鉄道会社は金儲けが”ヘタクソ”である
定期利用者に”愛”される戦略
鉄道の利用者は、大別して「定期」と「定期外」旅客に分けられます。
説明は不要かもしれませんが、通勤や通学で”定期”的に利用する人を「定期」旅客。用事がある時だけなど、沿線等に居住していても定期的に利用しない人達のことすべてを「定期外」旅客と言います。
あるいは”定期券”購入者を「定期」旅客、それ以外すべてを「定期外」旅客と定義することも可能でしょう。この方が実態を考える上で適切な分類だと言えます。なぜなら、”定期券”利用者は【割引料金 利用者】だからです。
①JR京葉線の失敗
”特急”が”通勤快速”の代わりになれないワケ
京葉線のダイヤ改正では、朝夕時間帯の「通勤快速」と「快速」が削減されたことが問題視され、沿線から猛反発が起きました。
すなわち、これまで”割安”で”定期的”に利用していた「定期利用者」が不便になったダイヤ改正です。
一方で、特に朝時間帯に 通勤快速 の代わりに設定された”特急列車”は、「定期外」利用者向けの列車だと言えます。追加の”割増”料金を支払うことで時短を提供する列車だからです。
要するに「定期」利用者向けの通勤快速を廃止して「定期外」利用者向けの列車を新規設定したことで、【 需給のズレ 】が起こりました。
だから怒っている人達の多くは、”割安”で”定期的”に利用していた「定期利用者」であり、この人達の需要に応えない限りこの問題は解決しないわけです。たとえば割増料金の必要な特急の更なる増発をやったとしても、まるで意味が無いわけです。
②JR北海道の失敗
”通勤特急”を”正規特急”にした代償
特急すずらん号は、札幌から苫小牧を経由して室蘭までとを結ぶ特急列車です。日中にも少数運転されていますが、基本的には朝夕中心に設定された「通勤特急」的列車、すなわち「定期」利用者向けの列車です。
この列車は、もともと5両編成中4両が自由席で、2020年に3両、そして2024年のダイヤ改正では全車が指定席へと変更されました。
すなわち従来の定期利用者としてみれば、思い立った時に自由席特急券を買えば乗れる”気軽な”特急列車だったのが、事前予約必須の”面倒な”特急列車になってしまったのです。
さらに、前日までの予約で8段階も異なる料金体制となってしまったため、ますます「定期」利用者には”面倒な”列車になってしまいました。
しかしその最安値設定でも高速バス(高速むろらん号)よりも高価格で、さらに高速バスには回数券も設定されていることから、鉄道より安価に利用できる高速バスへの利用シフトが発生し、特急すずらん号の利用状況は目に見えて低迷していると指摘されています。
なお具体的な料金差ですが、最安値の14日前予約45%引きで特急すずらん号が2860円、高速バスの最安値スマホ回数券利用が、1乗車あたり2175円。
定価が特急すずらん号5220円、バスが2500円です。
このような変化にもかかわらず、室蘭~東室蘭間は普通列車(特急料金不要の特急列車)としての取り扱いが続いていることも、さらに乗客を混乱させている一因になっているのではないかと考えられます。
③東急の失敗
”大コケ?”した指定席
東横線では指定席サービスQシートが導入されて話題となりました。
しかし、導入から1年も経たない内に編成2両から1両への減車が決定。
それまでにも、利用者にドリンクのサービスや、指定席料金の割引、あまつさえ抽選で”無料”といったテコ入れ企画まで実施されていました。
指定席Qシートは大井町線での導入成功例から、他線への拡大が求められていたサービスでした。にもかかわらず、なぜ大きな需要は生まれなかったのでしょうか?
おそらくターゲットは「定期」利用者向けだったと思われますが、定期利用者にとっては”割増”料金のかかる「指定席」というサービス自体がまず心理的障害になることでしょう。それでも大井町線で成功したのは、大井町線の特殊事情を理解する必要があります。
各駅停車が5両、急行が7両と、東京近郊としては短い編成両数の大井町線において、予約できれば着席が確保できるという指定席サービスには一定の「需要」がありました。更に大井町線内における最速列車である急行列車であることも、指定席の価値を押し上げる理由付けにもなりました。
最近の予約サイトを見る限りでも、大井町線のQシートは高い予約率を維持し続けています。
一方で東横線の場合は、この前提が全く異なっています。
各駅停車で8両、急行・特急系が10両編成で、大井町線より利用者も多いとはいえ、1列車あたりの輸送力(座席数)が違います。
さらに、Qシートが設定されたのは最速列車の特急・通勤特急ではなく、下位優等列車の急行、それも渋谷駅始発の列車でした。
東横線のたいていの列車は地下鉄副都心線からの直通列車で、既に満員の状態で渋谷駅に入線してくるのに対して、Qシート連結の急行はガラガラの状態で渋谷駅で待機しています。
指定席を取るまでもなく、普通の座席に座れてしまえる状況を確かめられてしまうのです。
そんな列車にわざわざ毎日追加料金を支払って乗る人がいるでしょうか?
さらに渋谷始発の列車は地下鉄直通列車からの利用者にとっては、階段を使って上りホームへ乗り換える必要があるほか、指定券も券売機での購入ができず、東急線アプリからの予約が必須となっています。
そういったひと手間ひと手間も、毎日のように利用する「定期」利用者にとっては、”わざわざお金を払ってまでやる手間じゃない”と思われてしまっている一因なのではないかと考えられます。
成功例
今度は、成功例の方に注目してみたいと思います。
①JR東日本普通列車グリーン席
JR東日本では、主要幹線に普通列車にもグリーン席車両が連結されています。導入路線にはほぼ全列車に設定されており、いちいち対象列車を調べる手間がかからないのが魅力です。
料金は乗車区間によっては普通運賃よりも割高になる場合もありますが、ホーム上の券売機等でグリーン券を”事前”購入すると「割安」になるため、お得感がうまく演出されています。また自由席なので、直前でも思い立った時に乗り込める手軽さがあります。これは定期利用者にも定期外利用者にもメリットでしょう。
普通列車グリーン席エリアは拡大傾向にあり、現在は中央線快速電車での導入に向けて続々と車両の準備が進んでいます。
②JR九州特急列車の戦略
JR九州の特急列車はななつ星などの観光特急列車の印象が強いかもしれませんが、定期利用でも利用しやすい特急列車が多く運転されています。
たとえば、山陽新幹線(JR西日本)と並行する博多~小倉間においても特急ソニック号が毎時2本は運転されていますし、自社の新幹線も走る博多~鳥栖方面においても引き続き佐賀・長崎方面行きの列車が多数走っています。
本数の多さ、パターン化によるわかりやすさも大事ですが、象徴的なのが「2枚きっぷ」という回数券型の乗車券です。
乗車券と特急券が一体となっていて、当日購入も可能。自由席タイプと指定席タイプがありますが、自由席タイプでも指定券の追加購入で対応できるようです。
設定区間であれば割安で購入できることがまず魅力ですし、往復利用にも、片道2回(2人分)にも利用できるので、その時の都合に合わせて高速バスとの併用利用、といったともできます。
利用期間も1ヶ月あるので、予定が変わった時はまた次回に使いまわすこともできます。
もちろんこの背景には、高速バスや高速道路の拡充といった影響があるのですが、今でも継続しているということは善戦しているということなのではないかと思います。
なお余談ですが、JR九州ではワンマン運転の特急列車も存在しますが、そういった列車でも一部を除いて自由席は設定されているようです。
③京急ウィング号
着席保障列車として長い歴史を持つのが、京急ウィング号です。
現在は朝時間帯にモーニングウィング号、夕方時間帯にイブニング・ウィング号として運転されています。
ウィング号は1992年に運転開始され、もともと整理券方式の自由席でしたが、2015年からは座席指定方式に変更されました。指定席は「Wing Ticket」と呼ばれ、会員サイト「KQuick]」もしくは一部の駅の自動券売機で購入できます。
モーニングとイブニングで多少停車駅が異なりますが、共通しているのは利用者数第1位である横浜駅を通過することです。
京急は全線にわたってほぼJRと並行しており、特に横須賀線とは久里浜まで大半の区間が競合しています。一方で、横須賀線の大船以南では定期運行の特急・快速列車の設定がないため、速達性でやや劣っています。
京急はそこに目をつけ、横浜を跨ぐ利勝者向けの最速達かつ着席保障列車を設定。それがウィング号です。また、モーニングウィング号ではJRへの流出対策のためか、京急久里浜駅さえも通過設定となっています。
現在の1乗車あたりの追加料金は300円となっており、競合するJRの普通列車グリーン席と比べるとかなり割安設定となっています。JRとの比較で言えば、運賃面でも長距離になるほど京急の方が割安となっているため、差額を考えれば定期利用者でも比較的抵抗なく購入できる価格設定となっています。
最近は様々試行的な運用がなされています。
土休日日中には編成1両のみを指定席として運用する「ウィングシート」。
通常の快特列車の増結車とし、途中駅ドアカット扱いとして実質通過扱いとする運用。(イブニングウィングの14、16号)。
三浦海岸→金沢文庫間のみ4両での運転とし、金沢文庫から12両編成に増結する運用(モーニングウィング3号)。
今後も品川駅の改良工事や、羽田空港駅の留置線整備が完了すれば、更なる柔軟な運用・新しい運用によるサービスが展開されるかもしれません。
定期利用者には「安く・手間なく・気軽に」
ここまでくると、概ね傾向というのが見えてくるかと思います。
・安く
定期利用者は基本的に、割安性を感じないと追加料金を払うサービスを利用しません。
これはシンプルな話で、割高感を1度でも意識してしまうと毎回の利用を躊躇するようになるからです。これでは定期的な利用は見込めません。
1ヶ月に1回、あるいは1年に1回、もしくはもう二度と乗る機会も無いかもしれない「定期外」利用者は、たとえ値段が高くても乗ると決めたら乗るでしょうから、そこに大きな違いがあります。
・手間なく・手軽に
もう1つ重要なのは、手間なく・手軽に。つまり、
「利用しようかな」と思った瞬間を逃さないようにすることです。
たとえば前述のQシートの場合、指定席を購入するには指定のサイトで購入する必要がありますが、このステップを見てみましょう。
・アプリをダウンロード(実は不要)
・会員登録(必要事項入力)
・列車の指定、区間、座席の選択
・クレジットカードの登録、決済
・列車に乗る
…そんなこんなをしている内に、列車が発車してしまいそうな煩雑さです。
特に東横線の場合、目の前に空席が見えれば「こっちでいいや」となってしまうことが想像に難くないでしょう。
これに対し、JRの普通列車グリーン席はどうでしょうか?
乗車位置付近に向かえば、そこにグリーン券券売機が設置されていて、Suica他対応ICカードがあればその場で購入ができます。(現金チャージも可能)
・買う
・乗る
たった2ステップです。しかも券売機がホーム上にあるので、混雑を見てから購入することも可能でしょう。瞬間的な需要に応えられる体制が整っていると言えます。
そしてJR北海道の例で言えば、直前であればあるほど料金が高くなりますから、これは利用者にとってはかなり苦痛な経験となります。
しかも、安く乗るためにはえきねっとへの会員登録ほか決済クレジットカードの設定なども必要で、前日までの予約が必須ですから、すぐ買いたい・乗りたい需要に対してはことごとく相性が悪いのです。
「定期外」利用者からふんだくれ
鉄道会社はどこも、2019年以前並みの「定期」利用者数を取り戻すことができていません。これは時代の変化によるものであり、永久に取り戻すことができないのかもしれません。
その不足する「定期」収入の穴埋めのために、値上げやこういった追加料金を徴収する「定期利用者向け」新サービスを次々展開していますが、そもそもその発想が間違っていると言えます。
鉄道会社にとって「定期」利用者からの収入は安定的で重要であっても、「定期」利用者から見れば「今まで通り安く早くストレスなく使わせろ」という根底的な意識があるわけです。
では鉄道会社は、どこにこの「穴埋め」を求めればよいでしょうか?
実に簡単です、「定期外」利用者から取ればよいのです。
現在は海外からの観光客(インバウンド)が多数訪れており、そのほとんどが基本的に単価を気にしませんし、元々の単価を知りません。
そしてサービスの良し悪しに関係なく、二度と来ない人も多いのです。
このような需要に対し「安さで魅力アピール」は愚の骨頂です。
「(高くしてでも)魅力アピール」で十分なのです。
もっと単価の高い、あるいは利ざやの取れるサービスを鉄道会社は展開するべきでしょう。極端な例をあげれば「100万円で1両貸切」ぐらいのことをもっと積極的に提供するべきなのです。
たとえ定期旅客が「そんなのバカげてる」「こっちには迷惑だ」と言ってこようが「そもそもあなた達に向けたサービスではありません」と言えばいいのです。
鉄道会社は公共交通の意識が高すぎるあまり、千載一遇のビジネスチャンスを大いに逃しているように思えます。
存続を危ぶみ、収益改善を図りたいのであれば、今力を入れるべきなのは「定期」旅客ではなく、「定期外」旅客です。
そして、「定期」旅客の流出を抑えたいのであれば、今まで既得権益的に存在した物はなるべく残し、変えないことが本来であれば理想です。
その変更が一定のコスト削減などに貢献したとしても、おそらく限定的でしょう。
「定期」と「定期外」にはそれぞれに適した戦略があり、それをはき違えてはいけません。
鉄道会社は今一度、冷静に「公共交通」と「利益追求」戦略を切り離して考えなおしてみるべき時ではないでしょうか?
鉄道会社は金儲けがヘタクソであることをもっと自覚するべきです。