見出し画像

大手メディア正社員「給料もらいすぎ」問題

(以下は鹿砦社の月刊誌「紙の爆弾」2022年2月号(1月発売)に寄稿した記事です。)

約20年前、米国ワシントンのナショナル・プレス・クラブで中東メディアのジャーナリストが話しかけてきた。日本の文化に興味を持っているようだった。私が日本のメディアではなく、米紙の記者だとわかると、急に口調を変え、小声で「どうして日本のメディアの記者たちは何もしていないのに給料がいいんだ?」と聞いてきた。

日本に詳しい海外の人々の間では、日本の大手メディアは、高給・男性支配・自己検閲、そして、海外メディアやフリーランスを排除する「情報カルテル」としての記者クラブなどで知られている。しかも、これらのメディアの問題は何十年間も指摘されているが、自分たちで検証・報道できないでいる。

「こいつら、もらいすぎ。たいした仕事もできないのに」

その状況について、ある日本の大手メディアの幹部に聞こうとすると、彼は私が質問する前に開口一番そう認めた。民放キー局の社員の給料はもっと高く、「信じられない」と付け加えた。東洋経済オンラインによると、TBSが平均年収1501万円、日本テレビが1384万円、 テレビ東京が1289万円と、三社とも国内で20位以内に入っている(2021年)。ちなみに、新聞社では日本経済新聞が1192万円、朝日新聞が1164万円だ(20年)。

日本のメディアでは、自分たちの言語でもまともに報道ができない記者がいるが、 ヨーロッパの主要メディアなどでは2カ国語以上を使いこなすのは当たり前。それでも、大多数はTBSの平均年収のおよそ半分かそれ以下しかもらっていないだろう。

日本のそのような「高給」ジャーナリストは、労働人口の四割近くまで増えてきている、平均年収175万円 (19年・国税庁による) の非正規労働者が直面している問題を理解できるのだろうか(ちなみに正規労働者の年収平均は503万円)。

しかも大手メディアの人々は、ジャーナリズムの仕事に就いてはいるが、「ジャーナリストではなく会社員だ」という批判は、長い間聞いてきた。日本社会における大きな矛盾の一つだ。

たとえば、自公政権や大企業、自分たちメディアに批判的な人々からは意見を求めない。 テレビの報道番組に招かれたとしても、政権の批判はしないように出演前に頼まれたと複数の専門家が話している。

当然の質問をしない大手メディア記者

昨年10月の総選挙や自民党総裁選などの報道を見ていても、大手メディアがジャーナリズムを実践できていないことは明らかだ。

安倍晋三・菅義偉の両政権下では、一連のスキャンダル、経済回復や新型コロナウイルス対策の失敗、 ワクチンの遅れ、 コロナ禍での東京オリンピック・バラリンピック強行など実にさまざまな問題が存在していた。 にもかかわらず総選挙では、自民・公明両党の連立与党が絶対安定多数を獲得した。

野党が分裂していて弱すぎるという批判もあるが、自民党が描いていた「シナリオ」通りに事が運んだようだ。つまり、自民党の総裁選でメディアを独占し、その直後に選挙戦に入れば、“新しいリーダー"として支持率が低迷している菅政権からリセットできると考えたのではないか。

大手メディアは「期待」にこたえるように、党のプロバガンダを連日拡散、他党の存在感も薄まっていった。

総裁選直後の岸田文雄の "勝利会見"には、 フリーランス・ジャーナリストや海外メディアが入ることはできなかった。総選挙を直前にピリピリしていたのか、自民党本部広報部にその件を聞いても回答せず、電話に出た職員は名前も名乗らなかった。

10月末にG20が予定されていたにもかかわらず、岸田は総選挙を持ってきて、G20は欠席した。元外相であればG20に出席することの重要性くらい理解していたはずだ。

「リセット」開始の瞬間はまさに象徴的だった。9月3日、菅首相が自民党総裁選に立候補しないと表明したあと、メディアの一番のお得意様である小泉進次郎が登場してきた。小泉は視聴率やウエプ記事の閲覧数に影響があるのか、あるいは、メディアが彼をリーダーにしたいのか、いつもの通り、彼の言いたい放題にさせた。

当時、環境大臣であった小泉は菅政権について「涙ながらに」次のように語った。

「総理が批判されてばっかりでしたけど、こんなに仕事をした政権はない。一年間でこんなに結果を出した総理はいない」(東京新聞21年9月4日付)

テレビも新聞も小泉のこの日の発言を必要以上に大きく扱った。しかし、「こんなに結果を出した」と言っているのだから、どんな結果を出したのか、彼を囲んでいた記者は具体的に聞いたのだろうか? 聞いていたのなら、報道に含めるべきだった。

また、本当に菅政権は「こんなに仕事をした」 のだろうか? 菅が「安全・安心」な東京オリ・パラを繰り返し約束していたにもかかわらず、開会式まで2カ月を割った5月後半でワクチン2回接種完了者が人口のわずか2%だったことや、開会式直前の7月、ワクチンの供給が一時大幅に不足した問題などもあった。 メディアは、菅の「安全・安心」のスローガンを繰り返し拡散してきたのだから、実際はどうだったか、包括的に報道すべきだった。

小泉の主張に対して、多くの人々が異論を唱えただろう。しかし、そのような声も報道には含まれなかった。結局、プロバガンダのたれ流しで終わったのだ。

9月に人ると徐々に感染者が減っていき、30日をもって緊急事態宣言が解除された。当日、フリーランスライターの畠山理仁の一つのツィートはどの報道よりも価値があると思った。その内容は、東京都では年のはじめから9月30日までの273日間のうち、 210日間も(76.9%)緊急事態宣言が出ていた、というものだ。私が見た限り、同じような指摘は大手メディアでは目にしなかった。

「とても価値がある」と言ったのは、1月7日、首相だった菅が東京・埼玉・千葉・神奈川を対象に緊急事態宣言を決定する際、「1カ月後には必ず事態を改善させる」と記者会見で宣言していたからだ。記者クラブメディアはその「宣言」を忘れたのだろうか。「改善」どころか、対象地域は拡大していった。結局、沖縄県を除いた地域の緊急事態宣言が解除されたのは六月後半だ。しかし、東京はオリンピック直前に再び緊急事態宣言下となり、さらに拡大を続けた。

「210日間」という数字を出すことは重要だ。緊急事態宣言下でオリンビックとバラリンピックが強行され、その一方、家族を失った人も増え、病院は逼迫、 スタッフは日夜対応に追われた。また、多くの人が経済的苦境に立たされ、自殺者も増加したからだ。

メディア「研究者」が指摘しない構造

メディアに対する不信が高まり、さまざまな批判を日常的に耳にする一方、そんな状況に嫌気がさしたのか、メディアのなかにも志がある記者が多いとか、優秀な記者もいるなどという反論も聞く。しかし、正社員でしかも一般労働者の倍以上の収入を得ていたら、少しは仕事ができて当然だろう。

問題が一部の新聞、その記者の資質、あるいは官邸記者クラブだけにあるのではない。業界の構造そのものが問題なのだ。そして、近年増加傾向にあるメディア「研究者」がそれを指摘できないのも問題だ。

日本政治を専門とする米国の著名な大学教授は10年ほど前に私に言った。

「日本なんてぜんぜんだめだ。ジャーナリズムを担当する大学教授が記者クラブを批判できないのだから」

映画「i新聞記者ドキュメント」の主人公にもなり、近年人気を博している東京新聞の社会部記者・望月衣塑子は『自壊するメディア』(五百旗頭幸男との共著・講談社)で次のように認めている。

記者クラブに属さない週刊文春やしんぶん赤旗などの「そういう外部にいる報道機関は調査報道をきっちりできていて、まさに国民が『え!』となる関心事を撃ち抜いているという状況が、私たち記者クラブメディアに突きつけるものはじつに重いわけです。」

では、調査報道もきっちりできないのに、大手メディアの正社員らが一般労働者の数倍もの高給を得ているのはなぜか?それは「広告」だとジャーナリストの山岡俊介は言う。

「大手メディアは広告収入を多く得ています。ご存じのように、大手の新聞にまるまる1ページの広告を掲載する企業もあります。いったい誰がこのような広告を読むのでしようか。まったく効果的ではないと思います。かつてより広告料はずっと安くなっていると思いますが、新聞の読者が減り続けていることはよく知られています」

それでは、なぜ企業はいまだに「効果的ではない」広告にそれだけ多大なお金を費やすのか。

「大手メディアとの癒着関係を表していると思います。メディアの広告にお金をかけるということは、『お手柔らかに』という意味です。広告を出すことにより、企業は大手メディアからのより良い対応を期待しているのです」と山岡は説明する。

つまり、大手メディアはジャーナリズムを実践しないで、「お手柔らかに」企業に対応していれば、高給は維持できるということなのだろう。 しかし、いつまで維持できるだろうか。

また、大手メディアはもちろんのこと、メディア「研究者」も強調しない、あるいは語らない問題は、共同通信社と時事通信社が日本を代表する広告代理店・電通グループの大株主であり、「リべラル」として知られる朝日新聞が読売新聞東京本社や日本テレビ放送網などと仲良く大手の広告代理店・博報堂DYホールディングス(以降・博報堂) の大株主となっていることだ。

大株主が、広告代理店のクライアントに関する「調査報道」をわざわざ行なうだろうか。スキャンダルを積極的に報道するだろうか?

一方、 一部の大企業がテレビ局の大株主になったりもしている。TBSホールディングスの大株主には、 三井不動産・NTTドコモ・日本生命・三井物産・ビックカメラ・バナソニック・講談社などが名前を連ねる。

また、東映がテレビ朝日ホールディングスの17.5%の株を所有、東宝はフジメディア・ホールディングスの株7.9%を所有する、それぞれ大株主だ(いずれも21年3月31日現在)。テレビ東京ホールディングスでは、 日本経済新聞はもちろんのこと、みずほ銀行・三井物産・日本生命などが大株主となっている。新聞社が大企業と一緒になって、 テレビの株を所有しているわけだ。

朝日新聞社も、ジャーナリズム以外は一生懸命のようで、博報堂を含めた一部上場企業六社の株を保有する。なかでも、テレ朝の24.7%(3月31日現在)、朝日放送グループホールディングスの15.2% (9月30日現在)をそれぞれ保有し、筆頭株主だ。

朝日新聞のように新聞社がテレビ局を支配しているクロスオーナーシップも数十年間指摘されてきた問題だ。クロスオーナーシップは欧米では、多様性を反映できないなどの理由で禁止されている。

大手メディアのトップは、ジャーナリズムというよりは「財界の人間」だという話を聞いたが、 このような株の保有状況を見れば、驚くことでもないのである。

第二次安倍政権発足後の経済政策「アベノミクス」をメディアは大宣伝したが、 「アベノミクス」 のもと、 企業の内部留保(利益剰余金) が増加してきたことはとくに問題視しない。財務省によると、 2020年度末には内部留保は484兆円と政権発足時の304兆円(2012年度末) より59%も増加した。その一方、非正規労働者の割合は35%(2013年)から38%(2019年) と増えた(総務省による)。

大企業から支援を受けている自民党政権と大企業と癒着している大手メディアが、記者クラブ以外のジャーナリストを記者会見に入れたくないのもわかる気がする。しかも、官公署内では広大な部屋が記者クラブメディアに無償で与えられている。

「『記者クラブ』は取材対象との癒着の温床であり、本来、新聞社やテレビ局が負担しなければならない費用を税金で肩代わりさせているもの」だと長年記者クラブと闘ってきたジャーナリストの寺澤有は言う。

「記者クラブを廃止しない限り、 日本は何も変わらない」

(本文中・敬称略)

神林毅彦 (かんばやしたけひこ) フリージャーナリスト。ミシシッピ大学大学院ジャーナリズム学部修士課程。『ミシシッピを知ると矛盾大国アメリカが見えてくる」(解放出版社)。

いいなと思ったら応援しよう!