたが、自分に向く銃口を見たのか、震えている美月がしゃがんでいる横道には、既に2人の姿はなかった。
○○: くそっ……
美月: ま、○○?
○○: っ!
悔しそうな表情を浮かべていた○○は、顔を上げた美月の潤んだ瞳を見て、今、自分が第一にすべきことを思い出す。
○○: …ふぅ……
ガチ
「解放」の使用を止める。
そして…
ギュッ
○○: ごめん!美月。巻き込んで。
震える美月の体を、優しく抱きしめて、謝った。
美月: …いや、私が○○を探して来ちゃったから……
○○: ううん。今回は、完全に僕が悪かった。本当にごめん!
美月: ……グスッ……怖かったよぉ…
○○: もう、大丈夫だからね。
こうして、危機を乗り越えた上で、戦闘を終えた○○は、警察が駆けつけてくるまで、美月を抱きしめ、慰め続けたのだった。
その日の夕方
防衛団本部
統: では、改めて報告を頼む。
かおり: …
日村: …
河野: …
防衛団の団長と、各部の統括達。
そして、その側近という、防衛団の上層部しか集まっていない会議室で、報告を求められているのは…
森田: はい。
現場にいて、戦闘を行いながらも、比較的負傷が少なかった森田。
本格的に、○○の護衛についてからは、何度か似たような状況を経験しているため、最初に比べればマシにはなったが、緊張しながら、報告をする。
森田: まず一昨日、歓楽街で坊ちゃんが乃木高風紀委員として見回りをしている途中に、アンチの構成員に絡まれ、戦闘を行った結果、上位構成員1名と、その他中位、下位構成員を捕まえた、というところまでは口頭で報告させていただきましたので、それ以降の話から詳しくさせていただきます。
統: おう。
森田: まず、今日の件が起こった原因は、その様子を見て、アンチの東京拠点でもトップに近い地位にいる阿墨という構成員に、それを報告をした人物がいたことです。
かおり: それで、阿墨は○○君のことを探しに、1人で歓楽街に来るようになったのよね?
森田: 昨日の時点では、それについて知らない状態ではあったんですが、昨夜、坊ちゃんがその可能性を我々に報告し、阿墨を捕まえる作戦を実行しようと言って、我々もそれに賛成した上で、今日、その作戦通りに動いたところ、阿墨自身がそう語っていました。
今日の朝、対面した阿墨が笑いながら言っていたことを思い出す。
統: ○○の推測が見事に的中していて、上手いこと、作戦通りに今日、阿墨を誘い出せたってことだな。
森田: ただ、我々の作戦上では、これまでの行動…昨日の時点で来た、生田さんの報告から、阿墨は1人で来るとなっていたのですが、実際は2人の上位構成員を連れてやって来ました。
日村: で、3対3の戦闘になったんだよな?まずは。
森田: はい。しかしながら、戦闘が始まってすぐに、坊ちゃんと阿墨は、我々が戦闘を始めた、歓楽街の噴水公園前から、路地裏の奥の方に入って行ってしまい、我々も目の前の敵に精一杯で、分断されてしまいました。かつ、敵が応援を呼んで、我々は危機的状況に陥りました。
河野: 分断……阿墨が次期団長を探していた…しかも、1人で探していたということは、恐らく2人きりで話したいことがあった。そこを考えると、阿墨は森田達が一緒にいるのを見た瞬間に、分断をまず考えたんでしょうね。
阿墨の行動心理を考え、河野は言う。
統: だろうな。それで、お前らのところは、乃木高の風紀委員が加勢に来てくれたおかげで、ピンチを脱することができたんだろ?
森田: どうやら、事前に坊ちゃんが動くとの連絡があったようで、昨夜の時点で、白石蓮加さんに、坊ちゃんが家を出たら伝えるように言っていたみたいなんです。
かおり: あぁ、じゃあ、今日の朝、○○君が家を出て、それを蓮加が、ひょろ長ちゃん…梅澤ちゃんに伝えて、舎弟2人と一緒に、現場に来たってわけだ。
日村: へぇ〜にしても、森田達が相手をしていたのには、上位構成員もいたんだろ?その風紀委員の子達は、相当やるんだね。
森田: 我々も驚きましたよ。もちろん、3人が現場に来たこともですが、それ以上にその3人の強さに。特に、梅澤さん。噴水公園前には、上位構成員が2人いて、1人は私が相手をし、倒し切れなかったんですが、もう1人は梅澤さんが倒したんです。
その報告に、会議室にいた皆が驚く。
統: おぉ……そりゃ凄いな。
日村: 是非、うちに誘いたいもんだね。
森田: あと、梅澤さんの舎弟…というか、部下である風紀委員の2人も、中位構成員を複数人相手できるレベルでしたので、東口とほぼ同等の力があると考えられます。
日村: いやぁ〜将来有望だ。
河野: ですね。
森田: そして、風紀委員の3名が我々に加勢したことにより、噴水公園付近の現場は、我々が有利に動いていき、アンチの構成員の数を順調に減らして行っていたのですが、途中で、複数の警察官が駆け付けてきたんです。
その話を補足するかのように、河野が口を開く。
河野: 次期団長の作戦と、それを聞いた団長の決定もあり、警察には、普段通りの巡回とディスオル売買の捜査。さらに戦闘が始まったら、できる限り近づかないことをお願いしていましたが……その連絡が正確に行なわれていなかったんでしょうね。
統: 防衛団と警察の窓口である悟志の手が届く範囲ってのにも、限界があるからな。これは仕方のなかったことだと言えるだろ。
かおり: うん。
森田: 警察官が来ると、アンチの構成員達は焦って逃走しようとしましたが、ほとんどを捕まえることができました。しかし、私と戦っていた上位構成員は、私が警察の介入に意識を向けたばっかりに、逃げられてしまい、その上位構成員以外を捕まえた、という結果に我々の現場は終わりました。
統: なるほどな。んで、○○の方は?
より真剣な目となって、統は森田に聞く。
森田: …先程言った通り、我々は、坊ちゃんと分断されてしまったため、あくまで病院で坊ちゃんから聞いた話になるんですが…
統: 構わない。
森田: では……我々と分断された後、坊ちゃんは阿墨と戦闘を続け、その中で、阿墨が坊ちゃんを探していた理由、それが、坊ちゃんが深川○○かどうか、というのを確認するためだったと、阿墨が語ったようです。
河野: …黒峰の時と同じか。
森田: 坊ちゃんもそう言っていました。そもそも、黒峰は文化祭で坊ちゃんと戦った後、坊ちゃんのことを周りに話しておらず、工場跡地で戦うことすら、話していなかったようで、阿墨からすれば、黒峰は勝手にどっかに行き、その先で死んだ、という状況だったようなんです。
河野: ほぉ……それで、その阿墨の確認に対して、次期団長は…
森田:もちろん、否定したそうです。ただ、その後、坊ちゃんを探して、現場までやって来てしまった白石美月さんが、坊ちゃんの名前…苗字は言っていないんですが、○○と呼んでしまったために、阿墨の中では、ほぼほぼ、坊ちゃん=深川○○の方程式が成り立ったかもしれない、と坊ちゃんは言っていました。
そう森田が言い切ると、統以外の皆の視線が、一度下に落ち、そして、統の元へと集まる。
統: ……先に、最後まで報告を聞こう。続けてくれ。
まだまだ、会議は続く。
to be continued