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『解錠』の魔現師は何が為に戦う? 1話

暖かい空気が、建物のそばに生える木々を包み、空に見える太陽から放たれる程よい日差しが、土の道を照らすある日の朝。


帝都に住む人々からすれば、存在すら認識されていないような、ド田舎の村…"平和居村へないむら"で、背丈に対して少し大きいぐらいの籠を背負った子供が、村の中心にある広場に向かって歩いていた。


この物語の主人公"今野○○"は、自分の家の畑で育てた青色の芋を、籠に入れて運ぶ。



「あ、おはよ、欣治おじさん。」


「おう、○○。今週のもたくさんだな!」


「うん。これで、新しい服を買わないとなんだ。」


「確かに……もうボロいもんな、その服。」



近所に住む欣治おじさんは、○○が着ている、所々に縫い跡がある服を見てそう言う。



「これを買ったのは、かなり前だからね。育恵おばさんに直してもらったりはしてたけど、さすがに限界かなって思って。」


「そうだな。早く箱田のとこで、良いのを買って来い。あと少ししたら、他のみんなも集まってきて、争奪戦になるだろうから笑」


「うん。」


「あ、育恵ばあさんは今どこにいる?ちょっと水やり頼みたくてよ。」


「育恵おばさんなら、花に水あげてた。」


「分かった。ありがとな。」


「ううん、いってきます。」



そう言って、○○は再び広場に向かって歩き…



「箱田おじさん、おはよう。」


「あ、○○君、おはよう。相変わらず早いね笑」


「だって、遅くなったらみんな来るじゃん。」


「そうだね。さ、今日はどれぐらい持ってきてくれたのかな。○○君のところのゴロイモはすごく品質が良いから、たくさん持ってきてくれてると、嬉しいんだけど。」


「う〜ん、先週よりはちょっと多いって感じかな……っと……はい。」



背負っていた籠を下ろして、1週間に1回、平和居村に来て、物の売買をしてくれる若い行商人の箱田おじさんに、運んで来たゴロイモを見せる。



「おぉ……今週のも良さげだ。数えるから、ちょっと待ってね〜」



箱田おじさんは、籠の中から取り出したゴロイモを、麻袋の中に入れていく。


そして…



「……これで全部か……あ、見てよこれ。新調したんだ。」


「え?」


「よいしょっと…」



○○の方を笑顔で見ながら、何も無い空間から幅の広い箱を取り出した。



「前の秤がさ、少し前に壊れちゃって。新しいのを買ったんだよ。」


「へぇ〜あんまり、前のと変わらないね。」


「まぁね笑。でも、いつかはもっと高いのも買って使ってみたいな〜って思ってるんだ。」


「高いのって?」


「こうやって、物を乗せると……4.3kg…これは、ここの目盛りを見ないとなんだけど、高いのだと空中に文字が表示されたりするんだ。」


「空中に?すごいね。」


「でしょ?笑。ま、まだまだ買うのは無理なんだけど……はい、ゴロイモ4.3kgで344円ね。」


「ありがと。」


「今週も何か買ってくかい?」


「服ある?」


「もちろん、あるよ。えっと、○○君の背丈だと……この辺かな。」



そう言って、箱田おじさんは再び、何も無い空間から、三着の服を取り出した。



「どれが良い?」


「そうだな〜じゃあ、その青色の服でお願い。」


「はーい。140…いや、120円。」


「良いの?」


「うん。これからもご贔屓にってことで笑」


「分かった。」



箱田から受け取った小銭のうちの数枚を、箱田に手渡し、服をもらう。



「他には何か買うかい?……今回は甘いものとかも持ってきてみたけど。」

「う〜ん……俺はいいや。甘いもの好きの村長にでも売ってあげて笑」


「笑、そうだね。」


「ほぉ〜〜甘いものか。どれ、見せてみなさい。」



と、村長の話題を2人が出したところで、白髪白髭のいかにもな老人…この平和居村の村長が、2人の元にやってくる。



「あ、村長、おはよう。」


「おはよう、○○。孝路も。」


「おはようございます。今回持ってきたのはですね、帝都で流行ってるらしい、お菓子です。」


「なんと、帝都で流行ってるものか。絶対に買うぞい。」


「笑、ありがとうございます。そのお菓子は…これです。」


「はぁ〜これが流行りのお菓子……美味そうじゃ。いくらかの?」


「1つあたり、260円です。」


「260円?!たっか!」


「まぁ、帝都から仕入れたものだからね。どうしても高くなっちゃうんだよ。」


「笑、当たり前じゃな。むしろ、こんなド田舎で帝都のものが買えるんじゃから、それでも安いものじゃ。」


「そ、そうなんだ……っていうか、箱田おじさん、俺が買えないの分かってて、勧めたの?」


「まぁ、○○君の後ろから、村長が来てたのが見えてたからね。」


「あ、そうだったんだ。」


「相変わらずなヤツじゃ笑……ほれ520円。2つくれ。」



村長の懐から、箱田の手の上に小銭が飛ぶ。



「…ありがとうございます。」


「村長、2つも食べるの?ほんと、甘いものが好きなんだね。」


「笑、確かに儂は甘いものが好きじゃよ。でも、この2つのうち1つは、○○の分じゃ。」


「ほんと?」


「なんじゃ、いらんのか?笑」


「い、いる!」


「笑、早く食べなさい。育恵に見つかったら、なんて言われるか分かったもんじゃないからの。」


「育恵おばさんに?」


「そうじゃ。○○も、儂からお菓子をもらったなど、育恵に言うのではないぞ。」


「なんで?笑」


「この〜分かっておるくせに。そんな態度じゃ、お菓子は返してもらおうかの。」


「ごめんごめん笑。育恵おばさんには言わない。」


「それならよろしい。では、まずは儂から……パクッ……モグモグ……ふ〜む……」


「どうです?」


「これは絶品じゃな。来週もまた持ってきなさい。たくさん買うぞい。」


「いや〜来週はちょっとキツいです笑。せめて2ヶ月後でお願いします。」


「しょうがないの〜〜○○、どうじゃ?」


「うん!美味い!」


「そりゃあ良かった笑」


「笑、僕も持ってきた甲斐があったよ。○○君の笑顔も見れたことだし。」


「そう?」


「うん笑」


「笑……ところで孝路よ。1つ聞きたいことがあるんじゃが。」


「なんですか?」


「最近、森の魔物が少なくなったという話が出ておるんじゃが、何か知っとらんか?」


「あぁ〜……もしかしたら、近くに"魔現師まげんし"が来てるからかもしれないです。」


「っ……」


「…ほぉ、魔現師が。」


「はい。話によると、国の依頼でここの近くにある遺跡を調べに来ているらしいんですが、そのついでに森の魔物を討伐しているのかもしれません。」


「なるほどな……ふむ、儂らからしたら、得したという感じじゃな笑」


「ですね笑」


「…じゃあ、俺はもう行くね。」


「あ、うん。育恵さんにもよろしく伝えといて。」


「分かった。またね。」


「笑、また。」


「村長も。」


「うむ。気をつけて帰るんじゃぞ〜」



2人に見送られて、○○は広場を出て、来た道を戻る。



いや〜あのお菓子、めちゃくちゃ美味かったな〜

また食べたいな〜


でも、俺が買うには高い……まぁ、箱田おじさんは、次に持ってこれるのは2ヶ月後って言ってたから、それまでにお金を貯めれば買えないことも…

う〜ん……


来月、おじさんが来た時にお金が足りてれば買うか。

うん、そうしよう。




少し歩いて、○○が自分の家の近くまで帰って来ると…



「服は買えたかい?○○。」



手の平から出している水を、隣の家の前の花壇に咲く花にあげている、ふくよかな老婆…育恵おばさんが、○○を迎えた。



「うん、買えた。」


「そうかい。それなら、その服を部屋にしまって、畑の手入れをしなさい。」


「はーい。あ、欣治おじさんが、水やりを手伝って欲しいって言ってたけど…」


「それならもう済ませたよ。」


「そうなんだ。じゃ、すぐに戻ってくる。」


「お金はちゃんとしまうんだよ。」


「うん。」



育恵おばさんに見守られながら、○○は誰もいない家に帰り、荷物を置いて、元気に畑仕事に向かうのだった。





翌日



「○○、おはよう。」


「あ、おはよう、育恵おばさん。」


「水やり手伝うよ。」


「良いの?ありがとう笑」



朝から畑仕事をしていた○○の隣に、育恵おばさんが来て、共に、ゴロイモの葉に水をかけ始める

そして、暖かい日差しを浴びながら、2人は話す。



「どのぐらいできそうなの?」


「今日は別にどこからも頼まれてないし、○○の畑分は大丈夫だよ。」


「やったね笑」


「…水やりだけだからね。」


「分かってるよ笑。にしても、やっぱり便利だよね、育恵おばさんの"天能"。」


「そうかい?…まぁ、確かに畑仕事なら役立つ天能だね。私の『水やり』は。」


「良いな〜〜俺のも、畑仕事に役に立つやつが良かった。」


「そんなこと言うもんじゃないよ。○○の天能も、神様から授けられた、ちゃんと誰かの役に立てるものなんだから。」


「そうかな〜」



と、不満そうな表情をする○○を育恵おばさんが諭していると、○○の家に人がやってくる。



「あ、いた、○○!これ開けてくれ!」


「え、どれ?」


「この箱だよ。ったく、うちのガキがよ、勝手にこの鍵をかけた上に、その鍵をどっかに無くしちまったんだ。」



不安顔をした近所に住む家族のお父さんが、鉄製の南京錠がかかった箱を持ってきた。



「それは、アンタが子供を見てなかったせいだよ。」


「で、でもよ〜俺が畑仕事中だったから、しょうがないんだって。」


「仕事を盾にして、子供だけのせいにするんじゃないよ。それは親として最低なことだと思わないかい?」


「……それもそうだな。気をつけるよ。」


「ちゃんと自分達も反省しつつ、子供もちゃんと叱りなさい。」


「わかった。ありがとう、育恵おばさん。」


「いいえ。さ、○○。開けておやり。」


「うん。『解錠』」



そう言って、○○が箱の南京錠に手をかざすと、南京錠が開いた。



「おぉ!ありがとな!○○!助かった!」


「またね〜」



開いた箱の中に入っている綺麗な髪飾りを見て、安心した様子の男は、笑顔で手を振りながら、○○の畑から出ていった。



「ほんとバカだね。奥さんへのプレゼントを、子供の手の届くところに置いておくんじゃないよ。」


「あぁ、プレゼントだったのか。」


「さぁ、どうだい?○○。自分の天能が人の役に立った気分は。アイツの笑顔を見て、心が暖かくなっただろう?」


「…なったかも…」


「どの天能だって、絶対に誰かの役に立つんだ。だから、自分の天能を信じなさい。自分の天能に自信を持ちなさい。」


「…分かった。」


「笑、じゃ、水やりを続けるよ。」


「うん!」



と、笑顔になった○○が、育恵おばさんに暖かな眼差しで見守られる中、水やりを再開すると…



「おーい!○○〜!」


「ん?欣治おじさん?」


「なんだい、次は欣治かい。」


「あぁ、育恵ばあさんもいたのか。ちょうどいい。」


「ちょうどいい?何かあったのかい?」


「いや、○○の力を借りたいっていう人が来ててだ…っ!!」


「あ!君が鍵を開ける系の天能を持ってる子?!」



欣治おじさんが話している途中で、その背後から、見たことがない若く美しい女性が、すごく焦った表情で、そう叫んだ。



「えっ?」


「おい、向こうで待っとけって言ったろ。」


「で、でも…」


「アンタはどこの誰だい?ここの村の子じゃないだろう。」



焦った表情のままに、欣治おじさんの後ろで、少ししょんぼりとした女性に、育恵おばさんが尋ねる。



「えっと、帝都から来た、"西野七瀬"と言います!」



一歩前に出て、そう自己紹介をした女性は、まずこの村では見ることのないような、綺麗な衣服…いや、装備をつけており、両手で、禍々しい鎖が巻かれた物を抱えていた。



「帝都から?!」


「……話に聞く、近くの遺跡を調査しに来た魔現師の人かい?」


「は、はい。」


「っ!!…」


「それで……○○に開けて欲しいのは…まさか、その禍々しい物体じゃ…」


「そうです!お願いします!」


「…」



必死に頭を下げる七瀬だが、育恵おばさんはどうするべきかという悩んだ表情になる。



「…なんで、開けて欲しいんですか?」



しかし、育恵おばさんの後ろにいた○○が、七瀬にそう聞いた。

すると、七瀬は焦った表情から悲しそうな表情へと変わり、手に抱える禍々しい鎖に巻かれた物を優しく撫でる。



「…この子ね、私の大事な仲間なの。」


「そ、その鎖が?」


「違う。この子はね、私の不注意で、この魔道具に縛られちゃったんだ。」


「………育恵おばさん?」



どうしたら良い、という視線を向ける○○に対し、育恵おばさんは…



「…魔現師がわざわざ村人に頼るってことは、自分達じゃどうしようもなかったんだろう?」


「はい。一緒に来ていた仲間も、お手上げ状態で、どうしようかと迷ってたところ、ここの村を見つけて。村長さんにここに鍵を開ける系の天能持ちがいるって話を聞き、もしかしたら、って思って案内してもらったんです。」


「俺は、たまたま村長と一緒にいてな。案内を頼まれたんだ。」


「魔現師達がお手上げなんだろう?だったら、○○がどうにかできるわけが…」


「しかし、やってみる価値はあるだろ。一応、○○は、これまでに開けられなかったものはないんだし。」


「…」


「お願いします!」


「……育恵おばさん、俺、やってみる。」



お前ならできると言わんばかりの暖かい表情の欣治おじさんと、懇願する七瀬の表情を見た○○は、決意を持ってそう言った。



「……はぁ……もし、それを○○が開けた場合、○○に何かしらの影響が出る可能性は?」


「ないとは言い切れませんが、その時は必ず私が守ります。」



真っ直ぐに、育恵おばさんの目を見て答える。



「………分かった。○○、気をつけて。」


「うん!」



育恵おばさんの渋々の許可をもらい、○○は七瀬のそばに近づき、禍々しい鎖が巻かれた物体に、手をかざす。



「…」


「ふぅ……『解錠』。」



何が起こってもいいようにと構える七瀬の前で、○○はそう言って、"現象を引き起こした"。

『解錠』という現象を。


すると、その物体が白く光りだした。



「なっ!」


「っ!!!」


「○○!!」



そして、その白い光が収まった瞬間、鎖が砕け、元気の良い鳴き声が響いた。



「クルッポー!!!」



鎖から解放され、七瀬の手から離れたその鳴き声の主、美しい空色の鳥は、自由を味わうように辺りを飛び回った後、七瀬の肩に留まった。



「やった!!"ピージョ"!!」


「クルッポ〜」


「せ、成功なのかな…」


「ありがとう!○○君!ほんとに助かった!」


「クルッポ!」



七瀬がお礼を言うと同時に、肩に留まる鳥も、鳴きながら頭を下げた。



「す、すごい…」


「でしょ?笑。この子、ものすごく頭が良いんだ。」


「クル!」


「笑、胸張ってる。ほんとに人の言葉が分かるんだ。」


「触ってみる?」


「良い……んですか?」



普段とは違う出来事の連続に、ちょっとした興奮状態であった○○だったが、ここで、鳥に対する好奇心は保ちつつも、冷静さを取り戻し、村外の人、しかも魔現師に対しては敬語にすべきだ、という小さい頃からの、育恵おばさんの教えの成果が出る。



「笑、良いよ。触っても。」


「クルッポ〜」



そう言いながら、七瀬は○○が触りやすいようにと、肩に留まる鳥を○○に近づける。



「し、失礼します……」


ナデナデ


「クルル〜」


「この子…名前はピージョって言うんだけど、すごく嬉しいみたい。」


「ピージョ……良かった笑」


「こうやって、ピージョが嬉しそうにしてられるのも、○○君のおかげだよ。本当にありがとう。」


「…いえ、お役に立てて、良かったです笑」


「笑……よし、この子が復活したってことを知らせないと。」


「え?」


「ちょっと、ナデナデタイムは終了で良いかな?」


「あ、はい。」


「クルッポ〜」



少し、名残惜しそうにしながらも、○○はピージョから手を離し、七瀬はピージョを見る。



「ピージョ、鎖から解放されたことを報告しつつ、一実をこっちに連れて来て。」


「クル!」


「笑、うん。さぁ、行け!」


「クルッポーー!!」



七瀬の言葉を聞き終わった後、ピージョは羽を広げて、七瀬の肩から飛び上がり、空をものすごい速度で進んで行った。



「1時間もすれば、戻ってくるかな〜」


「あ、あの…」


「ん?どうしたの?」


「人の言葉が分かるとはいえ、あんなことを鳥…ピージョにできるのかな、って思って…」


「あぁ笑、楽勝だよ、ピージョにとっては。だって…」


「あの鳥、"魔物"だろ?」



しばらくの間、欣治おじさんと共に、唖然としていた育恵おばさんが、そう言った。



「ま、魔物…」



昔から、魔物が怖いものであると聞かされていた○○は、先程自分が触っていた可愛らしい鳥が、その魔物であるということに、戸惑いを隠せない。



「はい、魔物です。」


「やっぱり、そうだよな。普通の鳥が、人の言葉を理解できるわけがないもんな。」


「危険じゃないのかい?」


「もちろん、魔物は危険です。だから、○○君が今、抱いているその戸惑いは正解で、必要なものだよ。」


「…」


「でも、あの子は別です。私の仲間ですから。」


「…アンタの天能かい?」


「はい。私は魔物を仲間にできるんです。」


「へぇ〜そりゃすごいな。」


「いえ笑……ってことだから○○君。これからも、あの子と仲良くしてあげてね。」



そう笑いかける七瀬。



「は、はい!」


「笑、ありがと。」


「…」


「…あ、その、西野さんはこれから、ピージョだっけか?あのお仲間が戻ってくるまでは、暇になるんだろ?」


「そうなりますね。」


「だったら……○○。」


「なに?」


「家でゆっくりしてもらったらどうだ?」


「え?」


「西野さんも疲れてるだろうし、何より、○○は話を聞きたいんじゃないのか?色々と。」


「色々って…」


「だって、こんな機会滅多にないぞ。帝都から来た魔現師さんの話を聞けるなんて。この際だから、色々と話をしてもらえって笑。良いだろ?西野さんも。」


「構いませんよ。何より、○○君は恩人ですから笑」


「ほら、話を聞きたくないのか?笑」


「…」


「お前、小さい頃は、魔現師に興味津々だったんだし。今も興味はあるだろ。」


「…チラッ」



欣治おじさんの言葉を受けて、○○は少し離れたところに立つ、育恵おばさんの方をチラッと見る。



「……自分に素直になりなさい。」


「…じゃ、じゃあ、お願いします。」


「分かった笑」


「それでは、ど、どうぞ。」


「笑、はーい。」



緊張しながらも、○○は七瀬を家に招き入れた。



「色々とびっくりだったな。」


「……ほんとだよ。」


「マズかったか?」


「………いや。」


「…」


「これを機に、○○にはやりたいことをやってもらえるようになったらな、とは思うよ。」


「笑、そうか。」


「……アンタんとこの畑の水やりを手伝おうかね。」


「そりゃあ、ありがたい笑」



こうして、2人は○○の家から離れ、その家の中では…



「こちらに…」


「うん、ありがとう。」



魔現師のことや帝都のことなど、普段じゃ聞けないような話を聞けることにワクワクする○○と、その○○の様子を面白い、そして少し可愛いと思っている七瀬が、向かい合って席に座る。



「…」


「…」


「えっと…」



ワクワクはしているものの、いざ質問を投げかけようとすると、何から聞けばいいのか、何と聞けばいいのかを思いつかず、○○は慌てる。

その様子を見て、七瀬は優しく微笑みながら、口を開いた。



「笑、なら、交互に質問してみよっか。」


「え?」


「私から質問するね。」


「あ、は、はい。」


「君の名前は?」


「こ、今野○○です。」


「今野○○君か〜〜良い名前だね。」


「ありがとうございます。」


「苗字ももちろんだけど、下の名前もカッコいい。」


「そうですか?…俺としては、苗字に対して負けてるというかなんというか…」


「全然、そんなことはないと思うよ。まぁ、苗字が"勇者"と同じっていうプレッシャーみたいなのは、私じゃ分からないけど、私からすれば、○○って名前も、今野っていう苗字以上にカッコいい。」


「そうですか……嬉しいです笑」


「笑、じゃあ、○○君の質問は?」


「えっと、魔現師っていうのは、どういうものなんですか?」



七瀬の○○の緊張をほぐす作戦が見事に成功したことで、○○は考えていた質問をスムーズに投げかけることができた。



「魔現師がどういうものか、か〜〜逆に、○○君はどういうものって思ってる?」


「う〜ん、天能を使って、色々な仕事をこなす人…ですかね。」


「ま、定義的にはそれで正解かな。」


「定義的には?」


「うん。だって、それだったら、この村でも天能を使って畑作業をする人……私が来た時にチラッと見えたけど、あの育恵おばさん?は、天能を使って、畑に水撒きしてたでしょ?」


「はい。」


「なら、天能を使って畑仕事をしている、育恵おばさんも魔現師ってことにならない?」


「あ、確かに…」


「だから、○○君にとっての魔現師は、そうじゃない。でも、魔現師という言葉の定義としては間違ってない。まぁ、正確に言えば、『"魔力"を使って現象を引き起こす人』なんだけど。」


「魔力を使って…」


「そう。それで、○○君が思っている魔現師、一般的に人々が魔現師という職業で指す人は、『"クラン"に所属する人』だね。」


「クラン?」


「クランっていうのは、魔現師のチームみたいな感じ。クランには多くの魔現師が所属してて、そのクランに届いた仕事を、魔現師がやるんだ。」


「クランに仕事が届くんですか?」


「そう。基本的には、魔現師個人に仕事が届くことはないの。魔現師に仕事を頼みたい人は、みんなクランに仕事を依頼しないといけないんだ。」


「じゃあ、クランにはどんな仕事が届くんですか?」


「半分は魔物の討伐で、あとは護衛だったり、雑用だったり、たまに探索も依頼されるかな。」


「探索ってなんですか?」


「探索はね〜〜この世界には、まだ人が行けてないところがあるんだ。そこに行って、何があるのか、どんな魔物がいるのか、というのを調べるのが探索。」


「へぇ〜」


「でも、人が行けてないところっていうのは、多くの場合、強い魔物がいるから、実質、魔物の討伐の依頼と同じだね。」


「魔物……って、どんなものなんですか?」


「…○○君は魔物は怖いものだって、教えられてきたんだよね?」


「はい…」


「さっきも言ったけど、それは正解。魔物は強いし無限に出てくるし、人を食べる。だから怖い存在なのは間違いないんだ。」


「…」


「と、説明したところで、魔物がなんなのか、なんだけど、魔物っていうのは、"魔素器官"を持つ生物のこと。」


「魔素器官というのは…」


「魔素器官、魔石って言ったりもするんだけど、えっと……これを説明するには、"魔素"のことから話す必要が…」


「お願いします!」


「笑、長くなるけど?」


「構いません!」


「分かった笑。じゃあまずは…」



そうして、七瀬による魔素に関する説明が始まった。


この世界には、魔素という粒子が存在しており、生物はその魔素から"魔力"というエネルギーを生成して、それを使って、様々な現象を引き起こすことができる。

1つの魔素が生成できる魔力の量は一定であり、それを生成し切ってしまえば、魔力を生成することはできなくなるが、時間経過でその魔素は回復し、再び魔力を生成できるようになる。


魔素には大きく分けて2種類があり、生物の体内に存在する魔素を"内魔素"、体外に存在する魔素を"外魔素"といって、それぞれから生成される魔力を、"内魔力"、"外魔力"という。

外魔素は、どこであっても、いくらでも存在しているが、生物は直接、それから外魔力を作り出すなどの干渉ができないのに対し、内魔素は、自分の体内にあるものであれば、自由に干渉できるが、その量に限りがある。

その内魔素の量は、基本的に生まれた時から不変であり、その量には個人差、個体差がある。


しかし、魔素器官を持つ魔物は別で、魔物は他の生物を食べることで、自分が持つ内魔素の量を増やすことができてしまうのだ。



「つまり、魔素器官は、普通は干渉することができないはずの他の内魔素を吸収し、自己の内魔素へと変換する、変換器みたいなもの。で、それを持ってる魔物は、他の生物を食べることで、どんどん強くなっていくんだよ。」


「なるほど…」


「少し難しい話になったけど、分かった?」


「まぁ、なんとなくは。」


「笑、賢いね。」


「そりゃあ、俺も15年は生きてますから笑」


「えっ?!15年?まさか、15歳なの?」



突然の年齢公開に七瀬は、○○の幼い外見を見る目を見開きながら驚く。



「はは笑。やっぱり、勘違いしてたんですね。話してる感じから、多分そうだろうな〜っては、思ってたんですけど。」


「…ごめんね。」


「いえ、よくあることですから。俺は、歳の割に体が小さいんで。」


「正直な話、生まれて10年いかないぐらいだと思ってて………一応確認するけど、"人族"なんだよね?」


「はい、人族です。」


「そうだよね、この村には人族しかいないし………内魔素量が少ないのかな…」


「ん?内魔素量ですか?」


「あぁ、えっとね、最近の研究で分かったことなんだけど、全身に内魔力を満たす時間が長い生物、それと内魔素量が多い生物ほど、幼体から成体…子供から大人になるまでの成長速度が早く、大人の若い状態の時間が長くなるらしいんだ。」


「…ってことは、体の成長速度が遅い俺は、持ってる内魔素の量が少ない…」


「いやでも、内魔素の量は、そこまで関係してこないはず……こないだ見た研究資料によると、内魔素の量が体の成長に及ぼす影響っていうのは、そこまで大きくなくて、それよりもその内魔力を全身に満たしている時間の長さの方が、影響が大きいらしいの。だから、○○君の体の成長の遅さが、内魔素量が少ないからっていうのは……う〜ん……」



七瀬は、身長が120cmほどしかない、小さい○○の体を見ながら唸る。

その様子を見て俯き、新たに分かった自分のことを必死に消化しようとする中で、○○は諦めと共にどこかほっとしたような表情で、考えていたことを自然とつぶやいた。



「…内魔素の量が少なかったら、魔現師にはなれませんよね……」


「え?」


「っ!あ、いえ、なんでもないです!」



自分が口に出してしまったことを、慌てて訂正する○○だったが、七瀬は一旦考えるのを中断し、優しい笑顔でこう言った。



「大丈夫。○○君は魔現師になれるよ。だって、困っている私を助けてくれたように、人の役に立ちたいっていう心があるんだもん。魔現師には、それが一番必要なの。誰かの役に立ちたいって心がね。」


「人の役に立ちたい…」


「そう。だから、たとえ内魔素の量が少なくても、魔現師になれる。」


「そう…ですか……」


「…○○君は、魔現師になりたいの?」



優しい笑顔のまま、七瀬は真っ直ぐに尋ねた。

しかし…



「…」



○○は、すごく悩んだ表情で、俯いたままであった。



「……ねぇ、○○君。ちょっと外に出ない?」


「え?」



少しの沈黙の後の、七瀬の提案に、○○は驚く。



「○○君は、魔現師に少なからずの興味があるみたいだし、私の力を少しだけ見せてあげる。」


「い、良いんですか?」


「うん。家の中じゃ、ちょっと狭いし。外に出て、見てみない?」


「お願いします!」


「笑、なら行こう。」



抑えられない好奇心から、再び明るい顔になった○○を連れて、七瀬は家の外の開けた場所に立つ。



「さっきの話の続きだけど、生物は魔素から生成した魔力を使って、色んな現象を起こせるの。そのことを"発現"って言うんだけど、内魔力によって発現できることは、基本、みんな同じ。でも、外魔力によって発現できることは、人によって違う。」


「天能ですか?」


「うん。外魔力によって発現できることは、そのほとんどが、その人が持つ天能に影響される。例えば、『着火』っていう天能を持つ人は、何かしらに火をつける、ということしか、外魔力では発現できない。」


「そうなんだ…」


「だから、天能を使うっていうことは、"外魔力を使って天能に関係する現象を引き起こしている"っていうこと。」


「じゃあ俺は、外魔力を使って、『解錠』っていう現象を引き起こしてたってことか。」


「正確に言えばね。この天能を使うってことは、小さい頃から自然とできることだから、深く考えることは、中々ないだろうけど。」


「はい、初めて知りました。」


「笑、よし、天能の説明もある程度終わったところで、私の天能の力を使おうかな。」


「…」



早く見せろと言わんばかりの、熱い視線を受けながら、七瀬は内魔素から内魔力を生成し、それで手の平の外魔素から外魔力を生成して、発現させた。


『調停者』という天能の現象を。



「出ておいで、"オルジイ"。」



そう言うと、七瀬の手の平から黒色の煙が広がり、その中から、茶色と灰色の羽毛に、白い髭のような模様が顔にある鳥が現れ、七瀬の肩に留まった。



「と、鳥?」


「ほっほっほっほ。見た感じこの子供がおるだけで、特に緊急の要件ではなさそうじゃが、一体何用じゃ?七瀬。」


「しゃ、喋った…」


「なに?お主、儂が話せんと思ったのか。全く、この立派な髭を見て、分からんとは、見た目通りの子供じゃの〜」


「はいはい、オルジイ。○○君、このおじいちゃん鳥は、セージオウルっていう魔物のオルジイ。ピージョと同じ、私の仲間だよ。」


「オルジイさん…よろしくお願いします。」


「ほほぉ、礼儀正しい子供は好きじゃよ。よろしくの、○○。」


「この○○君はね、魔道具に封じられちゃったピージョを助けてくれた恩人なんだよ。」


「ピージョが魔道具に封じられた?しかも、それをこの○○が助けてくれた、と……」


「どう?すごくない?」


「……七瀬や。ちょっとその、ピージョを封じていた魔道具を見せてくれんか?」


「ん?別に良いけど……はい。」



装備のポケットに入れていた、粉々となった鎖の破片を、目が光っているオルジイに見せる。



「これは……"禁魔道具"じゃな。まぁ、あのピージョを封じられる物など、禁魔道具以外にはありえないのじゃが。」


「やっぱり?調査してた遺跡から出てきたヤツだから、そうかもとは思ってたんだけど。」


「はぁ……なんでそんなものにピージョが…」


「いや、偵察させてたピージョが、突然この鎖に巻かれちゃって。」


「罠じゃったのか……にしても、なぜすぐに儂を呼んで、『鑑定』しなかったんじゃ?」


「だって、オルジイの『鑑定』じゃ、鎖の名前や性質は分かっても、解除方法は分からないでしょ?」


「それはそうじゃが、性質が分かれば、何かしらの方法が思いつくかもしれなかったじゃろ。」


「でも、一実がどの剣を試しても、ダメだったんだよ?」


「う〜む…それならそう考えても仕方がないか…」


「ま、良いじゃん。結果として、ピージョは自由になれたんだから。」


「あ、あの…」



七瀬とオルジイの会話に置いてけぼりになっていた○○が、会話が途切れたタイミングを見計らって、声をかける。

すると…



「そして、1番気になるのは、お主の天能じゃな。」


「だよね。」



2人は揃って、○○の方を見た。



「え?」


「別に、『解錠』の天能持ちは珍しくないが、禁魔道具による封印を解くとは…」


「えっと…同じ『解錠』っていう天能を持っている人は多いんですか?」


「うん。比較的多い方かな。そもそも、天能の名前が同じっていうことは、全然普通にあることなんだよ。」


「へぇ〜」


「でも、天能の名前は同じでも、その説明…"天啓"は絶対に違う。○○君もさ、自分の天啓は言えるでしょ?」


「はい、言えます。」


「それは、同じ天能を持っていても、人によって違うんだ。」


「そうなんですね。」


「…失礼なことを聞くが、その天啓を教えてもらえんか?」


「ちょっとオルジイ。」


「しかし、七瀬も気にはなるじゃろう。」


「確かにそうだけど…」


「別に俺は構いませんよ。」


「……ありがとう。なら、教えてくれる?」


「はい。俺の『解錠』の天啓は、"閉じられた力を解き放つ"です。」


「へぇ…」


「ほほぉ〜相当強いの〜」


「強い…んですか?」


「ふむ、強いぞ。お主の天能は。」


「天啓って言うのはね、ほんと色々とあって、文の感じも長さも人によって違うんだけど、その内容が抽象的であればあるほど、強いとされてるんだ。なぜかっていうと、天啓が抽象的な方が、天能が発現に及ぼす影響も幅広くなるし、その人が抱いたイメージも反映されやすくなるからね。」


「イメージが反映されやすく?」


「なんじゃ七瀬。○○の先生でもしておるんか?笑」


「笑、まぁそうだね。さっきも言ったように、天能は外魔力による発現に影響を及ぼすんだけど、その発現をした人が持っているイメージも影響するんだ。例えば、『放水』の天能を持つ人が、発現させた場合、外魔力を使った場所から水を出すんだけど、その人が勢いよく、と思ったら、ものすごい勢いで水は出るし、弱く少しだけと思ったら、チョロチョロって感じでしか出ないんだ。」


「で、もし天能が『放水』でその天啓が"手の平から少しの常温の水を出せる"だったらどうじゃ?」


「その人は、手の平から少しの常温の水しか出せない?」


「そうじゃ。そやつの持つイメージで変わるものと言えば、手の平のどの辺から出すのか、か、連続的に水を出し続けるのか、ということぐらいじゃろ。」


「でも、天啓が"水を出す"だった場合、どこから水を出すのかも、どういう出し方をするのかも、その勢いも量も、水の温度さえも、その人の持つイメージで決まるんだ。だから、天啓が抽象的な人ほど、発現はより自由になるから、強いって言われてるんだよ。」


「なるほど…」


「それを踏まえた上で、お主の天啓は、かなり抽象的で、お主が天能を使った時に、自分のイメージを入れ込みやすいから、強い、と儂達は言ったんじゃ。」


「……ありがとうございます。」


「ん?なぜお礼を言うんじゃ?」


「…すごく、嬉しいからです。」


「ほっほっほっほ、そうか、それは良かった。それで、七瀬が儂を呼んだ理由は、○○に天能のことを教えるためか?」


「うん、それもあるけど……○○君のことを『鑑定』して欲しいんだ。」


「え、俺のことを?」


「なぜじゃ?」


「この子、見た目はまだ10歳いかないぐらいに見えるけど、実際は15歳なんだって。」


「なんと?!お主、その背丈で15になるんか!」


「は、はい。」


「それは単純に背が低いという感じではなさそうじゃの……確実に人族なんじゃろ?」


「ま、それもオルジイの『鑑定』なら分かるし、もし何かしらの原因があって、○○君がこんな感じなら、それが分かればって思ってさ。」


「…」


「ふむ、分かった。じゃあ、やってみるぞい。」


「あの、俺は…」


「そこに立っておけば良い。」


「はい。」


「『鑑定』!」



そう言ったオルジイは、目を光らせて○○を見る。



「ふ〜む………」


「何か分かった?原因の一つは内魔素量にあるかもと思ってるんだけど…」


「今野○○、人族、15歳……確かに内魔素量は少ないの。」


「…」


「でも、内魔素量が低いからといって、ここまで成長速度に影響は及ばさんのじゃろ?」


「そのはずなんだけどね…」


「他には……ん?なんじゃこれは。」


「どうしたの?」


「…内魔素が封印されている……じゃと?」


「内魔素が封印?どういうこと?」


「いや、そうとしか分からんが……これが○○の成長の遅さに影響しておるのかもしれん。」


「う〜ん……内魔素が封印されてるから、成長が遅い?」


「本来の内魔素量に対する、使える内魔素量が少ないから成長速度が極端に遅くなっているんじゃないか?」


「じゃあ、なんで封印が?」



と、七瀬とオルジイはその○○の不思議な状態に、意見を交換しつつ悩む。

それを見ながら、○○も自分の状態に考えを巡らせる。



俺の内魔素が封印されている?

だから、俺の体は中々成長しない?


なんでだろう…

なんでそうなっているんだろう…

なんで、俺の内魔素は封印されているんだろう…

いつ、どこで封印されたんだろう…


封印…


ん?封印?


封印なら、俺の天能でどうにかなるんじゃ…

だって、俺の天能は"閉じられた力を解き放つ"んだから。



そう閃いた○○は、自分の胸に右手を当てる。

そして、内魔素から内魔力を生成し、右手の外魔素から外魔力を生成して、発現させる。



「○○君?」


「ん、お主、何しておるんじゃ? 」


「いや、封印されてるんなら、俺の天能で解けるんじゃと思って……『解錠』!」


「ちょっ、それは待った方が…」



○○の言葉を聞き、何かしらの危険があるかもと思った七瀬が止めるよりも早く、『解錠』が発現した。

そして…



「え?……グッ……うわぁぁぁああ!」


「っ!!!○○君!!」


「おい!○○!!」



突然、胸を抑えて苦しみ始めた○○から、大量の魔力が飛び始めた。



「ぐぁぁああ!!」


「な、なんじゃこれは…」


「"魔力暴走"?」


「まさか、封じられていた内魔素が解き放たれた結果、それにより生成された内魔力が制御できなくなったというんか!!…そんな、一体どれだけの…」


「とにかく、なんとか暴走を止めないと!多分、○○君の魔素は"無属性"だし、天能は『解錠』だからまだマシだろうけど、これだけの魔力の波動が飛んでいるとなると、今の○○君の身体能力はヤバいはず!」


「そうじゃな、急いで止めねば!だが、完全に力を引き出せていないヤツは呼ぶな!この波動には、○○の『解錠』の力が乗っておるから、これを受けると、解放されてしまうぞ!」


「分かってる!」


「う、うぅぅ…うわぁぁああ!!」


ドカンッ!!



苦しみにもがくように、○○が一歩、地面に足を下ろすと、その地面が陥没した。



「っ!やっば…」


「ありゃ、少なくとも七瀬以上の内魔素量なんじゃ…」


「○○!!動かないで!!」


「ぐぁぁああ!!!」



七瀬の呼び掛けに対し、○○は答えることはなく叫びながら、足を踏み鳴らし、手を振るう。

それによって、地面は凹み削れ、周りに突風が吹き荒れる。



「ダメじゃな、完全に飲まれておる。どうするつもりじゃ?」


「何とかして、動きを止めないと、この辺りがめちゃくちゃになる。」


「まぁ、あの感じじゃと、魔力を使い切るまで、何もせずに待つというのは、得策ではないじゃろうな、周りへの被害も想像がつかんし。」


「よし、オルジイも手伝って!」


「おう!」



暴れ回る○○を前に、オルジイは空に飛び上がり、七瀬は真横に手を広げる。



「来て!"スラちゃん"、"ネーク"!!」



その言葉で、七瀬の両隣から黒い煙が溢れ出し、その中から、青色の丸いスライムと、黒い体色に金色の筋が真っ直ぐに入っている蛇が出てきた。



「みんなで、あの子の動きを止めるよ!オルジイは突風を相殺して、スラちゃんは触手であの子の腕を止めて、ネークは体に巻きついて!」


「分かった!」


プルプル



青色のスライムは、七瀬に言われた通りに、数十本の触手を、高速で伸ばした。

そして、○○の腕に巻き付け、その動きを止めようとするが…



「が、がァァァァ!!!」


ブンッ!!



無理やり腕を振って、スライムの触手を全て引きちぎり、辺りに突風を巻き起こした。



「その方向はまずい…の!!」



○○の家を含む、近くの建物の方に飛んだ風を、オルジイは羽を思いっきり羽ばたかせて生み出した風で、打ち消す。



「ナイス!オルジイ!」


「これの被害は気にするな!七瀬は○○の動きを止めることに集中せい!」


「うん!ネーク!」


「シャアアア!」



○○が腕を振って、少しだけ動きが止まった瞬間に、ネークは地面を高速で這って、○○の足から体に巻きついていく。

さらに、それに合わせて、スラちゃんも再び触手を伸ばして、○○に巻き付ける。



「うぉぉおおお!!」



しかし、体に巻きついたネークの体も、スラちゃんの触手も、全て引きちぎって、○○は体を動かす。



「クッ……ネーク、スラちゃん!そのまま続けて!」



その様子を見た七瀬は、体の『液体化』により○○の攻撃を無効化しているネークと、『無限増殖』により触手を永遠に伸ばし続けられるスラちゃんに、引き続き○○の動きを止めるように言う。



「やはり、ネークとスラちゃんじゃ、あのパワーには太刀打ちできんじゃろ!」


ビュンッ!!


「他のヤツらは!」


「無理!今、100%で呼び出せて、かつ○○を殺さないように動きを止められる可能性があるのは、この子達しかいない!」


「む……確かにそうか…"リル"も"ドラ"も手加減が苦手じゃからの。まぁ、それは七瀬にも言えることじゃが。」


「どうするべきか……やっぱり、傷つけてはしまうけど、無理やりにでも気絶させるべきか……」



と、七瀬自身が○○を止めに入るか、悩んでいると、辺りに響く轟音を聞いた村人達が集まってきた。



「なんだなんだ?!」


「あれは…○○か?!」


「皆さん、近づかないでください!!」


「に、西野さん!一体何が起こってるんだ?!!」


「ま、○○!!」



そこに、欣治おじさんと育恵おばさんもやってくる。



「っ!…今、○○君は魔力の暴走状態にあります!私がどうにかして止めるので、皆さんは離れててください!」


「魔力の暴走状態だと?」


「なんでそんなことに…」



目の前で繰り広げられている戦いと、苦しむ○○の様子に、村人達は戸惑いと不安を感じる。



「七瀬!もうやるしかない!」


「…」



○○を傷つけてしまうことへの抵抗から、七瀬は自分が動くかどうかを迷い、拳を握る。



「ぐぁぁああ!!!」


「○○…………西野さん!」


「っ!!」


「○○を止めておくれ!!」


「…………分かりました。」



育恵おばさんの言葉に、七瀬は腹を括り、内魔力を生成する。

そして、一瞬で○○の背後に回り込み、攻撃を加えて気絶させるために、地面を蹴ろうとしたところで……



「クルッポーー!!!!」



仕事を終えたピージョが、七瀬の元に戻ってきた。



「ピージョ?!!…ってことは!」


「七瀬!」



その後すぐに、七瀬の隣に、腰に一本の刀を差した女性が降り立った。



「一実!」


「これ、どういう状況なの?」


「ほんと、ナイスタイミング!一実、あの子の魔力暴走を止めて!」


「まだ状況が掴めてないけど、OK。任せて。」



そう言って、"高山一実"は腰に差した刀に手を伸ばす。



「ふぅ………魔力斬り!!」



一実が刀を瞬時に引き抜き、それと同時に、斬撃波が○○に向かって飛び…



「ガッ!!」



○○の魔力を斬った。

そして、辺りに響いていた轟音も叫び声もなくなり、静かになった中、○○はゆっくりと地面に倒れた。



「お、一撃で斬り切れたみたいだ。良かった。」


「ふぅ……ありがと、一実。」


「いいえ〜〜で、説明してもらえるんだよね?」


「うん。でも、他の人にちゃんと説明し終わってからになるかな。」


「もちろん。」


「シャアア〜」


ポヨン


「あ、スラちゃん、ネーク、ありがとう。○○君を運んできてくれて。また、よろしくね。」



その七瀬の言葉で、2匹は黒い煙の中に消えて行った。



「オルジイ、今の○○はどんな感じ?」


「ふむ……こりゃすごい。まだ封印が残っておるぞ。」


「え?」


「封印?」


「あれだけの魔素を解放したのに、まだ封じられておる魔素があるとは……末恐ろしい子じゃ。こりゃ、魔力の扱い方を教えてやらんと、マズいと思うぞ。」


「…だよね…」


「ちょっと、全然話についていけないんだけど。」


「クルッポ〜」



意識を失っている○○を囲んで、七瀬とその両肩に留まるオルジイとピージョ、それと一実が話していると、そこに村長と、欣治おじさん、育恵おばさんの3人が、恐る恐るといった感じで近づいてきた。



「もう、大丈夫なんだよな?」


「しっかりと説明をしてもらえるかの?」


「あ、村長さん、それと………はい。お話します。」


「…」


「儂とピージョは帰るぞい。」


「うん。ありがとう。」


「またな。」


「クルッポ!」


「……○○の家で、話を聞こうか。」


「そうだな。」


「うむ……みなは家に戻っておれ!」



こうして、オルジイとピージョも黒い煙の中に消え、他の村人達も家に帰り、眠っている○○と、七瀬、一実、育恵おばさん、欣治おじさん、村長の6人で、○○の家へ向かった。




「さて、話を聞かせてもらおうか。」



狭い部屋に、隣の育恵おばさんの家からも持ってきた椅子も並べて、全員が席に着いたところで、村長が話を切り出す。



「はい。まず、私がここに案内されて、○○君に魔現師についての話をしている中で、○○君の年齢を聞き、かなりの衝撃を受けました。」


「ま、そうだろうな。俺らも○○の成長の遅さには驚いていたし。」


「何歳なんですか?見た感じは、8か9歳ぐらいかな、って感じですけど…」


「…15歳だよ。」


「え、ほんと?」


「うん。それでですね、最近の魔素研究で、内魔素の量が、少しながら生物の成長に関係しているということが分かりまして、私は○○君が持つ内魔素の量を調べたくなったんです。」


「内魔素の量が、成長に……本当か?」


「確かにそういう研究結果がありますね。なるほど、それでオルジイで鑑定させたってわけ?」


「えっと、私が先程呼んでいた、喋る鳥、あの子が生物の状態を見れる『鑑定』という天能を持っていて、それで○○君の状態を確認したんです。そしたら、内魔素が封印されている、ということが分かりました。」


「封印とな……それは、よくあることなのか?」


「いえ。初めて聞きました。」


「私もです。」


「そうなのか……歳の割にはかなり小さいとは思っていたが……でも、なんで○○の魔素が封印なんかされているんだ?」


「鑑定では、それは分かりませんでした。」


「ふむ……それで、なぜあんなことに?」


「私達が、その○○君のことを話していると、○○君が自分に向かって、天能を使ったんです。そしたら、封印されていた魔素の一部が解放されて、急に大量の内魔力が生成された結果、○○君は魔力の暴走状態になってしまったんです。」


「なるほどね〜○○君の天能は、封印を解除するようなことを含んでいたんだ。まぁ。そうでもないと、あの魔道具の封印は解除できないか。」


「……○○君の天能はかなり強力なものです。私は、これまでにも○○君と似たような天能を持った人を見てきましたが、○○君の天能の力は群を抜いています。」


「へぇ、帝都の魔現師に、そこまで言わせる程なのか、○○の天能は。」



少し嬉しそうな表情でそう言う欣治おじさんに対し、隣に座る育恵おばさんは俯いて黙っているままだった。



「……それで、大丈夫なのか?○○は。また暴走したりしないかの?」


「それは……可能性は高いです。今の○○君は、以前よりも内魔素の量が増えてしまって、これまでと同じように魔力を扱おうとすると、必要以上の内魔力を生成してしまい、同じように暴走してしまう可能性があります。」


「なら、どうすれば良いんじゃ?○○はまさか、これからもずっとあのようになる危険性を抱えたままに、生きなければならないのか?」


「…内魔素が増える、ということは人では起こりえないことですので、明確な解決方法というのは分かりませんが、おそらく少しづつ魔力を扱う練習をしていけば、暴走しなくなるとは思います。」


「だね。まずは、感覚的に魔力を扱うんじゃなくて、意識的に内魔素から必要な分の内魔力を生成して、それを操作する、ということを練習する必要があると思います。」


「そうか……じゃが…」


「それを、どうやって練習すればいい。俺達は魔現師さんほど、魔力を扱えないし、知識もない。それにもしも、さっきみたいな暴走?を○○が起こせば、どうしようもない。まぁ、魔現師さんが、○○が心配なくなるまで、ここにいてくれるんなら、何の問題もないんだが……」



欣治おじさんは、七瀬と一実を見ながらそう言うが、七瀬は俯き、一実はそんな七瀬を見る。



「………」


「七瀬?」


「………○○君を私達に預けてくださいませんか?」



決意を固めて、七瀬はそう言った。



「え、本気なの?」


「うん。こうなってしまったのは、私の責任だから。」



その決意に満ちた目と言葉に、一実は…



「……ま、七瀬に任せるよ。私も、○○君のことは気になるし。」



と言って、優しく微笑み、七瀬も頷いて答えた後、前に座る3人を見る。



「……はぁ……俺個人としては、○○には元気で笑顔でいてもらいたから、西野さんの提案に賛成だ。だが…育恵ばあさんが拒否するのなら、俺もそっちに乗る。」


「…」


「儂も同じくじゃ。ただ、一つ聞いても良いか?」


「なんでしょう。」


「○○を連れて行くということは、2人が入っているクランに、○○も入れるということか?」


「○○君が望めばですけど、そのつもりです。」


「…分かった。あとは、育恵だけじゃ。育恵はこの提案に乗るのか?乗らないのか?」



部屋の中にいる全員の視線が、俯いたままの育恵おばさんに向けられる。



「……西野さん以外、みんな席を外してくれないかい?」


「…みな、外に出るぞい。」


「あぁ。」


「分かりました。」



そうして、3人が家を出て、部屋の中には向かい合って座る、七瀬と育恵おばさんだけが残った。



「…」


「……○○はね、親がいないんだ。」



重苦しい空気の中、ベッドで眠る○○を眺めながら、育恵おばさんが話し始める。



「まだ、○○が物心つかない頃に、両親とも死んでしまってね。それから○○は1人で育ったんだ。」


「…そうだったんですね。」


「子供にとって、親がいないということは、とても苦しいことのはずだ。だから私は、○○が孤独を感じないようにと、できるだけ一緒にいて、色々とお節介を焼いた。○○が心の内でどう思っていたかは知らないが、私は、こうして○○が良い子に育ってくれて、嬉しいんだよ。」


「…」


「それでね、この15年の中で、私は○○の性格や好きなものをたくさん知れたと思うんだ。○○は優しくて頑張り屋さんで、人のために動ける子。そして……魔現師に憧れている。アンタも○○と話してみて、そう思ったんじゃないか?」


「…はい。」


「まだこの子が10歳いかない頃は、毎日のように、私や周りの大人に魔現師の話を聞かせろと、せがんできたんだ。その時の目は本当に、キラキラと輝いていてね。私達も知っていることを楽しく話せたものさ。」


「…」


「でも、段々と○○は魔現師のことを口に出さなくなった。多分……私のせいなんだろうね。魔現師の話をすると、私の方をチラッと見て、すぐに話を切り替えるようになった。話に出てくる魔現師はみんな、ここの村から遠く離れたところにいる存在だ。だから、魔現師になるには、ここを出ていかなければならない。」


「確かに、ここの近くにクランはありません…」


「うん。それをみんなの話から考えた○○は、おそらく、自分がいなくなれば、1人になってしまう私に気を使って、魔現師への憧れを無理やり心の奥底に押し込んだんだ。まぁ、これが違っていたら、私はとんだ自惚れだが……事実だろう。」


「…」


「正直、私は魔現師への憧れを○○が封じ込めてしまったことに、悲しさや寂しさを覚えつつも、どこかで嬉しさも感じていた。○○がここを出ていくことなく、ずっと一緒に暮らせるんだからね。ほんと、酷いやつだよ私は。」


「そんなことは…」


「……ありがとう。いつの間にか、私は○○に対して、本当の親のような気持ちを抱いていたんだろう。そのせいかね、○○が私の元を離れるのは寂しいことだが、それと同時に、○○が立派に育つことへの期待もあるんだよ。」


「…」


「○○には元気でいてもらいたい、笑顔でいてもらいたい、たとえそれが、私のそばじゃなくても、私が簡単には会えないような遠い場所であってもね。だから…」



そして、育恵おばさんは○○から目を離し、七瀬の目を真っ直ぐに見る。



「○○を、よろしくお願いします。」



そう言って、頭を下げた。



「っ……はい。」



育恵おばさんの言葉に、七瀬ははっきりと更に固い決意とともに、返事をした。



「うん笑……あ、それと○○が望めば…いや、確実になりたいと言うだろうが……立派な魔現師にしておくれ笑」


「分かりました。私が必ず無事に元気に、○○君を立派な魔現師に育てます。」


「笑、頼もしいね〜」



そうして、部屋の空気が和らぎ、育恵おばさんが笑顔になったところで、○○の意識が戻る。



「ん……育恵おばさん?」


「あら、起きたのかい?○○。」


「…うん……ん?なんで俺は寝て…」


「体に違和感はない?○○君。」


「西野…さん…はっ!俺は…」


「思い出した?」


「は、はい……俺はあの時、自分に天能を使って、その後…」


「魔力暴走を引き起こしちゃったんだよ。」


「魔力暴走…」


「うん。」


「それで、○○君…」


「西野さん、その続きは私から話すよ。○○、ここに座りなさい。」


「う、うん…」



育恵おばさんが、自分の隣の席に座るように言い、起きたばかりの○○は、育恵おばさんの真剣な表情に戸惑いながらも、それに従う。



「○○。アンタはこれから、西野さんについて行きなさい。」


「え?」


「アンタの体のことは聞いた。だから、アンタは西野さんの元で、色々と教えてもらって、まずは元気に過ごせるようになりなさい。そして、憧れの魔現師になるんだ。」


「い、いや…」


「西野さんは、覚悟を決めてアンタを預からせてくれって、頼んできたんだ。それに応えるためにも、アンタも覚悟を決めないと。ここを離れて生きるという覚悟を。それに、せっかくの魔現師になれるチャンスなんだ。これを逃す手はないだろう?」


「……俺は別に魔現師なんか…」


「ったく、嘘をつくんじゃないよ。」


「嘘なんかじゃ…」


「ずっとアンタを見てきた私が、そんな嘘を分からないと思っているのかい?バレバレだよ。アンタが魔現師への憧れを捨てていないことも、私に気を使っているのも。」


「…」


「こんな老いぼれのことは、気にしないで、アンタは自分のやりたいように生きるんだ。それがアンタに必要なことだし、何より、私が望んでいることなんだよ。」


「育恵おばさんが…」


「そう。私の最後の頼みを聞くと思って、ここを離れて、西野さんのところでお世話になりなさい。そして、いつか、立派になった姿を見せに来てくれると、嬉しいよ笑」



○○の手を握り、願いを込めて、笑顔で、育恵おばさんは言った。

その優しさと暖かさに対して、○○は…



「…分かった。俺、立派な魔現師になる。」



決意を目に宿しながら、笑顔でそう答えたのだった。



「うん、楽しみにしているよ笑」


「西野さん、改めて、よろしくお願いします。」


「よろしくお願いします!」


「はい笑。任せてください。」





翌日


村の入口には、村人達や、たまたま村に残っていた行商人の箱田おじさんが、村を立つ○○との別れを惜しみ、集まっていた。



「まさか、昨日の今日でここを立つことになるとは思わなかったぞい笑」


「すみません、今日のうちには帝都に帰らないといけなくて。」


「え、今日のうちに帝都まで?ここから馬車で2ヶ月はかかるのに…さすが魔現師…」


「笑、それほどでもないですよ。」


「本当に寂しくなるな〜〜○○、皆さんの言うことをちゃんと聞いて、元気に過ごすんだぞ。」


「うん。」


「もしかしたら、僕は帝都で会う機会があるかもだから、その時はよろしくね笑」


「もちろん笑」


「…○○君、そろそろ。」


「はい。じゃあ、みんな。またね。」


「おう!またな!」


「元気でね〜」


「……ほれ、育恵。何をしておるんじゃ。お主が別れを言わんでどうする。」



みんなの後ろの方で、俯いていた育恵おばさんの手を、村長が引っ張り、○○の目の前へ。



「○○…」


「育恵おばさん…」


「…立派な魔現師になるのを、心から願っているよ。」


「うん!絶対に、立派な魔現師になって帰ってくるから!」


「笑、楽しみにしてるよ。」


「またね!」



こうして、村の皆から手を振られながら、15年間生きてきた平和居村を離れ、○○は立派な魔現師への道を歩み始めた。




「いや〜良い人達だったな〜」


「うん。」


「…」


「寂しい?○○君。」


「…正直、そうです。でも……前を向いて頑張ります。立派な魔現師になるために!」


「笑、良い志だね〜」


「じゃあ、まずは帝都にある、私達のクランに行こう。」


「はい!……って、さっき箱田おじさんも言ってましたけど、遠くにある帝都にどうやって行くんですか?…まさかの歩きとか?」


「笑、歩きでも行けないことはないけど、それよりも速く、楽な移動手段があるんだ。ね?七瀬。」


「うん笑」


「西野さん……ってことは、速く移動できる魔物…を呼ぶんですか?」


「お、良いね。なら、何の魔物だと思う?」


「う〜ん……やっぱ、鳥ですかね。」


「そっか〜」


「正解を教えて欲しい?笑」


「はい!教えてください!」


「じゃあ、○○君…いや、○○が私のことを下の名前で呼んでくれたら、教えてあげるよ。」


「え?」


「だって、これから長い間一緒に過ごすことになるのに、苗字呼びじゃアレじゃん。それに○○は、いつまで経っても、それを続けそうだし。」


「あ、私もそれに乗った!」


「え、えぇ…」


「さぁ、○○。どうする?」


「……分かりました。教えてください、七瀬さん!」


「私は?」


「一実さん!」


「笑、よろしい。では、これから私達を運んでくれる、頼もしい仲間を紹介しよう!」



そう言って、七瀬は天能を使う。



「来て、ドラ!」



これまでに○○が見たものとは、比にならないぐらいの量の黒い煙が広がり、その中から、とある生物の姿が現れた。



「グァァアアア!!!」



立派な翼に、長い尾。

硬そうな黒い鱗に鋭利な爪牙。


○○も、育恵おばさんに、魔物の中で最も強く恐ろしいと聞かされている、その生物が天に向かって咆哮を放った。



「ど、ドラゴン?!」


「笑、正解。ダークネスドラゴンのドラ。カッコいいでしょ〜」


「いや、七瀬。ドラゴンを初めて見た子に、いきなりその感想を求めるのは鬼畜だよ笑」


「そうかな〜」


「おい、七瀬。帝都まで帰るのか?」


「しかも喋った!!」


「うん、帝都まで乗せて。」


「分かった。それで、そのガキも一緒に乗るのか?」


「そうだよ。これからは、私達の仲間。」


「そうか…よろしくな、ガキ。俺はドラだ。」


「よ、よろしくお願いします、ドラさん。お、俺は今野○○です!」


「○○か笑。よし、早く乗れ。一瞬で帝都まで飛んでやる。」


「あ、全速力はダメだよ。」


「分かっている。」


「じゃ、行こう、○○。」


「は、はい!」



たった2日の間に、人生が変わった○○は、少しの不安と魔現師への憧れ、そして未来への期待を胸に、竜の背中に乗って、帝都へと向かうのだった。



to be continued

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