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お世話焼きな彼女を祝いたい

茜色の光が街路樹を照らす中、前を歩く君は、明るい声でこう言う。



「全く。ほんと○○は、私がいないとダメだな〜」



そして、その言葉に続けて、後ろを歩く僕の方を振り返って、こう笑顔で言うんだ。



「だから、ずっと一緒にいてあげる。」



まだランドセルを背負っていた君が、僕の手を握って引っ張ってくれた、あの時から、僕は……



君のことが大好きだ。






とある平日の朝



綺麗に片付けられた部屋のカーテンの隙間から差し込む、程よい日差し。


その日差しは、ベッドの上で眠る、この物語の主人公、"一条○○"を起こそうと、顔を照らし続けるが、効果は薄そうだ。



さらに、枕元に置かれた携帯が、主を起こすためにと、けたたましい音を奏でるも、少し嫌な顔をした○○に、演奏を止められる。


その後も、何度も演奏を再開し、○○を起こそうとするのだが、最初の1音を奏でた瞬間に、右手の中指に正確に演奏を中断させられ、携帯はとうとう音を奏でるのを止めた。



「zzzzzz」



そうして、睡眠の邪魔をするものがいなくなった○○は、気持ちの良い眠りを続けようとしたのだが……



「おーい!○○!!起きなさ〜い!」



トン…トンと、階段を上る音と共に、覚醒の鐘が鳴り始める。



「…ん……う〜ん……」


「開けるよ!」



ガチャ



「ほら、○○。起きなさい!」



という声が、部屋に響き、○○の意識は覚醒した。



「……ふぁ~あ………おはよう…理々杏。」


「おはよ、○○。今日もよく眠れたようで。」


「うん。よく寝たよ。」


「それは良かった。じゃあ、早く降りておいで。もうすぐで朝ご飯できるから。」


「りょーかい。」



目を覚ました○○が、体を起こし、伸びをし始めたのを見て、彼女の"伊藤理々杏"は、部屋を出て行く。



「う~~ん…はぁ……行こ。」



そう言った○○は、アラームとしての立つ瀬がない携帯を手に取り、勉強机の上に置いてある鞄に、適当に物を入れて行く。



「……ん。なんか今日、必要なものがあったような………まぁいいや。理々杏に聞こう。」



頭の中にふと浮かんだ、必要な何かを、少し考えて横に置き、鞄を持って部屋を出る。



「………笑、今日の朝ご飯には、あの香り高いソーセージがあるな。」



リビングの扉を開けたままにしているのか、漂ってきている香ばしい匂いに、微笑みながら階段を降り、その匂いの元があるであろうリビングへ。


部屋に入ると、ダイニングテーブルの上には、○○の予想通りのソーセージと、目玉焼きが乗った皿。

それと白米が盛られた茶碗と、味噌汁が入ったお椀が、軽く湯気を立ち昇らせながら、並べられている。


また、その向こうに見えるキッチンでは、制服を着ている理々杏が、洗い物をしており、○○がリビングに入ってきたのを、一瞬だけ視線を上げて確認した。



「今日は、降りてくるの早かったね。いつもなら10分ぐらい部屋にいるのに。」


「いや、なんか今日、必要なものがあったような気がして、理々杏に聞きたくてさ。」


「必要なもの?……あぁ、化学のプリントだよ。あの、前の演習で使ったやつ。昨日、先生が言ってた。」


「あ、それそれ………って、どこにやったっけな……」


「…しょうがない。私が探しとくから、○○は朝ご飯を食べといて。」


「ありがと。」


「いいえ……っと、洗い物終了。早速、探してきますか。」


「多分、机の上のファイルのどれかに入ってる。」


「そのぐらい分かってるって笑。○○のことは全部、知ってるから。」



そう笑顔で言う理々杏に対し、○○も笑顔で返す。



「こっわ笑」



◇◇◇◇◇



「はい、これ。」


「あ、ありがと。って、その袋の中のプリントは?」



リビングに戻ってきた理々杏が、右手に持つビニール袋に入っている十数枚のプリントを見て、○○はそう尋ねる。



「せっかくだし、ファイルの中身も整理しようと思ってさ。」


「それ、確実にいらないやつ?」


「うん。絶対にいらないやつ。」



良く言えば物持ちが良く、悪く言えば物を捨てられないような性格をしている○○の心配を、理々杏は慣れた様子で、すぐに切り捨てた。



「まぁ、理々杏が言うならいっか。パクッ…モグモグ」


「おいし?」



袋を床に置き、○○の目の前の椅子に座って、理々杏は聞く。



「もちろん。めっちゃ美味しい笑」


「それは良かった。」


「ほんと、こんなに美味しい理々杏の手料理を毎朝食べられて、僕は幸せ者だよ。パクッ」


「笑、ほんとだよ。わざわざ、朝から○○の家に来て、○○を起こして、ご飯を作ってるんだから。ちゃんと感謝してよね。」


「ありがとうございます。理々杏様。一生、感謝をし続けます。」


「はいはい笑。さ、早く食べて。家を出るまで、残り30分だよ。」


「うん。パクッ…モグモグ」


「ふふ笑」



笑顔の理々杏に見守られながら、○○は朝食を食べる。

そして、食べ終わったら、理々杏は食器洗いに入り、○○は歯磨きと着替えを始めた。



◇◇◇◇◇



「じゃ、行こ。」


「うん。いってきます。」


「いってきます。」



ガチャ



「ちゃんと鍵閉めた?」


「もちろん。」



玄関の扉が閉まっていることを確認し、○○は鍵を鞄に入れながら、理々杏と共に、学校への道を歩き出す。



「そういえば、お父さんとお母さんからの電話はどうだったの?昨日の夜にあったんでしょ?」


「うん。でも、いつもと変わらないよ。どう過ごしてる?とか、お金足りてる?とか、困ってることはない?とか……あと、理々杏と仲良くやってる?とも聞かれた笑」


「笑、それに○○はなんて答えたの?」


「もちろん、仲良くやってる。色々と面倒も見てもらって、頭が上がらない、って答えといた。」


「ふ〜ん笑」


「ダメだった?」


「いや、ダメじゃないよ笑。ってか、次はいつぐらいに帰ってこれそうって?」


「お正月に帰国できるかも、って感じらしい。」


「2人揃って?」


「予定ではそうみたい。」


「じゃあ、今年…いや来年か。来年のお正月はみんなで過ごせそうじゃん笑」


「ね。」


「楽しみ?」


「まぁ、楽しみかな笑」


「私も楽しみ!」


「理々杏の場合は、外国土産がでしょ笑」


「なっ、別にそんなことないし。○○のお父さんとお母さんに久しぶりに会えるのと、あと……」


「あと?」


「○○達と一緒にお正月を過ごせるのが楽しみなの!」


「でも、それで言ったら、今年も一昨年も僕は、理々杏のところにお邪魔したじゃん。」


「いや違くて。○○が家族と一緒に過ごしてるのを、近くで見られるっていうのが、楽しみなんだ。」


「ふ〜ん、変なの。」


「変って……彼女なんだから、彼氏が幸せそうにしてる姿を見たいのは、当たり前でしょ!」


「笑、そうなんだ。」


「そうなんだって……逆に、○○は私が幸せそうにしてる姿を見たいとは思わないの?」


「え〜……笑、見たいに決まってるよ。理々杏が幸せそうにしてたら、僕も幸せになるし。」


「○○……」



と、公道で、カップルの2人が良い感じの雰囲気になっていると、後ろの方から茶化すような声が聞こえた。



「おうおう、今日も朝からイチャついてるね〜」



その声を聞き、○○と理々杏が振り返ると、そこにいたのは…



「あ、美月!」


「おはよ〜」


「おはよ。ってか、別にイチャついてはないから。」


「え、そう?周りから見たら、めちゃくちゃイチャついてるように見えたけど笑」


「んもう、勘違いだよ。」



理々杏の大親友である"山下美月"であった。



「美月さん、おはよう。」


「おはよう、○○君。今日も理々杏にお世話してもらった?笑」


「まぁね笑」


「くぅ〜こんな可愛い理々杏に、毎朝起こしてもらえるなんて、羨ましいな〜」


ムニムニ


「ちょっ、やめてよ〜」


「やっぱ、明日17歳になるっていうのに、こんなに赤ちゃん頬っぺなのはズルい!」


「いや、どういうこと?」


「笑」



理々杏の柔らかい頬を指で押す美月と、それを弱い力で引き離そうとする理々杏のやり取りを、○○は微笑みながら見守り、3人は一緒に歩き出した。



◇◇◇◇◇



ガラガラ



「でさ、そしたらお父さんが飲んでたお茶を吹き出しちゃって笑」


「うわ、大変じゃん笑」


「まぁお母さんも笑ってたから、良かったんだけどね〜」


「へぇ〜笑」


「…」



教室に入った○○は、前で楽しそうにお喋りしている理々杏と美月から離れ、自分の席に荷物を置く。

そして、おそらく御手洗で美月の後ろの席を立った理々杏が、教室から出て行ったのを見て、美月の元へ向かう。



「あの、美月さん。」


「ん?どうしたの?理々杏なら、御手洗に…」


「いや、違くて、その……」



そうして、○○は先日から考えていることを、理々杏の大親友である美月に話し…



「ふ〜ん笑、なるほどね〜」


「お願いできる?」


「この美月ちゃんに任せておきなさい!」


「笑、ありがとう。じゃあ、今日の放課後に…」



ガラガラ


教室の扉が開かれ、理々杏が戻ってきた。



「っ!!」


「笑、理々杏〜」


「なに話してたの?2人では珍しい。」


「いや〜さ。○○君が、僕の彼女はどこだ!って問い詰めてきてさ〜笑」


「えっ!」


「笑、そうなの?」


「ね!○○君!ジー」


「う、うん、そうそう。理々杏がどこに行ったのかな〜って思って、美月さんに聞いてたんだ。」


「ほんと、○○君は寂しがり屋だよね〜〜もう、理々杏が近くにいないと生きていけないみたい笑」


「ちょっと笑。御手洗にも行かせてくれないの?」


「い、いや、そういうわけじゃないんだけど……」


「ってか、理々杏さ、昨日の夜にやってたポ○カの配信見た?」


「配信?……あ、あのルー○ュラが出て、変に喜んでたアレか。」


「そうそう、その配信。めっちゃ面白かったよね〜」


「うん笑。それで、あの時に出てた…」


「ふぅ……」



美月の誘導で、理々杏が楽しそうに話し出したのを見て、○○は一息をつくと共に、これからのことを考えるのだった。






放課後



「○○、帰ろ〜」



後ろの席に座る美月と話し終わり、美月が教室を出て行くのを見送った後、理々杏はいつも通り、○○の席の方へ。



「……」


「ん?どうしたの?」


「あ、いや、その……今日は、1人で帰るよ。」



生まれて初めてぐらいに使う言葉を、○○は慌てながら、理々杏に言う。



「え……なんで?」


「ちょっと用事があって…」


「用事…用事か………私も一緒じゃダメなの?」


「…うん。」


「そっか……じゃあ、また明日の朝ね笑」


「い、いや、明日の朝も……」


「っ!………」



あからさまに落ち込んだ様子になる理々杏を見て、○○は心の痛みを必死に我慢する。



「1人で学校に行くの?」


「うん…」


「1人で朝の準備をするの?」


「うん…」


「1人で朝ご飯食べれるの?」


「頑張る…」


「1人で……起きれるの?」


「っ、そ、それは………後から理々杏のおはようをボイスメッセージで送ってもらえると……」


「……私が直接起こしに行くのはダメなんだ…」


「…うん。ごめん。」


「………分かった。じゃあ、また明日、学校で。」


「また。」


「バイバイ…ニコッ」


「っ…バイバイ。」



用事があるという使い勝手の良い言い訳で、自分と別で帰ろうとし、ここ2年間は毎日行っていたことを拒否された理々杏は、笑顔を取り繕って、教室を出て行く○○を見送った。



「どうしたんだろう……」



○○が出て行った扉を眺めながら、理々杏は1人つぶやく。


すると、1人の男子生徒が理々杏に近づいてきた。



「どうしたの?伊藤さん。そんなに悲しい表情をして。」


「あ、いや……なんでもないよ。」


「ほんとに?どうせ、○○が何か悲しませるようなことを言ったんでしょ?」


「別にそんなんじゃ…」


「伊藤さんを置いて、1人で帰るなんて……もしかしたら…○○のやつ、浮気をしてるのかもね笑」


「っ……」



男子生徒の言葉を受けて、理々杏は俯く。



「もう、あんなクズ、放っておいたら?毎日世話を焼いてる伊藤さんも大変だろうし、あんなやつ早く切って、俺と…」



続けて、ニヤニヤ気持ち悪い笑みを浮かべながら、男子生徒がそう言うと…



「ふざけないでくれる!」



顔を上げた理々杏は、思いっきり睨みつけながら叫ぶ。



「なっ…」


「私は好きで○○と一緒にいるの!それに、○○のことを悪く言うなんて……あんたの方がクズよ!」


「チッ、こ、この…」



上手くいくと思って仕掛けた告白をバッサリと斬られつつ、悪口まで言われ、男子生徒は逆上し理々杏に手をあげようとしたが…



「うわぁ……ダサっ笑」


「それな笑」



近くにいたドール顔で背の高い女子生徒と、まさにJKといった感じの少し幼さの残る女子生徒の嘲笑を受けて、その手を止める。



「く、くそっ!」



そして、悔しそうな表情で、男子生徒は教室を飛び出して行った。



「…ありがとう、2人とも。」


「いやいや、ただ思ったことを言っただけだから笑」


「にしても、一条君のこと……ほんとに好きなんだね笑」


「笑、もちろん。」


「いつも、理々杏ちゃんと一条君のイチャイチャカップルタイムを見て、楽しませてもらってるから、これからもよろしく。」


「よろしく〜」


「別にイチャイチャしてるつもりはないんだけどな〜笑」


「じゃあ、あれが自然なのか……そうなると、もはやカップルじゃなくて、夫婦だね笑」


「よっ、おしどり夫婦!」


「ちょっと、やめてよ〜」



と、女子生徒達と楽しくお喋りをした後、理々杏も1人、帰路に着くのだった。



◇◇◇◇◇



「………よし、何とか今日中に終わった。」



カーテンの隙間から見える窓の外に、微かな月明かりを助けるように街灯の光が照らす、誰もいない夜道が見える時間。


○○は、壁際に置いた椅子から降りて、リビングを見回す。



「あとは、明日、理々杏と一緒に帰ってきて…だな。」



冷蔵庫と、テーブルの上に置いてある袋を見ながら、そう言い、ソファの上に置きっぱにしていた携帯を手に取る。



「おぉ……めっちゃ、理々杏から連絡来てた。」



画面がつくと、数件の通知が来ており、すぐにそれを確認して、返信していく。



「笑、理々杏はほんと心配症だな。晩ご飯はちゃんと食べるに決まってるじゃん。お風呂にも入るし、歯磨きも……あ、まだしてない。しなきゃ。」



理々杏の心配が的中し、歯磨きを忘れていた○○は、洗面台へと向かいつつ、理々杏への返信を続ける。

数回のやり取りのあと、理々杏からボイスメッセージが届いた。



「ん……例のボイスメッセージが来た。笑、とうとう僕は、理々杏の声でしか起きられなくなっちゃったからな。」



放課後に言っていた、理々杏のボイスメッセージに対して、感謝の言葉を返しつつ、アラーム音の設定を終わらせた○○は、歯磨きを終わらせ、自分の部屋へと入るのだった。


一方、理々杏は…



「ほんとに大丈夫なのかな……」



ベッドに横になって、○○がちゃんと寝られるのか、明日の朝は起きれるのか、学校に来られるのか、と色々と心配しながら、眺めていた携帯を枕の横に置く。


そして…



「明日……お祝いしてくれるよね……」



大好きな彼氏にお祝いされることを信じつつ、少しの不安を残しながら、眠りについた。






翌朝


教室



「さぁさぁ、17歳の抱負は!」


「抱負?う〜ん……」


「私の予想としては、○○君とイチャイチャし続けたい!!」


「いや、イチャイチャって笑……確かに、○○とはこれまで通りの関係でいたいけど…」


「これまで通りと言うと、理々杏がお母さんのように、○○君のお世話をする関係?笑」


「お母さん……そんな風に見えてる?」


「見えてる。」


「そっ…か……」


「…え、怒らないんだ。お母さんじゃなくて、彼女!って怒ってくるかと思ってたのに。」


「私、別にそんなキレっぽくないから笑」


「え〜そうかな〜笑」



と、登校中に会ってすぐに、誕生日を祝ってくれた美月と話している間にも、理々杏は教室の扉の方に視線を向ける。



「……」


「…笑、そんなに扉を見なくても、○○君、もう学校には来てるんでしょ?」


「うん。でも…」


「理々杏も理々杏で、大概だね〜笑」



昨日、○○に言われた通り、1人で登校した理々杏は、先に学校に来て、○○の到着を待っていた。


もちろん、起きる時間になったら連絡を入れ、朝食を食べたかという連絡も入れ、学校を出ないといけない時間になっても連絡を入れ、そろそろ学校につく時間になっても連絡を入れ、と、まぁまぁ細かく連絡は取っている。

だから、○○がちゃんと来てるのは分かっているのだが、理々杏は○○が開けて入ってくるであろう扉を、心配そうな眼差しでじっと見続ける。


まぁ、心配という感情以外にも、期待を抱いているのだが。



ガラガラ



「っ!」



ちょうど2人が○○のことを話している時に、理々杏の視線の先の扉が開かれ、○○が入ってくる。

それを見た瞬間に、理々杏は声をかけた。



「○○!」


「あ、理々杏。おはよう。」


「おはよう!大丈夫だった?」


「笑、大丈夫に決まってるじゃん。ってか、心配し過ぎだよ。僕だってもう子供じゃないんだから、1人で学校に来れるって。」


「そう…だよね笑……ごめん。たくさんメッセージ送っちゃって。」


「いや、理々杏からのメッセージは嬉しかったし。謝んないで笑」


「……そっか笑…じゃあ、良かった。」


「ありがと笑」



そうして、すぐに笑い合い、良い感じの雰囲気になる○○と理々杏。


しかし…



「ニコニコ」


「……」


「ニコニコ」


「……じゃ、荷物置いてくるよ。」


「っ!!」



その会話の流れのまま、待ち望んだ言葉が聞けると思っていた理々杏は、○○がその言葉を言わずに、自分から離れていったことに驚愕する。



「え、ちょっ…」


「もう、ほんとすごいね、あなた達カップルは。ああやってすぐに良い感じの雰囲気を漂わせることができるんだから。」


「……うん。」



自分の席に荷物を置く○○を、美月の言葉に返事をしながら呆然と眺めた。



そして、その後も理々杏は○○との会話の中で、誕生日を祝う言葉を期待したのだが、○○は理々杏の誕生日について全く触れることがないまま、時間は過ぎて行き…



「じゃ、気をつけて帰れよ〜」



ガラガラ



放課後になった。



「………」



完全に落ち込んでしまっている理々杏は、席を立ち○○の所に行くのでもなく、真隣の壁の方を向き、机に頬をつけて、なぜ○○は祝ってくれないのか、もしかして忘れているのではないか、と思い悩む。



「はぁ……」


「……」



そんな理々杏の様子を見て、美月は席を立ち、○○の元へ。



「ねぇ、○○君。」


「なに?美月さん。」


「ちゃんと、用意はできてるの?」


「もちろん。昨日の夜にバッチリ終わらせて、今日の朝にも確認してきたから。」


「なら大丈夫だね笑。絶対に成功させるんだよ。理々杏、相当落ち込んでるから。」


「…うん。」



と、理々杏に背を向けながら、○○と美月が小さい声で喋っている中、理々杏の方に例の男子生徒が狙い済ましたかのように近づく。



「ねぇ、伊藤さん。」


「ん?……って、また君?ギロッ」



自分を呼ぶ声を聞き、その声の主の顔を見た瞬間に、理々杏は嫌悪感を出しながら睨む。



「っ!そんな顔しないでよ……ほら、見て、伊藤さん。○○のヤツ、山下さんと仲良さそうに話してる。」


「……」



男子生徒の言うことには従いたくなかったのだが、男子生徒のいる方向を見た時には既に、その奥の方に○○と美月の姿が見えていた。



「…だから?」


「いや、昨日言ったじゃん。○○が浮気…」


「するわけないって言ってるでしょ。」


「でも………昨日の放課後。○○と山下さんが一緒にショッピングモールにいるのを見たって、聞いたよ笑」


「え………」


「なんで2人きりでショッピングモールなんかにいたんだろうね〜〜」


「……」



衝撃の事実を聞き、理々杏は嫌でもその可能性を考え、さらに落ち込んでしまい、ここぞとばかりに男子生徒が言葉を重ねようとするが…



「伊藤さん。やっぱり、浮気してる○○なんか早くフって、僕と……」


「今って、お取り込み中かな?」



美月との会話を終え、気合いを入れた○○が、理々杏と男子生徒の間に割り込んだ。



「っ…○○…」


「あ?今、話してるだろ。」


「そ、それはごめん……だけど………理々杏は嫌がってるみたいだから、話の続きは明日にしてもらえない?」



不安そうな理々杏の表情を見て、○○は男子生徒を半分睨みつけながらそう言う。



「………ふん笑、精々見苦しい言い訳を考えておくことだな。」


「え?」



やけにカッコつけて、その男子生徒は○○達に背を向け去っていき、残された○○はわけも分からずポカーンとし、理々杏は表情を変えず、じっと○○の方を見ていた。



「ま、まぁいいや。よし、理々杏。」


「…なに?」


「一緒に帰ろう。」


「……今日は、その用事はないの?」


「うん。でもごめんだけど、その………朝から結構エラいことになっちゃってて…」


「エラいこと?」


「と、とにかく、理々杏には帰りに僕の家に寄って欲しいんだ。」


「別にそれは良いけど……」


「じゃあ、帰ろ笑」


「……うん。」



上手く理々杏を誘導できて笑顔の○○。

誕生日も祝ってくれず、挙句の果てには嘘をついて美月と一緒にショッピングモールに行っていたという○○に悲しみと不安を覚える理々杏。


そんな真反対に近い感情をそれぞれ抱いている2人は、並んで帰り道を歩き始めた。


しかし、2人の間に会話はない。


理々杏は昨日のことを○○に聞くかどうかで迷い続け、○○も○○で変に会話をして、自分の作戦が理々杏にバレないようにと必死であるからだ。


こうして、そのまま2人は歩き、○○の家へと到着する。



ガチャ



「理々杏、入って。」


「…うん。お邪魔します……」



玄関の鍵を開け、理々杏を入れると同時に、○○も素早く中に入り、靴を脱ぎ、リビングの方へ向かう。



「じゃ、行くよ。」


「え?」



わざわざ、リビングへの扉を開ける前に左手をポケットに突っ込みながらそう言った○○を不思議に思いつつ、○○の後ろに続いて、理々杏もリビングに入る。


するとそこには…


カチッ



「理々杏、お誕生日おめでとう!!」


パンッパンッ!



照明によって照らされる、真正面の壁に貼り付けられた、HAPPYBIRTHDAYのバルーンや煌びやかな装飾、祝17歳と書かれた団扇。

クラッカーから飛び出したテープと、微かな火薬の匂い。


そして、待ち望んでいた言葉と、○○の優しい笑顔。


という、幸せな空間が広がっていた。



「……」


「…あ…れ………嬉しくなかった?」



目は丸くしているものの、何の言葉も発さない理々杏を見て、○○は心配になる。



「い、いや……そういうわけじゃなくて……」



そう言って、理々杏は俯く。



「………私の誕生日…忘れたわけじゃなかったんだね…」


「え、そんなわけないじゃん!僕が理々杏の誕生日を忘れるわけないよ!」


「……ずっと朝から待ってたのに……なんなら、今日になった瞬間も起きて連絡を待ってたのに……全然、おめでとうも何も言ってくれなかったから…」


「そ、それは、このサプライズをやりたくて…」


「………なら、昨日、私に嘘をついて、美月と一緒にショッピングモールに行ってたのは…」


「な、何故それを?!」


「……」


「えっと、それはですね……」



俯いたままの理々杏の前を横切って、ソファの上に置いていた袋を手に取る。



「これを買うためだよ。その…正直、僕1人じゃ、誕生日プレゼントが思いつかなくて、美月さんに手伝ってもらったんだ。」


「そういうこと…か……」


「ほんとはこのプレゼントは、もう少し後に渡す予定だったんだけど、説明しちゃったからね。」



そう言って、○○は理々杏の前に立ち、誕生日プレゼントを差し出す。



「改めて、お誕生日おめでとう、理々杏。」


「……ありがと…グスッ」


「え?泣いて…」



涙目になりながら、プレゼントの袋を受け取る理々杏に、驚く○○。



「へへ笑……ちょっと、色々と考えちゃっててさ……でも、やっぱり○○は○○だね。」


「えっと……どういうこと?」


「笑、とにかく、ありがとうってことだよ。」


ギュッ



一滴だけ零れた涙をそのままに、理々杏は○○に抱きついたのだった。



◇◇◇◇◇



「パクッ…モグモグ……うわ、美味し。」


「笑、良かった。」


「このチーズケーキも、昨日買ってきたの?」


「うん。あの理々杏が前にここ良いよね〜って言ってたケーキ屋さんで買った。パクッ……うん、美味い。」



プレゼントの開封を一旦置いておいて、冷蔵庫に入れていた誕生日ケーキを、並んで座って食べる2人。



「しかも、私の好みもちゃんと分かっててくれたみたいで。」


「当たり前じゃん。僕は、理々杏のことなら何でも知ってるから笑」


「へぇ〜笑…パクッ……モグモグ」


「あ、プレゼントも開けてみてよ。」


「うん。」



右手に持っていたフォークを置き、理々杏は机の上に置いていたプレゼントの袋を開ける。



「よいしょっと……これは……マグカップ?」


「そう、マグカップ。しかも……ほら、これ見て。」



○○は、プレゼントのマグカップを眺める理々杏に、自分がカフェオレを入れて飲んでいたマグカップを見せる。



「え、それって……」


「僕とお揃い。」


「○○のも買ったの?」


「うん。これまで何気にお揃いの物って買ったことなかったし、このマグカップを使ってれば、理々杏が家に帰ったあとも、なんか一緒にいる感じになれるかな〜って思ってさ。」


「ふ〜ん……」


「気に入ってくれた?」


「もちろん。まぁ、何となくその買った理由は美月の受け売りっぽいけど……」


「ギクッ…た、確かに美月さんにそう言って勧められたけど、僕も良いなって思って買ったよ!このマグカップは理々杏に似合うとも思ったし!」


「笑、分かってるって。これからは、このマグカップで飲み物を飲むね。そしたら、離れてても○○と一緒にいる気分になれるから。」


「うん笑」


「じゃあ早速、このマグカップに何か入れて、飲もうかな〜」


「同じカフェオレにする?」


「そうだね。」


「あ、今日は僕が注いで来るから。理々杏は座っといて。」


「笑、了解。」



そうして、立ち上がろうとした理々杏を止め、○○は理々杏のマグカップを持って、キッチンの方へ。

その○○の姿を暖かい眼差しで見ながら、理々杏は口を開く。



「あのさ、○○。」


「なに?」


「私さ。昨日、○○に1人で帰るって、明日の朝は来なくていいって言われた時さ、もちろんそのこと自体を悲しく、寂しく感じたんだけど…」


「…ごめんね。サプライズの準備で…」


「いや、うん。それは分かったんだけど……それ以上に、○○が私を必要としなくなるんじゃないかって不安になったの。」


「え?」


「だって、○○が1人で色々とできるようになったら、私がお世話をする必要がなくなっちゃうじゃん。それが不安で……とにかく寂しかったんだ。」


「……もう、何言ってるの。元々僕は、1人で何でもできるし……だから、僕が今、理々杏に朝、起こしてもらったり、朝ご飯を作ってもらったり、軽く掃除をしてもらったりしてるのは……」



冷蔵庫から取り出したカフェオレを置き、○○は理々杏の目を真っ直ぐに見る。



「僕が、理々杏と一緒にいたいからだよ。」


「っ!//……笑、もう、こっちこそ何言ってるの、だよ。○○が私と一緒にいたいのと、私が○○のお世話をするのは、また違う話じゃん。それに、○○が1人で何でもできるっていうことには、反対!」


「え〜いや、実際に今日、1人で学校に行けたわけだし……うわっ!」


「ちょっ、どうしたの?」


「……カフェオレこぼした…」


「はぁ……笑、ほんと○○は、私がいないとダメだな〜」


「……だね笑。僕には、理々杏がいないとダメみたい。だから……」


「うん笑…」




「「これからも、ずっと一緒!」」




End










ちなみに……


○○と理々杏が出て行った後の教室



「クフフ笑、あの感じだと、理々杏さんと○○は別れて、僕と理々杏さんが付き合うことになるぞ……」



と、教室の隅で男子生徒がコソコソとやっていると…



「ねぇ、君。」



後ろから話しかけられ、振り向く。



「ん?………え……」



そこには、大きな目で睨みつける美月と、その後ろに同じように目をつり上げる2人の女子生徒が立っていた。



「あのさ……私達にとっての癒しを壊さないでくれる?」


「そうそう。私達は、あれを見て毎日の疲れを吹き飛ばしてるんだから。まぁたまに羨ましく思うこともあるけどさ。」


「でもやっぱり、あの2人のイチャイチャが見れなくなると、嫌なわけ。だから……」



「「「理々杏と○○君(一条君)に近づくな!!」」」



「は、はい!!」



3人の女子からの威圧を浴び、男子生徒は顔を青ざめて、教室を飛び出した。



「全く……自分の都合の良いようにしか考えてないんだから。」


「ほんとそれ笑。ってか、今頃、上手くやってるのかな?あの2人は。」


「大丈夫でしょ。○○君はやる時はやる子だし。」


「普段は、理々杏にお世話してもらってばっかりだけどね笑」


「まぁ、それが私達にとっての癒しなんだから……これからも裏から守っていくよ。2人とも。」


「うん!」


「頑張る!」



こうして、○○と理々杏を陰から守る3人は、より結束を固めるのだった。




End!!

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