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ただ守りたい… 桜月の絆

強い日差しが公園の地面を照りつけ、反射した光が熱線と共に身体を包むような、とある真夏日。



私は、生涯の相棒と出会った。



ソイツは、別に腕っ節があるわけでもないのに、自分が信じる正義を貫く。

堂々とした振る舞いで、弱き者を助け、悪を許さない。


まさに英雄のようなソイツは、何が強いって、心が強いんだ。

たとえ、目の前に大きな壁が立ち塞がっても、どうしようもないような巨悪が現れても、その強い心で、突き進んでいく。


だから、私はソイツの隣に立って、ソイツの進む道に現れる壁や敵を排除できるような、危なっかしいソイツをいつでもすぐに助けられるような、相棒になることを決めたんだ。





11年前


小学校に入学して、初めて夏休みというものを経験し、宿題をコツコツとやることの大切さを感じつつも、長期間の休みを満喫していた頃。



私は、宿題の息抜きに、家の周りを散歩しようと、自分の部屋を出て、リビングでテレビを見ていた母に、外出することを伝え、「気をつけてね」という言葉を背中で聞きながら、玄関の扉を開けた。


別に、私の母は放任主義というわけではなく、自分で言うのもなんだが、私が普段からしっかりとしているおかげで、私のことを信じてくれているため、小学1年生の私が、外出することに対して、特に何か言うことはない。


外に出た私は、車に気をつけながら、フラフラと景色を見ながら歩き、コンビニの前を通り、たまに学校帰りに友達と寄ることがある公園にやって来た。

遊びたいから、その公園に行ったのではなく、こんな暑い日に誰か遊んでいる人はいるのかな、誰か知り合いとかいないかな、ぐらいの気持ちで、様子を見に行った。


すると、驚きの光景が目に入ってきたのだ。



「弱い者イジメはやめなさい!!」



私と同じ歳ぐらいの少女が、おそらく上級生であろう背の高い男子達に向かって、そう叫んでいたのだ。


よくよく状況を確認すると、その少女の後ろには、服が土で汚れて、地面に尻もちをついている男の子がおり、少女はその子を、上級生達から守るために、声を張り上げている、ということが分かった。



「誰だよ!お前!」


「いきなり入ってくんな!」


「関係ないだろ?!」



いじめっ子の上級生達は、目の前に立つ少女に、そう口々に言うが…



「うるさい!!」



少女は、眉間に皺を寄せて、その大きな目を吊り上げながら、さらに大きな声で叫ぶ。



「コイツっ」



さすが小学生の男子と言ったところか、少女の声や圧に少し怯みながらも、感情的になって右手を上げる。



「来るなら来なさい!」



しかし、その少女は動くことなく、目の前の上級生達を睨み続ける。


私はそれを見て、もしかすると、あの少女はものすごく強いのでは、と思ったのだが…



パシンッ!



「いっ………むぅ……」



なんの抵抗もすることなく、少女は上級生から頭を叩かれる。



「え…」



上級生の手を受け止めるか、避けるかはすると思っていたのに、少女が、そのままその手を頭で受け、しかもやり返したり、何かしらの言葉を発したりするわけでもなく、ただ、目の前の自分よりも背の高い男の子を睨みつけたことに、私は驚いた。


そして、上級生達は、叩いても睨み続けてきた少女の圧にとうとう怯え始め、一生懸命に虚勢を張りながら、私がいる公園の入口とは反対にある出口から、逃げて行く。


それを見て、私の足は自然と、逃げていった上級生達の背中を睨み続けたままの少女の方に向かう。

途中で、お礼も言わずに去ろうとするいじめられっ子とすれ違ったが、私は気にせずに、その少女の元まで歩き、声をかけた。



「ねぇ。」


「え?」



目を吊り上げていた少女は、突然真後ろから話しかけられ、しかもその声が男ではなく女の子の声だったからか、パッと勢いよく後ろを振り返り、驚く。



「なんで、何もしなかったの?」



続けて、私は自分の疑問を少女にぶつけた。

なぜ、上級生の攻撃を何も抵抗することなく受けたのか、という疑問を。


でも、少女はその疑問にすぐに答えてくれなかった。



「いや、あなたは誰?それに、さっきまでそこにいた人は…」



そりゃ当たり前だ。

私はなんで、自己紹介もしてないどころか、向こうからすれば、私は突然声をかけてきた変なヤツなのに、最初の一言目で尋ねたのだろう。


そう思い、自分の行動をさらに疑問に思った私は、自分の疑問の解決よりも先に、少女の疑問を解決しようと思った。



「ここに座ってた人は、もうどっかに行っちゃたよ。」


「そう。それなら良かった。」


「良かった?」



助けたのに、お礼も言わずにどこかに行ってしまったことを、良かったと言っていることに、私は違和感を覚えた。



「うん。良かった。それで、あなたは誰なの?」



そう言って、少女は私の顔をまじまじと見てくる。



「私は……"若月佑美"。」


「若月…佑美ちゃん……何年生?」


「1年生。」


「あ、そうなんだ。大人っぽかったから、もしかしたら上級生かもって思って、不安になってたよ笑」


「上級生かもって……1年生?」


「うん、1年生。」


「名前は?」


「笑、私の名前は…」




"桜井玲香"




これが私の生涯の相棒の名前であり、この時が、私と玲香が初めて会った時である。



「桜井玲香ちゃん。」


「そう。」


「じゃあ次は、私の質問に答えてよ。」


「…なんだっけ?」


「なんで、アイツらが叩いた時に、何もしなかったの?」


「え?だって、別に何もできないし。」


「何もできない?」


「うん。できない。」



玲香は、私がなぜそんなに聞くのか分からないような様子で、そう答える。



「……じゃあ、なんであの人を助けたりなんか…」


「それは、助けたかったからだよ。」


「っ!!」



迷うことなく、そう真っ直ぐに言う玲香に、私は再び驚き、さらに疑問を重ねる。



「助けたかったって……あれだけでアイツらがどっかに行ったから良かったけど、もし、もっとやってきたら…」


「でも、今はこうやって、ちょっと頭が痛いぐらいなんだから笑」


「結果オーライってこと?」


「お、良いね、その言葉。そう、結果オーライ、結果オーライ笑」


「………怖いとは思わなかったの?」



1番に聞きたかったことを聞く。



「怖い…まぁ……いや、怖くはなかったかな。もういつの間にか、あの人達の前に立ってたし。」


「いつの間にか……そっか……」



私はこの言葉を聞いて、小さいながらに、目の前の少女…桜井玲香がどんな人物なのかが分かった。

そして、もっと桜井玲香について知りたいと思ったんだ。



「……」


「ってかさ、同じ小学校?私、乃木坂小学校なんだけど。」


「あ、同じだ……いや、それはそうか。この公園にいるってことは、この辺に家があるんだもんね。」


「何組?」


「5組。」


「じゃあ、私は1組だから、教室が離れてるし、知らないのも、そりゃそうか〜って感じだね。」


「多分、すれ違ってはいるんだろうけどね。」



この私の言葉に玲香は笑い、こう言った。



「じゃあ、これからは知り合いで、友達ってことで。」



そう言って、玲香は私の前に手を出す。



「笑、うん。これも何かの縁だろうから。よろしく。」


ギュッ



私も笑顔でそう言って、玲香の手を握った。



「笑、若月ちゃんは……う〜ん、佑美ちゃん?どっちが良い?」


「どっちでも良い。」


「なら〜〜もちろん、佑美ちゃんも可愛いんだけど、若月ってカッコいいから、若月ちゃん…いや、若ちゃん、って呼ぶね!」


「若ちゃんって笑」


「若ちゃんは、私のことをなんて呼んでくれるの?」


「桜井ちゃん?」


「なんでよ笑。下の名前で呼んで。」


「しょうがない。玲香ちゃん笑」


「よし!遊ぼ!」



玲香は、周りにある遊具に向かって、歩き出し、私の手を引っ張る。



「笑、うん。」



本当なら、少しだけ外を散歩した後、家に帰って宿題の続きをやろうと思っていたのだが、日が暮れ始めるまで、私は玲香と一緒に遊んだのだった。





8年前



小学1年生の夏、玲香と出会ってから、3年が経ち、私達は小学4年生になった。


あの日に友達になってからは、よく一緒に遊ぶようになり、公園はもちろんお互いの家でも遊び、学校では、2年生からはずっと同じクラスなこともあり、朝や昼休み、放課後はほとんど一緒にいて、親友と胸を張って言えるぐらいに仲を深めた。

クラスメイトから、私と玲香がずっと一緒にいるせいで、カップルとイジられるようになってしまったのだが、まぁ、一々否定するのも面倒だし、それだけ玲香と仲良くなれた証拠だということで、放置している。


そんな中、いつも通りの日常を玲香と共に過ごしていた時、とある転換が訪れた。



放課後



「はぁ……宿題多いよ〜」


「笑、それ何回目よ。言っても変わんないんだから、しょうがないでしょ。」


「だって〜……はぁ……」



おやつ時が過ぎた頃、私達は小学校から家までの通学路を並んで歩く。

宿題の多さに悩み、ため息をつき続けている玲香を見て、私は笑いながら、いつもの言葉をかける。



「そうは言ったってさ。多いもんは多いんだもん。」


「多いって言っても、30分あれば終わるじゃん。」


「それは若ちゃんなら、でしょ。私はもうちょっとかかっちゃうもん。」



と言われ、私は呆れながら、つい次の言葉を発してしまった。



「じゃあ、明日にでも、先生に直接言っちゃえば良いじゃん。宿題の量が多いです!って。」


「え〜」



私の言葉に、最初こそ嫌そうな表情だったが、段々と変わっていき…



「あ…」



口を滑らせてしまったと気づいた時には、もう遅かった。



「超良いアイデアじゃん!若ちゃん!」


「はぁ……」



今度は、私がため息をつく番となってしまった。


玲香はできると思ったことは、意地でもやり通すため、先生に宿題の量を減らすように本気で直談判することを促すような言葉は、極力控えていたのだが、つい言ってしまった。

それにより、玲香は直談判をする気満々となり、もうこうなってしまっては、私が何を言っても聞かなくなるため、諦めて、事の行く末を見守ることにした。



「絶対に、宿題の量を減らさせるんだから。」


「どうぞ、頑張ってくださ〜い。」


「え、若ちゃんはついてきてくれないの?先生のとこに。」


「当たり前じゃん。別に私はこのままでも良いんだから。」


「なんでよ〜ついてきてよ〜」


グイグイ



私の両肩を掴んだ玲香は、その手を前後に動かし、私の体を大きく揺さぶって、お願いする。



「嫌だって笑」



と、特に抵抗することなく、玲香が諦めるまでされるがままにしとくべきだと考え、体を揺らされ続けていると、私の視界の中に、普段は見かけないようなものが入り込んだ。



「…ん?」


「ちょっと、聞いてるの〜!」


「……笑、聞いてる、聞いてる。」



しかし、私はそれを無視した。

なぜなら、玲香がそれに気づいたら、面倒なことになると思ったからだ。



「ほんとに〜?」


「うん笑」


「なら、若ちゃんも明日、ついてきて!」


「それは嫌だ笑」


「んもう〜」



ただ、すぐにその場から離れることなく、玲香に体を揺らされ続けていたのが失敗だった。

私の方から見えるということは、玲香が私の体を揺らすのを止めて、前を向き、少し視線を横に逸らすだけで、その普段は見かけないようなものを確認することができてしまう。


その結果…



「はぁ……しょうがない。私一人で行く!」



そう言って、私を説得することを諦めた玲香が、私の肩から手を離し、前を向いて、歩き出し……



「…っ!!」



すぐに何かに気づき、走り出した。



「あぁ〜もう!」



それに続いて、私も玲香の後について行き、先程の場所から、建物と建物の間に見えた、とある現場の直前の曲がり角で、玲香の腕を掴んで引き止める。



「玲香、ストップ!ボソッ」


「なんでよ!ボソッ」



曲がり角を曲がって少し進んだ先にいるであろう、黒い学ランを来た4人の男。

1人のひ弱そうな男と、おそらくその男をカツアゲしているであろう、いかにも不良っぽい人相の悪い男3人にバレないようにと、小さな声で話す玲香と私。



「どう考えたって、私達じゃ無理でしょボソッ」


「それは……でも、助けないと!ボソッ」



迷いを瞬時に振り払った玲香の真っ直ぐな瞳が、私の心を捕まえる。



「っ……分かった。ただし…」



と、言葉を続けようとする前に、私の承諾の言葉を聞いた玲香が、私の手を振り切って、男達の前に出て行ってしまった。



「もうっ……」



そう吐き捨てた私も、急いで安全のために持たされていた携帯でメールを送った後、男達の前に姿を見せた。



「ねぇ!やめなさいよ!!」


「あ?何だこのガキは。」


「知らん。」


「迷子〜?笑」


「迷子じゃない!イジメはやめなさい!」



突然現れた女子小学生に少し戸惑う不良達。

そこに、遅れて私も合流する。



「しかも、もう1人増えたし。」


「あのさ、俺達は忙しいから遊んでやれねぇんだよ。さっさとどっかに行け。」


「嫌!」



玲香は、不良達を前にしても怯むことなく、立ち向かう。



「うるっせぇな。ガキはさっさと帰れって言ってんだよ!」



そう言って、不良の1人が、玲香とその隣にいる私の前で凄む。


が、私と玲香は断固としてその場から動かなかった。



「帰らない!!あなた達がその人を置いて、どっかに行って!」



1人の不良に襟元を掴まれている男を指さしながら、玲香は言う。



「お、俺?!」



指をさされた方のカツアゲされている男も、いきなり話に出されて、驚く。



「笑、なるほど。最近、ヒーロー漫画でも見たのか?お前らは。じゃあ、敵に負けたヒーローがその後どうなるか、とか知ってんのかよ?」



もう1人の不良が、ニヤニヤしながら近づいてくる。



「おいおい笑、マジか。」


「でも、一応女だし笑」



私は目の前の不良が何を言っているのかは分からなかったが、確実に良くないことだと思い、身構える。



「ギロッ!……いいから、手を離せ!!」



しかし、玲香は身構えるのではなく、カツアゲをされている男の襟元を掴んでいる不良の手に、思いっきり体当たりした。



「なっ…」


「コイツっ!」



その玲香の行動に、不良達もカツアゲされている男も、そして私も驚いた。



「痛ってぇな。口だけじゃ分かんねぇなら、お前にも痛い目に遭ってもらうぞ!」



そう叫び、玲香に体当たりをされた不良は、男を掴んでいる手とは違う手で、玲香の肩を強めに押した。



「くっ…」


「おいっ!」



押されて体勢が崩れた玲香は、地面に尻もちをつき、私もそれを見て咄嗟に声をあげたが…



「離せぇ!」



玲香はすぐに立ち上がり、再び体当たりをする。

そして、今度は押されても倒れないようにと、不良の腕を掴む。



「このっ!」



不良の方も、それに抵抗しようと、次は玲香の頭をグイグイと押す。



「ヤバいな笑、あのガキ。」


「あぁ。それに対して、お前はお利口さんだな笑」


「……」



不良の言うお利口さんというのは、玲香が暴れているのに対して、私がその場で黙っているからだろう。


そう、私は黙ってその場で突っ立っているんだ。

親友である玲香が、1人で立ち向かっているのに。


気持ちとしては、私だって、玲香の隣で一緒に立ち向かいたい。


でも、体が動かない。



怖くて。



どうせ、立ち向かったところでコイツらに勝てるわけがない。

勝てなかったらひどい目に遭わされてしまう。


そういう気持ちが心のどこかにあるから、私の体は、目の前で親友が戦っているのに、動かなかったんだ。



私はとにかくそれが悔しかった。


なんで、私は立ち向かえないのか。

なんで、私は戦えないのか。


なんで私は……



玲香の隣に立てていないのか。



そんな気持ちを抱きながら、私は腿につけている手をギュッと強く握った。




「マジ……いい加減にしろ!!」



執拗い玲香に、痺れを切らした不良は、玲香の腕を掴み、無理やり自分の腕を離させた後、思いっきりその腕ごと、玲香を押す。



ドンッ!



「いっ!……」


「玲香!!」



体格差がありすぎる相手に全力で押された玲香は、勢いよく地面に背中をつけた。


その瞬間に、玲香を押したことで力が抜けていたのか、襟元を掴まれていた男は、不良の手から逃れ、走り出した。



「あっ、おい!!……チッ、アイツ。」


「まぁまぁ笑。アイツは明日にでもまた会えるだろうし。それよりも今は、コイツらだよ。」



男を逃がしてしまい、さらにイラつく不良と、その他2人の不良も、立ち上がろうとしている玲香と、未だに動けない私の方を見る。



「もう覚悟はできてるよな?笑」


「結構ウザかったからな。しっかりとやり返してやるよ。」


「首を突っ込んで来た、自分達を恨みな笑」



そう言って、私達に向かって手を伸ばし始め、玲香のやめろ!という声が聞こえる中、私は…


目を瞑ってしまった。



すると……



「おい!お前ら!!!何やってるんだ!!!」



聞き馴染みのある声が、辺りに響いた。



「あ?」


「誰だテメェは!」



その声と、不良達の声を聞いた私が目を開け、後ろを向くと、そこには…



「うちの妹に何してんだって言ってんだよ!」



私の7つ上の兄がいた。



「妹?」


「お前ら、さっさとどっかに行け。」


「はぁ?なんでお前なんかに命令されなきゃいけねぇんだよ。」


「おい、多分、高校生だぞ。」


「知るかっての。ビビってどうすんだ。」


「その学ラン、三中のだろ。ったく、あの辺りは治安が悪いんだから。せめて、あっちで屯してろよ!」


「うるせぇ!やるぞ!!」


「はぁ……」



高校生の兄に腰が引けているヤツも一緒に、不良達は兄に殴り掛かる。


しかし、数十秒後には…



「言うことを聞いてれば、こんな目に遭わずに済んだのにな。」



不良達は、全員が地面に倒れ、私と玲香は兄の後ろに保護されていた。



「佑美も桜井ちゃんも、大丈夫だったか?怪我とかは?」


「私は…大丈夫…」


「私も大丈夫です!」



複雑な感情が織り交ざり、俯く私の言葉に続いて、玲香も地面に倒れた時に擦りむいた手の平をギュッと握って隠しながら、そう言う。



「……いや、桜井ちゃんは、その手を怪我しているでしょ。」



しかし、兄はその仕草を見逃さず、玲香の怪我を見抜いた。



「で、でも、これぐらいなら…」


「ダメだ。一旦、うちに寄って手当をしてから、帰ろう。バイ菌が入って、さらに酷くなるとマズイからさ。」


「……分かりました。」


「じゃ、帰ろう。佑美も。」


「…うん。」



玲香は兄の言葉に折れ、歩き出した兄の後ろについて行き、私も遅れてそれについて行く。


その途中で…



「もう、若ちゃんは何をそんなに悲しい顔をしてるの?」


「……いや…」



横断歩道の前で信号待ちをしている時に、後ろを振り向いた玲香が、私に向かってそう言う。

それを聞いた私は、咄嗟にこう言っていた。



「…ごめん……玲香ちゃん……」


「え?」



私の謝罪の言葉を受けた玲香は驚き、すぐに返事をする。



「なんで、若ちゃんが謝るの。逆に、あそこで若ちゃんが止めたのに、それを聞かずに突っ込んじゃった私が謝らないとだよ。ごめんね。」



俯く私の顔を覗き込み、目を合わせながら言う玲香。


私はその玲香の気持ちを受けて、目を潤ませながら、決意を口に出す。



「っ………私、もっと強くなるから…」


「…」


「もっと強くなって、ちゃんと玲香ちゃんの隣に立てるようになるから!」



空が赤く染まる夕暮れ時。

兄が見守る中、私は…


玲香と共に戦えるように強くなろうと。

玲香を守るために強くなろうと。

玲香の隣に立つために強くなろうと。


覚悟を決めた。



「?……うん!」



この覚悟に対し、玲香は最初こそ意味が分からず首を傾げたが、大きく返事をして…



「待ってるよ!笑」



笑顔でそう言ってくれたのだった。



「……笑、さ、信号青になったから、行こう。」


「はーい!」


「うん!」



そうして、私の覚悟を聞き微笑む兄の後ろを、笑顔の玲香と覚悟を決めた私は並んで歩いて行った。


その日の夜、私は、総合格闘技をやっている兄に、私を強くしてくれと頼み込んだ。

すると、兄はそれを予想していたのか、すぐに承諾してくれて、翌日の放課後から早速、特訓が始まり、兄の厳しい指導の元、私はどんどん力をつけて行く。


中学に上がり、また同じような場面で、不良達に突っ込んだ玲香を、私は兄から教え込まれた技で守り、敵である不良達をあっという間に制圧した。

玲香は感謝を述べるとともに、これからもよろしく、と笑顔で言ってくれて、私は、笑顔でもちろん!と答えた。


その後、どこか不思議な雰囲気を持つ、未来の大親友と出会い、中学では、玲香とその子と私の3人で一緒になって行動し、生徒会をやったり、その子の幼なじみであるという後輩達とも仲良く遊んだり、仕事をしたりした。

乃木坂高校へと進学した私は、風紀委員となり、周辺地域の治安維持に務めたり、グレている後輩の指導をしたりしつつ、玲香と親友の面倒を見ながら、楽しく過ごし……



そして現在。



「若ってさ〜〜乃木大に行くんだよね?」


「うん。玲香もでしょ。」


「……行けるかな?」


「笑、ちゃんと勉強すれば大丈夫だって。」


「はぁ……」


「全く。元生徒会長が、そんなんでどうするんだっての笑」


「グサッ……心に刺さる……くぅ〜」



という会話をしながら、大学受験を控える高校3年生となった玲香と私は、雪が降る中を歩いていた。



「ってか、なぁちゃんがどこ受けるとか聞いてる?」


「いや、聞いてない。」


「やっぱりか……なんか、その話をなぁちゃんに振ると、濁されるんだよね〜」


「ふ〜ん……」



と、ここで…



「…あらら、ここでは珍しい現場を見つけちゃったかも笑」



視線の先……人通りの少なそうな場所で発生しているカツアゲの現場を見て、少し笑顔になった玲香がそう言う。



「…なんで、笑ってるの?」


「だって、若のカッコいいところが見れるし!笑」


「カッコいいところって………後から梅に言っとかないと。」


「さすが笑。もう引き継ぎの基盤ができてるんだ。」


「当たり前でしょ。ただでさえ、前みたいに風紀委員室に顔を出せていないんだから。」


「笑、じゃ、後輩の負担を減らすためにも、パパッとやっちゃって。あと、私もついて行くから。」


「え、なんでよ。」


「そばで見たいんだもん笑」


「ウザ笑」


「それに、隣に立っててくれるんでしょ?なら、私も隣に立っとかないと。」


「っ……笑、はいはい。」


「さ、行くよ……"相棒"。」



そう言って、玲香は私の方に拳を出し…



「うん笑」



私もそれに拳を合わせ、笑顔で頷いた後、私達は並んで、走って行くのだった。




End

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