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シャクナゲ

2月29日。「千と千尋の神隠し」の舞台のdvdを5時間ほど観ていた。ゴールデンウィーク初日に家から実家まで帰るためにかけた時間より長い間、カンパニーの熱気に包まれながら1日を過ごした。
「千と千尋の神隠し」は好きと言う一言では言い表せない人生の一部だ。あの世界の中で起こることと風景がわたしにとっての全て。どの場面にもわたしが生活した跡がある。わたしは死んだら6番目の駅を最寄りに家を建てて暮らす。
2年前惜しくも御園座に足を運ぶことが叶わずライブ配信で舞台をみた。舞台化すると聞いたときは大切な聖域が踏み躙られるかもしれないことをひそかに恐れていた。けれどそこには作品に対する敬意と誠実さに溢れた、こだわりの詰まった世界がちゃんと待ってくれていた。わたしの大好きな世界が愛に満ちたお芝居で再現されていて涙が出るほどうれしかった。わたしはずっとずっとこの舞台に携わったひとたちに感謝するのをやめないと思う。

舞台も映画も、素晴らしさを言えば時間は永久に足りないけれどせっかくなので映画の好きなところをひとつ打ち明けよう。
映画には冒頭のスイートピーの花束から始まり、色んな種類の花が登場する。わたしはお察しのとおり花のことがとても好きだから嬉しくなってしまうのだ。ちなみにスイートピーの花言葉は「離別」や「門出」がある。千尋の新しい出発とこれから始まる未知の冒険に贈られた文字通り製作陣からの「はなむけ」である。
千尋の迷い込むところはたぶん全ての季節が同時に存在している。的確に描き分けられた花は冬や春や夏に咲くものが混在している。だってそこは神さまの世界。油屋の桟橋の植え込みにツツジとツバキ、中庭にアジサイ、ウメ。おにぎりを食べる農場でふたりの後ろではスナップエンドウが花をつけている。なかでも両側を満開の花に挟まれた、養豚場へつながる小道をハクと早足で進むシーンは特に印象的だと思う。あの花はまさに今この時期に咲くシャクナゲだ。あんなに華やかで美しいけれどシャクナゲの花には毒があり、花言葉は「警戒」「危険」。帰る場所と家族と名前を失った千尋はかすかな希望を胸にこの道の向こうに導かれる。どこかで出会ったことのある、冷たくあたたかいこの背中に千尋は何を思っただろう。動揺しながら慄きながらつぶさに努力する千尋へ、シャクナゲはこの世界そのものの危険性を示し、「気をつけて」とやわらかな警告を送っているかもしれない。ハクはこのあと竜の姿になって魔女の契約印を盗みに飛び立つ。ゆく先を遮るように続く花の壁は、魔法使いの弟子とほんとうの自分の狭間で苦しむ少年に「これより先はゆくな」と戒め、同時に脅威から守っている。そこはかとないときめきとこれから何が起こるかわからない不穏が心地よいこのシーンが永遠に続けばと思う。背景のむごいほど明るく美しい青空が、その場所がこの世ではないことを知らせている。
それでも大丈夫。千尋は元の世界に帰り、ハクは自分が何者か思い出すのだ。舞台でも千尋の笑顔が輝いていたのは照明のせいじゃない。確かにこの作品には神さまが宿っている。わたしは舞台をみて改めて「かがやくものはいつもここに」、自分の内側に見つけられた気がする。カオナシが「あ、あ、」と言いかけている言葉は「あいしてる」だと信じたいと思った。銭婆のお家で自分の居場所を見つけたように、本来の魂の美しさに気がついたら海の彼方にはもう探さなくていいはずだ。わたしがあのシャクナゲをそう解釈したように、世界は案外味方かもしれない。
わたしはこの作品のこういう丁寧さを愛している。
カオナシについては特別な気持ちがあるのでまた改めてちゃんと書いておこうと思う。

涙で視界を滲ませながらカーテンコールを観ていたちょうどそのとき、わたしは絶対に選ばないであろう蛍光イエローのTシャツを着た母が旅行からニコニコと帰ってきた。

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