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【エッセイ】みんな、元気で

 何で、上手くいかないんだろう。
 毎日、毎日、嫌なことばかり。
 学校の人間関係、彼女にもフラれて、家族とも仲良くできてないし、趣味で漫画を描いてるけど、お世辞にも上手いとは言えない。

 ……はぁ、今日は先生に怒られちゃったな。
 そう振り返り、バスに揺られていると、
 スマホに通知が来た。
 何だろう? そう思い、スマホのロックを解除する。
 あっ、いとこのかなさんからだ。
 かなさんは、俺の父方のいとこで、27歳ぐらいかな? 立派な社会人をしてる。
 家族とは仲は良くないが、いとことは仲良くしてる。
「たかし、結果発表」
 メールにそう書かれていた。
 この時点で、俺は察する。
 ……チケット、当たったかな?

 そう、俺もかなさんも、山内透というシンガーソングライターの大ファンで、コンサートを毎回観に行っていた。
 ……だけど、山さんはもう70歳。
 段々と、体力的な問題でコンサートをすることも少なくなり、その分チケットの倍率も高い。
 そして、去年始まった全国ツアーの追加公演が今年始まった。
 しかし、チケットがなかなか当たらず、1度も行けなかった。
 そんな中、最後のチャンスとなったのが、

 ツアーファイナル:大阪公演

 倍率はより高くなるけど、もうここしかない! とかなさんが応募してくれた。
 2日間の公演、欲を言えば最終日が当たってほしいけど、1日目でもいい。
 そう願いながら、かなさんの返信を待つ。
「大阪1日目

……ハズレ」

 ……あぁ、そりゃそうか。
「大阪2日目(最終日)

……当たり!!」

 ……えっ!?
 俺は一瞬、頭が真っ白になった。
 そして、山さんが歌っている姿を生で観ている自分を想像して、一気にテンションが上がった。

 おっしゃ!! やばい、やばすぎる。
「倍率、高かっただろうに。ありがとう」
 俺は、かなさんに改めてお礼のメールをして、当日を待つことに。

 当日、大阪の観光をしたのち、俺とかなさんは、会場の『大阪アリーナ』に着いた。
 時刻は、17時。
 開演まで1時間半。
 中に入る前に、物販コーナーに来た。
「たかし、はい!」
「えっ、これって……」
「お小遣い! 好きなグッズ買いな」
「えっ、いいよ。自分のお金あるし」
「山さんのコンサート、もう2度と観られないかもしれないんだよ。だから」
 本当にかなさんは良いいとこだ。
「ありがとう」
 俺はTシャツやタオルなど、色んなグッズを買った。

 中に入り、トイレで、さっき買ったTシャツに着替えた。
 そして、席を探す。
 今回はなんと、アリーナ席!
 山さんを近くで観れる。

 そして、席に着いた。
 メインステージから遠いけど、近くに花道がある! きっとここを山さんが通るんだ。
 俺はワクワクが止まらなくなっていた。
「もうすぐだね。たかし」
「うん、最終日だし、きっと特別なコンサートになるよ」
 そんな会話をしていると、
 会場が暗くなる。
 ……始まる。

 オープニング映像が流れ、1番盛り上がるところで、山さんが出てきた。
 俺はこの時点で泣きそうだった。
 オープニング映像が終わり、バックバンドのドラムの人が、3カウント、
 1曲目が始まった。
 俺は、山さんの虜になっていた。
 そして、MC
「今日は、なんといっても最終日です。さらに、盛り上がっていきましょう!」
 山さんがそう言うと、会場はみんな拍手をしていた。
 そして何曲か歌い、時には山さんが近くの花道を歩きながら歌うこともあり、俺とかなさんは一生懸命手を振っていた。

「このツアーが始まった時は、色々なことがありました。完走できないんじゃないかと思ったときもありました。でも、みんなのおかけで、完走できそうです。ありがとう」
 山さんがそういうと、最後の曲が始まった。
 俺とかなさん、会場のみんなは一緒に声を合わせて歌っていた。
 曲が終わり、山さんとバックバンドが捌けると、
「アンコール! アンコール! アンコール!」
 鳴り止まないアンコール。

 そして、再び山さんやバンドが登場。
 更に追加で3曲歌ってくれた。
 最後の曲が終わると、山さんとバンドが整列して、一礼した。
 俺らはみんな、手が痛くなるほど拍手をしていた。
 そして、再び捌けようとする。
 ……その時、
「アンコール! アンコール! アンコール!」
 再びみんなのアンコールが大阪アリーナに響き渡る。
 それを聞いた、山さん一同は、捌けると見せかけて、メインステージに戻り、バックバンドは楽器を構え、山さんが、

「みんな、元気で」

 とささやき、ドラムの人が3カウント、最後の曲が始まった。
 隣を見ると、かなさんは泣いていた。
 俺も、泣きそうだった。
 でも、それを堪えて、一生懸命その歌を歌った。

 俺はその時、こう思えた。
 普段、上手くいかないこともあるけど、
 もう少し、あと少しだけ頑張ってみよう。

 ……もう少しだけ

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