東海道新幹線保守用車同士の追突事象に関する考察
追記:原因と対策に関するプレスリリース
今回の事象に関する、原因と対策に関するプレスリリースが出されています。
採石運搬車のブレーキ整備不良に関しては、正直筆者の想定外でした。このような状況が常態化していたとすれば、もっと早い段階で同様の事故は起きていた可能性もあると思います。
(もっとも、軌道モーターカーの方のブレーキは正常だったことを考えると、今回のように下り勾配でなければ問題ない程度の影響だったのかもしれません)
追記以上
JR東海側公式発表
まずは、JR東海側の プレスリリース をご覧ください
今回復旧まで時間がかかった理由は、下記の通り説明されています。
・事故車両を移動させるのに想定以上に時間がかかった。(★参照)
・事故車両から油漏れが発生、その処置も必要だった
・事故により枕木20本を交換する必要があった
・そのほか線路設備への影響を点検する必要があった
現場
記者会見から、衝突地点については次のように説明されています。
・愛知県蒲郡市神ノ郷町付近(JR三河塩津~蒲郡駅間付近)
・上り線側、 西→東 方向
・現場の2km西側付近に延長2000mほどのトンネルあり
被追突側(マルチプルタイタンパー)
概要
・導入時の プレスリリース。
・主な用途…レール下の採石のつき固め、レールのゆがみ是正等。
・オーストリア製。当該は2017年8月新製、直近検査は2024年2月。
・脱線時を想定した、固定ジャッキを標準装備
事故による影響
・8軸中3軸が脱線。このうち1軸は単軸の先輪。
・事故後に撮影された写真によれば、脱線した3軸のうち1軸のみを復旧させ、残り2軸は撤去取り外しした模様。かなり異例の対応と言える。
関連写真
↑事故後に撮影された写真。運転台直下の先輪と、台車左側の車輪が無くなっていることがわかる。
事故前の写真は、このページの この写真 と見比べるとわかりやすい。
※先輪の後ろの小さな台車は、事故復旧でも使用された仮台車だと思われる。おそらく、通常はレールまでおろしていない物と思われる。
追突側(軌道モーターカー)
概要
基本的な情報は、下記サイトが詳しい。
軌道モーターカー
・日本製。新製2016年9月、直近検査2024年6月
・それ自体に特別な用途があるわけではなく、作業用機関車のようなイメージ。様々な車両を牽引する。
・ディーゼルエンジンで発電し、その電力でモーターを回して動くハイブリット車両。
採石運搬散布車
・レール下に敷き詰める採石を運搬するための車両。
・作業終了後にもかかわらず車両に採石が積まれていたのは、交換後の古い採石を積み込んでいたため。事故時に搭載していたのは古い方の採石。
※新幹線のバラスト交換に関する説明は、↑の記事が詳しい
事故編成
・先頭1両+採石運搬散布車6両+後部2両のプッシュプル運転。
・未確認だが、プッシュプル運転においても総括制御(先頭の車両から後ろの2両の機関車への一括操作)は可能な構造だとみられる。
事故による影響
・先頭の1軸が脱線。
・脱線した1軸は撤去し仮台車に交換した。
・脱線しなかった1軸も、板状の仮台車に載せられて補強されていた。
以上の状況から、被追突側で2軸を取り外したマルチプルタイタンパーと同様、通常の想定よりも速度を落として移動させたと考えられる。
復旧まで時間がかかった理由(★)
マルチプルタイタンパーは重量が大きいので、営業車両よりもレールへの負荷が大きい。このような車両(機械)を本線上に入線させる場合、車輪を多くすることでレールへの負荷を営業車並みに分散している。
(車輪を多くすれば1軸あたりのレールへの負荷は小さくなる。
営業車は1両あたり約44t・4軸、1軸あたり約11tの負荷。
マルチプルタイタンパーは約90t・8軸、1軸あたり約11.3t。)
ところが今回のように2軸も車輪を撤去してしまった場合、1軸あたり単純計算で通常の1.33倍の負荷がレールにかかってしまう。
この状態のまま豊橋まで約18km移動させてしまうと、その18km区間を移動後点検・再整備する必要があり運転再開が遅くなってしまう。
あるいはひとまず運転再開させ、約18kmに及ぶ当該区間だけ徐行運転させることも可能ではある。ただしダイヤ乱れは必至であり、かえって混乱が長引く可能性が高い。
こういったことから、運転再開後になるべくすぐに通常運転へ復帰できるよう、現場で仮台車を設置・補強した後に移動を開始したと考えられる。
こうすることで事故車両の移動に伴う線路への負荷を通常時並みに抑え、通常営業運転への復帰を最速化した判断が行われたものと考えられる。
(実際23日始発からは通常速度での運転とみられ、大きな遅延は無かった)
仮台車を使用したとはいえ、通常車輪よりも明らかに小型であるため、通常走行並みの速度への耐久性があるとは考えにくく、移動中に再度脱線しては元も子も無い。そのため、通常よりも速度を落として慎重に保線基地まで移動させたと考えられる。
(記者会見では時速10km/hで移動させる見込みだったが、実際には半分の5km/h程度でしか動かせなかったと説明している)
なお、事故現場から最寄りの豊橋駅付近にある保線基地までの距離は約18kmで、単純計算で片道3~4時間程度かかったと考えられる。
(2回に分けて移動させ、実際には更に時間がかかった模様)
このポストが概ね正確な出発時刻だとすれば、午後17時50分頃から被衝突側のマルチプルタイタンパーの移動を開始したとみられる。
おなじく19時ちょうど頃、衝突側の残りの車両も移動を開始した模様。
先頭のモーターカーの左側軸は平たい台車のような物に載せられ、右側も仮台車とみられる小さな車輪がセットされていることが確認できる。
なお、臨時のぞみ号が東京駅を出発したのは22時55分だったことから、保線基地収容後直ちに運転したと考えられる。
(所定の新大阪行き最終は21時24分発、定期列車最終も21時48分発。説明にもある通り、直前に回送列車を臨時客扱いした列車であるため、実際に乗車した人はごく少数だったとみられる)
ブレーキが利かなかった理由(注:筆者推測)
ここからは筆者の推測である。
・トンネルによるGPS受信不良で、先行車両との距離計測不備?
・下り勾配による制動力低下?
・使用済み採石積載重量による制動力低下?
トンネルによるGPS受信不良で、先行車両との距離計測不備?
事故車両の追突防止システムに関しては、営業車両用のATCではなく、GPSを活用した車間距離把握型のシステムであったことが、記者会見の中で示唆されている。
このシステムは2007年頃から採用され、新幹線保守車両の動力付きの物に関しては全てこのシステムが搭載されていることが、記者会見でも説明があった。
ところが事故現場を見ると、約2km西側に延長2000mほどのトンネルがあることがわかる。事故車両は西から東方向へ進行していたので、現場より手前側、すなわち直前までトンネルを走行していたことを意味する。
GPSはご存知の通り、人工衛星から受信する電波を活用して現在位置を把握する技術であるから、トンネルのように電波の受信状況が悪い場所ではGPSが狂い現在位置表示がズレてしまうことは日常生活でもよくあることだろう。
したがって、追突側の軌道モーターカー搭載のGPSによる追突防止システムは、トンネルを通過していた影響により正しく現在位置を把握していなかった可能性があるのではないかと考えられる。
これにより、追突側の軌道モーターカーは不正確なGPS情報から先行車との間隔距離を誤認し、GPSが復帰するまで自動ブレーキの動作が遅れてしまったのではないだろうか。それも、GPSが復帰した時点で既に衝突回避できるまでの距離が無かったのではないかと考えられる。
実は今回と似た事故が2010年に山陽新幹線で発生しているのだが、その発生現場もトンネル内だったのだ。詳しくは下記のサイトが詳しい。
下り勾配による制動力低下?
事故現場は15‰の下り勾配であると記者会見で説明があった。
(1000m進むと15m下る、あるいは上る坂のこと。角度 約0.5度)
通常の鉄道では25~35‰が急勾配とされるが、新幹線において15‰は急勾配の方に入ると、記者会見では説明されている。
通常の鉄道車両は、法律により600m以内に停車できるようなブレーキ機構が整備されることが標準とされている。おそらく軌道モーターカー、および採石運搬車両にもこれに適合するようなブレーキ性能は有していたと考えられる。
これは、15‰の下り坂においても600m以内に停車できるブレーキ性能は有していたと考えられるが、運転者本人の体感としては「通常(平坦運転時)よりも速度が落ちにくかった」という印象にはなると思う。
自動車とは異なり、鉄道は車輪とレールの摩擦が小さいので、わずかな下り坂でも大幅にブレーキ力が低下する可能性はあるのだ。
通常こういった保線車両は時速約50km/h程度で走行すると記者会見で説明があった。衝突時の速度は時速40km/hほどだったとのことから、ほとんど減速しきれていないことがわかる。
トンネルから現場までは直線であることから、まったく直前まで先行車が見えなかったとは考えにくい。おそらくかなり手前から気づいてブレーキをかけていたが、なぜか速度が落ちずにそのまま追突してしまった、というのが運転者の体感なのではないかと思う。
使用済み採石積載重量による制動力低下?
もう1つの可能性として、重量がある。
追突側車両は採石運搬車両であるが、事故時には採石が積載された状態だったことが空撮映像などからもわかっている。一方で記者会見では、既に保線作業は終えた後だったとも説明がされている。
線路の採石はバラスト”交換”と表現されるように、新しい採石を敷き詰めるだけでなく、元々あった古い採石を回収する必要がある。すなわち事故時には、回収後の古い採石が車両に積載されていたと考えられる。
つまり積み荷がある、重い状態だったのだ。
自動車の過積載事故の例からもわかるように、鉄道も積み荷や乗車人員が増加するとブレーキ力は落ちてしまう。今回は使用済み採石をほぼ満載していたと考えられるから、軌道モーターカー単独の運転感覚よりかは確実にブレーキが利きにくい状態だったと考えられる。
営業用の車両などには応荷重装置という、乗車人員が増えても同じブレーキ力になるように調節する機能が搭載されているが、貨物車両ほどの重量となるとこういった機能で調節が効かないぐらいの影響が出てしまう。
(むしろ、単機時、空車時にブレーキ力を落とすことになってしまう)
こういった重量の影響を、自動ブレーキシステムが考慮しきれなかった可能性もあるかもしれない。
参考情報
2022年のシステム更新
2022年8月に「 新幹線保守用車接近警報装置の改良について 」というプレスリリースが出されている。
具体的にはこれまでの自動ブレーキ装置に2つの改良を加えるもの。
・編成長を測定、把握するシステムの搭載。最少10mまで接近可能に。
・ブレーキ制御システムの改良。動作後停止まで解除負荷な仕様から、段階的に速度を細かく減速できるようへの変更。(ATS→ATCのようなイメージ)
実際に衝突事故が起こってしまった以上、このシステムがなぜ正常に機能しなかったのか、今後関連を調査されるものと思われる。
バラスト使用の東海道新幹線
一般的に高速鉄道の多くは、採石(バラスト)を使用しないコンクリート道床・スラブ軌道であることが多い。しかし、東海道新幹線は歴史的な理由などから、未だに全線がバラスト軌道となっている。
これは冬季の雪害対策が難しくなるほか、採石の巻き上げによる被害など、いくつか問題点を抱え続けている。これらを抜本的に改良するには、いずれは長期的な運休を伴う工事が必要である。
そのためにも、代替輸送手段としてリニア中央新幹線の早期整備完了が求められている。
丸一日運休となっただけでもあれだけの混乱があったのだから、いかに東海道の輸送需要が高いかを示す事件でもあったと言えるだろう。
さいごに
炎天下の酷暑の下、難しい復旧作業に最速最善で取り組まれた作業員の皆様方また関係者皆様方に感謝御礼申し上げます。負傷された作業員の早い回復を祈ります。