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ただ守りたい… Background Story 1 後編

夏休み中旬


朝起きると、やけに外がうるさかった。

私は何事かと思い、リビングに行くと、お母さんが思い詰めた表情をしていた。



『これ、なんの騒ぎなの?』


『ふぅ…どうやら、向こうが痺れを切らしたみたい。』



例の男達が家の周りを囲んで、怒鳴り散らかしてるようだった。



『そういう事か…』


『ごめんね。私がもっとしっかりしていれば…もっと頑張っていれば…』


『…』



私はお母さんの言葉に何も返せなかった。


お母さんを見て、立ち尽くしていると、玄関の扉が叩かれる。



ドンドンドン



「さっさと開けてくださーい。」



ドンドンドン



『…自分の部屋に戻ってて。みんなにも同じように伝えてね。』



そう言って、お母さんは私を階段の方に押し出す。



『お母さん…』


『私がなんとかしてみるから…』


『う、うん。』



私はお母さんの言う通り、お姉ちゃん達に自分の部屋にいるように伝えに行くと、お姉ちゃんが部屋に来てと言った。

そして、私達4人はお姉ちゃんの部屋に集まり、お姉ちゃんが私達を抱きしめてくれた。


しばらくして、外からの音が収まった。



『…お姉ちゃんが確認してくるから、待ってて…』



そう言って、お姉ちゃんは部屋を出ていく。



『お姉ちゃん…グスン』


『うん…』


『…』



ガチャ



部屋の扉が開く。



『お姉ちゃん?』


『もう、大丈夫だよ。』


『大丈夫って…』


『どうにかなったみたい。リビングに行こ。』


『分かった。2人も行こう。』



全員でリビングに行き、お母さんから何があったのかを聞いた。



『じゃあ、引越しするんだね。』


『うん。そのつもり。できるだけ早い方が良いだろうから、みんな、準備して。』


『なんで、お母さんはそんなに嬉しそうなの?』


『え?』



お姉ちゃんが指摘する通り、お母さんの顔は笑っていた。



『笑、そうだね…頼れる人を見つけられたからかな。』


『その助けてくれた人?』


『うん。なんとしてでも、もう1回あの人に会わないと。』



お母さんは意気込んでいた。


その後、私達は引越しの準備を整え、お母さんは教えてもらった電話番号に電話をかける。

すると、数十分後に黒スーツの女の人が家に来た。



『新しい家を用意してますので、車に乗って下さい。』


『はい。』



お母さんは堂々と対応していた。



『あの…本当に新しい家を?』



お姉ちゃんが、若干ビビりながらも女の人に聞く。



『もちろんです。団長に頼まれましたので。』


『あら、あの人は団長さんなんだ。』


『あ、いえ…さ、早く乗り込んでください。』



女の人はお母さんの指摘に触れないようにと、私達を急かす。



『あの人について、たくさんお話を聞こう!』


『話しませんから。』


『よろしくお願いします。』


『…』


『…』


『引越しか…』



私達は黒スーツの女の人の運転する黒い車で、新居に向かった。


その車内で、お母さんは女の人から団長さんの情報を引き出そうと、頑張っていた。

女の人は、あまり慣れていないのか、お母さんの罠に引っかかって、色んな情報を話していたようだ。


私には、なんのことかさっぱりだったけど。

唯一分かったのは、団長さんの名前が設楽ということだけだった。


しばらくして、新居に着いた。


私達は荷解きをしつつ、家の中を見回る。



『ここからなら、みんな転校する必要はなさそうだね。』


『っ!!うん…』



お姉ちゃんからの転校という言葉に、少し驚いてしまった。


そっか、転校すればあの日常から抜け出せるのか。

でも、転校するともなれば、また色々と迷惑かけそうだし、いいや。


そう私は思った。


それからというもの、お母さんは団長さん探しに熱中し始めた。

仕事の方はやめてしまったらしい。


団長さんからもらったお金で、1年ぐらいは不自由なく暮らせるとの事だ。

まぁ、お母さんはかなりスペックが高いから、再就職は簡単にできると思い、私は特に心配していなかった。



そして、二学期が始まろうとしていた頃、お母さんが団長さんの居場所を探し当てたとの話を聞いた。

私は、お母さんすごいと思いつつも、二学期の準備をしていた。


だが、あんまり思うように進まなかった。

手が震えて止まらないのだ。


私は疑問に思った。


なんで体が震えてるんだろう。


これまでは、こんなこと無かったのに。

学校行くことは、全然怖くないはずなのに、なんとも思ってないはずなのに…


なんでだろう?


私は、自分の体に疑問を持ちつつも、強引に準備を進め、無理やり体を動かして、学校に登校した。

当時の私は気づいていなかったが、この頃には、心と体が分離しかけていた。



『ねぇ〜〜ちゃん、暑いでしょ笑』


『水ぶっかけてあげる笑』



バシャン!!



『うわっ、トイレの水、顔面にかかってる笑』


『汚ったな笑』


『それに臭いし笑』


『顔可愛くても、こんだけ臭かったら、誰も近づいて来ないね笑』


『じゃ、私達戻るから。早くアンタも戻ってこないと、授業に遅れるよ笑』




『見てこれ、昨日やっと、家に届いたんだ〜』


『リアル鞭じゃん笑』


『すご笑』


『これで、アイツ叩いてみてよ笑』


『元からそのつもりだって笑』


『なんか、女王様みたい笑』


『分かるわ笑』


『ほら、さっさとこっちに立て。』


『…はい。』


『って言うより、アイツのやられ役が適任ってだけじゃね?笑』


『確かに笑』


『早く、叩いてみて笑』


『分かったから笑』



パシン



『う〜ん、なんか思うようにいかないな〜』


『もうちょっと、腕回転させてみたら?』


『あと、〜〜ちゃんも、やられ役らしく、鳴いてよ笑』


『名案笑、ブヒブヒ鳴いてみて。』


『じゃあ、今度はちゃんとやれよ笑』



パシンッ!!



『…ブヒ…』


『おっ、今回は上手くいった。』


『良かったじゃん。って、なんか声小さくね笑』


『それな。もっと鳴け笑』


『連続で叩こ。』


『OK〜っとその前に、四つん這いになってよ。その方がやりやすい。』


『…はい…』


『ほんと、奴隷みたい笑』


『こっちの方が、玩具として最高だけど、ちょっと張合いがないよね笑』


『まぁ、贅沢言わないの。前のブスと違って、全然壊れないんだから笑』


『だね笑』



パシンッ!!パシンッ!!



アイツらが気の済むまで、私は言われた通りのことしかしない。

これがいつもの日常だから。


アイツらが去ったら、自分の体の傷を確認し、必要なら保健室で勝手に手当をして、家に帰る。

家に帰ったら、いつも通りの笑顔で家族と接する。


こんな毎日が続き、冬になると、お母さんが私と話をしたいと言ってきた。



『あのね。私、統さんのこと好きになった。』



その内容は、突然の告白だった。



『え?』


『最初は、命の恩人として感謝を述べるために、あとは私達のことを守ってくれるよう頼むために、統さんを探し当てて、話をしてたんだけど…』



お母さんは私の目を見て話す。



『だんだんと、統さんと話すのが楽しくなってきて、気づいたら、好きになっちゃってた。』


『それで…そんな話をして、私にどうして欲しいの?』


『?…どうして欲しいっていうか、ただ私の気持ちを伝えたかっただけよ。』


『それ、みんなに言ってるの?』


『もちろん。だって家族だもん。そりゃ話すでしょ。それにもしも、付き合うとか結婚するとかなったら、貴女達にも関係してくるし。』


『結婚……お母さんはお父さんのこと、忘れちゃったの?』



純粋に思ったことをお母さんにぶつけた。


1年前までは、あんなにお父さんのこと好きだったのに、今は統さん?のことが好きだと言っている。

それに私は疑問を持った。



『そんなわけないじゃない。今でもお父さんのことは、大好き。』


『じゃあ、なんで…』


『統さんが好きって言うかって?』


『…うん。』


『それはね…強いて言うなら、女は安心を求めるものだからかな。』


『は?』


『私達は、ここ1年間、ずっと怯えながら過ごしてきた。そうでしょ?』


『うん。』


『そんな中、手を差し伸ばして救ってくれた人がいて、この人がいれば、絶対安心だって思えたら、もう好きになるに決まってるじゃない。』


『…』


『最低だって思う?』


『いや…』


『私もどうなの?って思うよ。でも、こうなったら止められないの。それが女って生き物だから。』


『…』


『まぁ、これは私の持論だけど笑』



そう言ってお母さんは笑った。



『好きだと思ったら、猛烈にアタックする。それが私のモットーよ!』


『…笑、お母さんらしいね。』


『それに、統さんといれば、貴女達を守れるし。』


『そのために…』


『いや、違うから。第一に、私が統さんを好きになったってことがあるから。勘違いしないでよ。貴女達を守れるってのは第二。』


『分かったから笑』


『〜〜は、認めてくれる?』



お母さんは、そう私に聞いてきた。


私は考えた。

お母さんはお父さんが死んでから、私達のためにずっと頑張ってきた。

それで、やっと一息つけるようになって、好きな人が見つかって…


お母さんに楽させてあげたい。



『もちろん、OKだよ。』



私はそう答えた。


それと同時に、こうも思った。


じゃあ、なおさら、言えない。

こんな幸せそうなお母さんに、迷惑はかけられない。

また、良い方向に向かおうとしている家族に迷惑はかけられない。


私が我慢していれば良いんだ。

別に辛くない。



『じゃあ、次は、甘えんぼちゃんか〜』


『笑、1番説明が難しそうだね。』


『確かに笑』


『頑張って。』


『うん。』



私は自分の部屋に戻った。


そうして幸せな自宅と、地獄のような学校を、行き来するようになった私は、その後3ヶ月の間、いつも通りの日常を過ごした。



『〜〜も、中学校卒業なんだ〜』


『そうだよ。』


『来年からは、三高か。乃木高に行くと思ったんだけど笑』


『ごめんね、お姉ちゃんの後輩にならなくて笑』


『ほんとそれ笑。でも、三高でも頑張るのよ。』


『うん。』



私は第三高校に進学することにした。

学力的にも簡単だったし、それにアイツらと一緒のところは嫌だったから。


別になんとも思ってないけど、痛いのは嫌だから。

いじめは受けないことに越したことはないし。


三高は治安が悪いって有名だから、アイツらはそんなとこに進学しないだろうと思っていた。


だが、そんな希望はすぐに打ち砕かれた。



高校1年生の4月。

私は第三高校に登校し、掲示されていたクラス割りを見ていると…



『あら〜〜ちゃんも、この学校だったの?』


『うわっ、本当に〜〜じゃん笑』


『そんなに私達と離れたくなかったんだ笑』


『ウケる笑』



背後から、この2年間ずっと聞き続けてきた声が聞こえてきた。


私は振り返り、顔を確認する。



『なんで…』


『なんでって、まぁ私の彼氏がこの学校だから?笑』


『いや〜これで、これから3年間、玩具に困らなくて良さそう笑』


『だね笑』


『誰だこいつ?』



大柄の男が近づいてきた。



『コイツ?私の玩具。』


『あぁ、前にお前が言ってたヤツか…って、結構可愛い顔してんだな笑』


『チッ、行こ。』


『お、おう、分かった。』


『あとで楽しみにしててね笑。ほらみんな行くよ。』



そう言ってアイツらは去っていった。



『はぁ…』



この入学初日の初めの時間で、これまでと変わらない日常を過ごさないといけないと、私は思った。


ただ、想像と現実は少し違っていた。

学校でのいじめは、アイツらの彼氏と、その取り巻きが加わり、より苛烈なものとなった。


どうやら、初めに彼氏が私のことを可愛いと言ったことが気に食わなかったらしく、色々と文句を言ってきた。

まぁ、痛みが増しただけで、いつも通り、顔とか、手足には傷をつけなかったけど。


逆に、家ではより一層、幸せムードが増した。


統さんが家に来て、お母さんがはしゃぎ、お姉ちゃんは車を貰って、妹は大量のみたらし団子を貰っていた。

さすがに大丈夫なのかと思ったが、統さんは全然問題ないと答えた。



そんな日常を過ごし、第二の転換期である高校1年生の一学期の終業式の日。


私は、終業式が終わって、アイツらに呼び出された場所にやってきた。


今日はどのぐらいで終わるかな。

どれぐらい怪我するんだろう。


まぁ良いか。

明日から夏休みだし。


そう思っていると、アイツらがやってきた。

いつメンの女子4人に加え、女子の1人の彼氏である男と、その取り巻き含めた男6人。



『やっほ〜明日から夏休みだからさ、今日は特別なことやろうと思って笑』


『これまでは、やってこなかったことだよ笑』


『楽しみだな〜実際にやられてるのを目の前で見るのは初めてだし笑』


『しっかりとこのカメラで収めないと笑』



女のうち1人はカメラを手に持っており、後ろの男達は血走った目をしていた。



『コイツらもさ、もう我慢できないみたいでさ。ま、頑張ってね笑』


『おい、もう良いのか?』


『うん。良いよ。先生も来てないみたいだし。ほら、さっさとやっちゃいな笑』


『よっしゃ笑』



そう言って、男達が私に迫ってくる。


私は体が硬直して、動くことが出来なかった。

そして、久しく感じていなかった感情を感じていた。


それは自分がこれから何をされるかを、なんとなく想像できたからであった。


怖い…

来ないで…


私は、心の中でそう連呼したが、その叫びに、私の体は答えなかった。

多分、これまで嫌がる体を無理やり動かしてきたつけが、ここで返ってきたのだろう。


私は、諦めた。

もうどうしようもない…受け入れるしかない…


そう思い、興奮した男たちの前で目を瞑った。


すると…



『〜〜!!!』



この地獄では聞こえるはずのない声が聞こえてきた。



『誰?』


『アンタら、私の大事な妹に何してんの?』


『妹?』


『おい、この人って…』


『あぁ、間違いねぇ…』


『ヤバい…』



男達はお姉ちゃんの顔を見て、一斉に逃げようとした。


が…



『止まれ。』



そう静かにつぶやく。


それだけで、男達は動けなくなった。



『な、なんなのよ…別に私達は…』


『この状況を見れば、アンタ達が何をしようとしていたかは分かる。』



お姉ちゃんは、その場にいる全員に語りかける。



『覚悟しとけよ…絶対に許さない…』



お姉ちゃんがそう言うと、アイツらはその場から逃げて行った。



『…』



そんな様子を見て、私はただ呆然としていた。


何も考えていなかった。



『ごめんね…気づけなくて…ごめんね…守れなくて…』



そう言って、お姉ちゃんは私に抱きついた。


その後、私はお姉ちゃんと一緒に家に帰った。

すぐに自分の部屋に入り、ベッドにこもった。


今日あったことを頭で処理するために。


私がベッドにこもっていた間、お姉ちゃんは三高で、私がいじめられていたという話を聞いてきて、夜に、お母さんと妹達にその話をしたらしい。


私がベッドで寝ている間に、みんなが私の部屋に入ってきたみたいだが、私は気づかなかった。



次の日、私はいつも通りの日常を過ごそうと、学校に行く準備をして、リビングに行った。

リビングに降りてきた私を見て、みんなが驚きの表情を浮かべた。


その反応を疑問に思いつつ、いつも通り、朝ご飯を食べ、いつも通り、学校に行こうと玄関に向かう。


しかし…


玄関の前で体が動かなくなった。



『はぁ…』


また、体が震えて動かないのかと思い、強引に体を動かそうとするが、これまで以上に動かなかった。


そして、しばらく奮闘して、気づいた。


私の体が震えてるから、体が動かないのではない。

家を出ようとする私の体を、お母さんが、お姉ちゃんが、妹達が、泣きながら抱きしめているから、体が動かないのだと。



『〜〜。学校行かなくていいから。』


『もう大丈夫だよ。』


『お姉ちゃん…』


『お姉ちゃん、お部屋に戻ろ。』



なんで…みんな、私を止めるの…


私はいつも通りの日常を…

ただ、流れに身を任せて…ただ、我慢して…

いつも通り、幸せなこの家を出て、地獄の学校で生活して、またこの幸せな家に戻ってくる。


これからも…



『もう、我慢しなくていいから…ごめんね。』




そっか…


もう我慢しなくていいのか…



じゃあ、もういいや…



迷惑をかけたくなくて、頼ることが出来なかった、大好きな家族の言葉を聞いて、私の心は崩壊した。


その場で泣き崩れる。

そんな私を、家族は抱きしめ続けてくれた。


しばらくして、泣き疲れて寝てしまった私を、お姉ちゃんがベッドまで運んでくれたらしく、次、目を覚ますと、自分の部屋のベッドの上だった。


私は自分の体を見る。



『あぁ…』



こんなに傷だらけだったんだ。


気づかなかった…



『ごめんなさい…』



もう、とっくの昔に体は限界だったのかな。



『ごめんなさい…ごめんなさい…』



本当に…



『ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…』



私は…



弱い…




『ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…』




私の心も完全に壊れていた。

体も心も限界を迎え、私は、ただ謝り続けるだけの、壊れたロボットになってしまった。


そんな私を、家族は優しく抱きしめてくれた。

ずっと、ずっと包み込んでくれた。



私が学校に行かなくなり、自分の部屋にこもるようになって、どのぐらい経った頃だろうか。

あまり覚えていないが、私は謝り続けることを辞め、リビングに降りた。


すると、家族は再び抱きしめてくれた。



『ありがとう…』


『当たり前じゃない…家族なんだから。』


『うん…』



私は改めて家族の大切さに気づいた。

そして、より一層迷惑をかけたくないって思った。


どれだけ心が壊れても、それだけは変わらなかったようだ。


朝起きて、朝ご飯を食べて、家族を見送って、家事をこなして、お菓子を食べて、部屋でのんびりして、妹達と遊んで、晩ご飯を食べて、寝る。

こんな生活を約半年続けた。


まぁ料理の腕は上がらなかったけど…



そして、第三の転換期が訪れる。

統さんが家に来て、お母さんと結婚したいと言ってきたのだ。


もちろん、私はそれに快く賛成した。

統さんは優しい人だし、何よりお母さんが幸せそうな笑顔を浮かべていたから。


その後、なんやかんやあって、私達は再び引っ越すことになった。

引っ越しも2回目だったから、みんな手際よく荷物をまとめて、お母さんが書き残した住所に向かう。



『ここであってるよね?』


『うん…デカ。』


『本当に…豪邸じゃん笑』


『ここが新しい家…』


『すごーい…』


『前の家も中々だったけど、ここは…』


『別格というかなんというか…』


『まぁ、行ってみよう。』


『そうだね。』



私達は新居の玄関に向かう。



『鍵は〜』



ガチャ



『開いてないか…』


『さて、どうしようか。』


『まぁ、ちょっと待ってみよう。』


『うん。』



しばらくして…



『え、ここであってんだよね?』


『うん、そのはずなんだけど。』


『まだ、お家に入れないの?』


『管理人がいるみたいなこと、お母さんは言ってたよね?』



と、話していると、私と同い年ぐらいの男の子が話しかけてきた。



『あの〜どなたですか?』



初めて聞いた彼の言葉は、それだった。


管理人さんかな?と初めは思っていたが、何故か彼の持つ携帯を通して、お母さんと話して、彼が統さんの息子であり、私達の新しい家族であることを知った。


その時は、大丈夫そうに振舞っていたが、正直不安だった。


ある程度、治ってきてはいたけど、まだ人が怖いし、体を触られるのは無理…

でも、家族なら仲良くしないと…


その相反する気持ちがぶつかり合い、私は心の中で、彼とは近づかず、かと言って遠ざけすぎないように、程よい距離を保とうと決めた。

それに、彼の様子を見ていて、なんとなく統さんに似ているような気がして、少し安心した。


が、そんなことよりも、私は、学校に行くことが不安だった。

家族は行かなくても良いと言ってくれたが、いつまでも家に閉じこもってるのもマズイと思い、私は乃木高に転校して通うことに決めていたため、次の日から学校に登校することに関して、不安を覚えていた。


翌日、彼の幼なじみだという元気な女の子のおかげで、少し気が楽になりつつ、1人で登校する。

そして職員室に行き、事前に担任だと聞いていた先生の元へ行く。



『貴女が〜〜さんね。これからよろしく。』



先生は笑顔で手を差し伸べてくれた。



『はい。』



その手を私は握る。



『あなたの事情は知ってる。だから何かあったら、すぐに頼って。』


『…はい。』


『…うん。じゃあ、学校案内するから、ついてきてね。』



先生はそう言って、私を連れて学校中を回った。

その後、新しい教室に入り、自己紹介をする時が来た。


どんな反応をされるんだろう…

またあんな視線を向けられるのかな…


怖い…



『じゃあ、入ってきて良いよ!』



先生の合図が聞こえた。

私は勇気を振り絞って、扉を開けた。


できるだけ、みんなの顔を見ないようにしつつ、自己紹介を終わらせる。


そして気づいた。


なんか、これまでと違う…

視線が優しい…


クラスのみんなは暖かく私を向かい入れてくれた。


私は嬉しかった。

でも、警戒心は全く薄れなかった。


いつ、前みたいに、いじめられるか分からない…

仲良くしすぎないように…

程よく距離を保って…

別に1人でも構わない…

もう傷つきたくないし、誰にも迷惑をかけたくない…


そんな思いを強く持ったまま、私は乃木高での学校生活をスタートさせた。


初めこそ、転校生が気になるのか質問攻めをされたけど、彼の一言でそれもなくなり、私は適度な距離を保って、クラスに馴染むことができたと思う。


でも、2人だけ、私の心に入り込もうとしてくる人がいた。

家族である彼と、彼の幼なじみで、毎朝家に来る女の子だ。


彼は、家を飛び出した妹を連れ戻してくれて、初めは心を閉ざしていたその妹も、彼に心を開き、すごく仲良くなった。

それに、同じ風紀委員として、週に2回、一緒に校外の見回りをすることになり、その中で彼は、自分のことを色々と話してくれて、不良に絡まれた私を助けてくれたりもした。

改めて、彼は優しく、強い人なんだと思った。


でも、それと同時に、私とは違うとも思った。


女の子の方は、毎朝、私に話しかけてくる。

いくら私が素っ気ない態度をとっても、ずっと話しかけてくる。

彼女はとにかく元気で、真っ直ぐで、私が保とうとしている心の距離を無理やり、詰めようとしてくる。

彼女は、人との距離の詰め方が上手で、強い子だった。

もし、私が彼女みたいだったら、いじめられることも、心が壊れることも、なかったのかなと思った。

そんな彼女のことを、私は羨ましいと思った。


でも、それと同時に、私とは違うとも思った。


2人に心を許しそうになる自分を戒めつつ、幸せしかない日常を過ごす。

恐怖を覚えることも、痛みを感じることもない。

目の前の和気あいあいとした、クラスのみんなのやり取りや、家族の幸せそうなやり取りを、ただ1歩離れたところから見ているだけ。


それだけでも、私は幸せだった。


しかし、そんな幸せも長くは続かなかった。

任された仕事をこなしつつ、知り合いの出ている競技を観戦して楽しんでいた体育祭の最中に、事件は起こった。


私をいじめていたアイツらと仲が良いという、男が現れたのだ。

私は、その男と、アイツらに私の居場所を教えるという、男が言ったことが怖くて、大人しく、男に従うことにした。

だって、またあの地獄の日常に戻りたくなかったから。


それから、私は男と付き合うことになり、度々放課後に無理やりデートをさせられた。

暴力を振るわれたりするのかと思っていたが、そんなことはなく、普通のデートのようだった。


私は少し不思議に思った。


何が狙いなのか、分からない。

単に私と付き合いたかったから?

いや、そんなことはない、おそらくそれ以外に目的があるはず…

なぜなら、男の視線は、少しの好意と多くの狂気が混じっていたから。


不安と恐怖と少しの疑問を抱きつつ、日常を過ごす。

家族の彼は、私を心配してくれているが、優しい彼に迷惑はかけられないから、頼れない。

他の家族にも、迷惑をかけたくないから、頼れない。


私1人で我慢すれば…


そう思っていた矢先、男に無理やり車に連れ込まれた。


次に、私が目を覚ますと、そこは見慣れない場所で、私は柱に縛り付けられていた。

目の前の男2人が話しかけてくる。



『いや〜実際に見ると、より可愛いなw』


『でしょw』


『お前、結局ヤれなかったんだろ。』


『うん。』


『ダセw』


『まぁ、良いじゃん。これからたくさんできるんだから。』


『お前は最後だけどなw』


『分かってるってw』



そんな会話を聞いて、だんだんと落ち着くことができた。

これも過去のいじめの経験によるものなのだろうか。



『ここはどこなの!』



私は叫ぶ。



『チッ、もう目が覚めたのか…』


『ここはどこなのって聞いてるの!』


『目覚めたと思ったら、いきなり騒ぎ始めやがって。』


『静かにしてくれないかな、〜〜ちゃん。』


『そうだぞ、俺らの機嫌を損ねるとマズイんじゃないか?w』


『アイツらに電話しようかな?ここに来てって。』


『っ!!!』



アイツら…


また…私は…

もう…絶対に…



『それだけはやめて…』


『はぁ……にしても、いじめられただけで、ここまでソイツらにビビるかねw』


『だねデュフフ、ってかまだなの?』


『あ?もうちょっと待っとけや。あれが溶け切るまで。』


『溶け切らないと、〜〜ちゃんに飲ませられないのか。』


『そうだ。せっかく上から、くすねてきたやつなんだ。ちゃんと使いたいだろw』


『確かに、下手にやって、失敗したくないな〜デュフフ』


『あれはなんなの…』


『デュフフフフフ、あれはね、〜〜ちゃんを僕の物にするためのお薬なんだよ。』


『僕のじゃなくて、俺達のだろw』


『ごめんごめん、じゃあ、あとちょっと待っててね、〜〜ちゃん。デュフフ』



薬…

私にそれを飲ませるの?


嫌だ…

怖い…


と、私がこれから起こるであろう未来に恐怖を抱いていると…



バンッ!!!



『〜〜!』



一筋の希望が見えた。


私は彼を突き放したはずなのに…

私は家族である彼に壁を作っていて、彼はその壁にも気づいていたはずなのに…


なんで…

彼は、来てくれたの…


私の心は、様々な感情が入り交じっていた。



『チッ!!まぁいい!!お前ら止めろ!!』



目の前の男の指示で、彼と、黒スーツの人に男達が群がる。


少し先で、ボロボロになりながらも、彼は、私の方に進もうとしている。


あんな必死に…

もう…やめて…



『よっしゃ、完成したぞ!』



私が1番聞きたくなかった言葉が、響く。



『い、いや…』



男が私に近づいてくる。


怖い…

近づいてくる男2人の目が怖い。

薬を飲まされるのが怖い。

薬を飲まされた自分がどうなるのかが怖い。

この後、彼がどうなるのかが怖い。


恐怖に包まれ、何も考えられなくなった。


が、私は無意識に彼の名前を叫んでいた。



『○○!!!!助けて!!!!!』



私が初めて助けを求めた瞬間だった。


なぜ、そうしたのかは分からない。

そして、意識を失いかけた時、彼の言葉が聞こえた。



『俺の家族に手を出すな!!!!』



家族か…

ごめんね…○○君…





『!!!!!!!』



何か叫ぶ声が聞こえる。


うるさいな…

もうちょっと寝かせて…


ってあれ?

私…


目を開けて、周りの状況を確認する。


私は白いベッドの上で横になっていた。

おそらく病院だと思う。


そして、私の横では包帯を巻いた彼が電話をかけていた。


会話の内容からして、お姉ちゃんと話しているということが分かった。

彼の持つ携帯から漏れ出る大きな声と、彼の苦笑いから、彼がどういう状況に置かれているのかを察する。



『はぁ…』


『大変ね。』



私は彼に言葉をかける。

すると、何故か彼は私に謝ってきた。


私は不思議に思った。


どうして、彼が謝るのか。

全く分からない。


すると、怒りの感情が心の奥底から溢れ出てきた。



『…なんで…』


『え?』


『なんで!○○君が謝るの?!○○君は何も悪くないじゃない!!全部私のせい!!全部私が弱いから!!』


『…それは違うよ。』


『何が!!!中学の時も私が弱いから、いじめられて!!今回も私が弱いから…弱かったから…こんなになっちゃったんだよ?全部、私の自業自得なの!!』



私は、初めて、私の奥底に押し込んでいた気持ちを吐き出し、彼にぶつけた。



『違う…』



しかし、彼はそれを否定した。


そして、彼は私のことを…


強いと言った。

優しいと言った。


初めてそんなことを言われた。

他の家族にも言われたことはなかった。


さらに彼は…


自分を頼れと言った。

私を守ると言った。

私を傷つけさせないと言った。

私に無理しなくていいと言った。

私に安心していいと言った。

私のことを大切な人だと言った。

私に笑顔を向けた。


それを見て聞いて、私の心の扉の鍵が壊れ、扉が完全に開いた気がした。


もう大丈夫なんだと。

心の底から安心していいんだと。


私は思った。


すると、私は彼に抱きつき、泣いていた。

無意識の行動だったと思う。


そんな私を彼は暖かく抱きしめ続けてくれた。


そして気づいた。

彼に、家族の愛情とは別の愛情を抱いていることに。


あぁ…

やっと分かったよ。

お母さん。


前にお母さんが言ってたことは、本当だった…

なら、私もお母さんと同じように…


猛烈にアタックしよう。

あ、でもちょっと今は無理かも…


眠い…

次…目が…覚めてから…


私は泣き疲れて眠った。

彼の腕の中で。



あとから、彼に聞いた話によると、私は幸せそうな笑顔で眠ってたらしい。

私はその時、そりゃそうでしょ、と思った。


だって、○○が大好きなんだから。




fin…?





5月21日


第三高校



正門の前に、3人の女性が立っていた。



『それで、元を断ちに来たってことね。』


『うん。話も聞かないとだし。もし懲りてないなら…』


『顔怖いで笑』


『おっと…』


『相変わらず笑』


『ごめんね、付き合わせちゃって。』


『別にかまへんよ。親友のお願いやしな笑』


『ってか、久しぶりじゃない?大学以外で、こうやって集まるの。』


『せやな、この三高に来るのも久しぶりやわ〜』


『私達が現役だった頃は、度々来てたよね笑』


『現役って笑、まぁ確かにそうか笑』


『よし、そろそろ行こう。』


『あんまり、やりすぎないように笑』


『う〜ん、無理かも…』


『ヤバかったら、うちらが止めるから。』


『頼んだ。』


『それで、これが終わったら、商店街に行くんだっけ?』


『うん。証拠集めをしないと。』


『なんか探偵みたいやわ笑。ワクワクすんで!』


『一応、遊びじゃないよ笑』


『笑、よろしくね。』



そう言って、3人は三高に入って行った。





え、ここでお姉ちゃん達の話を入れ込んだの?

せっかく、良い感じで終わったのに。


笑、まぁ良いか。

では、改めて…




fin

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