ひぐらしのなく頃に卒業SS
1.
「――私を殺しなさいよ」「――それもいいかもね」
人智を超えた力によって繰り返される死闘の果て、沙都子と梨花は対話する。
互いの本音を剥き出しにしてぶつかりあった先にあったのは、罪を抱えた少女の諦観だった。もう一人の少女、梨花の下す決断は――
「でも・・・・そんな終わり方なんて・・・私は認めないッ!!」
梨花は決して「諦める」ということをしない。幾度となく「次が最後のチャンス」などと考えたことはあっても、実際に「理想の世界に行く」ということを諦めたことは一度たりとも無かったのだ。そんな彼女が、この世界でいちばん大切な沙都子を殺して自分だけが幸せな世界に行くなんて選択はあり得ない。
「沙都子の気持ちは痛いほど分かったわ・・文字通り、何度も死ぬくらいにね」
沙都子の気持ちを理解できていなかった故、理解できるようになるまで殺された。理解されなかったが故、沙都子は何度も梨花を殺した。そして梨花以外も殺し、自分自身をも何度も殺した。馬鹿は死ななければ治らないとはよく言ったものだが、死んでも人生を繰り返してしまう魔女が馬鹿でなくなるために、一体どれほどの時と命が犠牲になったのか――
「私は自分だけが悲劇のヒロインだと自惚れて、自分の幸せのことしか考えられなかった・・」
梨花は己の罪を認め、沙都子に手を差し伸べて宣言する。もう一度やり直し、「二人にとっての理想の世界」を目指そうと。
――だが、その言葉を受け止めるには、沙都子はあまりに罪を背負いすぎていた。
「もう、私は梨花と一緒にいる権利はありませんの」
自分の手は数多の命を奪った呪われた手・・この手では、差し伸べられた手を取ることはできない・・・・。気が付くと、沙都子の手に握られていたのは一丁の拳銃だった。
「結局、私に残されたものはこれしか無かったのですわ」
沙都子はいつものように自分の頭に銃を当て、引き金を引く。
「ありがとう梨花。気持ちが伝わっただけで、私は満足ですのよ。お幸せに・・・」
「沙都子ッ・・・!」
差し伸べた手が掴もうとしたものはあまりに遠かった。これは、己の愚かさによって引き離されてしまった二人の距離。
しかし、古手梨花は諦めない。
「今度は、私が追いかける番・・!」
2.
――パチン。
暗闇の中で聞き慣れた音が響いた。そう感じた次の瞬間に、沙都子は新たな世界を認識した。
「猫より先に死んだ場合、梨花が生まれていない世界に行くかも知れない・・・でしたわね」
そのように聞いていた。覚悟は決めていた。もう梨花とは二度と会えない・・・それで良い、そう思っていたのに――。
「みぃ、おはようなのですよー。にぱー☆」
(梨花・・・!)
目の前に、梨花がいる――。エウアの言っていたことは当たらなかったのか? それともこれは奇跡・・・? もしかして、もう一度、自分はやりなおせる?
(あれ・・声が・・出せない・・・?)
――希望混じりの困惑により、沙都子は気付くのが遅れてしまった。自分は思考はできているのに、身体を自由に動かせない・・・! 梨花を認識できているのに、話しかけることができないッ・・!
『おはようございますですわ、梨花』
それなら、今梨花に話しかけている『私』は誰・・・?
・・・・・・
――そして、『業』は繰り返される。
3.
『私』は『沙都子』として世界を観測し続けた。それは、『かつての私』が起こしてきた惨劇の世界。人を狂わせる薬物を盗み出し、レナを発症させて間宮リナと圭一を殺させた。梨花を殺して自分も死んだ。魅音を発症させて詩音と梨花を殺させた。魅音を殺して自分も死んだ。叔父を騙して一緒に住んだ。大石を発症させて叔父を殺し――
「もうこんなことやめてッッ・・・!!!」
そこで『私』は初めて『沙都子』を動かす者に抵抗できる。だが、それに絶対に勝てないことは分かっていた。彼女は、かつての『私』なのだから・・・。
『沙都子』は更に惨劇を繰り返し、記憶を失わなくなった梨花と殺し合う――
(ごめんなさい)
梨花に負けた『沙都子』は次の『私』となる。惨劇を起こす駒として――
(ごめんなさい、ごめんなさい)
これは出口のない永遠の拷問。己の業が招いた地獄の中で、犯した罪を贖うことも叶わない。むしろ罪はますます重ねられて――
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・)
4.
「あーはっはっは! これでこそ我が巫女よ。これぞ、永遠の退屈を紛らわすにうってつけの永遠の舞」
カケラの世界を鑑賞するエウアが高らかに笑う。だが、それを聞く者は既にここには誰もいない。
「・・結局『奇跡』は起こすことはできなかったか、我が出来損ないは」
羽入はいつの間にか消えていた。あれだけ大口を叩いておきながら何もできずに退場した自分の分身に、エウアは失望していた。そして、そのことが示す絶望に気付く。
「このまま『奇跡』が起きなければ、永遠にこの同じ見世物を見せられるだけではないか」
再び自分を取り囲もうとする永遠の退屈。その気配に対して、彼女が取った行動は「放棄」だった。エウアはゲームの舞台を用意したは良いが、その終わらせ方を示すことをしなかった。
「しばしの間、寝るとするか」
5.
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・)
無限に繰り返される世界の中で、羽入は謝り続けた。自分に力が足りなかったから奇跡は起きず、永遠の地獄の責め苦を梨花と沙都子に味わわさせてしまっている。力の残っていない彼女に出来ることは、聞かれることのない声で謝り続けることだけだった。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・)
無限に繰り返される世界の中で、かつて沙都子だったものは謝り続けた。自分の犯してしまった罪のせいで生まれてしまった地獄で無数の人が生贄に捧げられる。『沙都子』に大切な人たちを、殺させ続けてしまっている。それを観測し、謝り続けている『私』は誰・・・?
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・)
その声は、雛見沢症候群を発症した人間が聞いてしまう声。『オヤシロ様』との歪んだ繋がりによってしまった認識は、羽入の気配や声を知覚してしまう。そして、羽入と同じように世界を観測することしかできない存在の声も――
「「「「「沙都子・・・?」」」」」
圭一が、レナが、魅音が、詩音が、そして梨花が・・沙都子と近しい存在である部活メンバー達が、その声を確かに聞いた。それは無限に繰り返されるカケラのループによってもたらされた『奇跡』・・・!
6.
・・・・・・梨花もまた、無限のカケラに囚われていた。
消えてしまった沙都子を追うために、無限のカケラを探した。記憶を失い、沙都子に殺される世界をいくつも巡り、その果てで沙都子を失う。その結果『繰り返す者』としての梨花の心は死を迎えた。・・それでも彼女は諦めなかった。沙都子が無限に惨劇を繰り返す世界を観測するという現象は、梨花が沙都子を諦めなかったことで発生していたのだった。だからこれは梨花の『業』・・・。
二人の少女の『業』により、惨劇は無限に続く。『奇跡』が起きるその時まで――
7.
「今日の部活はかくれんぼ! 沙都子を見つけた人が勝者だよ!」
部活メンバーは沙都子を探し続けた――沙都子の謝る声を聞いた彼らは幻聴を疑わず、すぐさま沙都子の安否を確認したのだが、彼女は村中を探してもどこにも見つからなかった。まるで「鬼隠し」に遭ってしまったように。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・)
普通に探すだけでは駄目だった。『声』が聞こえてから沙都子は消えた。だから探すのは『声』の発生源――その声は、別のカケラで沙都子によって死を迎えた人間だけに聞こえるものだった。その「別のカケラの殺人現場」に行くと遠くから沙都子の謝る声が聞こえる・・・その方角だけが頼りだ。 かくして、部活メンバーが全員で力を合わせることで見つけられた場所――それは神社の祭具殿だった。
8.
そこで彼らが見たものは一枚の鏡。それは羽入によって具現化された「カケラ世界への扉」のようなものだった。ループを繰り返し、記憶を蓄積した部活メンバーならば、それを認識することが可能になっていた。
それを覗き込むと「別の雛見沢」で沙都子が惨劇を繰り返す幻が映し出され、それを見た彼らは全てを思い出す。繰り返す世界の中で自身が起こした惨劇を。沙都子が引き起こした惨劇を。
そして、梨花によって全てが語られる。この惨劇は全て自分自身が招いたものであったということを。
(ごめんなさい、みんな・・この罪は、ボクの罪なのです・・)
『人間』の彼らに、この記憶を見せることは本来してはならないこと。その禁を破り、羽入もまた『業』を背負う。それが彼女に出来る精一杯の奇跡なのであった。
9.
梨花は部活メンバー全員に問う。彼らにこんな酷いことをした沙都子を助けてもらえるのかと・・・。
「沙都子は罪を犯した・・だけどそれは俺達にとっても言えることだ」
圭一は気付く。沙都子も様々なカケラで惨劇を引き起こしてきたのと同様に、自分も疑心暗鬼によって惨劇を引き起こしてきたことに。別の世界で起こした自分の罪は、どのようにすれば許されることが出来るのか・・?
「なんにせよ、まずはじっくり話を聞かなきゃな!」「沙都子ちゃんはレナがお持ち帰りするんだよぅ!」「会則第一条! 優勝は誰にも譲らないよ!」「ねーねーがこの鏡をぶっ壊してあげますからね!」
部活メンバーは仲間を助けることを躊躇わない!圭一が金属バットで、レナが鉈で、魅音が拳銃で、詩音がスタンガンで鏡の破壊を試みるッ!・・だが、人間の常識を超えた霊鏡には傷一つつかないッ・・・・!
「ありがとうみんな・・これで、終わらせるわ」
いつの間にか巫女服姿になっていた梨花が伝説の剣――鬼狩柳桜を構える。
「さようなら、全ての雛見沢・・・」
鬼を討つ剣が霊鏡を砕き、無数のカケラとなって辺りに散らばっていく。そして霊鏡の破壊と同時に『世界』にも亀裂が入り、まるで空間全体が一枚の鏡であったかのように割れていき――
10.
「沙都子!」「沙都子ちゃん!」
――鏡の中の夢は終わり、沙都子は自分を心配してくれる仲間たちの声によって目覚めた。ここは、自分が『繰り返す者』となる前の世界の祭具殿。
目の前には、巨大な『角』のような物体がヒビ割れた上体で落ちていた。それを見つけてから、自分は一体どれだけ長い夢を見ていたのか・・。
夢の中で犯した罪は永遠に許されることはない。だから、せめてこの世界で罪を犯してしまわないように、梨花と本音で話し合おう。
・・・けれど、それは大変な道のりだ。この頑固な女とは、殺し合う覚悟で話し合わなければいけないことを、私は知ってしまったのだから・・・。
~おしまい~