家族を想うとき
2019年。100分。イギリス/フランス/ベルギー合作
巨匠ケン・ローチ監督の最新作。
彼の作品には、いつも「構造」への怒りが溢れている。社会の忙しなさの奥にひっそりと息をしているような生にスポットを当てる。しかし、それ自体を光として捉えるような描き方はしないことが多い。むしろ、中心に佇む灯台から離れた場所でそっと輝くサーチライトのような、人生の部分的な閃きを写実的に映し出そうとする。
近代の映像作家という肩書きが最も良く似合う。そこには、いつも思考を搾取される市井の人々が出てくる。彼らの世界は、日常を更新しようと思考する我々にとって見知らぬものではない。しかし、流れる時間のなかに埋もれた言葉や、気づかないでいる行動の傾向性に驚かされる。「~なのに」、「~のせい」などの言葉、健気な想いとは裏腹に重なる負の連鎖に、働くことによって得られる幸福とは何か、を問わずにはいられない。監督はそうした現代の働く人々の構造を情緒的に感じながら、誰よりも理性的に「目に見えない不条理」に思慮を巡らせているのだ。
配送ドライバーとして働く主人公は、転職の為に家族の共用車両を売却し、1日14時間という拘束時間のうえに生活を成り立たせようとしている。介護職でバス通勤の妻、大学進学の岐路に立ちながら自己実現と格闘する息子、家族の時間を願う娘は、それぞれがやがて父の仕事によって疲弊し、ボロボロになっていく。
効率性の為に簡単に引き合いに出される、家族との時間。天秤にかけるようにして、安心して稼ぎのいい仕事をアピールする配送所の所長。
かと思えば、仕事を抜けて万引きを犯した息子の為に警察署まで駆けつけた父に対し、家族を想う父を大切にしろ、と諭す警官。
働くことへの健気さが状況を辛くさせる、幸福を非現実的にさせるような感覚。あなたならどんな感情を抱くだろうか?
それでも働くんだ!(これを書いてるオマエも評論なんかしてるなら働けー笑)なのか、
そこまでして働くなくても他の方法があれば(保護してもらえばいいのに)、
少しぐらい図太く生きなければやっていけない(まだまだ青いよ)、
彼こそ働く俺のヒーローだ!(頑張れ)、等。
幸福を遠ざけて、それでも働く人を視ることは、痛々しい。だが、少なくともそうした思考のなかに生まれる怒りは、日常を更新する我々に一抹の優しさを与えるはずだ。
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