藤井棋聖、ギャップか?
藤井棋聖はどんな相手の対局に当っても全力を尽くすことは間違いありません。しかし、その準備・対策にあたっては相手によって時間配分に差をつけることは、充分あり得ます。
例えば、今回のように棋聖タイトル戦で相手が渡辺名人、王位タイトル戦で相手が豊島竜王と決まっている場合の対策にかける時間配分の優先度は当然高くなると思われます。
事前研究がこれほど重視される時代において、その戦略的な時間配分はトーナメント・プロとして活躍するのに不可欠な要素ではないでしょうか。
つまり、現代将棋界を代表する渡辺名人に完勝する実力がありながら、何故強豪とはいえ深浦九段とか稲葉八段に負けたのか?という素朴な疑問への解答の鍵は事前研究の量ではなかったかと言いたい訳です。
特に順位戦で稲葉八段の先手角換り研究にほぼ「藤井曲線」(評価値が相手方に振れることなく一方的展開になるグラフ曲線)を相手に描かれて敗退しました。実は稲葉八段は藤井戦直前の公式戦で四連敗を喫しています。だから、対局スケジュールが過密日程になっている中で事前研究に充分時間が取れなかったのも頷けるものだったと。
不調に見える相手でも研究に研究を重ねた作戦で挑まれると、想定強度と現実に対局して分かる実際強度のギャップが大きくトップ棋士でさえ対応が困難になり、不覚を喫することがあります。
渡辺名人は棋聖タイトル戦前のインタビューで「藤井棋聖の情報は去年のタイトル戦対局時に比べはるかに豊富に得ることが出来た。」「今回は特別な対策を取ることなく普通に戦おうと考えています。」と述べておられました。
これは藤井棋聖の昨年の王将戦三連敗、朝日杯での対戦実感及び直近の深浦戦、稲葉戦での敗戦等から現在の藤井棋聖の調子はそれほど良い状態ではなく、充分射程範囲内であるとの感覚からの発言であったと思われます。
ところが対局が始まってみると渡辺名人が朝日杯で優勢を築けた戦法にさらに改善を加えた深い研究の作戦にも関わらず、藤井棋聖は難なく対応し逆に優勢を奪い、中終盤も深浦戦でみせた迷いの欠片も感じさせずに一気に寄せきってしまったんです。
ここでも渡辺名人の方に対戦相手の「想定強度と実際強度のギャップ」が生じたのではないでしょうか。
この一敗を渡辺名人がどう評価するかで大きく今後の展開は変わってきます。
即ち(A)藤井棋聖が朝日杯の渡辺名人との対局を偶々深く研究していただけの一過性のものと観るか、あるいは(B)相掛りにおける藤井棋聖の研究範囲・精度が渡辺名人のそれをはるかに凌駕していると観るか。
最近、相掛りで藤井棋聖に二度も痛い目に合されている広瀬八段は解説で「なんで渡辺さんは相掛りを選んだんだろう?てっきり角換わりで行くものと思ってました。」と。
第二局で藤井棋聖先手で相掛りを選択した場合、もし渡辺名人が(A)と評価していれば堂々と受けて立つでしょうし、あるいは(B)と考えれば本田五段が初挑戦した棋王戦のように得意の相掛りを避け、雁木なり藤井棋聖が比較的苦手としている横歩取りの選択もあり得ると思います。
渡辺名人のタイトル戦における相手に合せての修正・調整能力には定評があるところなので見どころの一つです。
藤井棋聖が第二局に連勝すればこのタイトル戦の行方は昨年と再び同じ結果になる可能性が高い。一方渡辺名人が勝利すれば糸谷八段や斎藤八段などの若手の挑戦を退けた棋王、名人、両タイトル戦と同様、「一敗後の連勝」でタイトル奪回となると予想しています。