ヒトハダ恋しく、ヒトハダを切る。
一昨日、髪と肌を切る衝動に駆られた。
勉強に行き詰まってイライラしていた私は、ふと机上に置かれたハサミに目をやった。
そのハサミはプラスチックコップの中で、ご丁寧に刃先を下に向けて隠されていた。
私はハサミの手持ち部分が大きな2つの目に見えて、そこから目が離せなかった。
「髪を切りたい」
突然、左腕が1つに束ねられた私の髪をガッと掴んだ。(前回記述したとおり、私はふとした瞬間に理性を失って体が勝手に動いてしまう発作がある。)
頭では「いけない」とわかっていても、残された右腕がゆっくりハサミに向かって伸びていくのを感じ、私はわざと体の筋肉を硬直させた。
すると、「今、痙攣発作を起こした」と誤解した私の脳は、すぐに私の体を脱力させる。なるほど。体の使い方が分かってきたかもしれない。脱力した体でなんとかハサミから距離を取る。
私は2階の自室から出て階段を降り、夕食を食べにリビングへ向かった。
今夜はお好み焼きだった。少し生焼けしたそれを頬張りながら、母が「これ怖いんだよ」と言ったドラマ『3000万』を2人で視聴することになった。
今や全国で警戒されている闇営業に翻弄される3人家族を主体としたサスペンスドラマだった。
しかし、私にとってドラマよりも怖いことは他にあった。ハサミだ。
当時、テレビの前に母と犬が床でじゃれあって、その奥にあるテーブルで私はのんびりお好み焼きを食べている状態だった。一人で食べるにはあまりに量が多くて、残りを朝食べようと椅子から立ち上がった時。
受話器を置いてある棚の上に、ハサミを見つけた。
体が動かなかった。瞬きすらも。こんな経験は初めてだった。
私はお好み焼きの残骸を両手に持ったままそのハサミに目を釘付けになり、気づいたらハサミを手に取っていた。私は髪をむしり掴んで、後頭部ギリギリまで刃先を向けた。
切りたい。とても切りたい。切ったら心地いい気がする。切らなきゃやっていけない気がする。でも。
私は細くなった理性の糸を頭の中で辿るように、私は母の方を見つめた。ドラマに夢中になっている母の後頭部が目に焼き付いた。
これは自傷行為だ。母を悲しませるわけにはいかない。
すんでのところでハサミを戻した。お好み焼きは雑に冷蔵庫に閉まって、早々に2階へあがる。
先程と同じく勉強机の席についた。そこにもやっぱりハサミがあった。
だがしかし、今度はカッターを持ち出した。
今の私の頭には、あと少しの快楽を手放した歯痒さでいっぱいだった。
手首を晒し、カッターの刃を出す。
リストカットは痛くない、とさっきSNSで知った。
手首の青筋がしっかり見えた。そこをひとまず指で撫でた。あたたかかった。ゆっくり、刃を滑らせた。刃先にくい込んだ皮膚が、チクリと傷んだ。
「はやく風呂入ってー!!」
ビクリと体が飛び跳ねた。母の声だった。
母は勘が鋭いので、返事が遅れた私に「何してるの?」と下の階から尋ねてきた。
「なんもしてないよ〜」
私はさっとカッターの刃を閉まって、風呂場へ向かった。風呂場で手首を見たが、刃先を押し当てただけなので、少し赤くミミズ腫れしただけだった。
髪を切りたい衝動は抑えられなかったが、リストカットへの衝動は、もっと純粋な好奇心だった。そして、リストカットを経験した私の友達の気持ちを知りたいという気持ちもあった。そのうちの一人が、みっちゃんと言う。
みっちゃんは小学生の頃に毎日遊ぶほど仲が良かった同い年の女の子で、今もなお私が執着している子だ。みっちゃんはうつ病を発症してリストカットを経験したが、当時の私に頼ることをしなかった。
今まではずっとそんなみっちゃんが心のどこかで許せなかった。「なんで?」と酷く怒っては悲しくなった。でも、メンタル不調に陥ったここ半年と、今回の衝動を経て、ようやく腑に落ちた。
彼女が私に頼らなかったのは、私が嫌いだったからではない。どんなに好きでも、親しくても、信頼できないのだ。当時は、自分の心を守るのに精一杯だったから。
誰かを拒み、1人になることは弱さじゃない。優しさであり、勇気だ。
頭で理解することと、経験して納得することの差が、こんなにも明らかだなんて。私はより一層、みっちゃんの強さを思い知った。その上で、私は考えた。
風呂上がり。私は薬を飲んで、「あのね」と母に話しかけた。母は私の言葉を聞いて、リビングに寝床を敷いてくれた。犬が私の枕元にきて、目尻をそっと舐めてくれた。
「色々ごめんね」
「いいよ。でも、お母さんが仕事に行ってる間に死なないでね」
「うん。むしろ生きてやりたいよ」
手首を見た。ミミズ腫れもとうに引いていた。
しかし、あの痛みは今もこびりついている。